【第169回】木工芸というものつくり

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投稿者: 市川 正人(1975年工学部電子工学科卒)


教職を3年残して退職、現在、家具調度、煎茶道具など指物を主に様々な注文で木工品を制作する傍ら、日本工芸会に所属し日本伝統工芸展などの展覧会に木工芸作品を出品する日々を送っている。

なぜ毎年忙しい思いをしながら伝統工芸展などに出品する作品を作るのか。別に誰かに強いられているわけでも無い。作った物が売れるわけでも無い。ただ木工芸というものつくりが好きだからだ。自分にとって木工芸とは何だろうと考えてみた。

作品制作はまず「自分が今何を作りたいのか」から始まる。木工芸の場合素材となる木材がそのまま作品に反映されるので、使う材を選ぶことが大きな位置を占める。頭の中で描いていた作品のイメージに合った材を探す事もあれば、材との出会いで作品のイメージが湧く事もある。そしてその材の美しさを生かす作品の構想を練る、まさに木材と感性の出会いの心躍る世界である。

構想に沿って具体的に形状寸法などが決まると、次は作るための加工法や作業工程を考える。木材は数十年乾燥したものであっても周囲の湿度により動く。そんな木材と向き合い、日本の伝統的な木工技術をどう使い、作品の一つ一つの部材をどう作り、どう作品に組み立ていくのか。毎回が新しい試みであり、知と技術の錬磨が要求される木工芸のダイナミックな部分である。

作品の接合部には「留形隠蟻組継」等、緻密で複雑な加工を施すが、それは作品を組み立ててしまうと外からは見えない。しかしそこに自分の持てる技術の最大限つぎ込む仕事こそ、作り手でなければ味わえない醍醐味なのである。

手道具を使い、ひたすら切り、削り、穿っていく作業が延々と続く。そこでは刃先一点に集中し他は何も考えない、まさに「無」の世界も広がる。

こんなワクワクとした経験ができるのが木工芸というものつくりなのだ、などと勝手に思いながら次の伝統工芸展に向けての制作をつづけている今日この頃。

因みに、完成し無事鑑査を通った作品は半年かけて全国を回る展覧会で多くの皆さんに見ていただいたあと自宅に戻り、押し入れの中で静かに眠りについている。