【私の卒業研究】N・Yさん 「データベース応用システムの研究-第4版土偶データベース-」

 (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

データベースソフトの「アクセス(MicrosoftACCESS)」とGISソフトの「ArcGIS」を組み合わせて、GIS上にデータベースの検索結果を表示するものです。

GISソフトは、パソコン上に平面(2次元)または立体(3次元)の地図を表示するもので、コンピュータ上でどんな地図なのかをわかりやすく見ることができます。

「GIS」を選んだ理由は、先輩からの引き継ぎで、今年は3次元表示をやることになったからです。

「土偶データベース」に取り組んだ理由を教えてください。

当研究室では、3年間に渡って研究を引き継いでデータベース応用システムを開発してきており、その中のGISをやってみたいと思ったからです。

これまでの関連する研究と比較して、N・Yさんのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

この研究の長所としては、一番に3次元表示によって、検索結果が視覚的に分かりやすくなったことがあげられます。
また反省点は、開発の方に時間がかかり過ぎてしまいGISの機能をうまく使えなかったことです。

行った開発とは、Accessのフォーム上からプログラムのVBAを使って、GISソフトで3次元表示をできるようにすることです。

一つのゼミの学生が4代にわたって書き嗣いだ論文というものも珍しいと思います。過去3代の論文の変遷と、この論文が加えた内容を教えてください。

第1版が基本的なことを調べ、第2版でそれが扱えるシステムが完成し、第3版でそれを更に検索方法について改善し、第4版でGISによる3次元表示ができるようになりました。

このデータベースによって、何が可能になりましたか?

3次元の情報により高低差のデータが分かるようになりました。
これによって、どの種類の土偶がどういう使われ方をしていたかを知る手がかりになると思います。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

この研究を続けるにあたって、すでにシステムがあるわけですから、それをまずどんなシステムであるのかを知らなくてはならないのですが、案外それに時間がかかったので、早めにやった方がいいと思います。

八重樫先生の指導でどういうことが役に立ちましたか?

はい、とても役に立ちました。特に直接企業のかたを紹介してもらって、何とか完成することができましたから、それがなかったら完成していたか分かりません。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

事前にいろいろとアドバイスをもらっていたため、研究内容についても知ってくださっており、結構すんなりと通りました.

卒業後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

卒業後はシステムエンジニア(SE)になりますから、システムを開発した経験は役に立つと思います。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

情報学部だからってパソコンを使うことも勿論ですが、それ以外にもいろいろと学ぶことができ、進路もそれを生かしたものにつけましたから良かったです。

指導教員講評
指導教員:八重樫純樹
文系、理系どちらもこなせたが、技術的側面に関心が強く、情報科学科の授業や勉強会に積極的に参加していたのでこのテーマを薦めました。

 この卒研テーマは4代続き、これに携わって卒業した学生は全て最前線のSE(システムエンジニア)として社会で活躍しています。就職はSE希望であり、先輩が開発したノウハウを学んで、その上で新システム開発問題への挑戦でした。勉強が大変なことは重々承知しておりましたが、当初目的を達成できる忍耐力と能力が有ると見ておりました。色々な問題に突き当たってはそれを解決し、期待通りしっかりやり通しました。

 欲をいわせてもらうなら、考古学や縄文文化、縄文土偶についてもう少し勉強してもらいたかったなあ、というところでしょうか。ま、人生はこれからが本番です。この卒研を通して、仕事としての技術の世界とは別な世界をみてゆける、人間としての幅を広げてもらいたいと思います。

取材・編集:M(2003/03/12)

【私の卒業研究】M・Sさん「e ラーニングシステムを利用した大学授業における脱落者の予測に関する分析」

  (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

eラーニングに関する研究です。eラーニングは情報通信技術を活用する新しい教育・研修一般の呼称です。教育・研修と言えば、教室のような場所に人を集めて講師と対面して一斉授業をするのが主流ですが、情報通信技術を使うことで、場所や時間を越えて授業が受けられます。eラーニングには、教育・研修を提供する側、受ける側双方にメリットがあります。

eラーニング提供側のメリットとしては、場所や時間の面から考えると、低コストで行うことが可能であること、流通しているコンテンツやシステムが利用できるので、教育・研修の質の保証ができることが挙げられます。eラーニングを受ける側(学習者)のメリットとしては、時間や場所を拘束されないこと、自分の理解度に合わせて、学習を進められることが挙げられます。

eラーニングでは、学習者が自分で学習を進めることが基本となります。これはメリットのひとつでもありますが、その一方で、継続して学習に取り組むことが困難で、学習者が授業から脱落(ドロップアウト)しやすいという問題が指摘されています。

授業を行う側からすると、学習から脱落しそうになっている学習者に対して何らかの支援を行うことが必要です。対面式の授業であれば、誰が授業から脱落しそうになっているかを、表情や受講態度などから講師が感じることができますが、eラーニングではそうはいきません。eラーニングにおいて、どうやって学習者の脱落を予測するか、ということが私の卒業論文の問題意識です。

研究では、まず、指導教員の堀田先生の担当する授業に、実際にeラーニングを取り入れました。講師は最小限の講義をし、後の学習はWeb上の教材で行ってもらいます。

授業では、残念ながら脱落者が出てしまったわけですが、授業で得られた学習者のデータを元にして、脱落してしまった学習者と最後まで学習を継続できた学習者の間にどのような違いがあるかを分析しました。もしも違いが見つかれば、その違いが、脱落者を予測するための指標として利用できるわけです。

学習者を比較するためのデータとして、

1)授業を受ける前の学習者の初期知識、
2)学習者の授業理解度、
3)教材へのアクセス頻度

の3つを決めました。授業を受ける前の学習者の初期知識は、授業開始前にプレテストを行うことで測定しました。学習者の授業理解度は、毎回の授業ごとに理解度のアンケートを取りました。教材へのアクセス頻度は、Webサーバ上でアクセスログを収集しました。

結果として、脱落した学習者と最後まで学習を継続した学習者の間で、違いがあったのは教材へのアクセス頻度のみでした。特に授業開始から1ヶ月後のアクセス頻度に、統計的な有意差が見られました。

eラーニングの脱落者を予測するためには、教材へのアクセス頻度に注目することが有効なのではないか、というのが卒業論文の結論です。

「eラーニング」に取り組んだ理由を教えてください。

研究室に所属した3年生のとき、一番はじめに輪講した本がeラーニングに関するものでした。それがきっかけです。本では企業内教育におけるeラーニングが取り上げられていましたが、学校以外の場所で行われる教育や、効率や効果を追求しようという点に興味を覚えたのだと思います。

eラーニングを卒論にしようと漠然と考えてから、選択肢を広げようと思い、3年生の夏休みに入る前くらいに、Webサーバ上で動くプログラムを学習し始めました。

これまでの関連する研究と比較して、あなたのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

そもそも脱落があるということ自体が非常にネガティブなことなので、eラーニングに限らず、学習者の脱落に関する研究はあまり多く行われていません。テーマに新規性があると考えています。

反省点としては、初めから論文の全体が見通せなかったことです。授業は私が4年の前期に行われましたが、とにかく教材を作ったりするので精一杯で、それほど計画的だったわけではありません。後で様々な分析が可能なように、色んなデータを収集できるようにしましたが、それでも後々の分析の時に方針が立てられずに困りました。本来的には、分析の方針をしっかり決めておいてからデータを収集するのが基本なので、これはあまり大きな声では言えません。

eラーニングの受講者には、どういう意見・要望がありましたか?

多くの人は、自分のペースで学習が進められることを好意的に捉えていました。また、教材の操作に関する戸惑いや、「教材の内容が足りない」など、教材の記述のレベルに対する不満がいくつか見られました。授業の構成が特殊だったので、説明不足がひとつの要因だと考えています。

授業に出てこなくなり脱落してしまう受講者の人たちは、あまり意見の表明をしません。私の研究でも少し触れていますが、そうした人たちをどうやってサポートするかは重要だと思います。

今後、効果的にeラーニングを実施するためにはどういうことが必要だと考えましたか?

教える行為や教材そのものの質を高めることは当然として、学習者の動機づけと、学習者への支援が必要だと思います。いかに学習者が学ぶように仕向けられるか、いかに学習者に働きかけるか、ということです。学習者個人に働きかける場合もあれば、学習者の集団に対して働きかける場合もあると考えられますが、このような学習者への働きかけは、eラーニングでは、やはり情報通信技術を通じて行われると思います。

「eラーニング」教材を作るに当たって苦心したことは何ですか?

授業が毎週あるので、締め切りに間に合わせるのが一番大変でした。これは冗談ではなく、本当に苦労しました。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

卒論には、何よりも自分が興味を持てるテーマを選択する必要があると思います。1年以上の時間を費やすことになるので、興味が無いテーマを安易に選択してしまうと、卒論を書くのが辛くなってしまうと思います。

また、客観性についても気を配る必要があると思います。科学的な分析手法や先行研究の調査などを行うことは重要だと思います。自分の考えだけで研究を進めるのではなく、指導の先生や先輩・同級生などとよく議論して欲しいと思います。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

「興味深い」との評価をいただきました。eラーニングの、特に脱落に関する研究は新規性があるので、その部分を評価していただいたと考えています。

大学院に進学後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

まだ具体的な研究計画にはなっていませんが、eラーニングの脱落者をどのようにして予測するのか、また脱落しそうな学習者に対してどのような働きかけをするのか、ということについて、引き続き興味があります。最近では、数理的なモデルを用いて脱落の危険性をシステムが推定できるようなしくみを検討しているところです。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

私の研究はeラーニングに関することですが、この分野は認知心理学の領域や、企業経営の情報化などと関係が深いので、専門の領域だけではなく、そのひとつ隣の領域のことが学べたことがとても訳に立ちました。

 

指導教員講評
指導教員:堀田龍也
M・S君の卒論では、最近ニーズが高まっているeラーニング分野のシステム開発を行いましたが、机上の空論ではなく、現実の場に適用したことに魅力があります。大学における授業の課題を分析し、これを回避するためのシステムを設計・開発し、実際の運用の中からこれを評価した点が高く評価できます。M・S君は大学院に進学し、eラーニングの適用や課題について具体的に研究を進めていくでしょう。

取材・編集:M(2003/03/14)

【私の卒業研究】 K・Nさん 「浜松市におけるコンビニエンスストアの立地要因についての研究」

   (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

浜松市におけるコンビニエンスストアの立地について研究を行いました。
浜松市はコンビニエンスストアの1店舗あたりの人口が臨界値である3,000人をきっているため、コンビニエンスストアの飽和説が当てはまります。ゆえに、浜松市におけるコンビニエンスストアの飽和説を検討することを最終課題にしました。

まずは浜松市に存在するコンビニエンスストアの立地状況を把握し、その特性を分析しました。そして、主要な立地要因を選定してコンビニエンスストア立地の重回帰分析を行い、コンビニエンスストアが多すぎる地区と少なすぎる地区について、その要因を検討しました。

その結果、浜松市においてコンビニエンスストアの飽和説が成立しないという結果を導き出しました。

「コンビニエンスストアの立地要件」に取り組んだ理由を教えてください。

 コンビニエンスストアは私たちの生活に深く浸透し、日本全国どこへ行っても見かけるようになりました。その中で、身近な存在であるコンビニエンスストアに漠然と興味をもち、どのような場所に立地しているのかという疑問を抱くようになりました。そこで文献を読んで調べてみると、コンビニエンスストアの飽和説が浮上しているということを知って益々興味が出てきたので、卒業研究として自分なりに詳しく追求してみたいと考え、このテーマに取り組むことに決めました。

これまでの関連する研究と比較して、あなたのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

コンビニエンスストアの立地に関する研究で、飽和説をテーマにした研究は今までにないので、新しい試みであったと思います。また、メッシュ地図を用いることで、コンビニエンスストアの立地分布を、人口や世帯特性など様々なデータと比較することができたので、立地要因の詳しい研究ができました。
反省点としては、廃業店との関連も含めて研究を行えば、さらに説得力のある論文に仕上がったと思うので、そこまで手が及ばなかったことが残念です。

この論文には、授業では習わないはずの分析手法が数多く使われていますが、どうやって身につけたのですか?

私の卒業研究の副査を担当してくださった西原先生に分析手法のアドバイスをいただき、分からないことは教えてもらいながら研究を行いました。私一人の力では、ここまで仕上げることができなかったと思うので、西原先生には深く感謝しています。

3つのコンビニエンスストア会社にインタビューしています。その過程で得られた知見や興味深かったことは何ですか?

あるコンビニエンスストア会社の店舗開発担当の方が、コンビニエンスストアの立地地点を決定するまでの過程を話してくださったのが興味深かったです。
コンビニエンスストアに最適の土地を探し出し、その地点に店を置くことを会社側に説得する際の苦労話などを聞くことができました。

また、コンビニエンスストア業界には、立地戦略以外にも興味深いことがたくさんあります。例えば商品の陳列方法や、POSデータの利用方法、時間別の客層データなどです。私は立地について研究をしましたが、コンビニエンスストアの経営戦略についての研究は多種多様であり、どのテーマでもおもしろい研究が可能だと思います。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

なるべく早い時期に取り組むことが大事だと思います。私は真剣に取り組むのが遅過ぎたために深く追求する時間がなく、やり残したことがたくさんあります。卒論は大学生活で最後の勉強であり、しかも独自の研究ができるので努力をすればそれだけ自分に返ってくるものだと思います。手をぬくことよりも、努力することを勧めます。

コンビニエンスストアは今後、どう変わっていくと思いますか?

卒論の中では、浜松市においてコンビニエンスストアの飽和説は当てはまらないという結論を導き出しましたが、飽和状態に近づいていることは確かだと思います。今後は新規出店が当分続くとは思いますが、それと同時に廃業店も増加すると思います。そして近いうちにコンビニエンスストア業界も安定期に入り、店舗の増減が落ち着いてくると考えます。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

本格的に研究を始めるのが遅れたために、先生方には大変迷惑をおかけしましたが、短期間での私の努力は認めてくださり、誉めていただけたのでよかったです。

卒業後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

卒論の内容を生かすというよりも、卒論に取り組む過程で得たものを生かしたいと思います。何よりも、努力することの大切さ、努力をしてやり遂げることの清々しさを改めて実感しました。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

幅広く学ぶことができる学科であるため、自分が何を学びたいか、何をしたいかを常に考えなければいけない学科であると思います。したがって、「考える」力を習得できたと思います。

指導教員講評
指導教員:藤井史朗
コンビニエンスストアの立地戦略というテーマであり、何らかの数量化的分析が必要であったので、副査の西原先生に事実上の指導をお願いした。そのおかげもあって、先行研究のフォロー、問題設定、仮説構築、分析方法の明示、分析と考察の全体にわたって大変シャープな論文となった。特に、浜松市へのコンビニの立地について、数量的傾向から外れている地域に対する具体的な考察をしているところがおもしろい。また、静岡大学周辺にコンビニが不足している、という指摘は、直後に大学周辺にコンビニが立地したことによっても証明された。

取材・編集:I(2003/03/23)

【私の卒業研究】M・Wさん 「電子自治体の動向調査研究-遠州地域を中心に-」

 (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

私の論文は遠州地域を中心とした電子自治体の動向調査研究です。卒論の流れとしては、まず自治体とはそもそも何のために存在するのか、自治体の本旨を法律の点から考察しました。

次にIT時代へ向けた政府の対応を調査し、電子自治体によってどのようなことが実現されるのかまとめてみました。それらをふまえた上で、各市役所へ訪問調査へ出かけ、遠州地域の情報化がどこまで進んでいるのか調査しました。

「電子自治体」という問題に取り組んだ理由を教えてください。

自分が興味を持っていたテーマであったというのが第一で、昨年の住民基本台帳ネットワークの導入や合併問題など、タイムリーなテーマであったのが取り組んだ理由です。

これまでの関連する研究と比較して、M・Wさんのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

訪問調査がうまくいったのがよかったです。調査に行く以前の段階である程度関連する文献などを読み、自分なりに卒論の枠組みが完成していたので、うまく調査結果を卒論でまとめることができました。また、それぞれの市がもつ地域性が調査によって浮き彫りになったのがよかったと思います。反省点としては各市の情報化に関するデータの比較という視点において調査しておけば、もう少し深い内容の卒論になったのではないかと思います。

この論文を書くに当たり、多くの自治体に調査に行っていますが、調査の過程で苦労したことはなんですか? あるいは、印象に残ったことはなんですか?

訪問調査の場合、相手の都合もあるので何度も足を運ぶのは難しく、できれば1回か2回の訪問で自分の知りたいことを聞き出さなければならず、質問項目を事前に考えるのに苦労しました。印象に残ったことは、同じ遠州地域とはいえ、市が違えば市役所の建物から、政策方針までまったく違った特徴をもっているということです。それぞれの市が持つ地域性というものがわかっておもしろかったです。

自治体の合併が全国で行われています。合併後の電子自治体のあるべき姿について、意見はありますか?

合併というのは市民にとっても、市の職員にとっても歴史的な変化であるといえます。これをよい機会として、これまでの古い体制を思い切って変更する努力が必要であると思います。文書管理や、セキュリティーポリシーなど合併後の新たな自治体見合った改善をして欲しいです。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

自分が興味を持てるテーマ選ぶのが一番だと思います。卒論のテーマはある程度自分で決めることができるので、自分が調べたい、知りたいと思えるテーマを選べば論文作成は楽しいものになると思います。

八重樫先生の指導でどういうことが役に立ちましたか?

この卒論を書き始める前は電子自治体に関する知識がほとんどなかったため、どのような卒論にするのかその枠組み作りにおいて、大変協力していただきました。訪問調査を行う場合学生だけで行くのはなかなか難しく、毎回同行していただき、それによってより深い調査を行うことができました。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

自分ではよい評価がいただけたと思います。

卒業後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

電子自治体の動向は今後ますます新聞やテレビで目にするテーマだと思うので、今後どのような方向に進んでいくのか注目し、この卒論で勉強したことをもとに、一市民として自分の意見が言えるようになりたいと思います。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

文系の人間がコンピューター社会を見る視点というのを学びました。理系のプログラマーと完全な文系の研究者との間に立ち、両方をうまくリンクさせる。これからの社会においてますます必要とされる人材だと思います。

 

指導教員講評
指導教員:八重樫純樹
完璧な文系人間でした。3年次後半にカナダに語学留学し、半年後タイに渡って東南-東北アジアを巡ってきました(1年間休学)。

 貿易系に就職希望で、一発で決めました。当初はデジタルアーカイブ系調査研究希望でしたが、行政の合併や情報化動向が急速であり、私の勉強も含め、このテーマを薦めました。研究室として新たな領域への開拓で、研究の枠組み作りと基本データの収集が一番重要でした。彼はそれをしっかり受けとめ、遂行し、良いデータを残してくれました。

 もう少し早くから実際の自治体の活動実態について学んでおくべきでしたが、これは私の責任です。以降も研究室として地域情報化の調査研究は継続してゆきます。これを契機に反省を含め、色々指導方法も考えます。これから自治体の合併がITとの関わりの中で本格化します。日本全体が動的に大きく変わります。この卒研はその第1歩なのです。彼の人生も必ず関わってゆくはずです。人生を通したテーマとしてもらいたいと思います。

取材・編集:Y(2003/03/12)

【私の卒業研究】O・Kさん 「Web資源のXML記述に関する研究・開発」

  (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

「XML」という、データ記述用の言語があるのですが、それを使ったデータベースを作り、その作成過程を通して、今後の情報流通と活用には何が大切で、どういったことに気をつけなければならないかを考える。また、そのためには、今ある最新の技術や規格のうち、何をどのように応用すべきかを考える。…専門用語が多いので、わかりやすく噛み砕いていうと、だいたいそういった感じの内容です。

「XML記述」に取り組んだ理由を教えてください。

これは、近年問題になってきている、情報氾濫の観点からです。
IT=情報技術の進展によって、私たちの周りには「情報」というものが溢れるようになりました。特にこの10年、インターネットの普及によってその情報量は爆発的に増えてきてるんですよね。で、そうなってくると、だんだん収拾がつかなくなってきた。どれが正しい情報なのか、どれが新しい情報なのか区別がつかなくなってきているんですよね。何年前の情報かもわからない情報が、未だに「最新情報」というキーワードで平気でサーチエンジンに引っかかってくる。

 データベースは情報を貯めておいて、あとでその情報を有用な形で活用できるようにするための仕組みなのですが、このように情報が溢れて整理がつかなくなると、その機能が麻痺するようになってきているんです。どの情報を保存して、どの情報は廃棄すべきで、どの情報は修正が必要なのか…こういったことが区別できない以上、とりあえず全部の情報を蓄積するしかありません。ところが、そうやっていくうちに、そういった不要な情報が雑音として入り込み、データベースの機能を低下させはじめました。

 さらに、情報量が増加して、その情報自体も全て貯めておくことはできなくなってきたんですね。もはや、整理がつかないという次元を通り越して、格納しきれないというところまできているわけです。ちゃんと分類整理されていれば廃棄すべき情報がわかり、保存する情報の総量を大きく減らすことができるんでしょうが、現状ではそれができません。卒論のタイトルでは、「Web資源」と表現していますが、実はインターネット上にある情報は、人類共通の貴重な情報資源でもあるわけです。せっかく蓄積した情報を、蓄積しきれないからというだけの理由で、ゴミ情報ごと有益な資源も廃棄しちゃっていいのか?という考えも起こってきます。で、こういう状況にきてやっと気づくわけです。…情報ってどうやって保存・管理して、どうやって流通させればいいんだろ?と。

 この卒論でXMLに注目したのはこういう事情があったからです。XMLは今後の情報流通フォーマットとして注目を浴びています。XMLは情報の階層構造を表現できる上に、インターネットを通じてやり取りができたり、特定のソフトウェアに依存しないという強みを持っています。

 さらに、XMLで文書を作成すると、コンピュータのプログラムで自動的に処理することが出来るようになります。例えば、有効期限の切れた情報は自動的に削除するとか、特定のキーワードで自動的に分類保存する、さらには内容を一部自動的に修正して保存するということまで可能です。今までの文書フォーマットでは残念ながらこれができませんでした。

 この卒論ではそういったXMLの長所を、円滑で効果的な情報の流通と活用に活かせないかと、いろいろと思案してみました。

これまでの関連する研究と比較して、O・Kさんのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

XSLTというXML変換用の言語(…というか本来はXSLという規格に含まれる機能の一つなんですが)があるですが、それを使えば、XML文書を自由に加工・変形することができます。このXSLTを使いネイティブXML(生のXMLファイル)のままデータベースとして利用できることがこのシステムの長所であると考えています。生のXMLのままですから、データをそのままの形でインターネット等で流通させることができますし、XSLTで変形させて流通させることもできます。

データが生のXMLですから、他のシステムにも簡単に組み込んだりもできます。構想のみで実装にまでは至らなかったんですが、このXSLTの機能を応用すれば、インターネットを経由したデータベース間での横断検索なんかもできるかと思います。

 反省点は、「データベース」と言いながら、実はまだできることが検索のみなんですよね。データの更新や削除ができなければデータベースとはやはり言い難いと思います。この問題には、今後も開発に取り組んでいくつもりです。

この論文を読むと、大学の授業を越えた知識を持っていないと書けない部分があるように思えます。O・Kさんは、どうやってその知識を身につけましたか?

関連する書籍やWebサイト、それに、自分より多くの技術と知識を持った人から聞いた…ということになるかと思いますが、結局、何でも自分で興味を持って知識を得ようとすることが大切だと思います。静岡大学情報学部の良いところは、文理融合型の学部であるということです。自分はその利点を活かして、理系学科である情報科学科の授業にも積極的に参加するようにしました。

 あと、学部内では学生中心の様々なプロジェクトや勉強会が開かれています。そういった場にも積極的に顔を出し、科学科の人や先輩方から様々な知識や技術を吸収するようにしました。じっとして無難に過ごしていれば、技術も知識も何も付かないまま、4年間なんてあっという間に過ぎてしまうと思います。個人的に、何も残らないまま4年間の学生生活を終えるのは嫌だったので、なんでもかんでも顔を突っ込んでみたのが良かったのかもしれませんね。その分、関係各位にご迷惑をかけた面も多々あったかと思いますが(笑)。

この論文を通して、今後の情報社会の進むべき道をどう考えましたか?

円滑で効率良い情報の流通と活用のためには、そのルール作りが大切であるということを思いました。そのためには、情報を格納する受け皿となるフォーマットの規格化が大事だと思います。

ご存知のように、インターネットというメディアの誕生によって、誰もが自由に情報発信ができるようになりました。しかし、現在の情報氾濫の原因はここにあると考えます。誰もが好き勝手に情報を生成して発信してしまっているのです。

 じゃあ、ちゃんとルールに乗っ取った情報を作りなさいよ、と言ったところで、不可能なんです。なにしろ、そのルールがイマイチちゃんと定まってないんですから。ルールとフォーマットが曖昧なまま、とりあえず情報を流すインフラのみを整えてしまった。…これが今の情報社会なのです。

ですから、今後の情報社会は情報流通インフラの整備よりも、流通させる情報の内容(コンテンツ)の整備に力を入れるべきでしょう。情報をどう流すかではなく、どのような情報を流すか、そこを考えるのが情報社会学を学んだ者としてのこれからの仕事だと思います。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

事前調査を踏まえ、夏休み前からシステムの開発にあたったのですが、結局検索のみの未完成なシステムになってしまった。文系人間ですから、やはりプログラムを書いてゼロからシステムを作り上げるのは相当な苦労があります。特にこれから卒論にかかろうとする3年生・4年生の方は就職活動で忙しいでしょうが、できる限り早目に卒論に取り組むことをお勧めします。

 あとは、とにかくやってみる、行動に移してみることです。システムを開発するなら、できるかどうか迷っているよりも、まず画面に向かってみる。社会調査をやるなら、アンケートを取るなり、聞き取り調査を行うなり、まず行動を起こしてみることです。後手後手に回ると、結局提出間際になって寝れない日々を過ごすことになります。事前に自分の体を動かして得たデータや知識は、最後になって必ずどこかで活きてきます。

 最後に、卒論を書いていると、大体こんな風に書いてこういう結論に落ち着くだろうと、最初の頃思っていたのとは違う方向に論文の流れが進んで行くことがあると思います。壁にぶつかり、論拠の修正を余儀なくされることも多々あることでしょう。正直、「本当にこんな調子で卒論が完成するのだろうか」と不安になります。ですが、それが当たり前なのです。卒論も大きな一つの勉強なんですから、書いているうちに新たな発見や結論に至るのは当然のことです。むしろ、何も新たな問題点や修正点が見つからない方が問題です。最初に思った通りに何の障害もなく書けてしまうなら、その論文が、3年生の時点の知識や発想でも簡単に結論に至ってしまうレベルのものでしかありませんから。

 卒論は4年間学習してきたことの総まとめですから、大変なのは当たり前です。へこたれずにがんばって良い論文を書いてくださいね。

八重樫先生の指導でどういうことが役に立ちましたか?

情報の流通と規格化に関する部分は、日々、ゼミ室で先生とお話をするにあたり、自然に身についてきた考えだと思います。これは先生のお話の受け売りなんですが、情報の流通というものは、水道に例えるとよくわかるんですね。水が情報にあたり、水道管はその水(情報)を流すインフラ、つまり、インターネット等のコンピュータネットワークにあたります。

 ところが、今それを流れる水(=情報)の量が増え、水質(=情報の質)の管理が追いつかなくなってきています。情報技術の発展は太い水道管や高性能なポンプを開発することばかりに主眼が置かれ、肝心のどんな質の水を流すかはほとんど考慮されていないのが現状です。言葉が悪いかもしれませんが、今の状態ではやがて汚水しか流れなくなってしまいます。

 データベースは情報を貯めておくタンクなわけですが、汚水ばかり貯めていても意味がありません。ちゃんとした使える水(質の良い情報)を流すには、その水質の管理が重要なわけです。水質を管理する役割を担っているのが水道局であり、情報に関する各種の規格やルールであるわけです。

自分はただ、その水道局をどう作るかを考えたのみであって、実は、この論文の最も本質的な部分であり、また大前提でも結論でもある部分は八重樫先生の影響を大きく受けています。そういう観点で見ると、八重樫先生から多くのことを学ばせていただいたと思っています。

 あと、自分から問題解決のために行動を起こすという姿勢も、日々の研究室での指導で身についたように思います。先生は、いちいち細かく指導はしてくれません。ある程度のアドバイスというか行動指標を示していただくのみで、あとは全て自分でやるべきことを見つけて動くしかありません。サーバやプログラミング等の知識も全て自学自習で身につけました。これは、大学生、そして、研究者としては当たり前の姿なんでしょうが、最初はやはり戸惑いました。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

うーん、いやはやなんとも(笑)。主査の先生からは、そこそこの評価は頂きましたが、論文の構成や表現面で問題があるとの指摘を受けました。

 副査は情報科学科の先生だったので、もっと厳しかったです。理系の先生ですのでプログラム等でも誤魔化しが効かないので、良くわからなくて逃げた部分とかは、ものの見事にツッ込みが入りましたね。最後の最後までビシッと指導していただきました。主査の先生にフォローしてもらいながらまぁ、なんとか単位を認めてもらったって感じでしょうか。

大学院に進学後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

前にも言いましたが、この論文で開発したシステムは未完成です。今後もこのシステムの開発を続けることになりそうです。その過程で、情報流通のための規格やルールを作るために、できることなら社会に対して何らかのアクションを起こしてみたいですね。日本はこういった規格の整備が、欧米と比較して遅れを取っています。機会があれば、海外に調査にも行ってみるのもいいんじゃないかなー、とか思っていたりします。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

何でも自分から求めて行こうという姿勢です。自分からやりたいことを考え、問題点を把握し、それについて自ら知識を得たりしながら解決をみる。…大学教育は高校までの教育と違って、上からああしろこうしろとは言われません。つまり、完全に自由なのです。だからこそ、自分から積極的に求めて行くようにしなければ、何も降ってはきません。

 4年間というフリーで貴重な時間を、何にどう使うのか? じっとしていれば、じっとしたまま4年間は過ぎていきます。現在在学中の皆さん、そして、これから大学生になろうとする皆さん、そのことを肝に銘じて、有意義な学生生活を送ってください。

 最後に、情報と社会の関係について自分なりの見識や考えを持てるようになって、こういった場であれこれ喋れるようになったのも収穫の一つかもしれませんね。

指導教員講評
指導教員:八重樫純樹
文系、理系どちらでもこなせるセンスと能力を有しておりました。
XMLについては先輩が調査研究を行なっており、3年時点から実開発研究として取り組む姿勢でおりました。社会学科で開発研究は大変なのですが、情報科学科の授業や勉強会に積極的に参加しており、この1年間で目安がつく程度まではやれると思っていました。

 アラっぽい指導ではありましたが、自分で積極的に色々調べ、勉強して問題解決を行なっており、当初の予想通りの成果を出してくれました。

 卒研で大事なことは、新たな知識獲得は基本ですが、問題発見、解決の方法を身につけることです。これを率先してしっかりやってくれました。大学院では社会先端の実状況に触れながらさらに視野を広げて欲しい。またアルゴリズムやプログラミング等の情報科学の基礎をもう少ししっかり身につけて欲しいと思います。

取材・編集:N(2003/03/12)

【私の卒業研究】S・Fさん「地方自治体の合併における文書管理の問題について -静岡市と清水市の合併から-」

    (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

まず、現在進められている地方自治体の合併について考えました。
過去に行われた全国的な合併と現在の合併を比較すると、現在の合併の特徴が判ります。また、合併をスムーズに行わせるための合併特例法から政府の意図を読むことができます。

次に、行政にとって文書管理がどれだけ重要であるのかについて考えました。行政はそれぞれ文書管理のやり方が違います。しかし合併する自治体はやり方を統一しなければなりません。

なので次に3つの市が合併したさいたま市はどのような文書管理のやり方にしたのか、そしてそれを元に、平成15年4月1日に合併して誕生する静岡市の文書管理のやり方を提案しました。

「文書管理」という問題に取り組んだ理由を教えてください。

最初は合併でもなく、文書管理でもないテーマにするつもりでした。しかし私の地元の清水市と静岡市が合併するニュースを頻繁に見ていくうちに、清水市と静岡市の合併に対してとても心配になりました。市民の声を聞こうとする姿勢が両市に感じられなかったこと、そして新市名で大変揉めたことが大きかったです。

そんな静岡市と清水市の合併に対する不信から、「合併をもっと間近で見ていたい、監視したい」「市が合併する、こんな機会は滅多に無い、チャンスだ」という気持ちが生まれ、卒業論文でこの合併を材料としよう、と思いました。そしてただ”合併”だけだと論文がボヤけてしまうため、何かに焦点を絞ろうと思いました。

そこで、3年のときに受講した「アーカイヴズ管理論」で浜松市役所の文書庫を見学したときに、ホコリを被った古い資料と、浜松市が過去に吸収した町や村の資料が整理されず放って置かれていた状況を思い出し、とても心配になりました。そこから、文書管理に焦点を絞ったのです。

これまでの関連する研究と比較して、鈴木さんのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

私の論文の長所は3つあると思います。

まず、研究の背景的存在であるこれまでの全国的な合併の歴史と合併特例法、そして行政における文書管理の重要性をうまくまとめることができたと思います。
もう1つの長所は、訪問調査を行ったことです。静岡市と清水市、そしてさいたま市に調査を行い、それぞれの市から詳しい文書管理のやり方を教えてもらいました。
最後に、国際資料研究所の小川千代子先生に論文を指南していただいたことが大きいです。小川先生は「アーカイヴズ管理論」の教官であり、文書管理のエキスパートです。大変感謝しております。

反省点は、論文を進めるペースが遅かった、という点です。論文を進めていくうちに、各市に質問したいことや見たいことが出て来ました。しかし、もう1度訪問調査を行う時間がありませんでした。もう1度調査へ行けたら、もっと深い論文にすることができたと思います。

この論文を書くに当たり、さいたま市や神奈川県立公文書館などに調査に行っていますが、調査の過程で苦労したことはなんですか? あるいは、印象に残ったことはなんですか?

調査の過程で苦労したことは、下調べが十分でなかったことです。
資料を読んで勉強してきたつもりでも、その資料が正しくなかったことが何点かありました。

また、調査後ですが、メモを十分に取っていなかったことに悔やみました。「必要じゃないだろう」と思ってメモを取らなかったことが調査後に必要になることが何度かあり、各市へ問い合わせをしなければなりませんでした。各市の方々にも迷惑をかけてしまったと反省しました。

印象に残ったことは、私の地元である清水市役所の文書庫が大変整理されていたことです。現在清水市中がが全体的に元気が無い点から、正直、あまり清水市の文書管理には期待をしていませんでした。しかしその様子を見たときは、「ああ、頑張ってるんだなぁ」と感激しました。

静岡市と清水市が合併する際の文書管理がこの論文のテーマですが、合併後の管理について、意見はありますか?

合併後の管理は論文の結論で提案をしているので、ここでは「とにかくガツンと改革をしてください!」ということを言いたいです。
私は論文において新しい文書管理のやり方を導入することを提案しています。しかし新しい文書管理が定着するまでに10年はかかると言われています。その間、市の文書管理担当者の仕事がとても大変になるそうです。なので、大変だからやりたくないなぁ~、という気持ちは絶対に捨てて欲しいと思います。

しかし静岡清水両市の文書管理担当の方は文書管理に対して厳しい目を持っていた印象があるので、きっと市民のためになる文書管理のやり方を選択するのではないか、と思います。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

助言は3つあります。
1つ目はさっき言いましたが、訪問調査をするときはどんな些細なことでもメモを取る、ということは重要です。

2つ目は、論文をまとめる勇気を持つことです。私の場合はたくさん資料が集りすぎてまとめるのに苦労しました。「もっと良いまとめ方があるのではないか」「もっと良い資料が出てくるのではないか」という気持ちがあり、なかなかまとめることができませんでした。最終的には、「えいや!」とまとめる勇気が必要だと思います。

3つ目は、体調管理です。私は締め切り1ヶ月前にインフルエンザになり、1週間半、論文を進めることができませんでした。そのため、締めきり直前は2度も徹夜をするハメになりました。論文で夜遅くまで勉強をする日が続くことがありますが、体調管理には十分気をつけてください。

八重樫先生と小川先生の指導でどういうことが役に立ちましたか?

小川先生は文書管理を中心とした論文の方向を、八重樫先生には合併を中心とした論文の方向を教えていただいたと思います。卒業論文は先の見えない、コースが決められていないマラソンのようなものです。長丁場なので時にはコースから外れてしまうことがあります。そのときに、両先生方が元のコースへ戻す、良いアドバイスをいただけたと思います。

また、八重樫先生とは遠州地域の自治体を一緒に廻っていただき、小川先生には神奈川県立公文書館を一緒に訪問していただけました。訪問調査における両先生の質問の鋭さに驚くことが何度かあり、大変勉強になったと思います。また、訪問おける礼儀も教えていただきました。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

論文に関しては良い評価をいただけたと思います。
しかし、プレゼンテーションではなかなか良い評価を得ることが難しかったです。プレゼンテーションも含めて卒業論文なんだなぁ、と痛感しました。

卒業後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

私はこれから地元の清水で生活をし、就職先も清水にあります。なので、新静岡市の行政サービスを平成15年4月から受けることになります。そこで、これまで”のほほん”と受けていた市民サービスに対し、厳しい目を持つことができると思います。厳しい目を持った市民が増えればその分、行政のサービスが向上するのではないか、と考えています。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

情報社会学科で学んだことは、情報の得方、情報の整理の仕方です。情報がはん濫している現在です。全ての情報を得ることはできません。また、ウソの情報かもしれない、必要ではない情報かもしれない、そういったときの判断力を得ることができたのではないか、とい思います。

また、それらの情報をどのように生かしていくか、という情報の整理の仕方も得ることができたと思います。情報社会学科ではさまざまな分野の先生がいらっしゃいますから。

指導教員講評
指導教員:八重樫純樹
鈴木さんの素養は完璧に文系でした。3年当初は考古学データベースに興味があり、伊場遺跡資料館に御世話になったのですが、卒研はこのテーマを選択しました。

私は現在、文科省科学研究費補助金で国内外の図書館、文書館、博物館資料のアーカイブ関係プロジェクト研究を遂行しております(小川千代子先生もプロジェクト分担研究者)。理論解析は核ですが、これからの研究は社会実態との整合が必須で、自治体の合併と情報化問題の実態把握が前提です。地域社会系分野の卒研指導は初めてで、三崎君の指導も同様に、私も勉強し人脈作りの努力しました。

 卒研着手は就職活動で少し遅れたのですが、課題に正面から取り組み、訪問調査や資料収集等、彼女の実行力は目を見張るものがありました。実は合併と文書管理の問題は独立したテーマです。彼女の卒論ボリュームは少なくとも二人分と言えます。ただ、収集情報が膨大・広範で最後に全体論理の体系化に苦労してましたが最後にしっかり繋げました。タイムリーであり、小川先生の指導もあって、この5月に記録管理学会で学会発表し、学会誌に投稿予定です。これからも物事に正面から取り組み、悔いの無い人生をめざして頂きたいと思います。

取材・編集:E(2003/03/31)

(本論文は、論文雑誌「記録管理学会誌」(2003年)に投稿)

【私の卒業研究】I・Aさん「Japan through foreigners’ eyes: Hearing life stories through interview」

   (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

「異文化を持った外国人の目で、日本とその文化を見つめ、そこから見えてきたものを考察する」というのがこの論文の主旨です。8人の外国人の方へのインタビュー内容がこの論文の重要な題材であり、土台です。

 前半では、社会学的な手法としての「インタビュー」について、その意義と手法、テクニックなどについて研究し、さらにそれら知識として学んだことを、私が実際のインタビューの中で消化し応用していったかといことを客観的に分析しています。

後半は8人それぞれインタビュー内容の主な流れがわかるように要約して紹介し、そしてこの論文の核として、全てのインタビューの中から特に意義深い3つのトピックに焦点をあて深く考察しています。

卒論には、「This research is a process of discovering myself」と書かれています。この問題に取り組んだ理由を教えてください。

 私自身が個人的に抱えていた問題の原因を追求したかったからです。異文化に触れ、体験するようになってから、私が日本でよく抱えていた葛藤は、日本文化に由来するものがあると気づき、自文化に対する違和感や居心地の悪さを持ち続けていました。そしてある日、留学先のアメリカで、「home」というテーマの論文課題が与えられました。漠然と感じていた「感覚」を、文章という具体的な形で表現するために、初めてこの違和感による内面の葛藤と正面から向き合うという作業をしました。

私はこの論文の中でその違和感の理由を、「一個人としての自我と日本文化において様々な集団の一員としての自我との間に衝突がある」と結論づけています。この気づきは、自分の内面の葛藤と向きあうためのスタートになったに過ぎません。なぜなら、私の葛藤の根本と正面から向き合おうとすればするほど、答えは単純ではなく見つめるべき問題はまだ深いと思わされたからです。そして、この作業の続きを卒業論文で取り組んでみたいと考えました。

卒論はすんなり進んだのですか?

 最終的に今の論文の形になるまでは、随分と試行錯誤を繰り返しました。私の個人の葛藤の理由を突き止めたいという思いをどのような形で論文にできるのだろうかと悩みました。何かヒントになればと様々な文献も読みました。しかし、既に成されている研究では、自分が目指す形にしっくりとあてはまらない。そんな折に、社会学的な手法でもあるインタビューを使うことを、教授に提案されました。私と同じように自我と文化との間で苦しんでいる人がいるかもしれない、その人たちがどのような問題にぶつかり、それとどう向き合っているか聞いてみたい、また日本という異文化で暮らしている外国人の目で、日本やその文化を見てみたいと考えました。

そこで、研究の中心となる題材を彼らが語るインタビューの内容にし、それに対しての私なりの視点や意見、考察を重ねていくことにしました。日本文化とは異なる様々な文化を持った彼らのメンタリテイに入り込み、彼らの目で世界を見るという過程が、私自身の自文化への洞察を明らかにしていくことにも繋がると考えたからです。

この論文を通して、あなたは日本や自分自身を客観的に見つめ直す作業をしたのですが、そこで得た知見を教えてください。
また、「This experience will be a big step toward my future life and help me to understand the world that I am in.」と論文中に述べられています。この論文で得たことが今後のあなたにどう生かせると思いますか?

8人の外国人と対面している間中、実はそれは彼らを通して自分自身と向き合ったプロセスだったように思います。なぜなら、それは自分の感情の変化を追った過程でもあったからです。

初め私は、語り手の話に感嘆を持って共感しました。しかし、そのあとに自分の中に「怒り」の感情が芽生えたのです。彼らの発言に対する怒りです。そしてこの「怒り」は、私が彼らの発言をより高いレベルで理解しようとする試みを阻む要因になったのです。なぜなら私は日本文化-それはある意味において「自分自身」と置き換えることが可能なもの-を外部の攻撃から守ろうとしたからです。
これは一種の人間の本能的なデイフェンスメカニズムなのだと思います。しかし、この通過儀礼とでもいうような初期の心理的葛藤を超えることができたとき、私は自分の属する文化から自由になり客観的に日本や自分自身を見つめることができたのだと思います。

 自分の属する世界や自分自身を客観的に見つめるということは、決して簡単なことではありません。けれど、必要なことです。離れたところからもう一人の自分を眺める、また相手の立場に立ってみようと試みる、相手の気持ちに思いを寄せる、こうした想像力こそが私たちに必要な力なのだと思います。なぜなら、私たちが生きている社会は白と黒、1と0で成り立ってはいません。もっともっと複雑で多面的です。自分の見ている方向からだけでは本質は見えないのかもしれない。主観的な囚われから自由になり、自分と他の視点とを自由に行き来できるようになったとき、自分を取り囲む社会の全体像が見え始め、また、自分がより自分らしくしっかりと立てる場所を発見することができるのではないかと思っています。

この論文を書くに当たり、8人の外国人にインタビューしています。その過程で苦労したことはなんですか? あるいは、印象に残ったことはなんですか?

インタビューそのものの過程は、とにかく楽しかった。豊富な経歴・経験やユニークな日本との関わりを持つ留学生や外国人の方々の話が聞けることをただただ楽しくてインタビューをしているという感じでした。初対面の人がほとんどでしたが、会話が途切れて困ったりしたことはほとんどありませんでした。

ただ、常に気をつけていたことは、相手の警戒心をなくすことです。彼らが普段考えていることを、普段のままで語ってほしいという思いから、自然体で友達と会話するような雰囲気をつくろうと努めました。そのため、形式だった同じ質問を全員に投げかけるのではなく、自己紹介や来日したきっかけなどの話から始めて、あとは自然に会話が流れるまま質問を広げていきました。意図的に質問を用意しなかったもう一つの理由は、同じ質問に対する答えではなく、彼ら一人一人のオリジナルな物語を聞くことのほうが私にとって意義のある経験だと考えていたからです。

苦労したこといえば、インタビュー後の作業です。インタビューを録音したテープを聞き直し、全ての会話を文字に直していく、いわゆるトランススクリプトを作成する作業です。これはインタビューにとって非常に重要な工程です。1つは、インタビュー内容を文字にして保存することで、時間がたってからでも会話の全内容を掴みやすくできるという意味においてです。

さらにもっと意義深いのは、テープを聞き直す過程で、インタビュー中の自分の進行や質問方法を客観的に分析し、評価・反省できるという点です。そうはいっても、8人分、1人平均1時間半に及ぶインタビューの全スクリプトを作成することは、根気のない私にとってかなり大変な作業でした。

これまでの関連する研究と比較して、あなたのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

独自性が長所だと思います。私のインタビュー中で交わされた会話は、聞き手である私と一人一人の話し手の間にだけ起こり得た、この世に二つと存在しないものです。

例えば、一般的に日本文化の特徴であるといわれている「ウチとソト」に関わることについて複数の人が語ったとしても、語り手一人一人がそれに遭遇した状況、またその捉え方は千差万別です。そういった個々の具体的な事例を題材にして、さらに「私」という個人の経験や普段感じていることも加え、それらを学問的に考察しているという点で、また語り手と私自身の内面の葛藤を描写している点においてもこの世に二つと存在しえない論文になったと思います。

浜松という街は、外国人の比率が高いところです。さまざまな文化を持った人が住む街として、どうあるべきだと思いますか?

シンプルに、お互いがお互いについてもっとよく理解し合うことだと思っています。日本人と外国人との間にどれほど先入観や誤解が多いことか。それは、相手の物差を持っていないがゆえに、お互いに自分の物差に相手を当てはめるからです。

例えば、今回のインタビューを通して、日本人が「すみません」を頻発することに多くの外国人が違和感を抱いているということを知りました。インタビュー後すぐに、どれぐらい自分や他の日本人が「すみません」を使っているか意識的に観察し、その多さに驚きました。日本人は挨拶がわりに「すみません」を使う民族なのです。だから、日本人が海外に行くと「すみません」の代わりに「I am sorry」多用してしまい、それが外国人には奇妙に映るということがあります。「すみません」は「I am sorry」とイコールではないのです。論文中で詳しく述べていますが、「すみません」の頻用には、日本人独特の心理的背景があります。その深い意味を外国人の方が知れば、日本人の「すみません」の多用に対して何か新しい見方を持つかもしれません。

表面上の感覚や行動の違いに否定的な反応するだけではなく、その違いの根本の理由を理解していくことにより、より寛容に相手を受け入れられるようになるのではないでしょうか。それを自分たちから相手に説明していく努力も、日本人・外国人を問わず必要なことです。そのためにはまず自分や自文化をよく知ること、そして相手を知ろうとする好奇心と想像力を持つことです。お互いが興味をもって向き合った時に、両者の隙間は埋まっていく気がします。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

自分の興味のあることに素直に向き合ってみて下さい。

「どういう場合に、どういう事についてどんな感じを受けたか、それをよく考えてみるのだ。そうすると、ある時、ある場所で、君がある感動を受けたというくり返すことのできない、ただ一度の経験のなかに、その時だけにとどまらない意味のあることが分かってくる。それが、本当の君の思想というものだ。」

これは、吉野源三郎著、『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)からの引用です。目先の損得や怠惰な気持ちからではなく、自分が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったことをごまかさずに、その意味を考えてみてほしいのです。

幸いにも、情報社会学科の卒業研究はテーマ選択の自由度が高く、それができるまたとないチャンスです。さらに、多種多様な分野においてそれぞれの専門に精通した教授陣がいます。彼らを通して様々な世界を覗くことができる、こんな贅沢な環境に身を置くことは人生の中でもそうないと思います。与えられた時間と環境、生きた知的データベースをフル活用して、自分の思想を発見し、私的好奇心を満たす研究をしてほしいと思います。

 

指導教員講評 Comment on this thesis
指導教員:M.J. Guest
One reason why Ms. A. I.’s work is so good, I believe, is that the topic she chose was something that she is personally so involved in and enthusiastic about: her own experience of forming an identity in the context of two different cultures. She adopted a research method known as “qualitative interviewing,” the techniques related to which she researched and executed artfully. This is a flexible and systematic approach that enables a researcher to obtain and interpret deep subjective responses from a group of interview subjects. Qualitative research of this kind requires communicative skill, intelligence and sensitivity, all of which she demonstrated eminently. Her observations on her own part in the interview process and its contribution to her own personal development were also most satisfying for their maturity and concurrence with contemporary qualitative theory. I should add that her English writing ability, which was already at a good level, improved noticeably during her year and a half’s graduation research work in my laboratory, and her thesis is substantial (about 50 pages) and well written. In my laboratory I try to promote the abilities of students to work and think independently and intellectually, and I am happy to see these qualities reflected in Ms. A.I.’s work.

取材・編集:Y(2003/03/23)

【私の卒業研究】K・Yさん 「在宅介護の実情とそれにともなう介護サービスについての研究-家族の負担を軽減させる介護を目指して-」

     (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

「在宅介護の実態とそれにともなう介護サービスについての研究-介護者の負担を軽減させる介護を目指して-」というタイトルで、介護問題について論じました。実際に介護を担っている介護者へのインタビュー調査を行って、そこから明らかになった介護の実情をまとめました。

また、介護問題が家族だけでは解決できなくなった原因を社会の変化をたどって探ったり、「介護の社会化」を目指して2000年4月に開始された介護保険制度の問題点を考えました。

情報社会学科の卒論であることを意識して、インタビュー調査、データの収集、解析に力を入れました。

「介護」の問題に取り組んだ理由を教えてください。

 私が介護問題を卒業論文として取り上げたのは、祖父を家族で介護した経験がきっかけでした。祖父は病気で倒れてから、安静に送らなければならない療養生活の中で、痴呆症を発症しました。

痴呆症が進行するにつれ、昼夜問わず徘徊するようになり、暴れることもしばしばでした。家族のことが徐々に分からなくなり、突飛な行動を繰り返すようになりました。

 その当時、祖父が介護サービスを利用したくても、また体調を崩しても、「痴呆症で徘徊するから」、「暴れるから」いう理由で断られ、祖父を受け入れてくれる病院や施設がなかなか見つかりませんでした。

やっと入院できた病院でも、抵抗し暴れるのと、ベッドから転落するのを抑えるために、祖父は両手をベッドにひもで縛り付けられ、精神安定剤を投薬されてしまいました。

入院後のお祖父さんは?

 その入院以降、祖父は口から食べ物が摂れなくなって、排泄もトイレまで介抱してもらえず、おむつが手放せない状態になってしまいました。祖父は徐々に寝たきり状態になり、話し掛けてもまばたき一つするでもなく、まったく反応しなくなってしまいました。

その時の祖父の姿は,まさに「生ける屍」としか言いようがなく、当時高校生だった私にとって、それはショッキングな出来事でした。

その後もずっと入院していたのですか?

 病院からは半ば強制的に退院させられ、祖父は複数の病院をたらい回しのごとく、転院せざるを得ませんでした。とうとう祖父を受け入れてくれる病院がなくなった時、私たち家族には、行くあてがなくなった祖父を、在宅介護するしか選択肢が残されていませんでした。

在宅介護では、食事代わりの栄養食の点滴(鼻から通したチューブから直接食道に流し込む)と、おむつ交換が欠かせず、寝返りがうてない祖父の床ずれを防ぐために、数時間おきの体位変換もしなければなりませんでした。主に日中家にいる祖母と母がほとんどの介護を担っており、その負担は大変なものでした。

 当時はまだ介護保険も実施されておらず、家族全員で支えあって介護をしていました。祖父は誤って栄養食が肺に入ってしまったことが原因で亡くなりました。病気で倒れてから約5年間の介護生活でした。祖父を最期まで家族で看取ってあげられたこと、家族で協力して介護したことは、今でも誇りに思っています。

しかし、痴呆症にさえなっていなかったなら、寝たきりにさえなっていなかったなら、もっと祖父は長生きできたのではないか、と悔やんでも悔やみきれません。祖父を「生ける屍」にしてしまった病院の介護ケアにも、他に方法はなかったのかと、やるせなさが残っていました。苦しみながら亡くなった祖父の最期が、今も目に焼き付いて離れません。なぜ、祖父は健康的で伸びやかな老後を送ることが出来なかったのかという疑問が、この論文を書くきっかけになりました。

これまでの関連する研究と比較して、K・Yさんのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

介護保険制度が開始されたことがきっかけとなって、介護問題はマスコミなどでも盛んに取り上げられ、さまざまな研究もされています。

例えば、各市町村の行政としての介護問題に対する取り組みや、施設における介護問題を取り上げた研究、介護に関するアンケートや統計の分析などです。これらの研究は社会全体としての介護問題を分析したものが比較的多く、過酷な介護の実情はなかなか見えてきませんでした。

 私は実際に介護を担う介護者へのインタビュー調査とその分析を軸に、介護者の立場からの問題を取り上げました。とかく孤独になりがちな介護者の苦労や、劣悪な環境に置かれた要介護者の現状など、介護現場からの声を論文に反映させました。

今までの研究では取りあげられなかった問題も、インタビュー調査から初めて気づいた事も多く、介護者の視点から介護問題を考えることができたと思います。

 逆に難しかったことは、テーマが絞りきれなかったことでした。私がこの論文で取り上げた介護者の立場だけではなく、行政の介護保険制度の担当者やケアマネージャー、ホームヘルパー、かかりつけ医など、介護をとりまくさまざまな立場において数々の問題が発生していました。私がインタビューした個々の介護ケースごとも、そうした問題が複雑にからまりあっていました。

それらを解決する有効な具体策をあまり挙げられなかったことが、一番の反省点だと思っています。

調査の過程で学んだことはありますか?

今回のインタビュー調査では、『話を聞いてくれて、どうもありがとう』と、インタビューした介護者から、逆に感謝されたことがとても印象深かったです。介護の辛さや大変さを聞いてもらうだけでも、孤独になりがちな介護者にとっては、わずかながらも気が休まったようです。身近に介護が必要な人がいるならば、どんなささいなことでもかまわないから、力になってあげること、それこそ話を聞いてあげるだけでも、要介護者や介護者の支えになるのではないでしょうか。

論文執筆に際し、苦労したことはなんですか?

多くの文献を読んだりやインタビュー調査を通じて、数多くの悲惨な介護の実情に接するなかで、論を進めるどころか、行き詰まってしまったことが何度もありました。

 ある85歳の女性は脳梗塞から右半身不随になり、老人病院に入院しています。女性がおむつを換えてほしいときなどに、ナースコールでスタッフを呼びます。頻繁に呼ぶことがあると、その病院の介護スタッフは『何度も呼ばないで』と怒り、ナースコールで呼んでも無視することがよくあるそうです。

ひどいときには、ナースコールを体の不自由な女性の手の届かない電気スタンドの上部にくくりつけて、わざと呼べないようにしたことがありました。女性の家族が、状態が急変したときなど、本当に必要なときにナースコールが使えないではないかと猛抗議して、やめてもらったそうです。

 なぜ、これほどまでに酷い実情なのだろうと、胸が痛くなり、時には怒りすら覚えたこともありました。かといって、感情的に論を進めるわけにはいかず、そのジレンマで苦しみました。今回の論文だけでは、過酷な介護の悲惨さはなかなか伝わらないのかもしれません。

それでも現実を厳しく見据え、分析したこの論文を通じて,わずかながらも介護の実情を伝えられたのではないかと思っています。

この論文の執筆を通して、今後の社会の進むべき道をどう考えましたか?

私の家族がそうだったように、介護による過剰な負担に苦しんでいる介護者たちは、今もなお多く存在していることを痛感しました。
インタビュー調査では介護保険制度の利用状況も含んでましたが、介護者家族の負担を軽減させる「介護の社会化」を実現するには程遠く、むしろ介護者の負担を重くする問題点が数多くあることもわかりました。

 その一方で、家族だけではなく、身近にいる人たちや、ケアマネージャー、かかりつけの医師や介護スタッフの存在が、介護者の大きな力、そして支えとなっていることがわかりました。

介護者が介護をがんばりすぎてしまっては、要介護者ともども倒れてしまいます。なぜなら、介護はいつ終わるか分からない、先の見えない長期戦だからです。

これからの介護は、介護者ひとりで抱え込むのではなく、家族や身近にいる人、そして介護にかかわる人たちに相談し、ときには頼ることも大切なのではないでしょうか。介護が必要な高齢者であっても、人生の最後の何年間を楽しく過ごすことできるならば、本人も家族にとっても幸せにつながります。家族の絆と、周囲をとりまく人々の支えと助けが、それを実現する力となるのではないでしょうか。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

いざ卒論を書こうと思っても、どこから書き始めたら良いのかわかりません。ゼミの先輩にも言われたことだったのですが、参考文献はとにかく早めに、たくさん読んだほうがいいと思います。私の場合だと、「介護」をテーマとした文献は膨大で、自分の卒論で使えそうな文献を探すだけでもひと苦労でした。

 卒論を書いているときは、まったく書けなくなってしまうか、書きたいことがありすぎてまとめきれないか、いずれかのパターンに陥ると思います。また、論調が脱線しそうになってしまうこともあると思います。そんなときは指導教員の先生に相談したり、ゼミの友達に読んでもらうなどして、助言を求めるのが一番良いと思います。幸い、私のゼミでは比較的みんな研究室にこもって卒論を書いていましたので、いつでも話を聞いてもらえたことや、お互い励まし合えたことがとても良かったと思っています。

私の場合は、インタビュー調査を行なった介護者の方々の話も貴重なアドバイスになりました。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

介護者の方にじっくりとインタビュー調査を行なったことや、そこから問題点を論じた点は先生方に大変評価していただきました。

ただ、先ほども述べたのですが、私の論文では問題を解決するうえでの具体策が欠けていたことを指摘されました。またインタビュー調査は文章だけではなく、図表を使ってまとめたほうが分かりやすかったのではないかとのお話もありました。まだまだ詰めが甘かったなと反省してます。

卒業後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

私たちの世代だと、介護問題があまりピンとこないかもしれませんが、いつかは誰しも直面する問題だと思います。将来家族に介護が必要になったとき、自分には何が出来るのか、この研究からヒントを得ることが出来たと思います。特に介護に関する情報の有無が、介護サービスの質の差に影響をもたらしていることがわかりました。もしものときも臨機応変に介護に対応できるように、これからもこの問題に対しては関心を持ちつづけたいと思います。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

教養科目として履修した共通科目でも、情報学部として履修した専門科目でも、幅広い分野で学ぶことができました。所属する研究室を考えるときも、就職活動をするときも、選択肢が広がったため、その時その時の自分の興味関心や希望を十分反映させることができたと思います。

 元々私がこの学科に入学したのは、マスコミ関係の仕事に関心があったことが理由でした。入学当初からマスコミに関する授業を履修していたのですが、情報処理に関する科目(プログラミングなど)を履修するうちに、自然とそういった分野への興味がわくようになりました。

就職活動も職種をシステムエンジニアに絞って活動し、内定をいただきました。システムエンジニアを選んだ理由は技術を身につけ、それを仕事として生かせることに魅力を感じたからです。

 もちろん文系の学科ならではの科目も充実していました。所属した笹原先生のゼミでは社会学を学びましたが、身近な日常生活から切り離せない疑問を、学問としてじっくり学べたことは、自分にとってプラスになりました。

フィールドワークとして、保健福祉施策が充実していることで全国的にも有名な、岩手県の沢内村で農村地区のインタビュー調査を行なったことなど、ゼミではまさに地に足をつけた研究ができたと思っています。

 講義外の活動も充実していました。夏休みには懇意にしていただいている先生と一緒に、奈良県の明日香村でサイクリングをしました。数々の遺跡や古墳を周り、歴史ロマンをめいっぱい満喫したことは、学生生活での一番の思い出になっています。

 もし、一部の分野のみ専攻した学科に進学していたら、これほどまで充実した学生生活は送れなかったのかもしれません。それに、私が高校の時に思い描いていた進路とは全く違った進路になったことも、この学科で学んだゆえに選択肢が広がったからだと思います。自分自身の自由な選択によって「広く深く」学ぶことができ、可能性を伸ばすことができるのが、情報社会学科の良さなのではないでしょうか。

 

指導教員講評
指導教員 笹原 恵
KYさんの卒業論文がすぐれている点は、単なる制度の分析にとどまらず、介護保険を使っている人々、特に介護者(直接介護を担っている人)へのインタビュー調査を通して、介護保険制度の検証を試みた点です。

論文を書くためには様々な情報収集の方法がありますが、彼女が用いたのは「社会調査」という手法です。社会調査は、文献や新聞資料などでは得ることができない、人々の生活実態や意識・考えなどについてのデータを収集する手法で、KYさんは、ホームヘルパーやデイケアなど実際のサービスを利用している人たちに、介護保険に関する情報を十分に得ているのか、また現在利用しているサービスは十分なのか、何がたりないのか、どのような点で苦労しているのかなどについての丁寧なインタビューを行いました。実際に調査に協力してくれたのは20軒以上回ったうちの4家族と、調査ではだいぶ苦労しましたが、祖父の介護を経験した彼女ならではの、「共感性」にあふれた調査だったと思います。

そこで見えてきたものは、情報を得ようとして役所に行ったものの、窓口で「追い払われ」とりあってもらえなかった家族の姿や病院での酷い対応、また自分の仕事の範囲を超えていても丁寧に相談にのっている医師やケアマネージャーの姿など、制度面からは決して見ることのできない人々の姿でした。

 卒論の結論部分では、時間的に余裕がなかったこともあり、「家族の負担を軽減させる介護」についての提案という政策的視点を全面に打ち出すことができなかったことが残念でしたが、彼女が調査を通して得た上記の所見はいずれも重要なもので、このような問題状況を描き出したこと自体、高く評価できると思います。指導教員としても何かの形でそれを紹介していきたいと思っています。
調査をするという経験は、彼女自身にとっても貴重な社会経験になったのではないかと思います。この経験を活かして、KYさんらしい生き方をしてほしいと思います。

取材・編集:D(2003/03/8)