優生保護法による被害と時効( 権利論からのメモ)2019.12.3

1.優生保護法の憲法適合性
仙台をはじめ各地で原告らは優生保護法が憲法違反であると主張してきた。しかし、国は旧優生保護法の憲法適合性について一切主張していない。そのため裁判では優生保護法の憲法適合性について十分深い議論ができず、その結果仙台地裁判決でも優生保護法の違憲性についてリプロダクティブ権侵害を理由に13条違反と判断するにとどまり、優生保護法の違憲性について十分解明されたとはいえない。
そこであらためて優生保護法の憲法適合性について検討し直す必要がある。
そもそも国は優生保護法の優生手術規定の憲法適合性についてどのように主張していたのか。

2.優生保護法の憲法適合性に関する国の解釈

法務府、厚生省

人権は公共の福祉によって制限される。

国はこの主張をその後否定していない。これに代わる解釈も示していない。
つまり、今なお国はこの見解を維持しているものといわざるを得ない。

3.判例

個人の尊厳は公共の福祉によって制限されない。

婚外子相続分差別違憲判決
岡部補足意見
婚姻共同体の尊重  公共の福祉目的よりも
子どもの個人としての尊重原理が優位する。

「嫡出でない子は,生まれながらにして選択の余地がなく上記のような婚姻共同体の
一員となることができない。もちろん,法律婚の形をとらないという両親の意思によって,実態は婚姻共同体とは異ならないが嫡出子となり得ないという場合もないではないが,多くの場合は,婚姻共同体に参加したくてもできず,婚姻共同体維持のために努力したくてもできないという地位に生まれながらにして置かれるというのが実態であろう。そして,法廷意見が述べる昭和22年民法改正以後の国内外の事情の変化は,子を個人として尊重すべきであるとの考えを確立させ,婚姻共同体の保護自体には十分理由があるとしても,そのために婚姻共同体のみを当然かつ一般的に婚姻外共同体よりも優遇することの合理性,ないし,婚姻共同体の保護を理由としてその構成員である嫡出子の相続分を非構成員である嫡出でない子の相続分よりも優遇することの合理性を減少せしめてきたものといえる。」

千葉元裁判官の見解
「法廷意見が、総合的な考察の結果、本件規定による差別の合理的根拠が失われたとする判断を行った理由は、嫡出でない子の個人としての尊厳を守るべきであるとする考えが確立されてきたことであるが、それは結局、自ら選択する余地のない出生を理由に区別されることは、個人としての尊厳を大きく毀損する重大な問題であると言うことが認識されてきた結果にほかならない。

嫡出でない子の法定相続分に不利な差を設けることは、それ自体、嫡出でない子について存在そのものを劣位のものと位置づけたり、人格ないし存在を非難・中傷したりすることを直接の目的にするものではないとしても、結果的に、嫡出子との対比により、嫡出でない子に対する社会的な差別の観念を広く生じさせる一因となるものである。また、嫡出でない子自身の立場から見れば、出生という自己がどうすることもできない理由で国民一般の差別感情の対称とされることになり、その点で、自己の個人としての尊厳を傷つけられていると感じさせられるところとなる。これらの点は、法廷意見でも指摘されている。」千葉勝美『憲法判例と裁判官の視線』(有斐閣、2019年)246−247頁。

@以上の様な千葉元裁判官自身による婚外子相続分差別違憲判決解説からすれば、
優生保護法は、不良な子孫の出生を防止することを目的としており、1)障害をもった人々を不良と決めつける差別を行っている点、そして2)出生を防止すると存在そのものを否定している点において立法目的からして個人の尊厳に反するものであることは明白である。また、障害をもった人々が不良なもの、存在自体を否定されるべきものと国家によって決めつけられたことにより国民一般の差別感情の対象とされ、個人としての尊厳を傷つけられてきたことも明白である。
さらに、「不良な子孫の出生を防止」する目的で、妊娠・出産調整についてより制限的でない方法(受胎調整)があるにも関わらず、一定の障害者集団全体を対象として身体を傷つけ出産機能自体を剥奪する優生手術を強制したことは各人の個人としての尊厳を傷つける極めて重大な加害行為であったと言うべきである。

4.学説
長谷部の切り札としての人権論

佐藤 人格的利益説

5.国際法

先述の通り「不良な子孫の出生を防止」する目的で、妊娠・出産調整についてより制限的でない方法(受胎調整)があるにも関わらず、一定の障害者集団全体を対象として身体を傷つけ出産機能自体を剥奪する優生手術を強制したことは各人の個人としての尊厳を傷つける極めて重大な加害行為であったと言うべきである。

これらの行為は国際刑事裁判所規程が定めるところのジェノサイドまたは人道に対する罪に該当する行為であり、同規程においてその責任は時効にかからないものとされているものであることに留意すべきである。

国際刑事裁判所に関するローマ規程
6条ジェノサイド
(d) 当該集団内部の出生を妨げることを意図する措置をとること。

7条人道に対する犯罪
1.(g) 強姦(かん)、性的な奴隷、強制売春、強いられた妊娠状態の継続、強制断種その他あらゆる形態の性的暴力であってこれらと同等の重大性を有するもの

第二十九条 出訴期限の不適用
裁判所の管轄権の範囲内にある犯罪は、出訴期限の対象とならない。

h.sasanuma
憲法学、人権理論の研究を専門としています。