すべての人が自由な社会への約束 〜憲法〜

笹沼弘志(静岡大学教授)

憲法とは

あなたは自分のことを大切に思っていますか。きっと誰もがそう思っていることでしょう。でも、あなた一人だけでは、あなた自身を大切にすることはできません。あなたと同じように、自分を大切に思っている他の人の協力が必要です。自分を大切に思っている人同士が、たがいに協力しあって自分のことを大切にすることを目的として結んだ約束が憲法です。

自分を大切にしたいという願いは、誰もが持っているものだから、誰かが勝手に奪ったり、押しつぶしたりすることは許されません。すべての人が自分自身を大切にする権利を生まれながらに持っているのです。このようにすべての人が生まれながらに持っている権利を人権と言います。人権とは、自分自身のことを大切にする権利、言い換えればわたしのことはわたしが決める権利、「わたしの自由」です。「わたしの自由」をみんなで守ろうという約束が憲法なのです。

日本国憲法の目的は何か

日本国憲法前文の最初の文を読んでみましょう。ちょっと難しいでしょうか。主語は日本国民、つまり「わたしたちみんな」です。みんなで「憲法を確定」する、憲法という約束を結んだということです。

では、約束の中身、目的はなんでしょうか。「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保」すること、そして「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること」です。後の方は政府に戦争をさせないということですね。では、最初の方はどんな意味でしょうか。日本中にいるすべての人の自由を保障するということです。日本国民だけでなく、日本に住む外国人も含めすべての人の自由を保障すべきだというのですね。これは、日本国憲法が保障しようとしているものが人権、すべての人が生まれながらに有する権利だから当然でしょう。

どんな人権が保障されているのか

人権とはどんな権利でしょうか。憲法13条は個人の尊重と生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利を保障しています。「個人の尊重」というのは、一人ひとりの個人は神様とか民族とか国家とかいった大きなものの手段や道具ではなく、個人自体がもっとも大切な目的なのだということです。わたしのことはわたしが決める。そして、自由に自分の幸せを想い描いて実現していく権利、それが人権の基本です。

しかし他者を傷つけることは自由ではありません。誰かを殴るのは暴力で、誰かに命令し従わせることは権力と言います。人権とは、暴力を否定し、権力を制限するものなのです。いやなことを押しつけられたら、いやだと言っても良いのです。

でも誰もがいやなことをいやだと言えるわけではありません。特に、生きるために誰かの助けが必要な人、例えば障がい者などは、いやなことがあってもいやだと言いにくいものです。サラリーマンも上司にはいやだと言えません。働く場所が限られ、賃金が低いことが多い女性たちは、夫に頼らざるを得ないことがあります。このように誰かの助けが必要だからいやだと言えない立場の人たちに自由を保障するのが憲法24条個人の尊厳です。

しかし実際に援助してくれている人に対していやだと言ったら助けてもらえなくなり、住むところも食べるものもなくなってしまいます。そこで憲法25条はすべての人に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障しています。これで誰もが安心して自由に自分の幸せを求めて生きていくことができるようになるのです。自由に自分の幸せを想い描いて実現していく権利をすべての人に保障することを夢見ているのが日本国憲法なのです。

 

※ 本稿は「図書館教育ニュース」1432号附録(2017年4月28日発効)として公刊されたものです。

今回、緊急事態宣言に伴う措置により大学における対面型授業が制限されたため、授業用教材としてここに掲載することとしました。2020年4月17日 笹沼弘志

 

h.sasanuma
憲法学、人権理論の研究を専門としています。