研究テーマ

1.精子分化に関わる新規遺伝子の同定とその分子機能

精子は、卵とともに次世代に遺伝情報を伝達する働きをもつ唯一の細胞で、受精するための特別な形態・特徴を持っています。しかし、その特性がどのような遺伝子の働きで生じるのかはよくわかっていません。また、現在6組に1組以上のカップルが不妊に悩んでおり、またその約半数は男性側に起因していますが、男性不妊の原因遺伝子についてはあまり解明されていません。そこで本研究室では、マウスをモデルに精子分化過程で特異的に発現する新規遺伝子を探索・同定するとともに、その分子的・生理的機能を明らかにする研究を行っています。このような研究を通し、哺乳類における精子形成の分子メカニズムを理解するとともに、得られた知見をヒトにおける不妊の原因解明や治療、家畜の効率的な生産、有害獣の繁殖制御などに応用したいと考えています。

1)雄の生殖能に重要な有機酸トランスポーターSlc22a14

私たちは精巣特異的かつ生殖細胞特異的に発現する遺伝子のひとつとしてSlc22a14を見出しました。また、この遺伝子を欠損したマウスを作製したところ、雄マウスのほとんどは不妊症を発症したことから、雄の生殖能に重要な遺伝子であることが分かりました。不妊となったマウスの精子形成そのものは正常でしたが、精巣上体尾部において精子鞭毛の異常屈曲が生じ、運動性が顕著に低いことが分かりました。また、このマウスの精子は受精能獲得にも障害があり、受精能力が低下していることも見出しました。以上より、Slc22a14欠損マウスの雄性不妊は精子の機能障害によるものであることが分かりました。Slc22a14は有機酸トランスポーターのメンバーのため、上記の異常は、精子において何らかの物質を輸送できなくなったため生じたものと考えられますが、輸送基質については不明であり、その同定を目指して研究を進めています。

a. マウスは遺伝子改変が比較的容易であり、個体レベルでの遺伝子機能を調べるための優れたモデル動物です。b. 野生型マウス(左)およびSlc22a14遺伝子欠損マウス(右)の精巣上体尾部から取り出した精子の形態。遺伝子欠損マウスの精子の大部分は、鞭毛がヘアピン状(矢印)あるいはV字状(矢頭)に屈曲している。

参考文献:

Maruyama SY, Ito M, Ikami Y, Okitsu Y, Ito C, Toshimori K, Fujii W, Yogo K. A critical role of solute carrier 22a14 in sperm motility and male fertility in mice. Sci Rep. 2016 Nov 4;6:36468. doi: 10.1038/srep36468.

Ito M, Unou M, Higuchi T, So S, Ito M, Yogo K. Dysregulation of intracellular pH is a cause of impaired capacitation in Slc22a14-deficient mice. Reproduction. 2021 Dec 13;163(1):23-32. doi: 10.1530/REP-21-0135.

2)精子の鞭毛形成に必須なDLEC1

DLEC1(Deleted in lung and esophageal cancer 1)は、その名の通り肺がんや食道がんで発現が低下している遺伝子として発見された遺伝子ですが、私たちはノックアウトマウスを用いた解析から、Dlec1が精子の鞭毛形成に重要な働きをもつことを発見しました。この遺伝子を欠損すると、減数分裂後の精子形成に異常が生じるため、正常な精子がほとんどできず完全に不妊となります。わずかにできる精子は、異常な頭部と短い鞭毛といった特徴を有し、全く運動能力を持ちません。このような表現型は鞭毛内輸送(Intraflagellar transport)関連分子のノックアウトマウスの表現型と非常に類似していますが、DLEC1の分子機能は未解明のままです。現在、DLEC1の相互作用分子の同定を行いながら、DLEC1の分子機能の解明を行っています。

Okitsu Y, Nagano M, Yamagata T, Ito C, Toshimori K, Dohra H, Fujii W, Yogo K. Dlec1 is required for spermatogenesis and male fertility in mice. Sci Rep. 2020 Nov 3;10(1):18883. doi: 10.1038/s41598-020-75957-y.より転載

2.破骨細胞の融合に関する研究

破骨細胞は、酸を分泌し骨を溶かす働きを持つ多核の巨細胞で、カルシウムホメオスタシスに関わっています。この働きに異常が生じると骨粗鬆症などの骨代謝疾患につながります。破骨細胞は単球/マクロファージ系列の細胞が、RANKL(Receptor Activator of Nuclear Factor Kappa B Ligand)の刺激を受けて分化します。その分化過程では細胞融合がおきるという興味深い特徴があります。わたしたちはこの細胞融合がどのようなメカニズムで起きるのかに興味を持っています。細胞融合を可視化、定量化できるようなスクリーニング系を構築し、新しい融合因子の同定を行いたいと考えています。生理的な細胞融合は筋肉や、胎盤、配偶子、そして破骨細胞だけで見られます。私達の研究を通して、これら細胞融合の普遍性・特異性の発見につなげることを目指します。