【第61回】欠陥人生重ねて幾年月

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投稿者:相馬 勲(昭和35年 工学部工業化学科卒)

大学を出ていつの間にか50数年が過ぎた。思えば欠陥だらけの人生を背負ってひたすら冥土への一里塚を築いてきた長い旅路でもあった。しかし最近人生における様々な失敗や欠陥もそう悪いものでもないと思えるようになった。初めから順風満帆の人生などあり得ないし、むしろ欠陥は生きる活力の源となり、人生にいろいろな体験や智慧を与えてくれる。ところで我々技術者は物を作るとき欠陥の無いものを作ろうと努力する。たとえ目に見えないミクロな傷や欠陥でもそれが製品の寿命や信頼に関わるとなれば当然でありそういう意味では欠陥は災いの素である。しかし物質の世界でも欠陥が善なることも多くある。好例が半導体や太陽電池である。シリコン(Si)の結晶に格子欠陥がなければ電子は流れない。化学屋にとっても物質の欠陥は化学反応の活性点ともなり、各種機能を発現する重要な場でもある。物質の欠陥が化学的あるいは物理的に重要な働きをすることを初めて知ったのは卒論のときである。当時の指導教官であった村田先生から与えられたテーマがチタン(Ti)の比色分析である。Tiを含む溶液にある試薬を加えて紫外線を当てると発色、あるいは色が変化する。その色の濃淡や発色の度合いからTiの濃度を比定する方法である。卒論の目的は感度の高い試薬の検索であるが、ではなぜそのような現象が起きるのか? 詳しい原理はさておきTiと試薬が反応してなんらかの格子欠陥あるいは分子構造に欠陥ができ、そこに紫外線が吸収されエネルギギャップに応じてよりエネルギの低い長波長の光を放射するらしいと知ったのである。以来そのような現象に興味を持ったのは事実であるが、偶然にも社会に出てからも物質の欠陥現象と付き合う長い人生行路を歩むことになった。

社会に出て入社した企業で最初に取り組んだテーマがelectrofax用酸化亜鉛(ZnO)の開発であった。ZnOは酸素が抜けやすい格子欠陥の多い物質で所謂n型半導体である。380nmの紫外線をよく吸収し、そのエネルギをもらって電子が動く。この光電子効果を利用した複写機がelectrofaxで現在も使用されているゼロックスの前世代の複写機として一時期市場にでていた。この場合ZnOに要求される条件はまず光に対する高い感度を持つこと、すなわち量子効率向上のための欠陥制御としてドーピングや色素による光増感技術が重要なポイントになる。最近光触媒として普及し始めた酸化チタンも酸素空孔が多い物質でやはり紫外線をよく吸収し、酸素を活性化させて強い酸化作用や殺菌作用を示すので特に環境浄化などの触媒として広く利用されるようになった。

私的な話になって恐縮だが実は私は電子工学志望で入学したものの隻眼という肉体的欠陥もあって専門課程に移る時点で化学科を選択することにした。そして就職に際しても企業よりは公務員の方が障害が少なかろうと在学中に上級職国家試験を受験、研究職の資格を取っていたが縁あって企業の研究室で働くことになった。しかし2年後自宅から通勤可能な通産省大阪工業技術試験所(現産総研関西センター)の研究職員募集を知り転職した。そして炭素繊維の開発研究に従事することになったが今度は一転して欠陥(傷)のない物つくりの仕事になった。欠陥は繊維強度に大きく影響するからである。後日炭素繊維は東レや三菱レーヨンなどで応用研究が開始されたが、高分子(樹脂)との複合化に際して炭素繊維表面がきれいすぎると樹脂との馴染が悪く接着強度が上がらない。硝子繊維ならシランカップリング剤処理で済むが炭素繊維はそうはいかない。そこで一つの方法として濃硫酸や濃硝酸など強酸で表面処理して繊維の表面層にナノサイズの欠陥(凹凸)あるいは酸化物を形成させて樹脂との接着性をよくする技術が開発された。このような手法は黒鉛の分野では昔からあったが繊維表面にあえて欠陥をつくりそれを活用するという、いわば欠陥を逆手に取った苦肉の策と言えるかもしれないが今日でも炭素系複合材料では広く使われている。

その後私は炭素繊維からフィラー複合系プラスチックスの研究に移り、そこでプラスチックスに充填するための新しい機能性フィラーの開発に専念することにした。電子部品をはじめ機械部品からスーパーの買い物袋に至るまで様々なプラスチックス製品にはその中にナノからミクロンサイズの各種機能を持つ粉体物質すなわちフィラーが充填されている。そのおかげで機械特性や電気特性、環境特性などに優れた複合材料が生産されているのである。機能性フィラーはなにがしかの欠陥を持つがゆえに機能特性を発現する。したがってフィラーの開発には機能発現を目的としたそのような様々な欠陥制御が重要な要素技術になっているといっても過言ではない。しかし欠陥制御といっても一口で言えるものではない。フィラーにはもとから持っている天性の機能のほかにサイズや形状、比表面積も機能の発現に大きく影響するしそれらのコントロールに加えていろいろ化学的、物理的処理すなわち薬品や熱、圧力その他メカノケミカル的ストレスも含めそれらを統合した欠陥制御といってもよい。人生においても然りで様々な環境ストレスが我々の肉体や精神に欠陥をつくる。生きていく以上それは避けられないが、しかしそれをうまく制御していけば一病息災というがごとくむしろ健康的な人生がおくられる。ところが残念ながらそれを怠ってきたがために人生最大の欠陥ともいえる厄介な病気(ガンなど)とも対峙せざるを得ない羽目になっている。この年齢になると肉体的な欠陥制御はなかなかむつかしい。これからもまだまだ欠陥人生を背負って「眠られぬ夜」(Carl Hilty著)が続く。

【追記】
30年前にフィラーの重要性を産学界に発信すべく世界で唯一フィラー専門の研究会(Filler Society of Japan、企業会員235,大学等個人会員65)を創設し、私の研究人生の強い支えとなってきました。Journalの発行やシンポジウム、講演会等の定期的開催など今も活発に続けられています。なお、私の退職後(名前を出して申し訳ないが)後輩の松本明博氏(大阪市工研)が長らく事務局を引き継いでくださった。
興味ある方は  http://filler-society.org/ を開いてみてください。