failure analysis


作家の柳田邦夫氏が新幹線台車の亀裂問題について分析されていた記事(毎日新聞H30.1.27)の中で、英・リーズン教授が提唱した組織事故のモデル「スライスチーズモデル」の解説があった。空洞のあるチーズをスライスしたものを複数枚重ねたものを使う。一枚一枚のスライスチーズに穴の空いた部分がたくさんある場合に、これらを複数枚重ねたものにはこちらから向こうが見える確率が高まり、反対に一枚一枚のスライスチーズに穴が少なければたくさん並べた後にはこちらから向こうは見えないだろう、というものである。大きな組織の各担当部署をスライスチーズ一枚に、担当部署の欠陥をスライスチーズに空いた穴に、多数のスライスチーズを並べたものを組織全体に、多数のスライスチーズを並べたものにこちらから向こうが見える穴が空いているのを表に現れてしまった事故に、それぞれ例えたものである。つまり、事故が表に現れないようにするためには、一枚一枚のスライスチーズに空いている穴をできるだけ小さく数の少ないものにしていくことが必要だ、ということである。それでは各部署でどのようにこれを行えばよいだろうか?自分の部署だけを見ていても、穴がどこに空いているかなかなか分からない。関連部署との関係を見ていくのが近道だろう。相手にはA, B, Cという三つの条件を想定しているけれど、もしAが十分でなかった状態A’になったらどうなるだろうかと仮定してみる。自分の部署のDをD’にしておけばあまりコストがかからずにA’, B, Cでも問題が生じないことが分かれば、自分の部署の微調整をすればいい。
   集積回路(IC)が仕様を満たさない項目があるとき、これをXX不良と名付けて関係部署で対応を図る。製品開発のフェーズでは複数の不良があるのが一般だ。よくあるのがスタンドバイ不良。何人かの不良が立ち話をしている訳ではない。ICが待機時にあるときにでも、想定以上の電流が流れている状態を示す。まず1cm角のチップの中のどのトランジスタで異常電流が流れるかを見つけることから解析が始まる。数10億個の中からどうやって特定できるか。地球のどこかにいる特定の一人を探すような難しい問題だ。トランジスタは指紋を持たないが、トランジスタが流す電流量が小さい場合でもその電流を担っている電子のエネルギーが高いため、弱い光を出していることに注目する。それが特定のトランジスタの持つ指紋だ。その光を検出する装置にいれて場所を特定する。本来あるべき電圧になっているかどうかを調べていって、例えばそのトランジスタを駆動する前段の回路がおかしいことが原因だったとする。回路設計がまずかったのか、回路設計は問題なかったがそのパタンが正常に発生されなかったのか、パタンは正常だがプロセスのマージンが足りなかったのか、などの可能な原因についてひとつずつ分析をしていって究明する。それを修正すれば不良解析修了となる。単に設計の不備という場合もあれば、部署間での認識のミスマッチが原因だったということもある。設計で想定していたパタンの発生方法が実際にプロセスに適用された方法と違っていれば、ほぼ確実に不良が発生する。開発初期に発見できてすぐに対応できればそれは重大問題にはならないが、量産が始まってからなかなか歩留まりが上がらないときに隠れていた問題が見つかった場合は、その製造会社だけでなく製品を使っているお客さんまで影響が及んでしまう。
   部署の境界や担当回路間のインターフェースで起こり得る潜在的ミスマッチ確率をできるだけ下げるには、お互いにオーバーラップする部分を十分に確保しておくことが重要だ。部署の責任者は自分のところの責任範囲を明確にしたいので、他部署との境界は線で引く傾向にある。面一(つらいち)の状態はわずかな隙間を容易に発生し得る。部署の責任者がオーバーラップを取りにくいのは理解できるので、代わりに不良発生をできるだけ抑えたいと考える担当の間でこれを行わないといけない。どの部署にもそのように思っている(と思われる)人たちがいれば、開発の成功確率は高まる。この「のりしろ」の部分が仕事の連続性を確保するためである。どんな職業でも、細切れにされた仕事をうまくつなげるためにお互いに「のりしろ」まで自分の仕事だと考えるようにしたい。
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