研究テーマ

当研究室は、従来の枠組みにとらわれることなく、各メンバーの自由な発想やアイデアに基づき、さまざまな研究に取り組んでいます。したがってここに書かれた研究テーマ以外にも多くの研究を手掛けています。詳しくは直接教員(田中)までお問い合わせください。

 

1.木材接着剤をはじめとするさまざまな木材への添加物質のX線イメージング

当研究室は、最新のX線CT撮影技術を活用し、木材接着層の微視的形態の透視観察や、その結果に基づく接着強さ発現メカニズムの解明、また木材に含まれたさまざまな物質や、木材中に起こるさまざまな現象を可視化するための研究に取り組んでいます。

木質材料の製造の際にはさまざまな接着剤や保存剤、難燃薬剤、塗料等が使用される場合がありますが、そういった添加物質の木材の中での存在位置や組織構造依存性はまだ十分に分かっていません。そこで当研究グループは、最新の産業用X線CT装置を活用し、ただでさえ複雑な組織構造をもつ木材に接着剤を塗ってそれを貼り合わせて作られた木質材料の接着層に形成される極めて複雑な木材細胞壁-接着剤ネットワークの内部を、何の造影物質も添加することなしに良好なコントラストで木材細胞壁を視認できるレベルで透視観察する技術を確立しました(写真1)。現在、この技術を利用して、木材接着強さの破壊過程を細胞レベルでコマ送り的にX線CT断層像に収めることに挑戦しています。将来的には、その成果を木材接着強さの発現メカニズムの解明や新規接着剤開発につなげたいと思っています。

 

写真1 ヒノキ合板、ブナ集成材およびラワン合板の接着層近傍のX線CT透視観察の一例 (Oishi and Tanaka 2021)。近年のX線CT装置の性能向上により、木質材料のような従来X線観察時にはコントラストのつきにくい材料であっても、このような(SEMと見紛うほどの?)細胞レベルでの透視観察が可能となった。

 

木材には、接着剤以外にも、難燃薬剤や保存薬剤、低分子フェノール、塗料等、さまざまな物質が含浸、または塗布されます。その物質の材内分布やその経時変化を明らかにするためのX線イメージング技術の開発に取り組んでいます。当研究室はこれまでに、木材に含浸させた銅系保存薬剤や低分子フェノールの材内分布を可視化することに成功しています(写真2)。この写真は、似たような含浸のさせ方でも、含浸させる物質の種類により、その木材内での最終的な存在位置が大きく異なることを示唆しています。木材に何らかの物質を添加したり塗布したりする場合は、添加物質が木材の内部にまで届いてほしい場合もあれば、逆に表面に留まっていてほしいこともあります。こうした透視技術は、そういった人間側の意図が木材に対してどこまで達成されているのか、もし達成されていないのなら、それをどうすれば達成できるのか、そこを検討する手がかりになりえます。今後、撮影や計測の対象を他のさまざまな物質に広げていこうと考えています。

 

写真2 低分子フェノール(LMP)や銅系保存剤で処理したスギ単板のX線CT断層像 (Apsari et al 2022)。似たような含浸処理をしても、材内存在位置は大きくことなるほか、組織構造依存性も示唆された。

 

また、興味深い研究例として、木材小試験片を塩化セシウム水溶液に含浸、減圧により飽和させたあと、その乾燥過程を定期的に撮影した二次元単純X線写真の経時変化があります(写真3)。時間の経過に伴い、木材の周囲のみがX線を強く遮るようになりました。これは溶解物質である塩化セシウムが乾燥に伴って表面に集まったことを証明しています。この現象は以前から理論的には予測されていましたが、この写真により、その表面蓄積過程を世界で初めて可視化、実証することに成功しました。そして当研究室におけるその後の実験で、この現象には物質の種類や木材の組織構造、そして乾燥温度が深く関わっている可能性が示唆されています。この現象を細胞レベルで細かく見たときに、細胞壁のどこにどのように析出しているのか、今後より詳細に確認していきたいと考えています。将来的には、木材の放射能除染や難燃木材の白華抑制などの応用につなげられたらと考えています。

 

写真3 自由水に溶解した塩化セシウムの木材乾燥過程における単純X線写真の変遷 (Tanaka and Kawai 2014)。乾燥過程で塩化セシウムは表面付近に集まり、最終的に高濃度で蓄積することを発見。放射性セシウムで汚染された木材の除染にも応用できる可能性が示唆された。

 

 

2.木材の状態や性能のX線センシングと非破壊計測

森林で伐採された樹木は、いくつかの工程を経て木材や木質材料になります。その工程のなかでもっとも環境負荷の高いのは、加熱に多くのエネルギーを投入する必要のある乾燥工程であると言われています。つまり木材乾燥工程のさらなる効率化、省エネ化が望まれています。そのためには、これまでの電気抵抗式や誘電式、マイクロ波方式の木材含水率計よりも正確に測定できる含水率測定技術を開発することが役立つかもしれません。当研究室は、X線を利用したいくつかの新しい木材含水率の非破壊計測メカニズムを提案してきました(写真4)。現在は、X線の光子1つ1つを数えあげることのできる最新のセンサーを利用し、厚い木材であってもスピーディーでかつ精度よく含水率を測定することができるような技術開発に着手しています。将来的には、世界中のすべての木材工場に導入されるような、画期的な測定技術を確立できたらいいなと考えています。

 

写真4 二重エネルギーX線吸収法(DXA)による木材小試験片の含水率測定と全乾法による実際の含水率の関係 (Tanaka 2015)。少なくとも小試験片では、非常に精度の高い測定ができている。

 

 

3.木質素材の熱特性や水分特性、機械特性の把握と機能化

木材は、セルロースやヘミセルロース、リグニンといった複数の天然高分子化合物が複雑に絡み合い、それが細胞壁を形成しています。そしてさらに、細胞壁は多くの空隙、つまり大量の空気層を伴いながらも束になっており、これが木繊維を形成しています。加えて、その繊維は配向しており、つまり異方性を有します。そして、木材を構成する細胞にも、いくつかの種類があります。さらに、それらすべてが生物学的なばらつきを有しており、均質とは言い切れません。このような事情から、木材は極めて複雑な構造とその生物学的ばらつきを平面的、あるいは立体的に有しています。人間はそれに対して、何らかの機能を付与するため、切削、乾燥、接着、また他の加工をして、結果的にさらに複雑な高次構造を有する材料になることがあります。このような複雑な高次構造は、最終的な木製品のさまざまな巨視的な性質(例えばヤング率、強度、熱伝導率、吸放湿性、寸法安定性、ガスバリア性など)に密接に影響を及ぼしているのですが、そのような高次構造と巨視的性質の関係はあまりに複雑であり、したがって人類はまだ完全には解明しきれていません。

例えば、木材の基本的な熱水分特性や木材中の熱水分移動メカニズムは概ね明らかになっていますが、木質パネル材料は、それにさらに接着剤要素が加わる、より複雑な形態の材料であることから、熱水分特性の基礎的データすら、まだ十分に明らかにはなっていません。それゆえに、現在では多くの住宅が接着剤を含んだ木質材料で作られているにもかかわらず、それを貫く熱水分移動のメカニズムについても、まだよく分かっていません(写真5)。当研究室では、木質材料のさまざまな熱水分特性値を一つ一つ明らかにするため、他の研究機関とさまざまな共同研究を進めています。将来的には、得られた知見に基づいて、いままでないない特性を持つ素材を木材から作れたらと考えています。また最近では、比較的簡単な化学処理と圧縮処理により、木材の比強度を飛躍的に高めることを目指した共同研究にも着手しています。木材を各種先端高分子素材と組み合わせることにより、これまでにない新たな特性を持った機能性材料の創出についても研究しています。

究極的には、リグノセルロース系天然高分子素材を用いて、圧倒的な省エネ性能の建築部材を実現したり、数千メートル級の構造物が作れるような高比強度素材が作れたらいいなと思っています。

 

写真5 当研究室の提案している針葉樹合板接着層の熱湿気水分予測のための形態モデル (Tanaka 2018)。このような形態が、合板の透湿性が極めて低くなることの理由と考えられる。