研究概要
海洋生物を利用して生命誕生の機構を探る
受精は生命の始まりであり、精子と卵子は複雑な過程を経て受精を成立させます。受精が正しく行われるために、非常に厳密な分子機構が存在します。しかし現段階ではその仕組みの一端しか解明されていません。海洋生物は配偶子を大量に産生し体外受精を行うため、受精研究にとても適しています。そのため、古くからウニなどの海洋生物を用いた受精研究が盛んに行われてきました。私たちは、ホヤをモデルとして受精の分子メカニズムの解明を目指しています。
ホヤの自家不和合性、どのように自他を認識するのか
生物は、有性生殖を行なうことによりゲノムの多様性を生み出し、それを維持することで種の存続と繁栄を可能にしてきました。有性生殖の戦略の一つとして、雌雄同体(同株)の体制をとる生物もあります。植物やホヤ等の固着性雌雄同体生物は、自ら移動することが出来ないため成熟した精子や卵子を周囲の環境に放出することで次世代を創出します。これらの場合、自らの配偶子同士が受精する「自家受精」によって有性生殖の利点を失い、近交弱勢による絶滅のリクスを負うことになります。そのリスクを制するため、これらの雌雄同体生物の多くは自家受精を回避する機構「自家不和合性」を獲得していることが知られています。
カタユウレイボヤにおける自家不和合性は、遺伝学の創始者であるトーマス=ハント=モルガンによって前世紀初頭に発見されました。自家受精を回避するには、受精する前に精子と卵子が自己と非自己を認識しなくてはなりません。獲得免疫系をもたないホヤは、どのように自己と非自己を認識しているのでしょうか。自己と認識された場合はどのような機構が働いて自己の配偶子を排除するのでしょうか。モルガンの死後も多くの研究者が注力したにも関わらず、その分子メカニズムの解明につながる研究は困難を極め、動物学100年の謎と言われていました。私たちは、カタユウレイボヤの自家不和合性という古典的な問題に対して、現代科学の力を駆使してその解明に取り組んでいます。
海洋生物を用いたゲノム編集
遺伝子改変技術の発展は益々加速しており、特にCRISPR/Cas9の登場によって標的遺伝子のノックアウト、ノックダウン、ノックイン、ポイントミューテーションや、蛍光タンパク質等のレポーター・タグの揷入、遺伝子発現パターン改変など、現代の研究には必要不可欠な変異体を生物種を問わずに作製できるようになりました。しかし、哺乳類や植物に比べて海産生物へのゲノム編集技術の応用は遅れをとっています。私たちは、モデル生物であるカタユウレイボヤを対象にCRISPR/Casシステムを用いてゲノム編集を行い、目的遺伝子の機能に関して理解を深めたいと考えています。