システム監査学会2019年度第2回定例研究会レポート

遠藤が副主査として開催した研究会が、法政大学市ヶ谷新一口坂校舎で開催されました。
(遠藤以外に修士学生1名も参加)
カンボジアの事例から日本のキャッシュレスへの提言まで、すばらしい講演内容でした。

日時:2020年2月19日(水)18:30~20:20
テーマ:カンボジア国立銀行デジタル通貨「バコン」とブロックチェーンの最前線
講師:宮沢和正氏(ソラミツ株式会社特別顧問、3/1より代表取締役社長)
出席者:27名
■講演要旨
カンボジア国立銀行と日本のソラミツ株式会社が共同開発した世界初の中銀デジタル通貨「バコン」(Bakong)は、2020年3月末から正式運用が開始される。「バコン」は、日本発ブロックチェーン「Hyperledger Iroha」を活用したトークン型のデジタル通貨で、国家全体の決済アーキテクチャの大幅な簡素化・低コスト化を実現している。日本も国際的な競争に乗り遅れないように、日本銀行メンバーに加えて決済や技術の専門家チームを組成して、中央銀行デジタル通貨に関して、具体的な実施計画を検討すべきである。

【講演内容】
1.講演者と所属企業の紹介
宮沢氏は、カンボジア中央銀行プロジェクトの総責任者で、その前はソニーで交通カードSUICAの開発,楽天でEdy創業を行うなど、電子マネー関連での経歴が長い。
ソラミツ株式会社はブロックチェーン技術で社会課題を解決するミッションの企業。設立は、4年前の2016年2月で日本、スイス、ロシア、カンボジア等6か国に子会社があり、従業員数約60人。実績としては、中央銀行、証券取引所、金融機関等との取引が中心。ブロックチェーン開発に加え、インターオペラビリティ開発を行っている。

2.カンボジア中銀デジタル通貨
2.1導入の経緯
カンボジアは、銀行口座の開設率が22%と低い一方で、スマホ普及率は150%と高く、2台持つケースも多い。最近Wingというモバイル送金を行う決済事業者が、全国で4000店舗以上店を作り、スマホによる送金が拡大してきた。農村部の金融包摂を促進するということと、決済事業者の管理を行うという、2つの課題に対し、中央銀行がネットワークを整備したうえで、決済事業者を含む金融機関が参加する決済の仕組みを作ることとした。

このネットワークやシステムの構築には、ブロックチェーンの改ざんできない、二重支払いができないという特徴が必要であるとして、共同開発するブロックチェーン技術企業の選定が行われた。ソラミツ株式会社には、2017年1月に問合せがあり、他2社との競争入札で選定され、2017年4月から共同開発を開始した。2019年7月に本番システムの開発が完了し、テスト運用として、大手のアクレダを含む11銀行が参加し、7千人が送金や店舗での支払いに活用している。2020年3月末に正式運用を開始し、全銀行120行に広げる。

2.2カンボジア中銀デジタル通貨の特徴
①データ自体が現金と同等の価値を持ち、転々流通可能なトークン型のデジタル通貨。「バコン」はデジタル財布の名称で、通貨単位はカンボジアリエルとUSドル。
②入手方法は、カンボジアの携帯電話番号を保有している人は、誰でもアプリをダウンロードして民間銀行か決済事業者を選択して登録し、現金または預金と交換して入金できる。現在は現金入金が中心。Wingや銀行に行って現金を入金している。取引は瞬時で信用リスクはなく、個人間・企業間・銀行間の直接送金、店舗や請求書のQRコードでの支払いが可能で、日本のようにコンビニに行く必要はない。
③利用方法は、送金先の銀行口座番号を知る必要がなく、相手の携帯電話番号宛に直接送金したり、対面でQRコードをスキャンしたりすることで決済や送金を行う。送金手数料や加盟店手数料は無料である。決済手数料も無料である。ただし銀行やWingは現金と交換するときに、若干の手数料を取っている。
④匿名性とマネロン対策については、銀行口座は必須でないため、本人確認未済でも使えるが、その場合、1日250ドル+250ドル相当のリエルが上限である。本人確認して銀行口座と紐づけると1日2500ドル以上の取引が可能となる。口座開設率を上げるのが一つの狙い。
⑤ユーザーが端末を紛失した場合でも、本人確認による鍵の付替えができる。ビットコインは鍵を紛失すると使えなくなるが、実用化のため、付替え機能を開発した。
⑥間接発行であり、カンボジア国立銀行にとっては、所有者は匿名。民間銀行が本人確認によりKYCが行われる。
⑦ソラミツが開発したブロックチェーン「Hyperledger Iroha」を活用し、カンボジア国民1600万人に提供する強固なセキュリティと十分な処理能力を実現。
⑧少額のリテール決済から高額のホールセール、銀行間取引まですべて一貫して一つのブロックチェーン化している。国家全体の決済アーキテクチャの簡素化、低コスト化を実現している。日銀ネットのRTGS(Real-Time Gross Settlement即時グロス決済)の100分の1程度の費用で実現できている。
⑨2017年に銀行APIが全銀行で義務化された。中央銀行がHUB化しており、1ヶ所つなぐと全銀行に繋ぐことができる。Edyを銀行に繋ぐときは1行あたり30百万円くらいかかった。100行と接続するためには30億円かかることになるが、今回は0円でできた。また、他の決済手段を禁止し、通貨や決済を乱立させないようにしている。「バコン」共通APIを各銀行に開放し、各銀行は独自サービスを追加している。
⑩海外とのクロスボーダー送金・決済も開発中。具体的な対象国はタイとマレーシア。

2.3カンボジア中銀デジタル通貨導入の目的
①金融包摂、金融政策力の維持、銀行口座開設率の向上
銀行支店がない農村地域でも本人確認不要で「バコン」サービスが開始できる。
②自国通貨の強化、電子商取引、クロスボーダー決済
現在、ドル取引が7割だが、テスト運用段階での「バコン」での決済は4割がドルでリエルが6割となっており、自国通貨の強化に繋がる。またクレジットカードを持っていない国民が多いので、電子商取引の決済手段ともなる。Wingの4000店舗で「バコン」を利用できるようにして、加盟店もそのまま利用できるようにする。中国のデジタル人民元もアリペイやウィーチャットペイ、銀聯で利用できるようにするという同様の戦略を取ると聞いている。
③最先端システム、国家全体の決済アーキテクチャ簡素化・低コスト化
リテール決済からホールセール決済(RTGS)を同一のシステムで処理可能。決済手段乱立の解消、現金流通コストの削減。銀行API(ISO-20022)で従来のコアバンキングシステムと連結。現在はブロックチェーンのノードは中央銀行が持っているが、将来的には一般銀行にも開放するかもしれないとのことである。

2.4アプリケーションの特徴
ユーザー・加盟店向けアプリケーションは、スマートフォンアプリで、ドル・リエルが使い分けれる。金融機関管理者向けアプリケーションでは、高額取引はマルチシグニチャーが必要である。金融機関ではモニタリングにより、疑わしい取引の停止も可能。

3.中銀デジタル通貨の分類、日本のキャッシュレス決済との相違点
3.1カンボジア中央銀行の発行するデジタル通貨
目的は信用リスクのない支払手段の提供、金融包摂の推進、金融政策力の維持であり、現金と同じ流通形態を取り、徐々に現金を代替するため、通貨発行量に影響がない。
・銀行券の代替かつ銀行間の大口決済でも利用
・匿名の場合、利用限度額あり、本人確認すると利用限度額拡大という二面性。
・価値保存はトークン型(⇔口座型)
・利用者への発行は民間銀行が発行する間接発行形態(⇔中央銀行直接発行)
・発行量のコントロールは、紙幣を裏付けとして制限を設ける
・付利なし
・データ活用は民間銀行が活用するが、政府は活用しない。

3.2中銀デジタル通貨と現金・電子マネーとの比較
デジタル人民元がよく似ているが、人口14億人が対象のため、ブロックチェーンは一部での利用で、それ以外は中央集権的な仕組みと聞いている。2020年にテスト開始の方向。二層形式の間接発行である点は同じ。
LIBRAも似ているが、一番大きな違いは中央銀行が発行することと、価値裏付けが法定通貨か通貨バスケットであるかという点である。LIBRAは様々な課題があり、解決しないと発行できないとして世界中で議論がされている。

デジタル人民元(中国) Bakong(カンボジア) Eクローナ(スウェーデン) 現金 電子マネー LIBRA
発行者 中央銀行 中央銀行 中央銀行 中央銀行 企業 LIBRA財団
形式 二層形式

間接発行

二層形式

間接発行

直接発行と間接発行を検討 銀行経由の直接発行 直接発行 二層形式

間接発行

価値保存 トークン型 トークン型 口座型 現物保有 口座型 トークン型
技術 ブロックチェーンを権利確認と照合で使用 ブロックチェーン ブロックチェーン以外のデジタル技術 紙印刷 RDB等 ブロックチェーン
価値裏付け 法定通貨 法定通貨 法定通貨 法定通貨 供託金等 通貨バスケット
匿名性・追跡可能性 匿名性有、追跡可能 匿名性有、追跡可能 匿名性有、追跡可能 匿名性有、追跡不可能 匿名性有、追跡可能 匿名性有、追跡可能
利用状況 2020年にテスト開始見込 2020年1Q運用開始 運用開始準備中 流通中 流通中 運用開始に向けた課題あり

トークン型のデジタル通貨は、データ自体に現金と同等の価値があり、ファイナリティがある。銀行間・企業間・個人間での直接取引が可能である。
口座型の場合、企業間での支払いの場合、企業Bが月末締め翌月払いのような形で送金をして、企業Aは着金確認をする。ネット決済で様々な取引が混在しており、着金まで引当てをするということを、大体の企業は行うなど、多くの工数がかかる。
これがトークン型の場合、トークンは現金と同じなので、その場で払って完了する。すべての支払いがグロス決済(RTGS)できるので、資金清算の振込や着金確認が不要になる。企業間の取引に銀行不要となる。銀行の決済業務が縮小していく。
ブロックチェーンにはスマートコントラクトの機能を付けることができるので、税金支払や賃貸等の契約に連動した定期的な支払が可能である。会計処理が透明化され、監査に使うということもできる。決済や支払が根本から変わってくる。

3.3日本のキャッシュレス決済との相違点
日本のキャッシュレス決済は高コストで、加盟店にも負担が生じる。
①決済間の相互互換性がないため。複数の決済手段を受け入れるための投資がかかる。
②加盟店への振込に約1カ月かかるなど流動性が低い。小規模店では利用金額が少ないことから、振込手数料の負担のため、3か月まとめて入金するようなこともあり、その間の資金負担が生じてしまっている。
トークン型になれば、加盟店では資金の流動性が高くなり、システム投資も低減できる。シンプルな仕組みとするか、既存システムに相互運用性をつけるという形にするか判断の岐路に立っている。日本では、金融機関、クレジットカード会社、新しい決済事業者の関係がミッシングリンク(連続性が欠けた部分)で、n:nになっているが、ここにHUB機能を作るべきではないかと提言している。決済事業者が金融機関に接続するため、各社重複投資をしており、接続機能を提供する企業だけが儲かっている。カンボジアでは、中央銀行がHUB機能を作って、XMLでつながっていて、口座の送金手数料が無料となっている。カンボジアの中央銀行からすると、お札を発行し輸送管理し、ATM網を維持するコストが低減できるので、「バコン」の仕組みは無料で提供できる。
ConsenSysが2020年の1月にCBDC(中銀デジタル通貨)を提案するホワイトペーパーを出しているが、3年前に設計した「バコン」の仕組みとほとんど同じである。唯一異なる巻き戻し機能のところは、中央銀行が万能になって何でもできてしまい、国民から信頼されないのではないかということであえてつけないこととした。
ブロックチェーンを使う必然性は、システム管理者でも頭取でも政府でも、何人たりともデータを変えることができないことを技術で担保することで、カンボジア国民の信頼を得ることができると考えたことによる。

4.地域通貨・スーパーシティ構想への活用
4.1 地域通貨の取り組み
ソラミツは、会津若松で、地域通貨の実証実験を行っている。将来的に中銀デジタル通貨とも相互運用可能な地域デジタル通貨として設計しており、自治体共通プラットフォームの実現を目指している。会津若松は、5月から本番稼働を考えているが、「バコン」の仕組みを、カスタマイズしたので、4ヶ月くらいで開発できた。他の地域でもすぐにカスタマイズ可能である。地域通貨は、決済手段だけではなく、善意の流通、エコ活動推進、中小企業の資金調達にも活用の可能性があると考えている。

5.日本における提言
5.1日本のデジタル通貨検討をめぐる動き
自民党の金融調査会のデジタルマネー推進PTで、カンボジア中銀デジタル通貨「バコン」と日本における提言に関して、2019年11月26日と2020年2月7日の2回議論した。それを受けて、自民党(1月15日)、MUFG(1月28日)、JPモルガンが、カンボジア中銀を視察している。

5.2日本における提言(11月26日)
①デジタル通貨(ホールセール・リテール)の決済及び技術エキスパートチームを結成し、制度面、技術面、運用面などの具体的検討と実証実験を実施すべきである。現在は日本銀行のメンバーだけでなく、実務経験者や最先端の技術を持っている人も入れるべきである。
②ホールセール向けデジタル通貨を、早期に導入し、乱立する決済手段を纏める役目を果たすべきである。税金支払いや現在のキャッシュレス手段である電子マネーやスマホ決済(SuicaやPayPay)へのチャージを可能にすることを提案した。
③民間金融機関と共創で、「リテール向けデジタル通貨」をモデル地区から導入して、地方創生に活用しながら、検証、技術開発、相互接続を実施することを提案した。
④政府が標準化、法制度、枠組み整備を実施するよう提案した。
中銀デジタル通貨の優位性と課題については、以下を示した。ただし、停電等を考えると現金がゼロにはならないと考えている。

優位性 課題
日本国 ・通貨主権・金融政策の有効性向上
・決済手段の相互運用性を確立し乱立を解消
・民間決済事業者倒産によるリスク低減
・クロスボーダー決済、インバウンド対応
・停電に対する対応
・国民全体のITリテラシー向上が必要
・プライバシー・セキュリティ対策
銀行
金融機関
決済事業者
・現金流通・管理コスト削減、利便性向上
・資金移動・決済システムコスト低減
・データ活用ビジネス
・金融ワンストップサービス
・金融機関の信用不安の場合には、取付騒ぎ対策が必要
・銀行の信用創造力の低下防止
個人

企業

自治体

・乱立した決済手段の一元管理
・送金・決済の利便性・即時性・手数料削減
・転々流通による流動性拡大
・スマートコントラクトによる自動化・透明化
・停電に対する対応
・プライバシー・セキュリティ対策

日本のデジタル通貨の発行形態としては、「二層構造」の間接発行で本人確認やウォレット管理は仲介機関(銀行・信用金庫、証券会社等、前払式支払手段、資金移動業者)が実施する形態で、現在のキャッシュレス手段と共存し、現金と同様の価値と利便性を持たせて流通することを提案した。最初は銀行からということが常道かと考えている。
カンボジアは1600万人だからできたが、日本は1億3千万人でできるのかという疑問に対しては、ブロックチェーンを二層構造で連結するよう、インターレジャーやアトミックスワップという技術を活用すれば、理論的には数億人から数十億人のスケーラビリティが可能と説明している。ただ実証はされていないので、実証実験を提言している。

5.3今後の検討課題
今後の検討課題としては、以下が挙げられる。
①金融政策への影響…現金(M0)だけでなく、預金とか定期預金に広げる場合、金融政策への影響がどうなるかという点。
②仲介機関の対象範囲や機能…資金移動業者を含めるか、含める場合どのような管理を行うか。
③金融機関などへの影響…金融機関の業務スタイルがどのように変化するか。定期預金について一定期間ウォレットからの引き出しを停止し、その預金を見合いに貸出として信用創造を行うことで新たなビジネスができるかもしれない。
④AML/KYCへの対応…本人確認の精度向上や、テロ資金等のマネロンの疑義がある場合の組戻し等のルールの整備が必要。
⑤個人取引情報の保護…アクセス制限の設定をどうするか。
⑥法制度整備…ファイナリティの定義や、第三者対抗要件等の手当。仲介機関を跨いで価値が移動する場合の仕組みが必要になる。カンボジアでは、デジタル通貨と現金のバランスが崩れた場合、手作業で行っているが、今後自動化やルールを作る検討が必要になる。

5.4日本における中銀デジタル通貨検討の今後の進め方
現状のキャッシュレスの状況は課題があるので、改善できないかと考えている。他方、金融政策等の課題があり、簡単ではないので、早く実証実験等を開始し、課題の洗い上げをする必要がある。国際的な競争に乗り遅れないために、早く専門家チームを組成し、具体的な実施計画の工程表を作ることを、政府にお願いした。

6.Hyperledger Irohaについて
6.1 Hyperledger Irohaの特徴
Linuxと同じように、オープンソースで世界標準になることを目指し、Linuxが制定したHyperledgerプロジェクトに応募し、2016年10月には、全世界260社の中から、投票でIBM、Intelに続いて3社目としてソラミツが選ばれた。2019年5月には、バージョンアップしたものが、Linuxから商用バージョンとして認定された。
オープンソースなので無償。セキュリティ監査をKPMG、トーマツにやってもらっている。日本のブロックチェーンを開発している企業はいくつかあるが、オープンソースは、ソラミツのみ。一般的なブロックチェーンの課題をすべて解決した。具体的には下記。

ブロックチェーンの課題 Hyperledger Iroha
①開発・導入・品質確保が困難 開発導入容易性は、他のブロックチェーン比ダントツ
JAVAやPythonが書ければ開発できるレベル
カンボジアのエンジニアでも開発可能で生産性も高い
②処理能力低い、ファイナリティなし 高速大量処理で、ファイナリティもある。
Hyperledger FabricやCorda 等と比較しても、処理スピードは速い
③プライバシーが無く、鍵紛失で利用不可 必要な人にしか情報を見せない
鍵をなくしても再発行できる
④単一障害点、ビザンチン将軍問題 BFT・単一障害点なし
高い信頼性と安全性実現
⑤必要リソース大、モバイルSKD( Software Development Kit)不十分 B2Cマーケット向け
Webモバイル対応(SKDも豊富)

6.2カンボジア中銀との共同開発での機能拡充

①開発・導入・品質確保の容易性…あらかじめ定義されたコマンドを用意した。例えば送金であればTransferAssetというコマンドを使えば一行でできる。二重送金がないか等のチェックをすべてした上で送金することができるコマンドである。AddAssetQuantityというコマンドでは、通貨の発行を追加することができるが、中央銀行の権限者に限定し、マルチシグニチャーで権限者が例えば3人集まらないと実施できないように設定ができる。
②プライバシー…Role Based Access Control モデルにより容易に対応できる。銀行ごとにドメインを分けた上で、役割(Role)や権限(permission)を設定する。カンボジア中銀からは、各銀行は自行の取引は見れても良いが他行の取引は見れてはいけない。中央銀行はすべての銀行の取引を見ることができるといったニーズが出た。これら権限のニーズを簡単に設定できるブロックチェーンはあまりないが、Irohaでは簡単に役割別のアクセスコントロールとして設定できる。
③消費者保護機能…携帯紛失時には、鍵再発行する必要があるが、反面誰でもが再発行できてはいけないので、自分の鍵の再発行権のみを管理者(口座の銀行)にGrant(譲渡)できるとした。管理者が本人確認の上で、古い鍵を消して、新しい鍵を設定することとした。
④ガバナンス…コンソーシアム型なのでもともと優れているが、(反面生じる)権限集中の懸念についても、配慮している。中央銀行が勝手に何でもできるようにしてはいけないということで、三権分立の仕組みをブロックチェーンに取り込むようにした。いわば「憲法」を最初の「Genesis Block」に記載することで、「憲法」を変えることができない仕組みをブロックチェーンの中に凝縮して取り込んだ。

Hyperledger Irohaは何億円も投資しているが、オープンソースで無償利用できるので、ソラミツの収益モデルとしては、Redhatモデルで、周辺の開発ツールやアプリケーションを有償で提供している。全体をUNKAI/雲海と呼んでいる。開発パートナーとして7社、ユースケースパートナーとして43社と連携し、Hyperledger Irohaオープンコミュニティメンバーが全世界で300名以上いる。

7.インターオペラビリティの取組み
①Two-way Pegサイドチェーン…ビットコインやEthereumをHyperledger Irohaに接続することで、セキュリティや処理能力を高める技術。
②Polkadot Runtime Environment…ソラミツとW3F(Web3.0Technologies Foundation)とで、インターネットのTCPIPがネットワークをつなぐように世界中のブロックチェーンをつなぐものの開発を開始している。
③ISO/TC307ブロックチェーン国際標準化でインターオペラビリティを審議しているが、日本代表委員として参画している。
以上のように、様々なブロックチェーンを相互接続することで世界を覆うTrusted Internetを実現すべく、デファクト、デジュリーの両面から活動している。

8.質疑応答
Q:停電やネットワークが繋がらなくなった場合に関しての議論はあったか。
A:二重化三重化の仕組みを入れているが、完全にストップした場合に備え、現金で決済できるように準備している。

Q:KYCに関しては、銀行口座を作成することで確認するのか。銀行口座を増やすのが目的なのか。
A:カンボジア中銀としては、現状保有率22%の銀行口座を増やすのが目的であるが、農村部まで支店を作るのは難しいので民間の決済事業者とも提携するが、仮に仲介機関が倒産してもデジタル通貨は中央銀行が保証しており、倒産隔離されるので、それも今回の趣旨である。

Q:紙幣を裏付けにする意味は。
A:インフレを回避するために、市中の紙幣を回収して発行することとしている。

Q:本人確認がない場合の上限250ドルの理由は何か。
A:背景は教えてもらっていない。マネロンの関係と日々の支払いはできるレベルかと。

Q:データの利活用で民間企業は何を活用するのか。
A:一つの例として、リネットとソラミツがジョイントベンチャーの会社を作ったが、リネットはマイクロファイナンスの会社であり、利用者の許諾が前提となるが、決済情報とファイナンスの情報から、信用スコアリングを行うことを計画している。

Q:データはどこに蓄積されるのか。
A:民間金融機関に蓄積される。

Q:デジタル通貨で資金供与に関しての変更はあるか。
A:デジタル通貨自体では信用創造はできないので、デジタル通貨を預金してそれを元に信用創造することが基本である。デジタル通貨自体での信用創造にも方法が考えられるが、今後の動向を見ていく必要がある。

Q:Libraのような世界通貨の可能性や中央銀行の決済はどう変わっていくと考えているか。
A:非常に大きなテーマである。Libraについては、各国からみて通貨主権を脅かす存在として反対されるので、容易には発行できないと思われる。ただLibraがきっかけになって、各国でデジタル通貨の議論が起こった点は、人類にとっては進歩である。開発途上国では、BISの調査では、3割くらいが数年以内にデジタル通貨を採用するとしており、開発途上国の方が実現は早い。ソラミツも50か国程度の中央銀行に売り込んでおり、小さい国や現金の輸送コストが高い島国などで需要がある。

Q:他国通貨であるUSDをデジタル通貨化してしまっている点が驚きだが、アメリカは許可しているのか。アメリカから何か言われていないのか。
A:カンボジア中銀は、あくまでモバイル決済手段と言っている。単なる決済手段であるとしているので、何も言われていないものと思われる。

Q:デジタル人民元はオフラインで決済可能との話があるが、「バコン」はどうか。
A:「バコン」ではできない。人民元については、諸説あるが、オフラインでは二重払いが発生しうるので、やらないのではないかとの意見がある。

Q:日本の地域金融機関は、支店を減らしていく方向かと考えるが、その際、デジタル通貨導入は、代わりになりうるのか。
A:デジタル通貨になると、運営コストはセーブできる可能性がある。決済では儲かっておらず、むしろATMの費用が削減できるなら、決済は無くなっても影響がないと言う金融機関関係者もいる。

Q:カンボジアのように、中央が強いところと比較して、日本では難しいかもしれないが、地域での通貨の方が、実現可能性があるのではないか。
A:日銀へラブコールを送っているが、なかなか難しいので、二面作戦で、地域で作り、その場合は、将来的につながる仕組みを最初から設計しておけば良いと考えている。地銀も、預金量は減らしたくないという点で危機感を持っている。例えば電子マネーで給料を受け取れるという制度改訂に対して、心配しているようである。

Q:ブロックチェーン同士を繋げて、より大きな国でも対応できるという説明があったが、一か所で遅延が生じると、他のブロックチェーンにも影響するのではないか。
A:シャーディングという技術の実証実験は既に行われている。ただ大規模なケースは行われておらず、今後実証実験が必要だと考える。ブロックチェーンでもクレジットカードと同様に、残高を確認してオーソリが先に行われ、台帳記入は後で行われるのと同じと考えれば、残高引落としさえできれば、理論的には大丈夫ではないかとも考えるが、検証は必要である。

Q:障害が発生したとき、送金先の銀行のシステムの方で障害が発生して、取引が完結しなかった場合、戻しが必要ではないか。
A:「バコン」の場合、銀行口座に確実に入金されたという確認が取れるまでは、ホールドするので大丈夫である。

Q:安全保障上、オープンソースで問題ないのか。
A:Irohaはオープンソースだが、「バコン」システムは、有料で開発しているので開示していない。ソラミツは、知財の権利は持っていて、似たようなシステムを他国で構築することができる。ただそのままコピーすることはできない。

カンボジアは良く決断したと考えている。壮大な社会実験に踏み込んだ勇気があり、それに関与できたことは大変名誉なことである。ただ本当にうまくいくかはこれからであり、どのような課題が出るかもわからないが、楽しみでもある。タイの中央銀行とも良く話をするが、カンボジアでうまくいけばやりたいと言っている。その場合、人口は約5倍なので、二層構造が必要になるかもしれない。他にも興味を持っている国は多くある。

(文責遠藤正之)