磁性ナノ粒子とは、直径が数nm~サブμmの磁性体の粒子で、磁場に対して、様々は応答を示すため、産業応用が期待されています。本研究室では、バイオ・医療分野への応用を主に目指して研究しています。
1. 主なアプリケーション
・がん温熱治療(ハイパーサーミア)
・磁気粒子イメージング(医療画像診断)
・薬剤輸送(ドラッグデリバリー)
・遺伝子導入
〇 がん温熱治療(ハイパーサーミア:Hyperthermia)
がん温熱治療とは、がん組織が正常組織に比べて熱に弱いことを利用して、がん患部を加温することによる治療法です。現在、主に医療現場で行われている三大療法(手術、薬剤療法、放射線治療)は身体への損傷、副作用といった患者への負担が問題となっています。このような負担の少ない、低侵襲療法として温熱治療は研究されています。
特に、発熱媒体として磁性ナノ粒子を用いる方法は、粒子に交流磁場を印加することで熱を発生することを利用します。粒子を静脈注射等で体内へ送り込み、がん患部へ集積させて、体外から交流磁場を印加することでがん組織を熱で治療します。粒子を患部に集積すること、発熱を正常組織に損傷がない程度に制御することでがん組織のみを治療可能です。
〇 磁気粒子イメージング(Magnetic particle imaging: MPI)
医療画像診断として、核磁気共鳴画像法(Magnetic resonance imaging: MRI)、コンピュータ断層撮影法(Computed tomography: CT)、陽電子放出断層撮影法(Positron emission tomography: PET)等が挙げられます。これらに加えて新しい画像診断技術として、磁気粒子イメージング(Magnetic particle imaging: MPI)が研究されています。MPIの特徴は、体外からの励磁によって、体内の磁性ナノ粒子の位置をモニタリングできる点です。例えば、粒子をがん細胞に集積するように機能化することで、がん組織の位置検出を行えます。
〇 薬剤輸送(ドラッグデリバリーシステム:Drug delivery system (DDS))
磁性ナノ粒子に薬剤を結合、または磁性ナノ粒子でカプセルを形成し内部に薬剤を封入して、幹部まで磁場を用いて薬剤を磁性ナノ粒子により輸送する技術です。
本技術により患部のみに薬剤を集積させることが可能になり、効果を高められるほか、健常組織への薬剤の付与を減らすころができます。例えば、抗がん剤などで発症する副作用は、薬剤が健常組織に作用してしまい生じているため、磁性ナノ粒子と磁場による患部へのターゲティングを行うことで、副作用の低下にも繋がります。
〇 遺伝子導入
遺伝子導入とは、細胞の機能を変化させることを目的として、特定の遺伝子を細胞内で発現させるための技術です(iPS細胞の作成などに利用)。しかしDNA(デオキシリボ核酸)を直接細胞に付与しても、細胞に取り込まれにくいため、輸送媒体(ベクター: Vector)にDNAを細胞内まで輸送させる必要があります。従来では、ウイルスを用いてその感染力を生かして細胞にDNAを取り込ませていましたが、細胞のがん化など、副作用がみられました。
この副作用(細胞への損傷を含む)を減らすために、化学物質(高分子など)の非ウイルスベクター(Non-viral vector)を用いた手法や、物理的刺激で細胞膜に孔を空ける手法(エレクトロポレーション法)などが、非ウイルス手法提案されています。
非ウイルスベクターを用いた手法の一つとして、磁性ナノ粒子を用いたマグネトフェクション法[Magnetofection:磁気的な(Magnetic)+遺伝子導(Transfection)]が研究されています。磁性ナノ粒子にDNAを結合させて、磁石を用いて細胞表面に集積させ、細胞の自然な物質取り込み機構(エンドサイトーシス)により、DNAを取り込ませる手法です。
2. 大多研究室での研究内容
大多研では、特にがん温熱治療と磁気粒子イメージングに注目をして、磁性ナノ粒子の磁場に対する応答の解明に取り組んでいます。磁性ナノ粒子は、内部に磁場に応答するベクトル量(磁化)を有しています。この磁化の磁場に対する応答で、がん温熱治療における発熱や、磁気粒子イメージングにおける信号(MPI信号)強度が決定されます。
具体的には、横軸に磁場、縦軸に磁化を取ったグラフを磁化曲線(ヒステリシス曲線)と呼びますが、この磁化曲線について解析することで、磁性ナノ粒子の磁化応答を理解することができます。本研究室では、特に交流磁場印加時の磁化曲線について、磁場強度や周波数を変えた計測を行うことで、実用に即した磁気特性計測に取り組んでいます。
磁性ナノ粒子のバイオ・医療応用と一言で言っても、多くの研究分野があります。磁性ナノ粒子の合成、磁気特性の評価・分析、細胞実験・動物実験・臨床応用など多岐に渡ります。本研究室では特に、「磁気特性の評価・分析」を強みとしてに力を入れて取り組んでいます。
磁性ナノ粒子の磁場に対する応答は、簡単には磁場の方向に磁化が傾くといったものですが、例えば以下のような疑問が湧いてきます。
◎ どの程度の磁場の大きさで、どの程度磁化は傾くのか
◎ 傾くのに必要な時間はどのくらい必要か
◎ 交流磁場のような連続的な周期応答の場合、周波数にどの程度影響されるか
etc…
このような磁化の応答は、磁性ナノ粒子の粒子径や形状によって大きく異なります。Landau–Lifshitz–Gilbert(LLG)方程式という微分方程式でその応答は表されますが、では実際に磁性ナノ粒子がどのように応答しているのか、という実験的な観測においては未解明な現象が山積しています。
本研究室では、磁性ナノ粒子の物理を解明することで、未来のバイオ・医療技術における実用化への貢献を目指すとともに、その物理解明という学術的疑問の解決自体にも精力的に取り組んでいます。
このため、磁性ナノ粒子の磁気特性評価に必要な実験装置や磁化応答シミュレーションプログラムを独自に構築している他、磁場シミュレーションを用いた磁場解析、細胞実験によるin vitroでの実証試験、磁性ナノ粒子の合成など、磁性ナノ粒子に関わる研究・実験が可能です。