3.速い光と情報速度
3-1 相対論的因果律
超光速度パルスによって搬送できる情報については、SommerfeldやBrillouin以来、長い間、議論がなされてきた。相対性理論からは、超光速度での情報伝達は因果律に抵触する。図3-1は、相対論的因果律を説明する。静止系(赤色座標系)から見て、原因となる事象が先に起こり、結果となる事象が後に起こったとしよう。この2つの事象を超光速度の情報伝達によって結ばれていると仮定する。静止系からみで等速度運動をしている慣性系(緑色座標系)では、同時刻線はローレンツ変換によって傾いた線(緑破線)になる。この慣性系では、結果となる事象が先に起こり、原因とる事象が後に起こることになる。ある日、携帯電話がなって出てみると明日の世界の誰かからの電話であったということが起こりうる。したがって、超光速度での情報伝達は因果律に抵触する。
図3-1 相対論的因果律
3-2 情報とは?
速い光に乗せることのできる情報はどのようなものであろうか。ここでの情報は次の様なものである。図3-2(a)において、緑色の線から右側が幕によって覆われており、時間の経過とともに幕が開き、物体が姿を現したとしよう。(a)では、早い時刻に現れた尾の形からこの物体がゾウであることが推定される。従って、さらに時間が経過して、ゾウの全体像が現れても新しい情報はない。一方、(b)では、ゾウであると推定していたにもかかわらず、ある時刻にキリンに切り替わるという新しい情報(驚き)が含まれている。
図3-2 未来の推定と情報の意味
数学的には次のようなものになる。図3-3上段は、ガウス波束について時刻t=0においてテイラー展開し、各次数での展開関数を描画したものである。8次までの展開で波束のピークが現れる。さらに展開次数を上げることでガウス波束の全体(ゾウの全体に相当する)が現れる。このことは、時刻t=0近傍における波束が既にパルスのピークやパルス全体に関わる情報を保持していることを意味する。一方、図3-2(b)に示されるように、関数の値、もしくは微分値が不連続になる非解析点(Non-Analytical point)が含まれている場合、その点よりも後の時刻の波束は展開によって推定することはできない(像だと思っていた物体がキリンに変わったことに相当する)。すなわち、非解析点はその点の前後を情報という意味で断絶している。このことから、パルスのピークなどには新しい情報はなく、非解析点に本当の情報が含まれている、と考えることができる。理想的な非解析点は無限に広いスペクトルをもっている。このため、波束の先端と同じように、情報(非解析点)を超光速度で伝播させることはできない。
図3-3 解析関数の展開による未来の推定と非解析点
3-3 情報速度の実験
図3-4 (a)、(b)は、リング共振器を、弱結合、強結合条件にし、それに対応した異常分散と正常分散による「速い光」と「遅い光」を実現したものである。パルスのピーク位置は系の分散による群速度に応じで先行と遅延を示している(青色下向矢印)。一方、図3-4(c)、(d)は、情報を搬送していると考えられる非解析点として、図中の赤色矢印で示される不連続性を持たせたパルスを透過させた実験結果である。非解析点は群速度ではなく光速度で伝播している。このことは、「速い光(超光速度伝播)」のなかでも情報は光速度でしか伝播できないことを示している。
図3-4 「速い光」「遅い光」のなかでの非解析点の伝播
参考
・Physical Review A, 96, 023813 (2017).
・Physical Review A 92, 063837 (2015).
・Physical Review A,88 ,053822 (2013).
・Physical Review A 84, 043843 (2011).