1.統計的な思考力
研究内容は,「数学教育における統計的な思考力の研究」です。
子ども達は情報化社会の21世紀を生き抜くために不確定な事象である統計的・確率的な資料を読み取り判断を求めるための重要な見方や考え方をつけていくことが一層重要になります(柗元,2008)。教育課程企画特別部会の論点整理(文部科学省,2015)では,算数・数学における改訂の具体的な方向性として,「社会生活などの様々な場面において必要なデータを収集して分析し,その傾向を踏まえて課題を解決したり意思決定をしたりすることが求められており,そのような能力を育成するため,高等学校情報科等との関連も図りつつ,小・中・高等学校教育を通じて統計的な内容等の改善について検討していくことが必要である。」と述べています。
さらに、OECD DeSeCoプロジェクト(立田他,2006)やATC21Sプロジェクト(三宅他,2014)が提案した21世紀型のスキルでは,批判的思考力の重要性を指摘しています。教育課程企画特別部会の論点整理(文部科学省, 2015)でも,これからの時代に求められる資質・能力として,「情報手段を主体的に選択し活用していくために必要な情報活用能力」「物事を多角的・多面的に吟味し見定めていく力(いわゆる「クリティカル・シンキング」)」「統計的な分析に基づき判断する力」などを挙げています。数学教育において、統計は批判的思考を高める領域として重要な位置を占めます。
以上のような背景を受け、現在は、「日本の初等中等教育における批判的思考を志向した統計指導プログラムの開発」の研究を行っています。 → 「統計的な思考力」サイトを参照。
2.数学的モデル化
研究内容は,「数学教育における数学的モデル化の研究」です。
大雑把に説明すると,今の日本の算数・数学の指導内容が数学そのものに偏っていて,算数・数学の勉強はできても,「数学を何のために勉強するかわからない」「数学は現実とは関係ない」「数学は将来自分がつく職業に使わない」と考えている児童・生徒が非常に多いことが問題になっています(国際調査でも顕著に表れています)。皆さんはどうでしょうか?
これらの意識を改善するために,身の回りにあることがら(事象)から授業が出発し,理想化や抽象化をして算数・数学の舞台にのせて算数・数学を用いて解決し,解決した数学的な解が,現実に照らし合わせてみてチェックをかけます。現実と整合性がつけばそれでいいのですが,そうでない場合は,「理想化や抽象化の仕方」がまずかったことになります。理想化や抽象化の仕方を変えて,やり直すことが必要になります。このような授業(教材)開発や実践をするだけでなく,諸外国のカリキュラムと比較したり,現在の小中高のカリキュラム(学習指導要領)を見直し,提言することを研究の領域にしています。 → 研究業績に挙げている論文を参照。
3.数学的な表現力
「数学的な表現力」が強調される背景
(柗元 新一郎 中学校新数学科 「数学的な表現力」を育成する授業モデル明治図書 より)
なぜ,「数学的な表現力」が強調されるようになったのか。それは,平成19年6月に公布された学校教育法の一部改正(平成19年6月可決)により,教育基本法の改正を踏まえて,義務教育の目標が以下のように具体的に示されたことが大きい。
「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう,基礎的な知識及び技能を習得させるとともに,これらを活用して課題を解決するために必要な思考力,判断力,表現力その他の能力をはぐくみ,主体的に学習に取り組む態度を養うことに,特に意を用いなければならない」(第30条第2項,第49条,第62条等)。(下線筆者) |
つまり,学力の重要な要素は,
① 基礎的・基本的な知識・技能の習得
② 知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等
③ 学習意欲
であることを明確に示したのである。
そして,学習指導要領策定の基となる中央教育審議会「答申」(文部科学省2008a,以下「答申」)では,生徒の学習到達度(PISA)調査(国立教育政策研究所2004),全国学力・学習状況調査(文部科学省・国立教育政策研究所2007,2008)など国内外の各種調査の結果から,「基礎的・基本的な知識・技能の習得については,個別には課題のある事項もあるものの,全体としては一定の成果が認められる。しかし,思考力・判断力・表現力等を問う読解力や記述式の問題に課題がある。これらの力は現行学習指導要領が重視し,子どもたちが社会において必要とされる力であることから,大きな課題であると言わざるを得ない。」(下線筆者)と述べられており,子どもの実態を通して,「思考力・判断力・表現力」について意識した取り組みを求めていることがわかる。さらに,「答申」では,「基礎的・基本的な知識・技能の習得とこれらを活用する思考力・判断力・表現力等をいわば車の両輪として相互に関連させながら伸ばしていくことが求められている。」と述べている。
以上をまとめると,種々の調査で現れた生徒の思考力・判断力・表現力の課題をきっかけに,教育基本法・学校教育法の法整備において「思考力・判断力・表現力」を学力の重要な要素に位置づけたこと,さらに,これを受けて,中央教育審議会における「答申」でも強調され,「答申」を受けた学習指導要領の改訂にも影響を及ぼしたことになる。