構造物の座屈の動力学的評価法の研究

(2015~2016年)

座屈は一般に,構造物の破壊を招く現象として知られていますが,膜のしわやたるみも座屈現象であり,膜やテザーなど柔軟な部材を用いた構造物(ゴッサマー構造物)の収納・展開には不可避(面外座屈がなければ,硬くて引っかかって開かない)なものでもあります.構造物は座屈荷重に達すると,載荷しなくても変位が増す,という負の仕事が発生し,ごく短時間で大変形します.これを,構造物が不安定状態にあると言います.剛な材料であればその変形は塑性域に達しますが,柔軟部材は剛な部材と比べて,引張に対する圧縮剛性が非常に小さく,容易に圧縮座屈を生じるものの,多くは塑性変形せずに元の形状に戻ることができます.宇宙機の設計では,不安定な構造を避けたい場合(座屈を生じさせたくない場合)もあれば,ゴッサマーの展開のように,ある程度許容するものもありますが,展開の非再現性の大きな要因となるため,その分布や変位量を把握しておくことは重要であると考えれらます.本研究では,時々刻々大変形する展開構造物の動解析において,座屈を検出し,不安定性や変位量を定量化し,過渡応答の図においてそれらを可視化する方法を提案しました.

一般的な座屈解析では,構造物の剛性マトリクスKの固有値が0以下となる時を検出することで座屈判定します.しかしこれは力とモーメントの釣り合い式のみを考慮した静的な解析で用いられるものであり,もし同様の方法を,運動方程式に基づく動的な解析に適用すると,誤判定が生じます.それは,変形を伴わない並進や回転運動(剛体運動)をしている時にKの固有値はゼロになることと,圧縮状態で回転運動をするときにはKの固有値が負になることによります.例えば,図のような長手方向に単位ベクトルeを持つトラス部材(ヤング率E,断面積A,自然長L,長さl,歪ε)の局所剛性マトリクスKabを考えた時,変位wvを生じさせる外力fを計算すると0や負(ε<0の時,即ち圧縮歪の時)になりうることが分かります.これは,変位ベクトルに対して0や負のKKの固有値が0や負)が掛けられたということを示します.

そこで,運動中の構造物に対し,その形状(=その位置ベクトル)の状態で,歪が0・長さが自然長であると仮定した新しい剛性マトリクスを定義します.すると,内力の発生していない状態を仮定することができ,その状態で生じる変位は剛体運動による変位のみである,と言うことができます.つまり,新しく作った剛性マトリクスの固有値が0になる固有ベクトルq˜を取り出し,「剛体モード空間」を定義します.元々の剛性マトリクスから得られる固有ベクトルηから,左図のようなイメージで剛体運動成分を差し引き,残った直交成分η*(=変形成分)のなす仕事が負であれば座屈している,と判定することができます.これを動的な過渡応答解析中の各時間ステップで実施します.

本研究では,展開の非再現性の要因の一つとして座屈分岐を位置づけています.座屈は,初期不整や微小外乱などの小さな要因によって座屈後の挙動(どの程度の時間でどの程度の変位に達するのか)に大きな影響を与えると考えられます.しかし,宇宙機や筐体の固体差によってそれぞれ異なる初期不整や微小外乱を全て漏れなく列挙して数値を与え,くまなくケーススタディで調べることは大変なことです.また,座屈時の速度や加速度などの運動の状態も,その後の変位に影響を与えることが考えられます.そこで本研究では,展開再現性を高めるためには,「座屈が起きないこと,起きたとしても定量的に評価できること」が重要であると考えました.前者は,上述の座屈の検出でクリアできます.後者については,検出された座屈に対して,「どの程度の外乱が与えられれば,座屈モード方向にどの程度の変位(右図の⊿x)を生じるのか?」を,運動方程式を解くことによって定量化しました.外乱が作用する時間を設定すれば,その外乱のノルム(DF値・Disturbance Force valueと定義)と座屈変位量(BD値・Buckling Displacement valueと定義)が運動方程式からは得られます.DF値もBD値も,速度と加速度に依存する値,即ち,運動の状態を考慮した値として得られます.この計算は,各時間ステップで,座屈が検出されるたびに実施します.

DF値もBD値も図から分かるように,一つの固有ベクトル(座屈モード)に対して一つの値が得られるので,複数の座屈解が同時に得られた場合,それぞれのDF値を比較することで,最も起こりやすい座屈モード(最小DF値の固有ベクトル)を選ぶことができます.そして,BD値は図のe*(単位ベクトル)を各節点ごとに取り出して,α(座屈変位の大きさ)をかけてノルムを取った値として定義しているので,構造物の節点数分の値を並べたベクトルとして得られます.そのベクトルの成分を見ることで,どの節点(構造物のどの領域)が大きく変位するのかが分かります.DF値が小さいほど容易に座屈変位を生じ,BD値が大きいほどその座屈変位は大きい,と言うことができます.DF値は大きい方がロバスト性が高そうですが,DF値が小さくともBD値が小さければ,ノミナルの展開形状からの変位のずれは小さく,影響は少ないと見ることもできます.更に,BD値の成分値の大きい構造領域に何か補強材を入れるなどの改善策を施す,などといった指標にもなり得ます.そこで,過渡応答図において,各節点をBD値に応じて色が濃くなるようにカラーコンター表示するようにしました.また,各部材(節点間をつないでいる構造要素)も,圧縮座屈荷重に達していればたるんでいるとみなすことができ,その変位量に応じて色が濃くなるようカラーコンター表示をするようにしました.こうすることで,節点・要素の両方の座屈を網羅することができ,より視認性を高め定性的な把握をしやすくしました.例としてIKAROSの膜の2次展開を計算した図が下図です.節点は黄色,要素は赤でカラーコンター表示しています.展開初期は中央付近のテザー部分に黄色が多く見られ,展開終盤で膜の縁付近に赤が多く見られ,いずれも実際に見られる現象と同様の傾向を示す結果が得られました.

本研究は有田の博士後期課程の研究として,宮崎康行先生(日本大学)のご指導・ご協力のもと実施しました.宮崎先生がホームページで本研究を紹介してくださっております.

  • Arita Shoko, Miyazaki Yasuyuki, “Modified method of detecting dynamic buckling”, Mechanical Engineering Letters, Vol 4, No.17-00441, pp.1-8, Jan, 2018, DOI: https://doi.org/10.1299/mel.17-00441.
  • Arita Shoko, Miyazaki Yasuyuki, “A study of dynamic evaluation of structural buckling”, Mechanical Engineering Letters, Vol 2, No.15-00677, pp.1-8, March, 2016.