シアノバクテリア(ラン藻)は葉緑体と非常によく似た脂質組成を持っており、そのことが葉緑体の起源がシアノバクテリアであるとする、細胞内共生説の一つの根拠となっている。しかし、シアノバクテリアと植物ではMGDG合成経路が異なることが、生化学的解析から明らかとなっていた。また、植物のMGDGおよびDGDG合成酵素遺伝子が単離されていたが、全ゲノム解析が終了したシアノバクテリアにその相同遺伝子は見つかっていない。そこで、2種類の形態的に異なるシアノバクテリアのゲノムを比較し、両方のシアノバクテリアに保存されている遺伝子に着目した。
ラン藻のグリセロ脂質合成経路マップ
シアノバクテリアの糖脂質合成経路は、他の生物では存在が確認されておらず、また、光合成ガラクト脂質は多少の例外を除き、酸素発生型光合成生物にしか存在しないことが分かっている。これらの情報を元に、糖脂質合成を担うと考えられる糖転移酵素のうち、シアノバクテリアだけで保存されている遺伝子を抽出した。
まず、シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803の全ゲノムから糖転移酵素モチーフを持つ遺伝子(67遺伝子)をピックアップした。ここから機能未知遺伝子だけを選抜した。これは、既に機能が分かっている遺伝子は、その反応のために存在する酵素をコードしており、その中には目的の遺伝子が存在しないと考えたためである。しかし、後から考えると、多機能酵素が存在していた可能性もあったので、危険であった。いずれにせよ、この選抜により、21遺伝子まで絞り込めた。
次に、絞り込んだ遺伝子を全て相同性検索にかけ、シアノバクテリアにだけ保存されている遺伝子を調べたところ、4遺伝子しか存在しなかった。これらを大腸菌で発現させ、粗抽出液を用いて糖転移酵素活性を調べた結果、そのうちの1つがシアノバクテリアにおけるMGDG合成の中間体であるモノグルコシルジアシルグリセロール(GlcDG)を合成する活性を持つことがわかった。
この酵素はUDP-glucose依存でGlcDGを合成し、大腸菌で発現すると、大腸菌の膜にGlcDGを蓄積する。その遺伝子をシアノバクテリアで破壊しようと試みたが、シアノバクテリアゲノム全コピーを破壊することができなかった。この結果は、この遺伝子が必須遺伝子であることを示している。現在のところ、この遺伝子自体が必須なのか、MGDGもしくはGlcDGが必須なのかはわかっていない。