研究内容
具体的には微生物の様々な機能を産業や私たちの暮らしに適用する「応用微生物学」という領域で研究を進めています。「応用微生物学」では安い、手に入りやすい簡単な化合物からより付加価値の高い物質へと変換する、言わば「生物を使ったものづくり」に関する研究が多く行われています。
研究テーマ
- 低栄養性細菌の自然界からの単離とその役割
- 超低栄養性細菌Rhodococcus erythropolis N9T-4株のはどのように栄養源を得ているのか?
- 超低栄養性細菌による低エネルギー型バイオプロセスの構築
- 超低栄養性細菌に見いだした新規細菌オルガネラ、オリゴボディーの構造と機能
- 好熱菌のレボグルコサン代謝についてnew!!
- ニコチンアミドモノヌクレオチドを生産する乳酸菌についてnew!!
- 新規な反応を触媒する微生物の自然界からの単離
低栄養性細菌の自然界からの単離とその役割
自然界からの微生物の単離については現在、低栄養性細菌(オリゴトローフ、Oligotroph)をターゲットとして研究を進めています。低栄養性とは極端に炭素源濃度が低い条件(<1 mg/L)で生育できる性質と定義しており、これらの微生物は産業上でも有用であると考えています。例えば、微生物による物質生産(bioconversion)においては、微生物細胞を低コストの触媒として使用することができます。また、微生物を用いた環境浄化(bioremediation)においては、汚染された環境で生育するために必要な栄養源を最少限に抑えることができます。
現在、様々な自然環境から低栄養性細菌を単離し、その有用性を評価すると共に、自然界での役割についても考察したいと考えています。
超低栄養性細菌Rhodococcus erythropolis N9T-4株のはどのように栄養源を得ているのか?
Rhodococcus erythropolis N9T-4株は鹿児島県志布志備蓄基地の原油から単離した細菌で、極端な低栄養性を示します。驚いたことに、培地中に炭素・窒素・硫黄源を含まない無機塩固体培地で良好に生育します。培養環境中からCO2を除去すると生育しなくなり、炭酸水素ナトリウムなどの炭酸塩を培地中に添加するとCO2制限下でも生育を示すため、炭素源としてCO2を利用していることが予想されますが,利用していることが分かっています.おそらく硫黄源についても大気中の硫黄化合物を利用していると考えています.しかしながら、炭素代謝については不明のままです。CO2を固定しているのか?エネルギー源は何なのか?その謎の解明に挑んでいます.
超低栄養性細菌による低エネルギー型バイオプロセスの構築
元々、低栄養性細菌を探そうと思った理由は、それだけ低栄養で生育するので低エネルギー型のバイオプロセス(有用物質の生物生産)が構築できないかと考えたからです。工学部に来たこともあり、私たちが単離した超低栄養性細菌を何か有用なことに使えないか、本気になって考えています。
~バイオマスの利用~
現在、地球温暖化やエネルギー問題を解決する1つの方法論として、バイオマスの有効利用に関する研究が至るところで行われています。植物バイオマスは植物が現大気中のCO2を固定して生産されたものですから、それを燃やしても実質的なCO2の量は変わりません(これをカーボンニュートラルと言います)。石油を燃やすとCO2が現在に出てくることになります。バイオマスを化学触媒や微生物の力によって燃料に変えてできたバイオ燃料は石油代替エネルギーとして注目を浴びていることは事実です。例えば、バイオエタノールはサトウキビなどの植物バイオマスを酵母がエタノール発酵することによって生産されます。しかしながら、食糧資源との競合、農地の拡大など様々な問題が生じています。そして何よりも、資源の乏しい私たちの国にとって、バイオ燃料の生産に見合うだけのバイオマスを調達するには輸入コストなどにより、国内でバイオエタノールを生産することは極めて困難だと言われています。
ですから、私たちの国にとっては「バイオマス資源の有効利用」ではなく、「効率的なバイオマスの生産」あるいは「低エネルギー型の物質生産プロセスの開発」を研究課題とすべきだと思っています。
~生物学的立場から何かできないか?~
低エネルギー型プロセスの開発、CO2の有効利用、バイオマスの効率的な利用については、触媒などの化学的、物理的な立場から研究している方は多くおられます。それぞれ素晴らしい発想からの研究で、それらを否定する気はありませんし、する必要もありません。私は生物学が専門ですから、生物学的な立場から問題を解決できないか、考えて行きたいと思っています。
上に書いた通り,N9T-4株は生物にとって必要な三大元素である炭素・窒素・硫黄を全て大気中から利用することができる「空気資化菌」とも言えます。ですから、実質的な培養コストはゼロなのです。このような低コスト・低エネルギー生育を示すN9T-4株をバイオ燃料やバイオ素材の生産に応用できないか、現在研究を進めているところです。
~カーボンニュートラルメタンを原料として~
現在最も力を注いでいるのは、メタンガスの有効利用です。ご存知の通り,メタンガスは燃料として使用されています。メタンも天然資源ですからそれを燃やすとCO2が増えてしまいます。天然に存在するメタンではなく、CO2と水素から化学触媒を用いてメタンを合成しようという試みがあります(メタネーション)。このメタネーションによるメタンは現大気中のCO2を使用するわけですから、カーボンニュートラルであると言えます(CN-メタン)。私たちの国は2050年までに現在の天然ガスの9割をこのCN-メタンにすることを目標としています。→メタネーションは化学バイオ工学科環境応用化学コースの福原・渡部研究室で最先端の研究が行われています。
このCN-メタンを燃料ではなくて、原料として使って微生物による有用物質生産を実現させようということが私たちの目標です。メタンから様々なものを合成することはとてもチャレンジングなことですが,それを生物学的に実現しようと頑張っています。
超低栄養性細菌に見いだした新規細菌オルガネラ、オリゴボディーの構造と機能
Rhodococcus erythropolis N9T-4株の細胞内構造を電子顕微鏡で観察すると、また面白そうなものを発見しました。炭素源のない低栄養培地で生育させた菌体には比較的大きく、綺麗な球形をした構造体が形成されていることが分かりました。この構造体は低栄養条件で生育させると、ほとんどの細胞に1つだけ形成されていますが、栄養の高い条件で培養すると見られないか、非常に小さいものとなっていました。細菌でこのようなはっきりとした構造体は珍しいので、「オリゴボディー」と名付け、低栄養生育との関連性などを調べています。現在までのところ、このオリゴボディーには無機ポリリン酸が蓄積している可能性があります。無機ポリリン酸はリン酸が直鎖上に結合したポリマーで細胞内での様々な機能が予想されていますが、N9T-4株における機能は不明です。何のためにあるのでしょうか?
好熱菌のレボグルコサン代謝について
レボグルコサン(LG)とは無水糖の一種で、グルコースの1位と6位の水酸基が脱水縮合した構造をしています。セルロースやデンプンなどのグルカンが熱分解するときに生じることが知られています。山火事などで生成したLGは大気中に放出され、PM2.5中のLGはバイオマス燃焼の指標となることから、最近注目されている糖です。また、糖質を加熱して製造される市販の食物繊維(難消化性グルカン、ポリデキストロース、難消化性デキストリン)の中にも含まれています。
私たちは食物繊維中からLGを除去することを目的として、LGを分解できる好熱菌を自然界から探しました。その結果、Bacillus smithii S-2701M株が高温で効率よくLGを分解できることを明らかにしました。このS-2701M株はLGだけでなく、グルコースやオリゴ糖も同時に資化することから、食物繊維(難消化性グルカン)の高純度化に適した微生物であることが分かりました。この研究成果はいくつかのメディアで取り上げて頂きました。
この菌はLGをグルコースにまで分解し資化していくのですが、私たちはその代謝経路を完全に解明しました。それは、LGの単純な加水分解ではなく、4つの酵素が関与するユニークな代謝経路であることが分かりました。このうち2つは全く新規な酵素であり、酵素学的にも非常に興味あるものであるので、現在その反応機構について詳細に解析しているところです。
最近,木質系バイオマスからLGを効率的に合成(抽出)する方法が確立されつつあります.バイオマスを糖化して(グルコースまで分解して),微生物によってアルコールや他の有用物質を生産しようという試みは以前より行われていますが,この糖化にコストと環境負荷がかかることが問題になっています.グルコースの代わりにLGの有効利用を考えることはバイオマスの新たな利用方法を提案することにもなります.S-2701M株を用いてそんな研究も開始しました.
ニコチンアミドモノヌクレオチドを生産する乳酸菌について
NMNはワシントン大学の今井眞一郎教授らの研究で,生後2年のマウス(ヒト年齢で約60歳)にNMNを1週間投与したら、生後6ヶ月(ヒト年齢約20歳)の運動能力、外観を示すまで若返った,と一躍有名になった化合物です.NMNの若返り効果に関する研究は世界中で行われており,その抗老化メカニズムは,科学的にしっかりと証明されています.現在,NMNはニュートラシューティカル*1として注目されており,含有するサプリメントがいくつか上市されています.私たちは、NMNを生産する乳酸菌の検索を試み,フルクトバシラス属の乳酸菌がNMNを菌体内外に生産することを発見しました.この乳酸菌を用いたNMNの工業生産プロセスを構築できるだけでなく,NMNを含有する乳酸菌そのものを製剤化することにより,乳酸菌のプロビオティクス効果*2も併せた新しいニュートラシューティカルとなることが期待できます.
*1: Nutrition(栄養)とPharmaceuticals(医薬品)から作られた言葉.人々の日々の健康維持に有用である科学的根拠をもつ食品・飲料を指す。
*2: 腸内細菌叢のバランスを改善することによって宿主の健康に好影響を与える生きた微生物菌体(特に乳酸菌)
最近,このNMNを生産する乳酸菌(NMN乳酸菌)の機能性について初めて発表することができました.NMN乳酸菌が,ヒトの皮膚細胞のコラーゲンとヒアルロン酸の産生能を向上させる機能を持つことが分かったのです。プレスリリースしましたので,以下をご覧ください.
NMN乳酸菌」が皮膚細胞でコラーゲンとヒアルロン酸を産生することを発見 -若返り効果など新たな機能性の解明に向けて前進-
新規な反応を触媒する微生物の自然界からの単離
私は出来るだけ全ての研究テーマを企業との共同研究の形で行うようにしています。その始まりは私からこういう面白い微生物がいるというアイディアの提示(シーズ)であったり、企業からこういう微生物(反応)を探してほしいという要望(ニーズ)であったりします。
現在も、まだ詳しくは言えませんが、新しい微生物反応を追い求めて自然界からの微生物探し(スクリーニング)を再開しました。
プロ生ちゃん(暮井 慧)の画像はプログラミング生放送より許可をいただいて掲載しています。