当研究コアについて

植物ゲノミックス研究コアでは、遺伝学、ゲノム科学、分子生物学の研究手法によって、資源植物から環境耐性等の新規遺伝子を単離して、機能を解明する基礎研究から、ゲノム育種・編集による新品種開発まで社会に還元する研究を推進しています。研究成果は、遺伝学、ゲノム科学、生物工学、進化学、細胞遺伝学、植物学、育種学の分野にわたる国際誌で公表し、遺伝子、品種等を社会実装化してイノベーションを創出しています。

Ⅰ. 環境ストレスや種形成におけるnon-coding RNAを介した植物ゲノムの動態解析

高等植物では、生命維持に必要な遺伝子の割合はゲノムのわずか数%程度であり、それ以外の多大な反復DNA領域にはトランスポゾンまたはそれらに派生する配列が散在している。さらに、Junk(がらくた)DNAとみなされていた反復DNA領域から、近年non-coding RNAが多数見つかり、ゲノムネットワークの中におけるRNA分子の役割が推察されている。しかしながら、どの様な生命現象に関係しているかの等、機能を持つnon-coding RNAの探索に手をこまねいているのが現状である。

これに対して研究代表者は、生物界においてコムギ族の植物にだけ見出されて、しかもライムギ、オオムギ、Dasypirumなど栽培コムギより生物的、物理的ストレスに強い資源植物に偏在し、第1エキソン部分の大きな構造変異により多彩なmRNA型non-coding RNAを生み出している遺伝子ファミリーRevolverを発見した。Revolverは進化上保存された領域を持ちつつ多彩な構造変異を生み出しており、RNA干渉も受けずに多数の転写産物が保持されている(図1)。mRNA型non-coding RNAの次の特徴はRevolverに良く当てはまる。1)種族間で保存されてなく特異的に存在する。2)複雑な選択スプライスRNAが存在し、種類が多い。3)coding mRNAに比べてnon-coding RNAの進化速度は速い、4)100アミノ酸残基以下の小さなタンパク質をコードしている。

本研究ではRevolverのmRNA型non-coding RNAとしての発現と機能を追求するため、1)完全長cDNAを獲得し、NGS解析を踏まえてSTS化する、STS化した第1エキソンの構造変異部分等をPCRに用いて、2)種属間で類似配列が存在するか、配列の保存状況について解析する、2)生態環境に応じてどの様に変動するかを、イスラエル・ハイファ大学進化研究所のコレクションや人為的な雑種で新種形成途上にある合成植物を用いて、環境ストレスや倍数化によるRevolverの動態、消長、発現を解明する。ライコムギや合成コムギを用いて、Revolverの発現誘導と転移を解析し、ゲノムの動態に与える効果を考察する。

コムギの近縁種(ライムギ、チノパイラム他)は不良環境に強いが、ゲノムサイズが大きく、その主要構成要素は反復配列やトランスポゾンである。そこで、ゲノム特異的に増幅し、転移活性をもつ因子をDNAマーカーや変異誘発などの分子育種のツールとして利用するため、近縁ゲノムに特異的な遺伝子ファミリーを単離した。まず、ライムギからコムギと共通するDNAを削除する方法によって、ライムギ特異的配列を単離し、続いて長鎖のDNAライブラリーを作製してコンセンサス配列を決定した結果、これまで生物界にない独特の構造を示す新規の遺伝子ファミリーRevolver(進化をもたらす因子)を見出した。さらに、Revolverの転写因子様cDNAや多数の非自律因子を単離し、その構造的多様性を明らかにした。Revolverはライムギゲノムに1万コピー存在し、コムギの祖先種では発現しているが、進化を経て栽培コムギでは消失しており、可動しているものと推察された。以上のような、コムギになく、近縁種に特異的なRevolverをDNAマーカーに利用して、コムギとライムギの交雑による人造作物ライコムギの半数体へのX線照射、8倍体への4倍体戻し交雑で再構築したライコムギ、ライムギ等近縁種のうどんこ病耐性、耐塩性、さび病耐性などの生物・環境耐性遺伝子をコムギに移入した遺伝資源リソースに適用し、マルチカラーFISHやRFLPでゲノム構成を解析した。

1.Revolverの単離と構造決定

ライムギゲノムからパンコムギと共通する配列を差し引くゲノムサブトラクション法によってライムギゲノムに特異的な反復配列の一部(89 bp)をクローニングした。この反復配列の全体構造を決定するため、λクローンの21.6 kbを解読し、全長3,041 bp の挿入型の共通配列が決定され、Revolverと命名した。

 Revolver が活発に転写されているライムギから726 bpのcDNAを単離し、Revolver が3個のエキソン(342 bp, 91 bp, 293 bp)と2個のイントロン(750 bp, 1,237 bp)で構成されていることが分かった。Revolverは139アミノ酸残基の 1個のオープンリーディングフレームをコードし、DDEモチーフを含み、転写制御因子等と類似性がある。さらに、ライムギ属のほか、一粒系コムギ、タルホコムギ、Dasypyrum villosumからRevolverのcDNAが得られた。

2.Revolverの進化的増減

ライムギ属、D. villosumにはRevolverが2万コピーと非常に多数存在している他、パンコムギの祖先種である一粒系コムギなどの二倍体種やエンメルコムギなどの四倍体種には1万コピー前後存在しているが、栽培種である六倍体のパンコムギでは消失している。FISH法によりRevolverはライムギ染色体全域に散在している。つまり、Revolverはコムギ族の植物の進化の過程で環境耐性が強い野生種で増幅し、栽培種のパンコムギでは消失するなど、大きく変動している。

3.Revolverの構造的多様性

 RevolverのゲノムDNAクローンのなかに、第1エキソンから第1イントロンにわたる領域に大きな構造変異が生じている非自律性因子が見出された。全長が3,041 bpでコムギ族植物に保存されている139アミノ酸残基のORFをコードする0.7 kbのmRNAを産生しているRevolverに対して、非自律性因子は全長が2,665〜4,269 bpで、5’末端にはTIRを含む転写開始点上流の37〜149 bpの相同領域を持ち、3’側には第2エキソン前後から3’末端にわたる1,294〜2,112 bpの領域があるが、第1エキソンから第1イントロンに相当する549〜2,007 bpの領域が破壊されていた。パンコムギをソ−スとするEST 44万クローンのうち、Revolverに部分的に相同性を示すクローンが58個あった。これらのRevolver様ESTは長さが360〜744 bpで第2エキソン以降は保存されているが(相同性65-79%)、第1エキソン部分は互いに相同性が低くて大きな変異が生じていて、ORFを持つESTはなかった。 Revolverのコピー数の高い種属にはORFが保存されており、パンコムギにおけるORFの崩壊と消失との関連が推察された。

Ⅱ. ゲノミクス×フィールドセンシングによる育種DX

今日、グローバルスケールでの気候変動や貿易自由化への加速が、SDGsの目標(飢餓ゼロ、気候変動対策)達成の大きな障害となっている。大型台風、大雨、猛暑によって、コシヒカリを含むイネの倒伏害、高温障害が拡大している。さらに、安価な外国産品種の流入によって、自給体制が崩壊する恐れがある。従って、気象変動に強い高品種な植物を開発すると共に、開発した新品種に最適な農業環境を実現することが喫緊の課題である。申請者のグループは、ゲノム育種とフィールドセンシングを利用したスマート農業を融合する、デジタルトランスフォーメーション(DXによって、これらの課題の解決を目指す。

これまでにゲノム育種法でコシヒカリのゲノムにバイオマス増大、短稈・多蘖、大粒、早晩生に関する遺伝子群を多様に組合わせて、台風・大雨に対する耐倒伏性、低コスト・多収性、開花期の早晩生による高温登熟の回避に優れたコシヒカリの同質遺伝子型品種を育成してきた。本年度は、晩生遺伝子の集積によって、バングラデシュ、カンボジアなど低緯度地帯でも栽培できる高品質・多収のジャポニカ米のゲノム育種を進める。

次に、開発した新品種に適した栽培環境/地域を特定し、気象変動シナリオを考慮した被害の最小化・収量の最大化を行うデータ駆動型農業を推進する。その先駆けとして、昨年度は頑健・多蘖の「コシヒカリd65Bms」、大粒・短稈の「コシヒカリsd1GW2」極早生・短稈の「コシヒカリe1GW2」、晩生・短稈の、「コシヒカリd60Hd16」等を育成し(図1)、8府県で生産力検定試験を行った。さらに、多変量データ解析によって、精玄米重、品質、食味に及ぼす各形質や積算温度等との間には、特定の強い相関関係が認められた。栽培に適した環境としては、収量や品質の観点からは穂長や稈長が長い山梨や愛媛が、食味の観点からは温暖で穂長や稈長が短い島根が良い結果となった。本成果は、遺伝型ごとに最適な栽培環境を設定でき、環境パラメーターによって、予め収量・品質を予測する技術の実現可能性を示唆する

今後はさらに、頑健、大粒、短稈、早晩生等の遺伝子を移入したコシヒカリの同質遺伝子系統について、フィールドセンシングによるフェノタイプの環境変動のビッグデータ解析に機械学習を導入することにより、環境に最適な遺伝子型を選定するデータ駆動型育種を行う。多様なセンサを統合化したフィールドIoT手法を用いて(図2)、気温、湿度、日射量、高精細カメラによる草丈、葉色、葉面積指数や病害虫発生に関する画像データをインターネット経由で取得する。さらに、機械学習によって「気候変動に応答した最適遺伝子型を導くアルゴリズム」を開発し、最大収量を発揮する遺伝子型を選定する(図3)。イネの遺伝子型(例:Bms、GW2d60d65Hd16e1他)とセンシングで得られた環境要因(例. 気温、湿度、日射量、風速、雨量、降雨強度、水温、土壌肥沃度、害虫発生)から収穫量(および形質:粒大、稈長、穂数、早晩生等)を予測する機械学習モデルを構築する(図3,上半分)。アルゴリズムには、一般線形回帰モデルや正則化回帰モデル、ランダムフォレスト、XGBoostなど、変数の重要度(回帰モデルにおいては、各説明変数につけられた重みω(回帰係数)に相当する)や役割(予測対象と正の相関があるかなど)を把握しやすいモデルに加え、精度追求やリアルタイムでの収量最大化を目指して深層強化学習の利用を検討する。栽培環境ごとに、予測における重要度の高い順に遺伝子型をリスト化することで、各生態型に適した遺伝子型の候補を選定すると共に、各種形質と遺伝子型との関係性を解析する(図3,左下)。遺伝子型に関連する遺伝子群の機能が推定できれば、ゲノム育種の妥当性を生物学的機能面から裏付けし、育種に重要なメカニズムを解明できる。さらに、見いだされた遺伝子型のイネについて環境適合性を予測する各遺伝子型について過去の気象データや今後想定される気象変化を考慮した環境要因を機械学習モデルに入力し、収穫量を予測し(図3,右下)、さらにスコアの良い最適遺伝子型を作製する。本プロセスにより、将来の気候変動まで考慮したサステナブルなスマートゲノム育種を実現する。