Research

生き物の気持ちをわかること

生き物はごく自然に世界や他者と関わりあって生きています.動物の親は子を守り,小さな昆虫は広大な野原で食べ物を見つけ出します.そのような生き物の行動は,どのように世界を認識することで可能になっているのでしょうか.彼らも我々と同じように他者と関わり自己を認識しているのでしょうか.そして私がそのように他者である生き物の捉えた世界について考えるとはどういうことで,私や人間の社会に何をもたらすのでしょうか.このウェブサイトで研究成果などを紹介していきます.


昆虫行動の理解と農業利用

|天敵昆虫の餌探索における植物由来のシグナルの利用|シグナル応答に関与する天敵寄生蜂の学習と記憶|農業現場への応用にむけて:化学シグナルによる天敵昆虫の行動制御

生態系において,生物は環境や他の生物と互いに関わりあって暮らしています. 特に作物生産の現場となる農業生態系においては,害虫となる昆虫やそれらを食べてくれる天敵昆虫が,どこにどのくらいいるのか,そしてそれらがどのように決まるのかを理解することは重要です. 生物の分布や存在量は,その生物と環境,および他の生物との相互作用によって決まっています. 生物と生物の関わり(生物間相互作用)はどのように構成されているのでしょうか. そのメカニズムを明らかにするため,私は植物由来のシグナルに対する昆虫の応答を中心に研究を行っています.

天敵昆虫の餌探索における植物由来のシグナル

植物は害虫などに食べられたとき,健全時とは異なるにおい(植食者誘導性植物揮発物質,Herbivore-Induced Plant Volatiuiles; HIPVs)を放出します. この食害時に特異的なにおいであるHIPVsに植食者の天敵が誘引されることが多くの植物と昆虫の系で明らかにされています. 植物が天敵の助けを借りて植食者を撃退する場合があり,HIPVsはSOSシグナルとも呼ばれています. 例えば,下の写真にある天敵寄生蜂(ギフアブラバチ)は,寄主であるムギヒゲナガアブラムシが食害するコムギのにおいに誘引されます(Takemoto 2016). 天敵寄生蜂にとって植物由来の化学物質は寄主を発見するための重要な手がかりとなっています.

天敵寄生蜂ギフアブラバチ
Aphidius gifuensis
ムギヒゲナガアブラムシ
Sitobion akebiae

シグナル応答に関与する天敵寄生蜂の学習と記憶

農業現場への応用にむけて:化学シグナルによる天敵昆虫の行動制御

天敵昆虫が餌探索に使うシグナルを作物圃場における害虫防除に利用する試みが近年世界各国で盛んになってきています. 天敵を用いた生物的防除は減農薬により環境負荷の低減,付加価値のある安全安心な作物の生産,作業コストの低減などが期待できます. とくに,周辺環境の高い生物多様性の保全と,周辺環境で涵養された土着天敵を使った作物圃場の生物的防除の両方を達成する,環境保全型生物的防除と呼ばれる方法が注目されています. この手法の実現における重要課題のひとつは,天敵を効率よく圃場に導入するにはどうすればよいかということです.

HIPVsは植食者の種,植物の種や品種などによってその組成や組成比が変化します. 天敵はその変化を識別して探索の手がかりとして利用しています. 天敵寄生蜂における先行研究や我々の研究において,成育した植物-寄主系のHIPVsに対する応答性が成育過程の経験によって獲得されることが明らかとなっています. しかし環境保全型生物的防除においては,周辺環境と圃場作物の植物や寄主の系は成育した系とは異なるため,新規の系由来のキュー(嗅覚や視覚など感覚による手がかり)に対して応答する過程があるはずです. 私は未経験の系由来の探索キューに対する寄生蜂の応答に影響を与える要因についての行動学的解明を試みています.