研究テーマ

「炭素循環と環境の関係を調べ、樹木および森林生態系の生育特性を明らかする」が基本的な研究のスタンスです。そのために、葉・幹枝・土壌のCO2フラックス、樹木の蒸散機能、樹木の葉分布の時空間的変化(樹木のどこにどのくらいの期間、葉をつけているのか)といった調査を、様々な森林で行っています。近年では、温暖化にともなう樹木の炭素固定機能の変化や幹のCO2フラックスに、特に注目しています。研究を通じて、森林の効果的な保全管理、気象変動の影響予測の精度向上に貢献したいと考えています。

また、こうした社会的重要性に加えて、科学的な「おもしろさ」も同時に追及します。森林の中を歩くと、樹木や森林は何故このような形や機能を持つのだろう?という場面によく出会います。このような素朴な疑問を大切にして、「重要性」と「おもしろさ」の両立したテーマをつくり、取り組むことを日々の目標としています。

【幹の内部CO2フラックスに関する研究 2012~】

森林の炭素循環において、バイオマスの大きな幹枝の呼吸は樹木呼吸の約30%を占める重要な一要素です。しかし、太い幹の呼吸能力を評価するのは容易ではありません。幹は気密性の高い樹皮と厚い木部をもつために、幹内部のガス拡散抵抗が大きく、呼吸で発生したCO2は幹に蓄積します。その濃度は15%に達することもあり、これは外気CO2濃度の約370倍という高濃度です。そのため、呼吸CO2の一部が樹液に溶けて樹体内を移動することが、かねてより指摘されてきました。要するに、呼吸で発生したCO2がその場で外へ放出されずに、一部は樹液流に乗って別の場所から放出されるわけです。このような内部CO2フラックスを考慮しないと、幹の呼吸特性を正しく評価できません。実際に、幹表面から放出されるCO2を測定すると、温度の高い日中にむしろ低下する傾向を示し、呼吸の温度依存性を得ることができません。これは他の植物器官にはない樹木の幹特有の現象です。さらに、上部への輸送だけでなく、同じ原理で地下部から幹へCO2の持ち込みが起こる場合には、土壌呼吸に分類されるべきCO2が幹から放出されるので、内部フラックスは根呼吸や微生物呼吸とも関連します。近年では、樹液流だけでなくPEPC(ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ)による暗所でのCO2固定の関与も示唆されています。しかし、このような幹内部CO2フラックスに関する研究は少なく、どのような樹種や条件で内部CO2フラックスが大きくなるのかについて、ほとんど知られていません。そこで、様々な温帯性樹種について、マスバランス法やCO2とO2フラックスの同時測定によって幹の内部CO2フラックスを定量し、内部CO2フラックスを高める要因を明らかにする研究を行っています。

マスバランス法による内部CO2フラックスの測定の様子。呼吸能力や拡散抵抗などの性質が一定であると仮定したセグメントを設定し、その上下の幹内CO2濃度差と樹液流束密度からCO2輸送量(FT)を計算する。外部へ放出される成分(EA)も同時にモニターし、両者の和に貯蔵フラックスをさらに加えて呼吸能力とする。これまでの研究は、EAと呼吸能力は等しいと仮定してきた。

【幹枝光合成の生態学的役割の解明 2022~】

植物による光合成といえば葉で行われるものですが、枝や幹にも葉緑体が含まれており光合成が行われています。実生や若いシュートが緑色であることをご存じの方も多いと思います。もちろん葉と比べると葉緑体の量は少なく、また、大部分が樹冠(葉のある部分)の下で光が当たりにくいうえに、表面が光透過性の低い樹皮で覆われているため、光合成能力はかなり低く、炭素循環の中では重要視されていません。しかし、樹冠表層の若いシュートの光合成は、呼吸量の約40%に相当するという報告があります。また、幹枝光合成は、光合成に必要なCO2が呼吸によって背後から大量に供給されるため(幹枝光合成はCO2のリサイクルと表現される)、気孔を開く必要のある葉と比べて水ストレスを受けにくいようです。そのため、葉で光合成ができなくなるストレス環境下でも光合成を続けることで、ストレスの進行の緩和に貢献すると考えられています。また、幹枝の葉緑体は樹皮に含まれることが多いため、成長が活発なときに形成層にO2を供給して成長を助ける(酸素不足を回避する)役割もあるようです。さらに、幹枝は固く物理的に強いので、葉と比べて霜害などを受けにくいと考えられます。樹木の中には、太い幹の辺材まで多量の葉緑体を含む種が存在します。そのような種では幹枝光合成がストレス耐性と炭素固定の両面において、その樹種の生態戦略を特徴づける役割を果たしているかもしれません。機能的な多様性の高い森林ほど、生産性や気象害に対する耐性や回復力が高いと考えられていますが、幹枝光合成のこうした役割に注目した研究はほとんどないと思います。樹皮形態の異なる冷温帯の落葉広葉樹について、幹枝のクロロフィル含有量やガス交換速度、非構造性炭素の動態などを調べ、樹木の生育における幹枝光合成の役割を明らかにしたいと考えています。

左から、幹のコアサンプル、若い枝(中央)、ナツツバキの幹(シカ樹皮剥ぎで倒れた個体)、若い枝の光合成速度の測定

【ブナ林における結実の豊凶が、林分の構造と林内光環境、林床植生の動態に与える影響の評価 2014~】

ブナ(Fagus crenata)は日本の冷温帯林を代表する種のひとつであり、5~10年に一度の周期で大量に結実します。それは個体単位ではなく、森林全体からときに地域全体といった大規模なスケールで一斉に起こります(マスティング現象)。この興味深い現象は、実が動物に補食されるリスクを回避し多くの子孫を残すのに有効であることが知られており、マスティングの起こる生理的メカニズムが研究されています。私たちの研究室は新潟県のブナ林で20年以上にわたり研究を続けており、これまでに数回のマスティングに遭遇しました。その中で、結実と光合成の関係を調査する目的で実のついた枝を採取したところ、実のついていない枝と比べると葉の数が少なく、また個々の葉も小さくなっていることに気づきました。ブナの実は人が食べてもおいしいと感じる栄養価の高いものなので、それを大量につくるには多量の養分が必要であり、おそらく資源の配分が変わるのだろうと思いましたが、そのときは資源配分よりも、これだけ大量に結実して葉の量が減れば、森林内が明るくなり、林床植物の動態や上木の樹冠形状に影響があるのではないかと、マスティングにともなう森林構造の変化に興味を持ちました。つまり、マスティングは数年から10年に一度起こる特殊なギャップとしての効果あるのではと考えたわけです。ギャップといえば倒木や伐採がまず思い浮かびますが、他にも種によるフェノロジーの違いや昆虫のアウトブレイク、気象害で発生する短期的なギャップがあり、これらが組み合わさることで森林内の光環境の時空間的な多様性を高めています。そこで、2014年からブナ林において実と葉リター量、樹木の幹成長量などのモニタリングを行い、ブナの結実が他の樹木の成長に与える影響を、光環境の変化の観点から調べています。

実のついた枝と実のない枝の比較 (異なる個体から採取した同じ長さ枝を比較)

【ドローンを用いた個体レベルの葉フェノロジー観測 2018~】

開葉や紅葉、落葉といった樹木の樹冠部分の周期的な変化を葉フェノロジーといいます。葉フェノロジーは気温や降水などの気象要因によって変化します。落葉広葉樹では、開葉してから落葉するまでの期間がそのまま光合成を行う活動期間となります。そのため、地球温暖化によって葉フェノロジーが変化すると樹木の成長や森林の炭素循環も変化すると予想されます。また、葉フェノロジーが変化すればそれを利用する動物との関係も変化する可能性があり、受粉の効率や被食割合も変化するかもしれません。このように樹木のフェノロジーは森林生態系の様々なプロセスと関係しており、気象変動の影響を考えるうえで重要な要素です。

樹木の葉フェノロジーの調査は熟練観察者による目視調査が主流ですが、労力がかかるために観察できる樹木の量や場所に限界がありました。現在も目視調査を続けていますが、大きな樹木を100本観察するのに3時間以上かかりますし、調査が終わるころには首が痛くなります。また、観測結果に観察者の主観が入るという問題もあります。これに対してドローンを用いた手法では、1000本以上の樹冠を約2時間のフライトで撮影することが可能で、画像を使った分析なので客観的な評価ができます。そこで、葉フェノロジーの気象要因に対する応答とその種間、種内変異を明らかにすることを目的として、川根本町の冷温帯落葉広葉樹林において、ドローンを利用した葉フェノロジー調査を行っています。また、目視調査のスコアや樹液流の季節変化との比較も行い、ドローンによる手法の精度検証や、機能的フェノロジー評価への応用についても取り組んでいます。

ドローンで撮影した写真からオルソ画像を作成し、個々の樹木の色の変化から葉フェノロジーを評価する。晴れの日を狙って調査を行うが、山の天気は変わりやすく、鮮明な画像を撮影するには忍耐力と運?も必要。

【ダケカンバの生理生態学的特性および可塑性の産地間変異の評価 2020~】

これまで樹木は緩やかな気候変化に対して適応しながら分布をシフトさせて、森林を形成してきました。しかし、現在進行している地球温暖化はこれまでに経験のない急激なもので、森林はこの変化に適応できない可能性があります。高山などの冷涼な気候に生育する種の分布域は今後減少するという予測もあり、気象変動の影響が特に懸念されています。そこで、冷温帯上部から樹木限界まで生育するダケカンバについて、天然分布域の11 産地から集めた種子を用いて、産地試験林を北海道から九州までの11 箇所に設定するという大規模な温暖化の影響評価プロジェクトが、2018年に立ち上がりました。全国9大学の演習林が参加しており、試験林のひとつは静岡大学の天竜フィールドに設定されています。また、南アルプスフィールドは種子を提供した産地のひとつです。ダケカンバの生育地の年平均気温は2~7℃であるのに対して、天竜フィールドの平均気温は13℃なので、かなりの温暖化になります。そこでは、ダケカンバの成長、生残、フェノロジー、形態、光合成特性などの調査を行っています。また、ダケカンバの生育温度域内にある筑波大学の八ヶ岳演習林内の試験林(平均気温7℃)でも同様の調査を行っています。両試験地の結果を対比することで、成長に重要な形質の産地間変異とその環境可塑性を明らかにし、温度上昇によってダケカンバの生育やそれに関わる特性がどのように変化するのかについて考えます。

植栽1年後のダケカンバの様子(左:天竜、右:八ヶ岳)。天竜は11試験地の中でもかなり生育が悪く、下草刈りを行わないとあっという間に被陰されてしまう。苗木の側にあるのは、フェノロジー観測用のタイムラプスカメラと呼吸を測定するためのアダプター。

【森林構造の複雑さと生態系機能の関係解明 2023~2025】

【早生樹の成長と生理生態学的特性に関する研究 2022~】

【標高による森林炭素循環の変化に関する研究】

【森林の炭素固定メカニズムに関する研究】