【丑丸研究室の研究内容】(高校生向けに書いています)
(1)はじめに
当研究室では、出芽酵母を使って生物学を研究しています。パンやお酒に使われるあの酵母です。単細胞生物で、大きさも数マイクロメートル(ミクロン)しかありません。2016年、大隅良典(おおすみよしのり)先生がノーベル生理学医学賞を取りましたが、大隅先生が「オートファジー」研究に用いた研究材料もこの出芽酵母でした。出芽酵母はヒトの細胞と同じ真核生物であり、ヒトを含めた真核生物の細胞の仕組みを調べる研究によく用いられています。
(写真)出芽酵母。母細胞から出芽し、それが育って娘細胞になりいずれは母細胞から切り離されて独り立ちします。
出芽酵母は細胞(生物)が小さく取り扱いやすく、遺伝子操作がしやすく遺伝子の働きを調べやすく(真核生物で最も遺伝子操作がしやすいと言っても過言ではありません)、増殖速度が速く研究能率が高い、など数多くの利点を持っています。ヒトも酵母も同じような細胞構造と遺伝子を持つため、酵母の研究で最初見つかった現象や遺伝子は、その後ヒト細胞の研究に非常に役立っています。大隅先生はオートファジーに関与する遺伝子をまず酵母で発見しましたが、その後ヒト細胞にも似た遺伝子があり似た働きをすることが分かってきました。オートファジーはがんを含めたヒトの多くの病気に深く関わることから、酵母での研究がヒトの病気の理解と治療に役立っています。
このように、世界中の研究者が酵母をこのように真核生物の「モデル生物」として広く用いて、がん、オートファジー、染色体、様々な細胞の構造や仕組みを研究しています。ヒトと見た目の全く異なる酵母を使ってヒトの病気の解明に役行っていることは意外に思われるかもしれません。ヒト細胞を直接研究に使う研究者ももちろん沢山いますが、上記の酵母の優位性があるために、酵母研究者はわざわざ酵母を使って「急がば回れ」と考え、ヒト細胞では見つけられなかったような現象や遺伝子を世界で最初に発見・報告し続けているのです。
では、当研究室では具体的にどのような研究をしているかということを簡単に紹介します。
(1)細胞のがん化はどのようにして起こるのか?
DNAが傷付いて細胞増殖が止まらなくなる病気が「がん」です。DNAは常に紫外線や活性酸素によって傷つけられていますが、細胞は傷ついたDNAを素早く修復して元に戻します。もしDNAが修復されずに残ってしまいますと、細胞ががん化する危険性が生じます。では細胞はDNAのダメージをどのように修復するのでしょうか? 当研究室ではDNAを修復する経路を調べています。
また、細胞増殖制御の仕組みそのものもまだ不明な点が数多く残っています。私たちは細胞分裂の仕組みも解析しています。
(2)細胞はどのようにして飢えをしのぐのか?
みなさんは毎月のお小遣いを考えてお金を使います。お金がなければマンガも買えません。細胞も同じです。その時々の状況下での栄養の量・質を考え、ベストな活動を選択します。栄養が豊富にあれば活発に増殖できますが、栄養が少ない時は増殖をやめ守り(死なないように)に徹します。さらには、自分の中身をオートファジーで分解し、自分で栄養のリサイクルを行います。さらに飢餓が続くようなら、仲間に栄養を残して自ら自殺(アポトーシス)します。当研究室では、それらを制御している仕組みを研究しています。
オートファジーでは分解していいもの、そうでないものが仕分けされ分解されます。私たちはその分別(ゴミでもそうですが分別は大事です!)の仕組みも研究しています。
(写真)栄養源に応答する仕組みを研究するため、以前スイスのバーゼル大学に留学していました。そこの教授Michael Hall教授はその仕組みに深く関わるTOR遺伝子を発見した第一人者です。この写真は、Hall教授を鎌倉に案内した時のものです。右がHall博士、左が丑丸。Hall教授とはその後もずっと共同研究を行っています。
(写真)大隅良典先生がノーベル賞を受賞した直後に開かれたオートファジー研究会での写真。大隅先生にはオートファジー研究でお世話になっています。
(3)染色体はなぜ均等に分配されるのか?
細胞分裂時にヒトでは46本の染色体を1本も間違えずに左右の娘細胞に分配します。考えてみれば、これはとても驚くべき現象です。当研究室では、それらを制御している仕組みを研究しています。それに加えて、私たちは栄養源飢餓が細胞分裂や染色体分配に及ぼす影響とその仕組みも解析しています。