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8月6日付のブログでご紹介した学生署名の請願事項(1)の「統合再編の経緯の説明」について、7月10日付の長文のブログでその歴史的経緯とこれまでの議論の主な論点についてはかなり詳しくご説明したので、今回はそれと重ならない範囲で補足的説明をしておきたい。私としては以下の文章をもってこの請願事項には答えたと考えているが、足らざる点があれば、今後予定されている対話集会での発言あるいはその他の手段でご指摘いただきたい。

(1)統合・再編の大学としての意思決定の経緯及びそのプロセスへのステークホルダーの関与について

前回のブログでもご紹介したように今回の統合・再編に向けての動きを私が開始したのは、国として一法人複数大学の制度化を進めるという方針が示された2017年の秋以降であるが、この時期にはまず各学部の学部長レベルの幹部の皆さんとの間の非公式な会議の場で「こんな話が出ている」という情報を共有するところから始めた。その時の各学部長の反応は、積極的賛成論があった一方で、多くは「部局で議論しないで個人として賛成・反対の意見を言うことは難しい」というものであった。これは責任ある立場にある役職者としてはこの時点では無理のないところであったと思う。

その後学内での会議に正式にかける前に、我々が考えている統合・再編案が国の新しい制度にうまく当てはまるものであるのかどうか、また会議の場で議論すべき点、共有すべき情報にはどのようなものがあるのか(2大学に再編した場合どのようなレベルの国の審査・認可が必要になるのか/法人・大学の評価や予算配分の仕組みはどのようになるのか/法人としての意思決定と大学としての意思決定の関係等)について文科省の担当課に問い合わせ、それも踏まえて役員会での検討を経て学長としての正式提案を取りまとめ、昨年2018年3月の教育研究評議会ではじめて正式の説明を行った。

ここで学生諸君からいただいた署名簿にもある「ステークホルダーとの合意形成」にも関連するので、大学の組織としての意思決定の在り方についての私の考え方を述べておきたい。大学の将来計画や教育・研究組織について第一義的に決定する権限と責任を持っているのは、「教育研究評議会」に集約される教員を構成員とする合議体及び過半数を学外委員(民間企業の経営経験のある方、自治体関係者、弁護士等)が占める合議体である「経営協議会」、それにこれらの合議体の議を経て最終的な決定を行う学長及び4名の理事からなる合議体としての「役員会」である。これらの合議体は大学の現状や問題点について関連する情報や歴史的経緯等を熟知しており、また主に大学という組織に継続的に所属する構成員からなるが故に強い当事者性を有し、定例の会議の場で情報共有と意思決定を行っている。そして法律的にも大学の組織としての意思決定にそれぞれの立場から関わることが規定されている(合議体同士の意見が一致しない場合は「役員会」の決定が優先することとされている)。

大学にはその他にも、在学生、卒業生(組織としては同窓会)、国、地元自治体、企業、国会議員・地方議会議員、NPO等の非営利組織など多様なステークホルダーがあり、これらの皆さんから大学の向かうべき方向についてご意見をいただいたり、ご支持をいただいたりすることは大学運営にとって重要な要素である。その意味でこれらのステークホルダーに対して大学が機関として意思決定したことをご説明し、できる限り理解を得ることは必要である。しかし、大学の組織としての責任ある最終的な意思決定の主体はあくまで上記の学内の諸合議体であって、とりわけ今回の法人統合・大学再編のように複雑で長期的な展望を必要とするような問題についてはまずこれらの合議体における徹底的な議論を通して問題点を洗い出し、それに基づいて基本的な方向性を打ち出すことが優先されなければならない。そしてそれに対してステークホルダーから疑問や意見が出されるのであれば真摯に対応するのは当然であるが、他方、最終的な決定という場面ではあくまで大学の組織としての自主的な意思決定が尊重されるべきであり、それぞれのステークホルダーとの間での事前の「合意」は必要条件ではないと考えている。

昨年の3月に教育研究評議会でこの統合・再編について初めて説明した直後に、情報が新聞にリークされて私が提案した一法人の下での東西二大学再編案の概略が公になった。これに対して原案に反対の皆さんから「学内の会議で説明されただけで正式に機関決定されていない事柄がすでに決まったかのように表に出るのは問題だ」という指摘があった。私は上記のような考え方からその点については同意見だったので、「機関決定されていない事柄やそれに関連する学内の会議用資料を外に持ち出して公開するのはやめて下さい」とお願いし、それ以後私自身はこの原則に忠実に従って行動し、この問題についてはマスコミの皆さんの取材にも一切応じてこなかった。昨年6月浜松医科大学との間で連携協議会を設け、統合・再編案についての協議を開始することが機関決定された時には浜松医科大学の今野学長と共同記者会見を行ったが、これは大学としての正式な機関決定を踏まえたものだったので、この原則の範囲内であった。

それ以後今年2019年の3月に統合・再編が大学の機関決定となるまでの間、残念ながら統合・再編に反対の立場の皆さんは、最初は上記のように「機関決定されてもいない事柄が表に出るのはおかしい」と主張されていたにも関わらず、自分たちの主張が通りそうにないとわかると、手のひらを返したように学内の会議の資料を積極的にマスコミの皆さんに提供し、自分たちのかなり一方的な反対論を学外で声高に主張されるようになった。しかし私自身は大学の組織としての自主的な意思決定を優先する立場から「機関決定された事項以外は表に出さない」という方針を変えることなく、3月の合意書・確認書への署名とそれに伴う共同記者会見に至るまで、学内の合議体の外での発言は控えてきた。学生諸君への説明を3月末まで行わなかったのもこのような一連の対応に基づくものであり、この間「学生への説明がなかった」という批判に同意できないのもこのためである。幸い合意書・確認書への署名については、上記の学内の合議体すべての賛成を得ることができ、組織としての最終的な意思決定の正当性には一点の曇りもないと考えている。

機関決定後のステークホルダーへの説明という点では、合意書・確認書に署名した3月29日付で大学のWebsite上に、在校生向け、教職員向け、一般社会人向けの3種類の「学長メッセージ」と合意書・確認書を掲載すると共に、浜松医科大学の今野学長と共に共同記者会見を行い、合意に至った経緯を説明すると共に、記者の皆さんからの質問にお答えした。私が8月6日付のブログで「学生に伝わっていない情報」とは何かがわからないと書いたのは、Website上に記載されていないような特別な情報は私には思い当たらないし、請願事項のなかで唯一具体的と言ってよい「なぜ大学統合再編をしたいのか」という問いには上記メッセージのなかで5点に渡って触れている「統合・再編の目的」に尽きていると考えているからである。もちろんとりわけ浜松キャンパスの学生諸君が強い関心を持っている浜松地区大学の名称や統合後の法人本部の場所といった情報はまだ開示されていないが、これは合意書にも明記されているように両大学の間の連携協議会で引き続き協議されるべき事項だからであって、「情報が伝わっていない」のではなく、まだ「情報がない」のが現状なのである。現在9月開催に向けて日程調整中の対話集会までに是非学生諸君が何を「伝わっていない情報」と考えているのかを教えて欲しいと思う。集会でももちろん答えたいし、教えてもらえれば迅速にブログでもお答えしたいと考えている。

次にステークホルダーとしての在学生との「合意形成」について一言。すでに述べたように、大学の将来計画や教育・研究組織の改編について、在学生との「事前の合意」が必要だとは私は考えていない。またそれは必ずしも私に特殊な姿勢や考え方ではない。例えば一番最近の例で言えば、学生定員が全体の400名のうち100名にものぼっていた教育学部のゼロ免課程(教員免許の取得を義務づけられていない課程)が2016年度から学生募集を停止したが、これについて在学生からの「事前の合意」は得ていない。自分が所属した学科が丸ごと廃止されるのであるから、例えばこの決定のプロセスのなかで教育学部の在学生全体を対象とする全員投票を行えば、同情票も含めておそらくこの廃止について過半数の「合意」を得ることは難しかったであろうと推察する(私自身も教育学部教員時代はまさにこのゼロ免課程の学生の教育を担当していたので、今年に入って卒業生たちの集まる機会に「私たちのいたところはなくなっちゃったんですね」と言われた)。またより規模は小さいが農学部の「人間環境科学科」が設置後10数年たった2006年度から学生募集を停止した時にも、在学生に対する説明は行われたと思うが「事前の合意」を得る手続きは踏んでいない(一部の学生の間で反対署名の運動もあったと記憶している)。それ以外にも7月10日付ブログでも紹介した2000年前後の1、2年生の浜松キャンパスへの大移動や学科の組織や名称の変更などこれまで多くの組織改編を静岡大学は経験してきたが、在学生の「事前の合意」を得たり、その当時の学長が学生との対話集会を開いたりといったことはついぞなかった。またそれは在学生がこのような組織改編の影響を受ける直接の当事者ではないことや、大学としての長期的展望あるいは国の政策の変更や受験倍率の低下等の様々な背景から在学生の立場では受け入れがたい組織改編であっても行わざるを得ない場合があることを考慮すれば、必ずしも不当なこととは言えない。

またもう一つ学生諸君から統合・再編問題についての「理解」や「合意」を得る上で私の立場から見て障害であると感じるのは、学生の間には現時点で持続的に一つの問題について学生同士で幅広く議論する「合議体」が存在しないことである。私がこの大学に赴任した時はまだ全学の学生自治会が存在していて、すでに役員だけからなる脆弱なものになっていたとはいえ、曲がりなりにも学生諸君によって自主的に構成された「合議体」によって議論された様々な要求が大学に対して出されていた。個人的には私はこのような学生の自主的な合議体があって、大学側といろいろな問題について話し合うのは良いことだと考えているので、今回の署名運動の担い手のなかからこのような持続的な学生代表組織が立ち上がることを期待している。前回のブログで今回の対話集会にあたって、是非予備的討論の機会を設けて欲しいと述べたのも、ただ集会に参加してその場にいるメンバー同士で意見のやり取りをするだけでは持続性のない単発的な意見表明で終わりということになりそうだからである。そのような意見表明であっても学生諸君が何を考えているのかを聞くのを私は個人的には嫌いではないが、そのような「合議」抜きの単なる「集まり」とステークホルダーとしての学生諸君による「理解」や「合意」形成との間の距離は果てしなく遠いように思う。

その意味で8月6日に署名簿を学生諸君が持ってきてくれた時に、農学部長が同席されていたことには大きな違和感があった。学生の間に自治会という組織が存在しない以上、運動を作っていく出発点として学部主導、教員主導の学生の集まりが出発点になることには致し方のない面があるのは理解するが、私としては対話集会の場では是非学生諸君の間で自主的に形成された意見を聞きたいと思っている。

(2)統合・再編のメリットについてー特に「法人統合」についてー

前回のブログで私は統合・再編のメリットはあるが、デメリットはないと書いた。これは反対の立場の皆さんが「デメリット」であると考えている点については3月29日付の確認書や7月10日付のブログの「III.「静岡大学が小さくなる」という反対論について」でデメリットであるという指摘は当たらないことを具体的に詳しく説明しているからであって、単に断言的に「デメリットなどない」と強弁しているわけではない。

またメリットについても、同じブログの「II.統合・再編から得られるもの」で詳しく説明しているので、ここでは重複を避けて「法人統合」のメリットについて簡潔に述べるにとどめたい。反対の立場の皆さんは「静岡大学が小さくなる」「静岡大学が分裂する」と声高に主張し、「二大学化」によって静岡大学が弱体化するという「イメージ」や「精神論」に訴えて同情を買おうとしていて、「法人統合」などあたかも存在しないかのように振舞っている。

しかし、新しい経営体としての「静岡国立大学機構(仮)」はこれまでの「国立大学法人静岡大学」と比較すれば、財政規模でも教職員数でも倍以上の巨大な組織となり、外部資金や論文数等の様々な指標でも全国トップクラスの水準に達する。これまで静岡大学が国立大学のなかでも「医学部のない総合大学」という分類をされ、相対的には低い取り扱いを受けてきたのは単に「医学・看護分野がない」ということだけではなく、純粋に財政規模や組織が小さかったという面も大きいのである。これまで静岡キャンパスの教員の多くは「浜松だけが得をして、静岡は損ばかりだ」というリージョナリズムに陥りがちであったが、このような巨大法人の本部が静岡地区に来るということになれば、それは明らかに大きなメリットであり、しかもそれは厳然たる事実であって「イメージ」や「精神論」ではない。また経営規模が大きくなればそれだけ運営の自由度も増して、これから大きく変化する大学を取り巻く状況に柔軟に対応できる余地も生まれる。静岡キャンパスの各部局は今後新しい発想で社会的ニーズを取り込んで教育・研究体制を見直していく必要性に直面しているが、現在の法人規模では再配分すべき資源にも限りがあり、なかなか思い切った動きができないのが現状である。「静岡キャンパスにメリットがない」などというネガティブな意識を取り払って今こそ前に進むべきなのではないだろうか。