【第179回】教養課程時代の静岡の2年間

      【第179回】教養課程時代の静岡の2年間 はコメントを受け付けていません

投稿者: 藤原 孝洋(昭和53年 工学部電子工学科卒)


1974年4月静岡大学工学部に入学し、静岡キャンパスで新たな生活が始まりました。
当時は、教養課程の2年間は静岡で、3年から浜松の専門課程に移りました。
兵庫県から静岡県に来た私には、大学での一人生活にワクワクしながら、入学した電子工学科の同期はもちろんですが、他学部の先輩や同級生との新たな交流を楽しみにしていました。

特にサークルでは、今は亡き友人と静岡キャンパスの図書館の下で壁打ちをしたり、お互いの下宿で話し込んだりしたことが思い出されます。
入学した工学部だけでなく、教育学部や理学部、人文学部、農学部の先輩や同期の人たちと知り合えたことは貴重な財産です。
多様なバックグラウンドや個性を持つ人との交流は、大学時代には重要な要素だと思います。

当時、教養課程の必修単位を落とすと、許容範囲では3年に進級できますが、1・2年の単位を取りに静岡に通う必要がありました。
苦手なドイツ語も幸い「可」で単位を取得し、静岡に通わなくてよかったのですが、出席が必要な体育を落とした者は、毎週通う必要があると聞いたことがありました(真偽は不明)。
教養課程から3年への進級がシビアなハードルでしたが、それでも静岡の生活は楽しかった思い出です。

1995年に情報学部が設置されて、教養課程も浜松で行うようになり、工学部の静岡での教養課程はなくなったようです。
効率面ではよかったと思います。
ただ、他学部の人と交流する機会が少なくなったことは残念に思います。
理系や文系の要素を持った様々な人と交流する機会があってもいいのではないでしょうか。
特に大学時代の感性豊かな時期には、多様性が大切で、社会に出てからも役立つのではないかと思います。
現役の学生の皆さんには、幅広いジャンルの交流を大切にしていただきたいと思います。
そして卒業してからは、同窓会を年代を超えた交流の場にしてはいかがでしょうか。