第6回 XPS(ESCA)でLiFを測定する

XPS(ESCA)の測定例として、ピークが出にくいLiを含む化合物であるLiF(フッ化リチウム)を試料として定性分析及び定量分析をしてみました。

図1がワイドスペクトル(サーベイスペクトル)です。F1s以外にもF原子でのKLL遷移によるオージェライン(FKLLと表記)とごくごくわずかなC1sが観察されました。試料中に存在していることがわかっているのでLi1sも位置は示していますが、なんの前情報も無くスペクトルだけ見たら見落としてしまうと思います。LiFという組成式からわかるようにこの試料にはFと同量のLiが存在しているはずですが、Liのイオン化断面積が極めて小さいため元素濃度が50%あっても、このようにあるか無いかわからない程度にしかピークは現れません。

図1. ワイドスペクトル

次にF1sとLi1sのナロースペクトルについてみていきます(図2)。いずれもC1sのC-Cにアサインされるピークを284.8 eVとなるようにシフトした結果です。F1sは684.8 eV, Li1sは55.1 eVにピークを持つことがわかります。NISTなどのデータベースを使うとLiF中のF1sは685 eV付近、Li1sは55.6 eV付近にピークを持つと報告されていることがわかります。どちらの元素もLiFを構成していると考えて矛盾が生じません。またそれぞれのピーク面積と相対感度係数を用いて定量してみるとF : Li = 49 : 51とほぼ1 : 1になっていることもこの物質がLiFである裏づけになります。

 

図2. ナロースペクトル (左)F 1s, (右) Li 1s

イオン化断面積についてもう少しだけ

図2のそれぞれのスペクトルのピークの高さを見ると、F1sは80,000 cpsに対してLi1sは1,000cpsであり、Li1sはとても小さいことがわかります。XPSで元素由来の光電子が検出されるためにはX線を受けて原子内の電子が原子から飛び出せるに十分な励起が行われる(光イオン化断面積が大きい)ことと、生じた電子が平均自由行程よりも短い深さにいることが鍵になっています。Liの場合この光イオン化断面積が小さいために、濃度が高くてもピークが大きくならないといえます。この元素ごとに光電子を取り出しやすい取り出しにくいという性質を定量的に扱うために相対感度係数という係数を用います。相対感度係数は何かしらの元素のある軌道(通常C1sやF1s)のピーク面積を1とした場合、他の元素のある軌道で同じ元素割合のピーク面積がどの程度かを表しています。

例えば今回のF1sのイオン化断面積は4.26, Li1sは0.06ですからF : Li = 4.26 : 0.06 =71 : 1からLi1sのピーク面積はF1sのピーク面積の1/71あれば元素濃度が1 : 1になるということです。裏返せばLiのピーク面積がベースラインのとり方やノイズの処理でLiのピーク面積がわずかに変わるだけでも大きな濃度比の違いになるともいえます。

 

まとめ

・ワイドスペクトルを測定し、そこに現れた元素でナロースペクトルを測定する。ナロースペクトルのピーク位置や面積を求めることで結合状態や元素濃度が推定できる。

・イオン化断面積が小さい物質(原子番号の小さな元素)はピークが小さいのでワイドスペクトルを見ただけでは存在に気づかないことがある。

・イオン化断面積が小さい物質はわずかなピーク形状の違いで元素濃度が大きく変化する。