投稿者:浅野 政勝(1984年農学部園芸学科卒)
三月と言えば学生生活の区切りとなる卒業式の季節。人生最後の卒業式から42年が経ちましたが、未だ昨日のことの様に思い出されます。
静岡文化センターでの学位授与式の後、紺屋町スクランブル交差点で青信号になるたび四隅から真ん中に歩み寄って乾杯を繰り返し、先生方の労をねぎらう大切な謝恩会の前に泥酔して足腰立たず、飛ぶ鳥後を濁しっぱなしの失態を演じる同級生がいたのは当時の農学部生らしい出来事だったと思います。
中学や高校と違って列席する親など殆どいない中で、私の父親は進んで息子の卒業式とその後の謝恩会に出席しました。思えば父親は自分が行くことが叶わなかった憧れの大学(昭和4年生まれの父は当時、同級生の殆どが中学を卒業したら社会にでるのが当たり前の中、地元工業高校の機械科に進んだ勤勉学生だったようです)の雰囲気を体感したかったのだと思います。謝恩会で私の恩師 邨田先生と嬉しそうに談笑していた姿を見て、息子を羨ましく、少しは誇らしく思ってくれたのではないか、遠路来てくれたこと、何より奨学金を借りることなく授業料、毎月の仕送りを欠かさず大学生活をサポートしてくれたことに大いに感謝した次第です(口に出して本人に伝えること無く亡くなってしまいましたが)。
父親は常日頃から「○○は死ぬまで勉強やで」(ジェンダーフリーの現在○○はご想像ください)と事あるごとに私に言い聞かせていました。もちろん勉強の意味は机上の事だけではありませんが、定年を過ぎて心身共にゆとりができたせいか、興味あることに関しては機会があればぜひ最高学府の講義、講座を受講して勉強できたらと思います。
静岡大学も今は社会人向けの市民開放授業など絶好の機会が用意されています。駿府城で大御所政治を司った家康に想いを馳せ、雄大な富士山を眺めながら若いエネルギーが満ちるキャンパスで今一度、静岡大学の学生に戻ることができたらと夢見ています。
