投稿者:鈴木 茂人(1981年3月 工学部化学工学科卒)
五行説では、人生を青春、朱夏、白秋、玄冬と当てはめています。現在の私は、白秋の真っただ中ですが、今は青春の一コマを追いたいと思います。
大学時代はテニス中心の生活で、強く記憶に残っているのは、1980年5月11日、4年生テニス部員を中心に敢行された、伝統の浜松~静岡駅伝です。深夜3時に工学部を出発し、国道150線をひた走り、正午前に静大片山テニスコートに到着するものでした。
ペア走行中の仲間との会話は就活についてでした。A社は? だってあそこは〇〇じゃん!! B社は? あそこは△△だし~!! 白秋の今から振り返れば、まさに青さ故の学生でした。ただ、大学生活は生涯にわたる友人ができた貴重な時期でもありました。その後、Y社に入社が適ったのは、ガクチカを胸を張ってアピールできたこと、テニスで鍛えた健康な身体があった故と自己分析しています。
浜松工業会の存在を知ったのは入社後でした。配属希望先提出に先立ち、部門紹介が行われた直後、研究部のF課長(新Project X 電動アシスト自転車での笑わない室長)に呼び出されました。「君は僕の後輩だってね。研究部って書くよね!」その一言で決まった振り出しでしたが、同時に同窓の絆を強く感じた一場面でもありました。
振り返ると、自分で考え、チャレンジし、置かれた環境で最大限の効果を出す、そんな人物との仕事は楽しいものでした。知的好奇心が旺盛で、仕事以外の事にも博識で、人間力に溢れる人物との会話は面白く、自然と新しいアイデアが浮かんできます。
「障子を開けてみよ、外は広いぞ。」これは豊田佐吉翁の言葉です。
これから迎える白秋の後半から玄冬に向けても、チャレンジを忘れずに、人間力を磨くことを念頭に、新しい障子を開けたいと思うこの頃です。
