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先日2日間に渡って行った静岡キャンパスの学生諸君との昼食懇談会(20名・5部局の学生が参加)で、複数の参加者から現在浜松医科大学との間で進めている法人統合・大学再編について、学長からの詳しい説明を全学生向けに行ってもらいたいという要望をいただいた。

この問題については両大学の統合・再編の目的等についての学長メッセージと合意書及び確認書を両大学の学長が文書に署名した3月29日付で大学のWebsiteに公表しているが、それ以上に詳しく合意に至った歴史的経緯を含めた背景や学内で交わされた関連する議論の内容等について学長としての見解をWebsite等で広く公表することは差し控えてきた。その主な理由は私には以下の二つの躊躇があったからである。

(1)学長としての現時点での見解を多くの方が見ることのできるサイトに掲載する場合、当然統合・再編に反対されてきた皆さんの見解を批判する内容を含まざるを得ないが、それを発端としてすでに大学としては機関決定している問題についての、必ずしも前向きとは言えない果てしない論争が公の場所で行われることになれば、それはあまり生産的でもなく、また美しくもないのではないかという躊躇(SNS等でも反対の立場の皆さんの一方的な意見が表明されているのをしばしば見かけているが、それに対してコメントしてこなかったのも同じ理由である)。

(2)学長としての見解を述べる場合、特に背景知識を共有していない学生諸君を対象とする場合には、歴史的経緯や関連する事項に詳しく触れざるを得ず、かなり長文のものになるが、今回の統合・再編の影響を少なくとも在学中には受ける可能性のない学生諸君がそのようなくだくだしい説明に関心を持ってくれるのかどうかについて確信が持てなかったことによる躊躇(ほとんど誰も詠まない空振り記事になる可能性)。

しかし学生諸君との懇談や最近の新聞記事等から推察すると、反対の立場の皆さんは私からすればかなり一方的な見解を学生諸君に向けて語る場を積極的に設けておられるようでもあり(学生諸君との直接的接触という点で学長は学部所属の教員に比べて圧倒的に不利な立場にあることは認識していただきたい)、またこの問題に積極的に関心を寄せる学生諸君もある程度以上はいるようなので(学生の立場から大学の在り方に積極的に関心を持ってくれることは,学長としてもたいへんありがたいことである)、以上の躊躇は正直言ってまだ完全には払拭はできないものの、特に学内の会議での私の説明をこれまで聴く機会のなかった学生諸君に向かって一度まとまった形で私の見解を述べるのも許されるのではないかと考えるようになった。

また学生諸君の立場からすると、学長という存在は直接質問をしたり、話し合いの場を持ったりすることの極めて困難な雲の上の存在であるというイメージがあるようだが、これまでも留学生も含めて個別に質問をいただいたり、面会の要望があった時には時間の都合のつく限り対応してきているので、必要があれば是非「学長室」という部署(教員なら誰でも学長のメールアドレスを知っているので、そちらで聞いてもらって私宛に直接連絡をいただいても構わない)までご連絡をいただきたいと思う(割ける時間に限りがあるので、できれば一人一人ではなく、できるだけ意見や質問をまとめ、また面会もある程度の人数の規模でアポを取ってもらいたいが)。学長主催で学生への説明会を開くべきだとの意見も聞くことがあるが、これまで開いて来た教員向けの説明会もすべて部局等でいくつかの時間帯の案の提案を受けて、私の都合と合わせて開催して来たのが実情である。こうした調整を行わないで、「関心のある人はこの時間に集まって下さい」というやり方もありうるが、それこそ「場は設定しましたが、あまり人が集まりませんでした」というアリバイ的な説明会になる可能性が高く(事実部局を越えて「関心のある教員は集まって下さい」というスタイルの教員との対話の場は、参加者数が極めて少なかった)、関心を持っている学生のグループの側から私に対して呼びかけてもらった方がずっと実質的なやり取りの場所になると考えている(学部の教員の場合と違って、学生自治会が存在しない以上、私の側から説明会の開催について相談する学生の側の代表者が存在しないのが実情なので、この点でも最近の学生諸君の様々な自主的な動きはありがたいと感じている)。いずれにせよ、以下の文章による説明だけで「十分わかった」と納得できる人は少ないと思うので、今後も是非積極的に声を寄せて下さるようお願いしたい。

I. そもそも何故統合・再編なのか

1974年に浜松医科大学が設置された際、最初は静岡市に静岡大学医学部として設立される予定であったものが、西部出身の有力政治家の意向で予定が変わって現在のような形になり、当時は県内の政界を2分する大きな騒ぎとなった。静岡という地名も静岡県というまとまりも、明治維新以降に成立した極めて新しい人工的なものなので、常にこのような地域的な対立は現在に至るまで様々な場面で見られるが、大学についてもその影響を陰に陽に受けて来たというのが実情である。

静岡大学としては今後の大学の発展にとって医学・看護分野の研究・教育が極めて重要であることをよく認識しており、また大学の経営規模の拡大という点も含めて同じ組織の一員としてやって行きたいという意向を持ち続けて来たので、それ以後も機会があれば、両大学の統合を図りたいと考えてきたが、2000年代の初めごろ、多くの国立医科単科大学が総合大学の医学部になった時期にも静岡県の場合はこの流れに乗り損ね、結局統合は実現できなかった。それ以後も例えば法人化後両大学の第1期中期計画(2004〜2009)には「近隣大学との統合」という記述があったことにも見られるように両大学の統合は課題であり続け、天岸学長(2004〜2006)、興学長(2007〜2009)の下でも協議が続けられてきた。これに続く私の前任の伊東学長(2010〜2016)の下では、統合それ自体についての協議よりも実質的な連携を優先しようという路線が取られ、特に医学・工学の領域での光分野の研究・教育・産学連携では双方の密接な協力体制が形成された。

このように両大学の実質的な連携が進み、また国の大学政策のなかで国立大学に「1法人複数大学」という仕組みを取り入れるという方向性が明確になった2017年(私の学長任期の1年目)の秋に浜松医科大学側から一法人の下に浜松医科大学と静岡大学浜松キャンパスからなる「浜松地区大学」と静岡大学静岡キャンパスからなる「静岡地区大学」の2大学を置くという枠組みであれば、両大学の統合を進めることで浜松医科大学側の学内の合意が得られそうだが、静岡大学側としてはどうかという打診があった。私としては、この提案は次の二つの理由から魅力的なものだと受け止めた。

(1)医学部を同じ組織の一員として迎える長年の課題が、この法人統合・大学再編によって実現できること。

(2)静岡大学の運営上、キャンパス間の距離や教育・研究面での独立性の強さから両キャンパスをあらゆる面で一つの組織として取り扱い、統一的な意思決定の下に置くことには不合理な面が強く、両キャンパスのより独立的運営が必要であると従来から考えていたので、地区ごとの大学に再編するという考え方は静岡大学側にとっても大きなメリットがあると考えたこと(伊東前学長もよく「静大ホールディングスの下に静岡地区大学と浜松地区大学を置くのが理想的だ」とおっしゃっていたが、私もまったく同感であった)。

(2)については、その歴史的経緯についての補足的説明をしておきたい。1996年に静岡キャンパスにあった教養部の廃止に伴って、浜松キャンパスに情報学部が設置され、それまで教養教育を担当して来た静岡キャンパスの教員の多くがこの新学部所属の教員として異動したため、浜松キャンパスでも教養科目を担う教員層が形成された。これを受けて、それまで最初の1年ないし2年間は浜松キャンパスの学生全員が静岡キャンパスで教養科目と一部専門科目を受講するという体制(2−2とか1−3と呼ばれていた)から2000年には浜松キャンパスの学生は4年間すべてを浜松で過ごす体制(いわゆる0−4)へと完全に移行した。またこの時には教育学部の学生定員のうち100名分が情報学部に移ったので、この分も含めると全部で1500名ほどの学生が静岡から浜松に移り、これに合わせて教員の方も80名ほどが静岡から浜松に移ったことになる。

この出来事は静岡大学の70年の歴史のなかできわめて重要な意味を持っている。(1)まず複数キャンパスを持つ多くの国立大学では今でも全学生が少なくとも1年は本部の置かれているキャンパスで過ごすケースが多いが(例えば信州大学の本部がある松本キャンパスと長野、上田キャンパス等、茨城大学の本部がある水戸キャンパスと日立キャンパスなど)、静岡大学の場合は完全にキャンパス別の教育体制となったこと(2)学生数、教員数が両キャンパスでほぼ拮抗したこと(学生数も教員数でも静岡がやや上回る程度)(3)東西の学生・教員間の実質的交流が激減したこと(卒業生のなかには、最初の2年間の東西を越えた学生交流、取り分け部活等での交流の経験を懐かしがる人も多い)の3点が取りあえず特徴としてあげられるが、これによって、静岡にある大学本部中心の運営と両キャンパスの実質的独立という実態との間のギャップが大きくなり、特に浜松キャンパスの側の欲求不満が次第に高まることとなった。今回の統合・再編を浜松医科大学側の都合に引きずられた動きだと考えている人々が特に静岡キャンパスには多いが、それはこのような大きな歴史的変化が視野に入っていないからではないかというのが私の考えである。静岡キャンパスには、法人統合には賛成だが大学再編には反対だという意見を持っている人々も多いが、法人統合すれば学生数でも教員数でもまた財政的な規模でも浜松地区の比重が静岡地区を完全に上回ることになるので、大学本部も法人本部も共に静岡地区に置き続けるという選択は上記のような不合理を更に拡大することにつながる。

現時点での静岡大学が静岡キャンパス中心の運営になっていることを示す良い例が、今回の統合・再編を決定した教育研究評議会での評決の場面である。新聞紙上では、「14対13の僅差で承認」と報道されて大学執行部が「数の力で押し切った」という印象を与えており、また静岡キャンパスの人々のなかには、評議員の構成上、理事や副学長といった学長指名の委員が多く含まれているが故に「民意が歪められた」と信じている人も多いようであるが、実態はだいぶ異なっている。全員の27名が出席していた当日の評議員の構成は、静岡キャンパスの部局から出ている委員が12名、浜松キャンパスの部局から出ている委員が6名、理事を兼務しない副学長が4名、理事が学長含め5名となっていた。またこの4名の副学長は全員が静岡キャンパス所属であったので、理事を除く評議員の構成では静岡16名、浜松6名となる。このように静岡キャンパス所属の教員に偏った構成になっている理由は、(1)静岡には評議員選出の母体となる部局数が多いこと(2)副学長を指名する際に本部が静岡キャンパスにあるために職務の都合上浜松キャンパスの教員への依頼には困難が多いことの2点であるが、両キャンパスの規模が拮抗していることを考えると、理事全員が浜松側の立場に立って投票してもなお16対11にしかならないという状態はかなり「民意を歪める」構成であることがわかる(浜松側の提案はよっぽどのことがない限り通らない構造となっている)。事実当日の評決に際して、浜松キャンパスのある評議員からは「静岡と浜松の意見が割れている問題について、このように静岡側に委員の数が偏っている会議で多数決を取ることには反対だ」という意見も出された。これに対して「決を採るべきだ」という動議が静岡側の委員から出され、この動議が14対13で可決されたので、評決に至ったというのが実情である。つまりむしろ数の優位を知る静岡キャンパス側の「数の力で押し切ろう」という意図が最終的にはうまく行かなかったと言った方が実態には近いのである。静岡キャンパス所属とはいえ副学長も学長指名ではないかと考える人もいるかも知れないが、副学長は一般的に言えば所属キャンパスの意見を反映しがちであり、そのなかには周知のようにこの問題で学長批判の急先鋒の役割を果たした方もいたのである。大学再編不要論を唱える静岡キャンパスの人々は以上のような静岡キャンパスに偏った大学運営の実態があることに比較的鈍感であり、浜松地区のウェイトが飛躍的に高まる法人統合後も今と同じやり方が通用すると思い込んでしまっているのではないだろうか。

静岡の国立大学を束ねる経営体としての新法人「静岡国立大学機構(仮称)」の本部は、静岡県全体をカバーするという対外的姿勢を示す意味でも県庁所在地の静岡市に置くべきであるというのが私の意見だが、上記のような背景を考えれば、1大学1法人という形で両法人を統合し、法人本部も大学本部も静岡に置くという案がいかに非現実的かがわかっていただけると思う。法人本部は静岡に置くが、大学のことはそれぞれの地区ごとに独立して決めるという原則で運営するのが、最も現実的であり、かつ実態にも良く合っているというのが私の考えである。

II. 統合・再編から得られるもの

(1)医学・看護分野との教育・研究連携の促進、産学連携体制の強化

浜松医科大学との間での光分野の教育・研究・産学連携については、光産業創生大学院大学、浜松ホトニクス、浜松市等も巻き込む形で、博士後期課程「光医工学共同専攻」、光創起イノベーション拠点における共同研究、地域イノベーション・エコシステム形成プログラムに採択されたメディカルフォトニクス技術の産業化等の実績が積み上げられてきたが、法人統合によって両大学の産学連携組織も統合されて実績とノウハウが共有され、知的財産の取り扱いも一元化されて浜松地区大学における医工情連携、両地区大学横断型の医農理連携、人文社会科学分野も巻き込んだ地域医療・看護・介護システムの構築、生徒理解や生活指導、学齢期患者への対応等に関する医学と教育学の間の連携等(現在も教育学部の養護教員養成課程では、一部の授業を浜松医科大学の教員に担当していただいている)多様な形態での連携を進めることが可能となる。

(2)法人統合・大学再編による業務の効率化と経営力の強化

既存の2大学に置かれていた企画・評価、人事・財務等の機能を法人本部の下に一元化することによるより効率的な業務運営が可能となると共に、地区ごとの大学再編により学務関係の事項を中心とする各大学単位での小回りのきく機動的な運営が可能となる。またこれらの効率化によって生み出された資源をより一層の経営改善に向けた再投資にあてることができる。

また法人運営に外部理事や民間出身の人材を積極的に登用することによって経営力の強化を図り、新たな社会ニーズに応えうる教育・研究分野への重点的投資という明確な経営方針に基づき、静岡地区大学においては特に新たに設置する「未来社会デザイン教育・研究機構」を中心にSDGs達成を目指す分野横断的な取り組みに、浜松地区大学においてはSociety 5.0を視野に入れた異分野間の連携強化を生かした「医工情での産業界への貢献強化」に向けた取り組みに手厚い支援を行う。

(3)法人評価・大学評価への対応と財務基盤の強化

これまで静岡大学は法人評価の枠組みの下で「医学部のない総合大学」という位置づけを与えられてきたが、今回の法人統合により「医学部のある総合大学」という枠へと格上げされることとなり、評価の上でより有利な取り扱いを受けることができるようになる。また国からの運営交付金の金額が共同研究等の外部資金の獲得額等のいわゆる「共通指標」によって決められる傾向が強まっている状況の下では、外部資金の獲得しやすい医学・看護分野との連携は前述の産学連携体制の強化と併せて、財務基盤の強化につながる

(4)法人・大学としてのブランド力向上

県内の国立大学を統合した大規模な新法人「静岡国立大学機構(仮称)」の下に置かれた医学部を含む多様な学部・教育プログラムを持つ東西両大学として2022年度から正式に学生募集を始めるに先立って、今年の秋からは新しい法人と大学の向かうべき方向性について、記念シンポジウム等の行事の開催も含めて積極的に広報活動を開始していくことになる。大学再編を「大学の分裂」と呼んでもっぱら否定的にのみ取り上げ、「静岡大学が小さくなる」という反対論を唱えている静岡キャンパスの人々は、上記のような法人統合を通じて得られるものを完全に無視している点に大きな特徴があるが、幅広い分野を包括的にカバーする新法人と明確なセールスポイントを持つ2つの新大学という組み合わせを前面に打ち出すことによってより鮮明な法人像、大学像を提示することは十分に可能であると考えている。

III. 「静岡大学が小さくなる」という反対論について

(1)静岡キャンパスは小さくなるのか?

歴史的経緯のところでも述べたように、1996年の教養部廃止・情報学部設置とそれに続く2000年からの0−4教育体制への移行の際には、静岡キャンパスは学生数、教員数等の様々な側面で本当に「小さく」なった。これに伴って、大学周辺の学生下宿はかなりの空室ができ、またサークル活動という点でも両キャンパスの学生間の実質的交流は大きく制約されたのである。しかし、学部生の間に途中で下宿を移動しなければならなかったり、教養科目の単位がうまく取れなかった場合には浜松から静岡に通う必要があったりということで、浜松キャンパスの学生にとって従来のシステムが大きな負担をかけていたことも事実だったので、「学生の便宜第一」ということで大きな反対もなくこのような改革は実施に移されたのである。

これに対して、今回の統合・再編においては、静岡キャンパスの教育・研究組織は実質的にはほぼ現状維持であり、学生数・教員数も含めて決して「小さく」なるわけではない。「小さく」なると言っている人々は、工学部・情報学部が浜松地区大学所属になることを否定的に評価したいが故にそのように言うわけだが、このような意味で「小さく」なることが何か具体的に静岡キャンパスにとってマイナスの効果を及ぼす可能性があるのであろうか?

学内で当初あった議論は、「小さく」なると使えるお金が減るという主張であった。浜松キャンパス側は企業との共同研究等の産学連携の実績が多くて「お金が稼げる」が静岡キャンパス側はその点の実績が少ないので、財政的に苦しくなるのではないかという受け止め方がその典型的なものである。しかし学内の予算配分において、「浜松で稼いだ分を静岡が使う」という仕組みは今でもまったく存在しない。浜松側は確かに静岡側よりもたくさん「稼いで」もいるがその分たくさん使ってもいるので、浜松の両学部が別大学になったからといって、静岡キャンパスの財政が苦しくなるということは考えられないのである。それでも心配だという人々のために両大学で取り交わした確認書のなかでは、特にこの点に触れ、統合・再編により静岡で使えるお金が減ることにはならないようにすることを確認している。

またもう一つ静岡キャンパス側にある声は、浜松キャンパス側は新たに医学部も加わり、医工情連携という新たな魅力を前面に出して行くことができるが、静岡キャンパスは浜松の2部局が離れるだけでプラスの要素がなく、大学の魅力という点で見劣りするのではないかという懸念である。このような意見の表明の際には「静岡キャンパスにはメリットがない」というフレーズがよく使われた。このような考え方には正直言って唖然とする他ない。静岡キャンパス側の魅力は統合・再編があろうがなかろうが、自分たちのこれまで達成してきたもの、これから伸ばしていこうとするものを積極的に打ち出して行くことを通じて示すのが本筋であって、「他地区とくっついていないと自分たちだけでは魅力が出せない」などという他人任せの情けない発想では何も新たなものは生み出せないであろう。

静岡キャンパスには多様な分野をカバーする4学部があり、豊かな研究業績と優れた人材を養成してきた誇るべき実績がある。そしてそれはこれまで浜松キャンパスの部局の助けなど借りないで自分たちの力で築き上げてきたものであり、特に「持続可能な発展」に向けた新たな社会の在り方を指し示すことが大学に対しても期待されている現在、分野を越えた文理融合の教育・研究を更に発展させることによって、更に輝きを増す大きな潜在力を持っている。学長としては静岡キャンパスを拠点とする新たな教育・研究組織として「未来社会デザイン教育・研究機構」を設置し、この場所を中心に静岡地区大学としての積極的な未来像を示していくことを提案している。もちろんすでに述べたように、同一法人の下にある浜松地区大学とのあらゆる側面での連携は、このような発展の方向にとって重要な役割を果たすが、むしろまず優先すべきは、これまで同じキャンパスにありながら、それほど目立った相互連携が見られなかった静岡キャンパスの部局間の協力体制を強化することではないだろうか。

(2)静岡地区大学の「評判」は落ちるのか?

もう一つ学内の議論でよく聞かれたのは、2大学への再編は、従来の静岡大学よりも小さい単位の大学を作り出すことで、大学としての「評判」を落とすことになるという意見である。例えば主だった学部がそろった総合大学でなくなると、受験生からの「評判」が落ちるのではないかという意見があった。これについては静岡大学を多く受験している県内の高校のご協力を得て昨年の秋に高校2年生を対象とするアンケート調査を行い、「大学選びにおいては自分の受けたい学部、学科に変化がなければ、大学がどう再編されようとまったく影響はない」という意見がほとんどであるという非常に明快な結果が得られた。また総合大学でなくなると優秀な研究者が集まらなくなるとか、就職や共同研究等の様々な面で産業界から見ても魅力がなくなるとか主張する方々もいた。しかしちょっと考えてみればわかることだが、研究者や産業界からの「評判」はそれぞれの大学で優れた研究・教育がされているか、優れた研究者のグループがあるか、外部資金が集まっているかといった点などにかかっているのであって、単に大学全体として多くの学部あるかどうかということはまったく無関係である。静大より大規模ではない学部数の少ない大学は数々あるが、一橋大学、名古屋工業大学、東京農工大学、滋賀大学等はそれぞれの分野で特徴を出し、高く評価されている魅力ある大学なのではないだろうか?「小さく」なると「評判」が落ちるという主張は、これらの大学だけでなく頑張っている他の多くの小規模大学に対してもたいへん失礼であるという自覚を持って欲しいものである。

また「小さく」なるとTHEなどをはじめとする大学ランキングが落ちるという「評判」論もあった。しかしランキングを見ればすぐわかるように、評価点は基本的にはすべて「割合」を基本としていて「絶対量」ではないので、小規模大学でランキングが上にある例は珍しくない。また本当に大学ランキングを上げようというのであれば、外国人教員や留学生を増やす努力等が重要だが、ランキングについて熱心に主張する人々がその意味でランキングを上げることには必ずしも積極的とは言えない。また、そもそも苅谷剛彦氏他のご指摘があるようにTHEのランキングは主に中国人留学生獲得を目指す英語圏大学間の競争と緊密に結びついているので、日本の地方国立大学がこれにあまり重きを置きすぎるのは問題なのではないだろうか。

更に国からの「評判」という意味での大学「評価」という観点で、浜松キャンパスと別大学になった「小さな」静岡地区大学は不利になるのではないかと心配する人もいる。しかし現在国で議論されている評価の仕組みは、むしろ部局単位でのより細かいお金の使い方とその効果を検証しようという方向を強く打ち出してきているので、より大きな組織の一員であることによって、そのような細かい評価から逃れようという「寄らば大樹の影」的発想は役に立たないと言わざるを得ない。

(3)静岡地区大学と浜松地区大学の連携は縮小するのか?

最後に、現在の静岡キャンパスと浜松キャンパスの関係と比べて、再編後の静岡地区大学と浜松地区大学の連携は縮小するのかという問題について考えてみたい。残念ながら現状では、両キャンパス間の教育・研究上の連携は一部の研究分野や博士課程を中心とする大学院教育を除けば極めて弱い。「大学再編によってこれまで築き上げてきた連携が危うくなる」と主張する人もいるが、先にも述べたように2000年以前に比べてすべての面での両キャンパスの連携は格段に弱体化しているというのが正しい認識であり、法人統合を機に医学・看護分野を含めて地域を越えた連携を強めていくというが大きな課題であると考えている。すでにIIで指摘したように、両大学の連携は大きな可能性を秘めているが、これまではキャンパス間の連携どころか同じキャンパス内でもなかなか部局単位の発想から抜けられず、広く多様な連携の例が少なかったのは非常に残念だと考えている。

大学再編と学生のサークル活動の関係について、特にコンテストや競技会といった場面では大学単位としてチームを組まざるをえなくなり、これまで両キャンパス一体でやってきた活動が制約されるのではないかという懸念をいくつかの団体から聞いている。それぞれの上部団体の規約等にもよるが、このような不都合が生じないように関係者への働きかけ等を今後強めて行きたいと考えている。2000年以降このような両キャンパス間の学生の多様な側面の交流についても、かなり縮小してしまったのは残念でもあり、申し訳なく思っているので、今回は少しでも良い方向に持っていけるように学長としても最大限の努力をしたい。

長文になってしまって、さぞかし読むのがたいへんだったかと思うが、問題の性格上要約的には述べられないことをご理解いただきたい。最初に書いたが、学生諸君との対話はいつでも大歓迎なので、是非声をかけていただきたいというお願いを最後に、今回のブログを閉じることにしたい。

 

今年の3月に経済産業省が取り纏めた「理工系人材を中心とする産業人材に求められる専門知識分野と大学等における教育の状況に関する実態調査」という文章を最近目にする機会があった。
http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H28FY/000601.pdf
そのなかでいくつか興味深い分析結果があったのでご紹介し、多少のコメントをしておきたい。

(1)大学の研究者数の多い分野と産業界の技術系人材が業務で必要とする分野とのギャップ

報告書は大学の研究者数の多い分野がバイオ分野であるのに対して、業務で必要とされる分野は機械、電気・電子、材料化学、生産・安全・経営・社会、特にIT分野であり、この点に両者の基本的なミスマッチがあることを指摘している。
またこの先5〜15年後にイノベーションが生み出されることを期待される分野としては、「人工知能を予測する回答者が、圧倒的に多かったが、続いて同じ分野の情報ネットワークも多かった。他には情報分野では、ソフトウエア基礎、応用ソフト、ミドルウェア。機械分野では、設計工学やメカトロニクス。電気・電子分野では、電子デバイス、電気・化学・材料・物理等の学際領域になるナノテク、同じ学際領域になる太陽光・二酸化炭素発電・燃料電池・無線電送等を扱うエネルギー変換・貯蔵学。化学分野では高分子化学を予測する研究者が多かった」としている。
このようなギャップがとりわけ女性の理工系出身者に強く表れているという指摘は重要である。女性は男性に比べて「生活・家政やバイオ系など産業ニーズが比較的低い分野からの輩出が多い」との指摘である。
なお上記のようなギャップを高校段階での進路指導教員に共有してもらおうという試みとして河合塾のWebsiteも開設されている。
https://www.wakuwaku-catch.com/career/161101/

(2)業務で必要とする分野を卒業後に学んでいるという実態及び「絶滅危惧分野」の存在

上記のようなギャップを企業等の技術系人材は主に企業内研修、オンライン研修、自主的研修等による卒業後の学習によって補っていると報告書は述べている。このような実態は、例えば狭い専門分野の教育よりもダブルメジャー等のより広い分野の教育に対する高い要望が出てくる背景ともなっている。
また専門分野別のギャップとは別に報告書が「絶滅危惧分野」と呼ぶ「特定のモノづくりのためには、その技術分野を習得した人材が不可欠であるにも関わらず、その分野が成熟してしまったために大学での研究テーマがなくなってしまい、その分野の研究ポストがどんどん少なくなる」分野における教育サービスの低下の故のギャップも指摘されている。例えばアナログ回路や基本ソフト、歯車等の機械要素、建築構造・材料等の分野は新たな研究成果を得るのが難しく研究者の数は減っているが、実際の業務には不可欠であるので教育プログラムとしては求められているというようなケースである。

(3)Society 5.0や工学系教育改革要求と「学問の府」としての大学、「社会的存在」としての大学

最近政府が情報分野の重視や、工学系教育におけるより柔軟な専門性の必要性を強調しているのもこのようなギャップが今後ともより深刻になるであろうという予想に基づくものであることは明らかである。
しかしここで問題となるのはそれぞれの分野における最先端の研究成果を求める「学問の府」としての大学の在り方と社会が求める人材を養成することが期待される「社会的存在」としての大学の在り方との間のギャップである。例えばやり玉にあがっているバイオ分野は新たなゲノム編集技術として脚光を浴びているクリスパーや山中教授のiPS細胞研究等に見られるように研究分野としては今後も大きな研究成果が期待され、決して衰退分野とは言えない。逆に「絶滅危惧分野」をめぐる議論が示しているように、同じ情報分野でも人材養成の場で求められているのが基本ソフトやアルゴリズムといったレベルの教育であるのに対して、研究面での成果はより高度なAI等の分野であってこの点でも社会的ニーズと有望な研究分野の間には一定のギャップがある。
このようなギャップは必ずしも新しいものではなく、例えば原子力発電所が1960年代以降相次いで建設された時期には、その後の展開が示すように技術面での課題は多々あったとは言え、物理学理論としての核分裂や核融合についての研究はすでに成熟期を迎え、新たな研究成果は期待できなくなっていたので物理学者はこの分野に対する関心を失っていたといった例が思い起こされる(吉岡斉『原子力の社会史』)
従って大学の「学問の府」としての側面と「社会的存在」としての側面を性急に完全に一致させようとすることにはもともと無理があり、質の高い論文の生産やノーベル賞受賞者を増加させ、世界大学ランキングを上げようとするならむしろ前者の側面に重点を置かなければならないであろう。しかし他方でバイオ分野を中心とするオーバードクター問題がいわゆる「高学歴ワーキングプア」輩出の象徴であり、このような出口面での行き詰まりが国際的に見た博士号取得者の頭打ちの主因となっていることも厳然たる事実であり、この点では経済産業省の報告書はよく現実の姿の一面を描き出していると言ってよい。またこのような矛盾がバイオ分野に多い女性研究者にとりわけ大きな負担をかけていることにも注意する必要がある。
大学の研究者は「学問の府」の一員であるという意識に自足しがちであり、もう一方の「社会的存在」としての大学という側面に目を閉ざしてしまうことが多い。その意味で今回の経済産業省の報告書に大学人は是非一度目を通しておいた方がよいであろう。

デカルトの「方法序説』は同時代に発表され注目を集めたハーヴェイの血液循環論の紹介に相当の分量を当てている。それまで神秘的な領域であると考えられていた「生命」という現象が、心臓というポンプによって全身に血液が送られるというきわめて「機械」的な過程によって支えられていることがわかったことについての当時の人々の素朴な驚きがこのような取り扱いの背景にある。

しかしデカルトは、他方でこのような意味での「機械」に置き換えることができない領域として「心」の独自性を強く主張した。それが彼の「心身二元論」である。彼はしばしば「心」の存在を人間のみに認め、自然や生命を「心」なき「機械」に還元したと批判されるが、逆に言えば、人間の身体ですら「機械」に過ぎないことがわかってしまった時代に、「心」を「機械」的過程とは明確に区別された独自の対象として守ろうとしたとも言える。

人間の「心」をその「創造性=異なった要素を結びつけて新たな発想を生み出す能力」の故に「人工知能」とは原理的に区別されるものであると主張する人々は、知らず知らずのうちにこのようなデカルトの議論を繰り返していると言ってよい。「心」は「人工知能」のような「機械」的過程には還元できない独自の存在だというわけである。

他方で最近Transhumanismという極端な考え方をよく耳にするようになった。こちらは逆に人間の「心」は将来的には完全に「人工知能」に置き換え可能となり、個々の「人格」も「機械」のなかのデータとして半永久的に保存可能になるという主張である。データとしての「心」は個別的「身体」から切り離されて永遠の命を得るという一種宗教的な霊魂不滅論と言えるであろう。

このような考え方自体は私の知る限りでは、J.D.バナールの「宇宙・肉体・悪魔』(1929)ですでに展開されており、特に目新しいものではない(ちなみに1953年に出版されたA.C.クラークの「幼年期の終わり』はこの作品に触発されたと言われている)。しかし最近の「人工知能」の技術的発展を背景にこのような発想がより現実性を増したと見られているようである(例えば有名なイーロン・マスクもこのところこのような主張をしている)。

おそらく真実はこのようなデカルト主義とTranshumanismの中間にある。「心」は広い意味での「機械」的過程に還元できないほど神秘的な対象ではないと同時に、コンピュータのなかのデータという狭い定義には当てはまらないほどには「身体」や「世界」と一体的な存在として「地続き」になっている。

現実的には我々の「心」が担ってきた仕事のどの部分が「人工知能」によって担われて行くのかが現在様々な場面で問われているが、忘れてはならないのは、我々人間はあくまで生物として自然環境、社会環境のなかで生きている存在であり、「心」と「人工知能」の関係も、このような「人間ー環境」という全体的視点から常に考察されなければならないということである。

(学長就任以来、これまで毎月末に「学術路線」のブログを書くというやり方をしてきましたが、そろそろ「心象風景」的なものも交える路線に転換して行くつもりです。)

映画『ローマの休日』で、オードリ・ヘップバーン演ずる王女様が、父親の仕事を聞かれて「一種の渉外係ね」と答える場面があります。彼女はこっそり抜け出して街中の暮らしを経験する冒険に出ているので、直接「王様」と言えない事情があるわけですが、この「渉外係」という定義はかなり的を得ているようにも思います。

学長に就任して約3ヶ月が経過し、この職もまた「渉外係」としての役割がかなりの部分を占めていることを実感しています。様々なレベルでの対外的な連携に関わる式典や会議、シンポジウム等でご挨拶したり、懇親会の場で参加者の皆さんとお話しする機会があり、大学という機関がいかに多くの関係者の協力を得て成り立っているのかがよくわかりましたし、大学を代表する「渉外係」としての役割の重要性を改めて認識した次第です。

しかし神的権威を背景とする「王様」とは異なって、一個人が組織を「代表」するという仕組みには対内的にも対外的にも常に矛盾する側面が含まれています。「公」的な存在である組織を一「私」人が代表するという矛盾です(有名なカントロヴィッチの『王の二つの身体』は王様にもこのような矛盾があると言っているわけですが)。例えば学長の挨拶は純粋に「公」的な内容のものであるべきかもしれませんが、「私」人としての個性をまったく欠くものであれば、面白みや魅力のない無味乾燥なイメージを与えるものになりそうです。しかし、逆に「私」的見解をあまり前面に出せば、組織の「代表」としての役割を果たすことはできなくなってしまいます。

最近目にしたT. H. Breenの"George Washington's Journey: The President Forges a New Nation"の書評(New York Review of Books May 25 2017)によれば、アメリカの初代大統領ワシントンは、「合州国」として独立したとは言え、まだ「州」への愛着が「国民」としてのアイデンティティよりも優位を占めていた時代に、「王とは異なった意味での国民の代表」としての「大統領」という職務の確立にきわめて自覚的であったようです。彼の副大統領であったJohn Adamsが「彼は最も偉大な大統領ではなかったかもしれないが、確かに大統領という職をもっともうまく演じた役者には違いない」と言っているのだそうで、実際ワシントンは個人的にも観劇が趣味で演技には深い関心があったようです。世襲の「王」以外に「代表」を知らない同時代の人々に対して、「いつでも権力を手放す用意があることを示すことによって権力を得た」(これはアメリカの歴史家Garry Willsのワシントン評)一私人というまったく新しい「代表」像を示したというわけです。

福沢諭吉が渡米した際に、「ワシントンの子孫はどうされているのか?」という質問をしたのは、彼がまだ世襲の「王」以外の国民の代表を知らなかったからですが、それに対する「ワシントンの子孫は普通の市民として生活しています」という米側の答えを聞いて、彼は新しい時代の「代表」のあるべき姿を学んだと言っています。『ローマの休日』の王女は、最後の場面で、「訪問したどの国もそれぞれに興味深いものでした」という「公」的見解を表明させようとする侍従の助言を断固としてはねつけて、小さな恋も含めたローマでの「私」的経験を優先して「最も想い出深い場所はローマでした」と言い放ちます。しかしそれと同時に恋人の新聞記者を振り返ることなく記者会見の場から立ち去り、彼女の王族の一員としての「公」的義務を果たします。そしてこの彼女の凛とした「公私混同」の姿勢は、実に美事に世襲の「王」としての役割を越えた新しい「代表」のイメージ(これを「象徴」と呼んでもよいかもしれません)を与えるものとなっています。

やや大げさな話になりましたが、自分自身小なりと言えども世俗的「代表」という役を演ずる立場になってみて頭に浮かんだことを少し書き留めてみました。このブログも含めて引き続き良い意味での「公私混同」につとめて行きたいと思います。

 

フランスで大統領に選出されたエマニュエル・マクロン氏が、ルーブル美術館のガラスのピラミッドの前で行った勝利演説のなかで、継承すべきフランスの伝統の一つとして「近年脅かされつつある啓蒙の精神」をあげたことは、カント哲学をはじめとする啓蒙期の哲学を専門としてきた私としてはたいへん印象的でした。

「啓蒙」という言葉は、知識を持っている人が無知蒙昧な人々に真理を「授ける」という上から目線の姿勢を連想させるのか、最近の日本ではどちらかというと否定的な意味で用いられることが多いですが、元々の出発点はむしろ、自分たちの狭い経験やアイデンティティにとらわれることなく、他者たちの思想や立場を寛容に受入れ、より普遍的な立場から物事を考えようという運動を指す言葉でした。

私の大学の先輩でもある法政大学の笠原賢介教授の『ドイツ啓蒙と非ヨーロッパ世界』(未来社)が最近出版されましたが、この本のなかで笠原さんは、非ヨーロッパ的な世界観も含めた異なる文化や思想に対して開かれた態度を貫こうとする「社交性」こそが「啓蒙」の本質的特徴であることを説得的に示しています(レッシングの『賢人ナータン』や森鴎外の『知恵袋』の種本であるクニッゲの『人間交際術』等が典型例とされています)。マクロン大統領が擁護しようとしている「啓蒙」も、異質な要素を排除しようとする「国民戦線」的世界観とは対局にあるこのような「社交性」の側面に重きを置いたもののように思われます。

静岡大学の理念「自由啓発」の英語訳はFreedom and Enlightnmentであり、まさにこのような意味での「啓蒙の精神」を含んでいるというのが私の解釈です。マクロン大統領のやろうとしてることすべてを無批判に礼賛するつもりはありませんが、少なくともこの点では彼を陰ながら応援したいと考えています。

 

学長に就任してから4週目に入りました。年度初めの様々な儀式や新任故のマスコミからインタビュー等への対応も多く、まだ通常運転前の試運転中といったところです。

個人的には4月16日に開催された「徳川みらい学会」での樋口雄彦先生(人文の卒業生で国立歴史民俗博物館教授)から田口卯吉(静岡学問所出身の明治期を代表する思想家のひとり)の佐幕派的歴史観(維新は幕府が薩長に負けたのではなく、文明化という必然的な歴史の流れの一部に過ぎない)の紹介を受けたのが、今後私自身も意識的に佐幕派的に振る舞おうと考えていたので、たいへん参考になりました。

また入学式でKi Hajar Dewantaraというインドネシアの思想家の言葉を引用した時、「インドネシア人なら誰でも知っている」とインドネシアの留学生が言っていたことに触れましたが、20日にインドネシアのAndalas大学学長他の皆さんが来られた時にこの話をしたところ、「おお!」という反応だったので、彼女に限定された認識ではなかったことが確証されました。やはり有名な人のようです。

新しいブログのフォーマットの作成が終わったので、適宜この学長ブログ欄に投稿します。その都度学長として感じたことを中心に書き込むつもりですので、お読みいただければ幸いです。