地域と世界の法2020年度 第2回

1.前回の設問について

第1回 設問

人々の自由を制限しながら、制限された市民自身にも善いものとして歓迎され、受け入れられるものはあるだろうか?

1.身近にある具体的な事例をあげなさい。

2.そのような自由制約が正当化される理由は何か簡単に説明しなさい。

 

この設問に対して皆さんが寄せてくれた解答は別にまとめて掲載しました。

1.の解答については類型別に整理し直してあります。2.の理由についてはほぼ皆さんの解答のまま掲載しました。

皆さんがあげてくれた事例は、自由権、社会権などの類型に収まりきれない多様なものでした。

国家・法律による自由や権利の制限については、規制される権利がどのようなものなのか、その性質などにより正当化のあり方が異なってきます。

(1)他者加害原則という人権の基本原則に関わるもの。具体的には犯罪行為の禁止など。

(2)自由権

1)精神的自由    表現の自由とヘイトスピーチ

2)移動の自由や職業選択の自由などの経済的自由

3)自己決定・ライフスタイルの自由

(3)社会権

健康で文化的な最低限度の生活

教育を受ける権利

勤労の権利

(4)憲法上の義務

納税義務

教育を受けさせる義務

 

2.自由制限の正当化根拠

 

前回の復習ですが、そもそも憲法により保障されている人権は制限してはならないのが原則です。なぜなら人権はすべての人が生まれながらに有する権利だからです。人権を制限できるのは例外的な正当化しうる理由がある場合に限られます。

 

< 図 1 >

 

 

(1)公共の福祉と自由の制限

自由を制限できる理由として「公共の福祉」をあげてくれた方が何人かいました。しかし、公共の福祉を持ち出せばすべての自由を制限できるわけではありません。また、「公共の福祉」という個人の人権を超越するような固有の価値があるわけではありません。

 

公共の福祉というものが意味しうるのは以下のようなものです。

・人権同士が衝突した場合の調整原理     自由・人権の一般的保障

・健康で文化的な最低限度の生活を保障するための条件整備 ←憲法25条

・公共財〜道路、港湾の整備など       ←移動の自由の現実的保障

 

 

(2)自由制限の正当化理由の審査の仕方  権利の性質、規制の目的と手段

憲法が保障する自由・権利を法律で制限する場合には、①規制されるのがどんな権利か、権利の種類・性質の違い、②規制の目的、③規制の手段の三つの観点から考えるのが普通です。特に、精神的自由、とりわけ人権を守る人権とでもいうべき表現の自由については三つの観点からより厳格に自由規制立法が審査されます。

 

< 図 2 >

 

1)表現の自由規制の正当化と裁判所による審査のあり方

 

表現の自由は人権の中でも最も大切なものだから、原則規制してはならないし、裁判所は規制立法が憲法違反だと疑って審査すべきだとされています。

 

【表現の自由の優越】

表現の自由(などの精神的自由)  >  経済的自由

 

【規制立法の違憲審査基準〜二重の基準】

表現の自由(などの精神的自由)    >    経済的自由

《厳格審査基準》

合理性の審査基準

表現の自由規制立法は憲法違反じゃないかと疑ってかかる。

目的 やむにやまれない必要不可欠なもの

・表現内容の害悪が明白で、実質的害悪が極めて重大であり、しかも発生が切迫しているとき、

・規制手段が害悪を避けるために必要不可欠であること

国会の判断は合理的だろうと推定。

明白の原則 〜合理性の基準の一つ

規制が著しく不合理であることが明白であれば違憲

厳格な合理性の基準

規制の必要性・合理性

他により緩やかな規制手段がないか

 

 

 

 

 

2)表現の自由の意義と表現の自由の優越

なぜ表現の自由が経済的権利に対して優越するか。表現の自由の重要な意義。

・個人の自己実現

・民主的政治過程

・思想の自由市場      正しいものがあるとしたら自由な議論によってのみ見出される。→ 自由な議論によってたどり着いたものがとりあえず暫定的真理として尊重される。(価値相対主義)

絶対的真理は存在しない。  神様の掟、王様の命令などが絶対的に正しいという立場はとらない。

・社会の流動性と安定性

自由な議論によって今日の少数者も明日の多数者になれるかもしれない。

だから、暴力で自分の意見を他者に押しつける必要はない。

社会の多数派が流動的に変わるから暴力的クーデターなどが起こらず社会が安定する。

 

3.新型コロナ・ウィルス対策と自由の制約

解答で新型コロナ・ウィルス対策と権利制限について書いてくれた方がいたので、ここで簡単に新型コロナ・ウィルス対策と自由の制約問題について考えておきたいと思います。

新型インフルエンザ等特措法は、「新型インフルエンザ等の発生時において国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的」としており(1条)、国や自治体の対策責務や国民が協力努力を定めています(3,4条)。

新型インフルエンザ等が発生したと厚労大臣から報告を受けた場合、内閣総理大臣は政府対策本部を設置し、基本的対処方針を定めます。そして、都道府県は既に策定してある行動計画に基づき知事を長とする対策本部を設置し、具体的な措置を講じます。

特措法32条は「新型インフルエンザ等(国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがあるものとして政令で定める要件に該当するものに限る。以下この章において同じ。)が国内で発生し、その全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるものとして政令で定める要件に該当する事態(以下「新型インフルエンザ等緊急事態」という。)が発生したと認めるとき」には政府対策本部長=内閣総理大臣が緊急事態宣言を発することとしています。

緊急事態宣言が発されると、都道府県知事は45条により感染蔓延防止のため住民に自宅に止まるように要請したり、学校や興行場などに対して休業するよう要請したりします(また、市町村にも対策本部が設置され、様々な対策がとられます)。

しかし、知事の「外出自粛」要請や休業要請には強制力はなく、罰則もありません。ただ、興行場などの施設管理者が休業要請に従わなかった場合には休業指示を出すことができ、これを公表することとなっています。

東京都などの休業要請にパチンコ店が従わなかったため休業指示が出され公表されたことがありましたね。そして休業しなかったパチンコ店などに市民から抗議や嫌がらせが行われ、それにより休業したお店もあったようです。自粛警察などといわれていますが、このような法によらない市民による嫌がらせによって自由を侵害するのは違法であり、場合によっては威力業務妨害罪に問われることになります。

 

1)どんな権利が制限されたか

45条の知事の要請については、法律によって市民が自由を制限されているわけではなく、あくまでも「要請」なので従わなくても法的な制裁がある分けではありません。施設管理者には公表されるという間接的な強制が行われるので、これについては法的な自由制限ともいえるでしょう。

ただ、要請と言っても、自粛警察の例もあるように、市民の間での圧力を引き起こし、事実上の強制を行うことになったり、交通規制という行政による強制措置がとられたりするので、事実上の強制、自由の制限が行われているのは確かです。

そこで、この問題をどう考えるか、①制限された自由、権利の性質、②目的、③規制手段の3つの観点から考えることが必要になります。

「お家にいよう」という外出規制は、どんな権利に関わるものでしょうか。ただの移動の自由のみに関わるものでしょうか。外出できなければ、みなさんのように大学に通学し授業を受けることもできず、友だちと自由にあい、いっしょに勉強したり、食事したり、遊んだりすることもできません。遠くに住む家族や友人に会うこともできません。知事や安倍政権の政策に疑問を持ち、批判するためのデモを行うことも自由にできません。

これは単なる移動の自由の規制でしょうか? 教育や経済活動などの社会生活全般、表現活動、家族や知人との親密な生活、精神活動一般にも関わるものです。となると、2.で触れた経済活動規制立法の問題には収まりきれないものになるといえるでしょう。

 

2)目的〜感染症予防

これは明白ですね。ただ、政府の対策が本当に感染症予防なのか、あるいは感染症を広めて免疫を持たせようとしているのかは不明だといわざるを得ません。

3)手段

感染症予防対策については、外出の自粛強制など自由を制限する手段だけを考えていては不十分です。休業要請などにより営業や生産活動一般、仕事ができなくなり収入を断たれるだけでなく、家賃や電気代などの経費がかかり経済的に極めて大きな打撃を受けることになりますから、所得保障や家賃その他の補助など経済的な対策も必要とされます。

自由制限の方法が感染症予防という目的に照らして必要なものなのか、緊急性があるのか。経済活動制限に対する補償措置が十分とられているかなどの広範かつ複雑な観点からの検討が必要です。

ところで、安倍総理が特措法改正前に、つまり法律上の根拠なく行った全国一斉休校要請は感染防止という目的に照らして適切な、必要なものだったといえるのでしょうか。また、460億という莫大な金額を投入した例の布マスク、アベノマスク配布は適切な措置だったと言えるのでしょうか。不良品が多かったこのアベノマスクの検品にかかる費用は8億円だそうです。全自動PCR検査機(一台800万円)を100台購入することができる金額です。

法律で決められたことだから仕方がない、内閣や知事が決めたことだから仕方がないというのではなく、憲法や法律に照らしてそれらが正しいと言えるのか、従うべきものなのか(妥当するという)、じっくり考えて見るべきでしょう。

 

 

【 設 問 】  《 提出期限 5月21日(木) 午後5時、 メールにて提出 》

1.新型インフルエンザ等特措法による新型コロナ・ウィルス対策と自由の制約について、意義と問題点を書きなさい。

なお、図1,図2やビデオを必ず参照した上で、規制が正当化される理由を①権利、②目的、③手段の三つの観点から解答すること。

 

 

2.教科書『基本的人権の事件簿(第6版)』の各事件のなかで、興味があるものを一つ選び、その理由をごく簡単に書きなさい。

 

★ 教科書を入手できていない方はネットなどで入手を試みて下さい。アマゾンのKindle版もあります。

ネットでは安い中古も入手可能ですが、版が異なると内容が異なるので注意して下さい。目次で内容の相違を確認して下さい。

ネットでの現物購入は「ホンヤクラブ」https://www.honyaclub.com/shop/default.aspx がお近くの本屋さんでも送料なしで購入可能なのでおすすめです。生協が開いていれば便利だったのですが…

 

★★ なお、全員が手元にあるわけではないので、設問2の解答は入手後でOKです。その際、入手中の方はいつくらいに入手できそうかを答えて下さい。

 

 

 

 

h.sasanuma
憲法学、人権理論の研究を専門としています。