ヒノキ合板、ブナ集成材、ラワン合板のX線CT断層像 / X-ray microtomograms of hinoki (Chamaecyparis obtusa) plywood, buna (Fagus crenata) glulam, and lauan plywood
ブリティッシュコロンビア大学における木材利用 / Uses of wood in the University of British Columbia (UBC)

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X線イメージング&センシング技術を通じて、天然高分子素材の特性を把握し、機能化につなげる

当研究室は、主に物理化学的分析手法とX線イメージング&センシング技術により、木材をはじめとする天然高分子素材の成分や形態と特性の関係について探求し、機能化や低環境負荷化につなげるための研究を行っています。

動植物は天然高分子化合物の集合体です。天然高分子素材のなかには、さしたる加工処理をせずとも腐りにくかったり、強度が高かったりするものがあることから、それをなるべくそのままの形で利用する、いわゆるマテリアル利用がよく行われます。例えば、住宅や家具の原料となるリグノセルロース(植物細胞壁=木材)、衣類の原料となるコットンセルロース(綿)やケラチン(羊毛等)・フィブロイン(絹)、また本の原料となるパルプ(紙)などは、人類が古くから住居や衣類、そして教育や娯楽のために利用してきた天然高分子素材です。こうした天然高分子素材の利用形態は、いずれも天然高分子バルク体をなるべくそのままの形で利用していることから、加工の際に必要な手間やエネルギーが比較的少ないという特長があります。また、その役割を終えた際には、素材をなるべくそのままの形で利用しているからこそ、それを他の用途に転用する循環型利用も比較的容易となります。つまり天然高分子素材は、それを得るための無計画な伐採や乱獲等による自然環境の荒廃や生態系の変化が生じない限りは、いわゆる”環境に優しい素材”であることが多いと言えるでしょう。

とはいえ、天然高分子素材は、生物の進化の過程を経て、概して驚くほど複雑な成分、構造、形態を有しています。その複雑さが、多孔質性や吸湿性、膨潤収縮性、異方性など、他の材料にはなかなか見られない、さまざまな特徴を生み出しています。使用環境によっては腐りやすかったり、周囲の湿度の変動によって吸湿をしたり、それに伴って伸び縮みをしたり、そして生育環境や遺伝要因により素材性能に個体差があったり、また欠点を有していたりと、利用するにはそれなりの工夫や”諦め”が必要であることも多く、いわば使用時には一定の不便を受け入れる必要がある、”めんどくさい”一面をも有しています。いくら環境に優しい素材であると言われても、不便でめんどくさいものは、なかなか普及しません。

おそらくはそのせいで、天然高分子素材は”環境に優しい”素材であるにもかかわらず、金属素材や石油由来素材をはじめとする他の素材に取って代わられてしまうという例が多く見られてきました。例えば鉄やプラスチックは、天然高分子素材に比べるととてもシンプルで均質な構造を有しており、多孔質性や吸湿性、膨潤収縮性や異方性もほとんど無いため、利用の際にそれほど頭を悩ませなくてもよい、とても便利な材料です。私たちはそのような便利な素材を生活に取り入れて暮らすに至りました。

ところが、鉄やプラスチックは基本的には枯渇性の資源であり、近年、人為的気候変動を抑制するための温室効果ガス削減要請や、資源の枯渇、もしくは価格高騰等の理由により、金属素材や石油由来素材を他の素材に置き換えることの重要性が認識されるようになりました。そのような文脈から、天然高分子素材が再び注目されるようになりました。例えば木材は、樹木を伐採したら必ず再植林するということを徹底しさえすれば、理論上、太陽が存在する限り、永遠に枯渇することがありません。また、地球上の多くの場所で安定した生産が可能です。さらに木材の場合、木材に含まれている大量の炭素原子(木材の質量の約50%)はすべて大気中の二酸化炭素由来であることから、高い”炭素貯蔵効果”を有します。木材を我々の生活の中でなるべく長い期間、木材の状態で留めておくことは、その木材の元となった樹木が生産された土地で再び新たな樹木が育っているはずであることを考慮すると、新たな樹木の成長分だけ、大気中の二酸化炭素を減らす効果が生まれます。これが、木造住宅など我々の生活まわりに存在する木材群が「都市の森林」や「第二の森林」などと呼ばれる所以です。

とはいえ、天然高分子素材が不便で”めんどくさい”材料であることに変わりはありません。どうしたら天然高分子素材をもっと便利なものにすることができるのか、言い換えれば天然高分子素材から機能性や低環境負荷性に優れた有用素材を開発するにはどうすればいいのか、そうすることでさまざまな用途の素材生産の永続性・持続性を確保し、また”都市の森林”をどこまで増やしていけるか、そのようなことを我々はもっと真剣に考えていく必要がありそうです。しかし、天然高分子素材は鉄やプラスチックよりも複雑な成分、構造、形態を有しているからこそ、まだ分かっていないことがたくさんあります。

そこで当研究室は、木材をはじめとする天然高分子素材の複雑な特徴の生ずるメカニズムを解き明かし、天然高分子素材をより深く知り、より便利で、より環境に優しい素材へと改変していくことを目指し、さまざまな研究を実施しています。具体的には、既存の物理的および化学的な分析手法に加えて、最新のX線イメージング&センシング技術を駆使することにより、各種天然高分子素材の平均的な特性だけでなく、ミクロ/マクロの形態や不均一性、そして生物体特有の個体差のようなものまでを評価し、それらが巨視的な素材性能に及ぼす影響を解明しようとしています。加えて、天然高分子素材の加工過程や利用過程における環境負荷を低減させるための諸研究や、天然高分子素材を利用した高付加価値構造材料の開発のための研究にも取り組んでいます。

天然高分子素材から有用素材を開発するための競争とイノベーションが、いま世界規模で起こりはじめています。その競争にあなたも参加してみませんか。