コルシカ島に行ったよ そのあと、イタリアにも

コルシカ島は地中海に浮かぶ島です。静岡ー羽田ーパリCDG(一泊)ーバスティア空港(コルシカ島の東北にある)。遠かったです。パリには国際空港とヨーロッパ内空港があり、空港を変えないとすると一泊する必要がありました。CDG空港の近くの安い宿で一泊。タクシーに乗りましたが、バスでも行けました。タクシーの一律25ユーロは高ずぎる。CDG空港には、以前は銀行のATMがあって、そこでユーロを引いて日本では利子がつく前にカード会社に入金することで外貨を手にしていましたが、COVID19の影響でそのような地味なATMはなくなり(学生さんから聞きました)、両替商のATMが派手に跋扈しています。残念です。

コルシカ島は、もともと大陸縁辺にあり、海が開いてできました。つまり、アルプス山脈の南への続きです。リヨンのENSのアンギブスト先生による練られた巡検。青色変成相から緑色変成相に戻った石などを見ました。また、ガブロ中のシュードタキライトの転石も拾いました。ありがとうございました。

コルシカ島の西海岸にあるカルジェスに移動して翌週は朝から晩まで学校でした。グルノーブル、ニース、MIT、南カリフォルニア、日本人、チリ人が大きなグループで、他のヨーロッパの大学(パリ、オルレアン、リヨン、ローマ、ポツダム、GEOMAR、、、)や北アメリカの大学とUSGS、ペルーからも参加者がいました。正式名は沈み込み帯の学校でしたが、題名を勝手に付け直すとすると、沈み込み帯の地球物理学研究を紹介する学校でした。その最新個別研究を100人の一人として聞き続けました。しんどかったです。私は初日にタルクと炭酸塩鉱物の話をしましたが、皆さんの興味とはずれていたかと思います。夜は近所の街まで歩いて飲み食いしていました。往復時は真っ暗の道で、ヘッドライトを持っていったのが役に立ちました。海水パンツを持っていっていなかったのと、年寄りの冷や水という格言もあるので海には入りませんでしたが、少し舐めました。3.5%の塩濃度です。

学校を終えて、GEOMARのローラ ワラスさんに運転していただいて、島の東北に戻りました。そこからは、ピサ大学のフランチェスカ メネギーニさんによる露頭観察と試料採取の大名旅行(ホテルが良かった。赤字の予感です)が始まりました。この野外から学生さん(1名)も加わってもらいました。メネギーニさんは構造地質学者で、Santa CruzのJ. Casey Moore先生のお弟子さんです。つくば大学の氏家さんとは掘削船で出逢われてから長年のお友達で、今回ご一緒させていただき感謝します。氏家さんはIPAをちびちびやりながら、ラグビーW杯のテレビ観戦をされていました。アウトドア地震学者の京都大学の伊藤さんもご一緒されました。伊藤さんの研究ネットワークの広がりとフットワークの軽さを学ばせてもらいました。ピサの後、伊藤さんはNZで観測、韓国で超伝導重力計の打ち合わせと旅続きです。

メネギーニさんには、炭酸塩と石英の脈の発達した低い変成度の堆積岩露頭、アルベルト ヴィターレ ブロヴァローネさんに教えてもらった変成したオフィカーボネート露頭などに行きました。

コルシカからはフェリーでイタリアに渡りました。その後、ピサ大学でミニワークショップに参加させてもらったり、アペニン山脈で低い変成度のオフィカーボネイトの試料を採取できました。大雨の予報の中、メネギーニさんには運転、案内をしていただき、感謝します。アペニン山脈のオフィカーボネイトはアルプスの延長のようで、産状はそっくりでした。

 

ピサは、古い大学のある小さな街で、どの料理屋さんも驚くほどおいしかったです。ピサからボローニャ、その後、フィレンツェからミラノの空港について帰国しました。ボローニャはモロッコの大学についで世界で2番目に古い大学だそうです。大きな街でした。ボローニャも、サンドイッチ屋さんから食堂まで美味しい街でした。ボローニャでは、アルベルトさんの立派なラボを見せてもらいました。ボローニャはピサの3倍の人口を有する都会でしたがホテルの数が少なく、土曜日に泊まる宿がなく、観光地のフィレンツェまで行きました。イタリア内の3日間の移動は電車でしたが、初日はスト、2日目は故障とひどい有り様でした。最終日は何もなく幸運でした。