生い立ちに困難を抱える子どもの自立支援

なぜ,『生い立ちに困難を抱える子どもの自立支援』をテーマにするのか

学校教育では様々な教科や学校行事などの時間を通  じて,子どもたちがこれまでどのように生きてきたのかや,これからどのように生きていくのかというテーマを扱います。
例えば,小学校低学年の頃には自分が小さかった頃の写真を持ってきて,小さい頃から今までどのように成長してきたかを話し合ったり,考えたりするような授業があります。また,「1/2成人式」と言われるように10歳を迎える頃に,自分の成長を振り返り,育ててくれた大人に感謝するような行事を取り入れている学校もあったりします。しかし,子どもたちの中には,児童虐待やネグレクト,親との離別,死別を経験した子どもたちもいます。最近は児童期の逆境体験(Adverse. Childhood Experiences;ACEs)と表現されることも多くなってきましたが,そうした生い立ちの中に困難を抱える子どもたちにとって,いわゆる“普通”とされるような自立に向けた支援や教育は必ずしも適当ではない場合があります。
欧州で行われた研究では,若者からおとなへの移行(transition)は直線的に進むわけではなく,行きつ戻りつを繰り返しながら徐々に進んでいくことが明らかになっており,特に生い立ちに困難を抱えた若者の場合,そうした傾向がより顕著に表れることが示されています。つまり,生い立ちに困難を抱える子どもたちは,そうでない子どもたちよりもおとなへの移行に際して,更に様々な困難を経験する可能性があるということです。
さらにこの研究では社会で準備された自立に向けた支援(自立支援)は,一般的な若者を対象としており,生い立ちに困難を抱えた子どもたちに向けられたものではないことが,生い立ちに困難を抱える若者の移行をさらに困難なものにしているという指摘があります。例えば先に述べたような「1/2成人式」のような取り組みも,虐待やネグレクト,親との離別,死別を経験した子どもにとってはつらい時間となるばかりか,再びトラウマティックな体験をしてしまう機会にもなってしまいかねません。つまり,生い立ちに困難を抱えた子どもたちの自立を進めるためには,彼らのニーズに合わせた支援が必要であるわけですが,これまでに行われてきた支援は十分とは言い難いものでした。

これまでにも虐待やネグレクトを経験して児童養護施設で暮らしている子ども(施設児童)に対する自立支援の取り組みが行われてきましたが,日々の生活に多くの人手を割かれる中で,彼らに準備された自立支援は,高校3年生になって施設を巣立たなければならない状況を目前に控えた時に行われる,お金の管理や料理の仕方を学んだりするような,スキルを中心とした支援が中心でした。しかし,私たちの調査からは彼らはそもそも「おとなになりたい」「将来のことについて考えたい」という気持ちが低いため,そうしたスキルを積極的に身につけようとする傾向が低い可能性があることがわかってきました。つまり,勉強する意味を理解していなかったり,勉強したいと思えていなかったりする子どもに,無理におとなが必要だと考えるような勉強をさせているといったような状況が生じていたのです。やりたくもない勉強を無理矢理させられた時,その内容が身に付きにくいというのは多くの人にとって経験的に理解しやすいことだと思います。そこで,私たちは,生い立ちに困難を抱える子どもたちに対して,自立を目前に控えた時期に,おとなが必要と考えるスキルなどを一方的に教えるような自立支援ではなく,もっと小さな頃から彼らが自分の将来をイメージし,なりたい自分を自己実現していくことを支援するような自立支援に取り組むことにしました。少し気取った言い方をすると,自立支援の主体をおとなから子ども自身に取り戻し,彼らの将来に対するニーズから日々の支援を行っていく取り組み,と言えるかもしれません。
現在は児童養護施設だけではなく,里親家庭で暮らす子どもを始め,様々な「生い立ちに困難を抱える子ども」たちを対象とした実践を進めています。
こうした取り組みの基本的な考え方や具体的な取り組みを記したテキストを公刊しましたので,まずはその内容に目を通して頂ければと思います。
実践にあたっての助言や講演等も行っていますので,お声かけ下さい。


子どもの未来を育む自立支援―生い立ちに困難を抱える子どもを支えるキャリア・カウンセリング・プロジェクト
岩崎学術出版社