優生保護法による被害とは何だったのか(メモ1)

優生保護法による被害に関する憲法学的考察(メモ改訂版)20191011

笹沼弘志(静岡大学)

1.特別立法の不作為が国賠法上違法だと認めさせるために何が必要か?

◇ 特別立法が必要
  優生保護法の存在自体が被害の賠償を訴える機会を剥奪。

◆ 侵害された権利〜リプロ権についての議論が不十分で判例もない。
国会にとって特別立法すべきことが明白だったといえない。長期にわたって懈怠したともいえない。
だから特別立法制定していなくても国賠法上違法とは言えない。

① 議論の余地のない権利か
議論の余地のない憲法上かつ実定法上の権利利益の侵害であることを主張・立証することで対抗。
② 判例がないことなど 
1980年代には既に国は優生保護法が人権を侵害し憲法適合性について疑義があることを認識していた。にも関わらず敢えて改正せず、優生条項を維持し、優生手術を続けさせるとともに、被害に対する賠償を求める機会を剥奪し続け、結果として除斥期間を経過せざるを得ない状況を作りだした。だから判例もない。
国は・憲法上の権利を侵害したことが明白であることを認識していた。
・長期にわたり、権利回復措置をとらず被害を拡大させ、放置しつづけた。
・その結果、除斥期間が経過し被害救済を訴え出る機会を剥奪した。
除斥期間が経過したのは加害者たる国の責任。
国・国会にとって被害回復のための特別立法をすべきことは1996年時点で明白であり、その後長期にわたって立法を怠った。

2.被侵害権利・利益に関して
(1)目的と権利侵害
優生保護法の優生手術は何を目的としていたか。
「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止」
である。
リプロ権を奪うことを目的としていたことは明白である。
(2)目的達成のための手段と権利侵害

確かに生殖と出産の自由、リプロダクティブ権を剥奪することを目的としたものである。
しかし、その目的達成ためには法15条の受胎調整指導の下に避妊具や避妊薬等を使用することによることも可能であった。にもかかわらず、敢えて身体を侵襲する手術によって生殖を物理的かつ不可逆的に不能とする方法を採用したのである。
強制的な優生手術は単なる産む自由、リプロダクティブ権の制約としてのみ捉えることはできない。身体を侵襲し障害を負わせ、身体的完全性なり身体的健康を侵害するという物理的侵害行為を無視することは許されない。
自由を制約するために身体を傷つけること。
それは例えば、移動の自由を制約するために両足を切断するとか、あるいは言論の自由を制限するために舌を抜くということと同じことである。
舌を抜く行為を単なる言論の自由侵害だと捉えることができるのだろうか。
強制的優生手術は単なるリプロダクティブ権侵害ではなく、身体に対する重大な侵害行為である。

(3)本来保障されるべきであった権利の侵害

本来、日本国憲法においては心身の障害などを有する人々は、健常者に比して健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障するためにより手厚い措置をとられるべきものである。にもかかわらず、より手厚い保障どころか、障害を有するがゆえに、不良な存在と決めつけられて尊厳を傷つけられ、身体を傷つけられ生殖を不能にさせられるという重大な障害を負わされたのである。障害があるがゆえに、さらに障害を負わされるという非道な差別的扱いを国家から受けたのである。

(4)侵害された権利と加害行為の性格
 すべての人に自由に幸福を追求する権利を保障し、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障して貧困な人々や障害をもつ人々にも自由な幸福追求の機会を平等に保障すべき国家が、逆に障害をもつ人々を障害をもっているという理由でさらに傷つけ障害を負わせたのである。生殖により子を持つことを防止するという目的で身体を傷つけ障害を負わせたのである。これはただの生殖により子を持つ自由の侵害であろうか。
 生殖により子を持つ自由を侵害すること自体、自由な幸福追求の権利の侵害であるのは明白である。しかし、この目的達成のために身体それ自体を傷つけ生殖機能を奪ったのである。これはただの生殖により子を持つという行動の自由の制限ではなく、一個の人格の核としての身体の侵害である。身体を有することではじめて存在しうるのが人間存在である。国家が、組織的かつ体系的に、欺罔や暴力をも行使して強制に、優生手術によって、この人間の尊厳を支える土台である身体を傷つけ、障害を負わせたのである。まさに国家による障害者への集団的襲撃行為であったというべきである。ドイツのT4計画に等しい。
 このジェノサイドにも等しい国家的集団的襲撃行為は国会が制定した優生保護法の下に行われた。同法の制定当初は確かに強制的優生手術が憲法適合的であるとの解釈を政府ももっていたが、しかし、遅くとも1975年以後は、強制的優生手術とナチの断種法という障害者根絶やし政策の共通性が指摘されており、政府も強制的優生手術の合憲性が疑われることを十分認識していたはずである。日本国は、違憲無効の法律により、強制に優生手術を行わせ続けたのである。これこそジェノサイドに等しい集団的襲撃行為であると非難すべき所以である。
 
(5)まとめ
 ここで強制的優生手術により被害者はどんな被害を受けたのだというべきか、簡単に整理しよう。

憲法13条で保障されるリプロダクティブ権という性と生殖の権利、自由
身体を有し、生殖により子孫をもつという生命の本質の侵害。
人間の尊厳の基盤として人格及び人格的自律性を支える身体(身体的完全性)の侵害、すなわち人格的統一性の侵害。(身体的完全性ないし統一性が刑法の暴行罪など身体に対する罪規定の保護法益であることは判例学説上確立している。また、R・ドゥオーキンのintegrity論も参照)。
身体機能、身体的健康の侵害。身体的健康は憲法25条により保障される健康で文化的な最低限度の生活を営む権利に含まれる。身体的健康を侵害し障害を負わせることは憲法25条生存権侵害である。

憲法違反の法律に基づいて行われた国家による性と生殖により子を持つ権利の侵害が、憲法24条2項「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」に違反することは明白である。

性と生殖により子を持つ権利を制約するという目的で、生殖により子孫をもつという生命の本質的な機能を担う身体部位を傷つけることが憲法24条2項の一義的な文言に反するのは明白である。

強制的優生手術を定めた優生保護法が24条2項の個人の尊厳を著しく傷つけるものであることは明々白々である。

強制的優生手術は、憲法13条で保障される性と生殖の自由という一般的自由の侵害を侵害するのみならず、身体的完全性という人格的利益を甚だしく毀損するものである。13条違反は明白である。

しかも、時効によって失われることのない個人の尊厳、人格的利益に対して、国家が組織的に行ったかような侵害行為の重大性、非道性は甚だしく、国家の侵害行為の責任が時効によって消滅しうると考えることは不可能である。
 

また、25条健康で文化的な最低限度の生活を営む権利の根幹ともいうべき身体的健康を侵害し、性と生殖の機能について恒常的な障害を負わせる行為である。25条違反は明白である。本来障害をもつ人々に対して健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障すべきところ、かえって身体的健康を侵害し障害を負わせた国には二重の意味で権利を保障すべき義務があるというべきである。健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障すべき国の義務は時効によって消滅しない。

生殖により子孫をもつという生命の本質的な機能を担う身体部位を侵襲し、身体的完全性や身体的健康を傷つけ、人格権の根幹部分を侵害することは、憲法24条2項の個人の尊厳を侵害し、同項違反は明白である。

不良な子孫の出生を防止するという目的を掲げた優生保護法という家族に関わる法律により生じた損害を回復する立法をなすべき義務は憲法24条2項個人の尊厳が課すものであって、この義務は時効によって失われるものではない。

h.sasanuma
憲法学、人権理論の研究を専門としています。