(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)
卒論の内容を紹介してください。
この卒業論文は、沖縄という地域に着目し、情報やメディアの力がどのように沖縄という地域を動かしてきたかを検証・分析しています。
沖縄という地域は、近現代、世界でも、独特の歴史を歩んでいます。琉球王国から大日本帝国への併合に始まり、世界大戦では史上最悪といわれた沖縄戦という地上戦を経験し、戦後は米国統治時代を経て、ようやく日本への復帰を果たしました。

このように、統治者が短期間で次々と代わることで、沖縄の人々は“沖縄学”や“沖縄人”という文化やアイデンティティーを形成してきています。
ではその過程の中で、メディア、特に沖縄地方紙はどのような役割を果たしてきたのだろうかという疑問から、この論文はスタートしています。よって、この役割や沖縄地方メディアの特徴などをより正確に捉えるため、それらが顕著に現れるであろう“沖縄戦”に焦点を絞り、1997年から2004年までの8年分の沖縄地方紙『沖縄タイムス』と中央紙『朝日新聞』の“沖縄戦”に関する新聞記事を読み込むという研究方法をとりました。

8年分の新聞記事を検証していくことで、多くの特徴や沖縄戦報道の実相を捉えることができました。一番特徴的であったのは、地方メディアによる“沖縄人”としてのアイデンティティーの育成です。『沖縄タイムス』は“沖縄人はこうあるべきだ”という発言を、具体的であれ抽象的であれ、し続けていました。これは他の地方新聞には見られない特徴です。
他にも“抵抗のジャーナリズム”や“キャンペーンジャーナリズム”といった特徴が見られました。そして“沖縄戦”という歴史的事件が現代の諸問題を語る際にも大きく語られているのがよく分かりました。沖縄にとって“沖縄戦”とは、歴史的事象という意味以上に、“沖縄人”というアイデンティティーの根底にある、絶対的な存在であったのです。
このテーマを選んだのはどうしてですか?
3年次のゼミから、沖縄に関する書物を読んできたのが大きな要因です。ここで沖縄という地域の奥深さを知り、卒業論文時に、それらをより深く知っていきたいと考えるようになりました。
また、この論文では、地方メディアが特定地域のアイデンティティーの形成を助けていることについても指摘していますが、これもゼミ内で『<日本人>の境界』(小熊英二著)という本に出会ったことがきっかけです。
果たして我々はどのようにして、アイデンティティーの形成をしてきたのだろうかという歴史や現状に強い興味を抱くきっかけとなりました。
多くの本を読み、そして様々なことについて“知る”ということに加え、“考える”という機会を多く与えられる荒川研究室に所属できたからこそ、このテーマを選べたのだと思います。
この論文を書いて得られた知見はなんですか?
まずは、“情報”や“メディア”の影響力の強さです。これは、論文を書く前にももちろん知っていたことではあるのですが、実際に論文を書くことで体感できたように思います。沖縄という小さな地域の持つ、底知れないパワーというものは、沖縄地方紙のもつ“抵抗のジャーナリズム”などの特徴に支えられているのではないかとも感じました。

また、“沖縄戦”という歴史的事件をただ報じるのではなく、それが現代の問題解決に生きることもあったという点から、“沖縄戦”という存在の大きさを知りました。沖縄地方紙においては、“戦争を繰り返してはいけない”という趣向以外でも、“沖縄戦”を報じることがあるのです。
そして“沖縄戦”は、現代の“沖縄人”というアイデンティティーすらも支えているのです。例えば本土生まれ本土育ちの人間が、“自分は●●県人だ”もしくは“自分は日本人だ”ということをそれほど強く意識するだろうか、その意識の裏に第二次世界大戦があるだろうかという比較を持ち出せば、沖縄メディアの訴えるものが如何に特徴的かが分かります。
これは史上最悪と呼ばれる“沖縄戦”を経験しただけでは生まれなかった意識ではないでしょうか。やはりその背景には、それらを強く訴え続ける沖縄地方紙があるのだと思います。
現代社会に潜む意識を、“沖縄戦”という歴史と沖縄地方紙が形成してきたということも、今回得られた知見です。
荒川先生の指導は、この論文でどのように生かされましたか?
さきほどお話ししたとおり、3年次からの荒川先生の指導があったからこそ、この論文テーマに出会えました。これはとても幸せなことだと思います。
調査方法の模索に始まり、研究途中にも、どのような点に注目して研究を進めればよいか等の指導もしていただきました。記事の検証でいっぱいいっぱいになってしまうため、それらを如何に分析していくかという多くの新たな視点の発見に、生かせていると思います。
他の沖縄研究と比較して、Kさんの論文の長所は何ですか?
何よりも、8年間を通して、沖縄地方紙『沖縄タイムス』の“沖縄戦”に関する記事全てを研究対象としている点です。更に中央紙『朝日新聞』の同じ条件の記事を研究対象とし、比較して“沖縄戦報道”の実情を捉えようとしている論文は、他にないと思います。またそこからアイデンティティーの形成などへ視点を移しているのも、この論文の特徴です。
卒業研究作成に当たって、もっとも苦労したことは何ですか?
やはり8年分の記事の検証です。半年以上かけて検証してきました。記事データ自体はWeb上で公開されているため、手に入れるのは容易でしたが、何しろデータ量もかなり多く、また記事の雰囲気も重いものが多かったため、非常に多くの時間をとってしまいました。しかし今振り返ってみれば、その積み重ねがこの論文の命になっていると思います。

卒業研究を進めるに当たって、後輩に何かアドバイスはありますか?
まずは興味のある分野を見つけることだと思います。私自身、1・2年次にはこの論文のテーマとなっている分野にはほとんど興味がありませんでしたが、ゼミなどを通して、この分野のおもしろさに惹きつけられるようになりました。極力多くの分野に目をむけ、まずは自分の知的好奇心をくすぐるものに出会えるよう努力すべきだと思います。
興味のある分野であれば、研究自体も、大変ではあるかもしれませんが、根気強くやっていけると思います。
主査・副査の先生からどういう指導・講評をうけましたか?
一地方新聞が“沖縄人”というアイデンティティーの形成に役立っているという主張についてが主でした。自分が論文内で力を入れたこの主張に触れてもらったのが嬉しかったです。
沖縄問題という重い問題にじっくり取り組み、一つ一つの記事を丁寧に読み込み、問題点をあぶりだしていることに成功しています。論文を読んで、その点に敬服しました。Kさんはこのような執筆態度はどのようにして身につけたのですか?
これは、荒川先生からの指導、という一言に尽きると思います。私は元々熱しやすく冷めやすいタイプですので、このように膨大な情報を整理し、まとめ、執筆するという作業には向かない人間だと思います。

しかし、掘り下げれば掘り下げるほど多くの問題があふれ出すこの沖縄問題という分野を選んだことに加え、荒川先生にこの沖縄に存在する様々な問題を如何に検証していくかという多くの道を提示していただいた結果、この論文のように、じっくりと一つのことに取り組むことが出来ました。
興味が尽きることなく、最後まで好奇心をかき立てられながら執筆できたのは、本当に幸せです。
情報社会学科で過ごした4年間に学んだことは何ですか?
情報の持つ力の強さです。情報は、たとえばどのような媒体であれ、それが真実の情報であっても虚偽の情報であっても、驚くほどの影響力をみせます。そんなことは分かっていると感じる人もいるかもしれませんが、どのようなことであっても、“何となく分かっている”と“自分自身で検証した上で分かっている”では大きな違いが有ります。実際に4年かけて情報の力を学べたことは、代えがたい私の財産となりました。
指導教員講評
指導教員:荒川章二
Kさんの卒業論文『沖縄戦報道の現在』は、(1)沖縄戦という歴史的体験が沖縄の人々のアイデンティティー形成にどのような意味を持っているのか、(2)そのような意識化の過程で地域ジャーナリズムがどのような役割を果たしているのか、という二つの、いずれもかなり検証が難しい課題にチャレンジし、それを卒業論文としては相当の高水準で解明しました。
私のゼミでは、3年次から沖縄関係マスコミ史の様々な文献を読み、また、演習の最初では(10分程度)、参加者全員が『沖縄タイムス』や『琉球新報』など沖縄関係の新聞から「今週の記事」をなんでも一つ拾い出し、紹介する形式の授業を行い、沖縄の新聞・あるいは沖縄での日常的出来事に親しむようにしてきました。このような2年間の沖縄関係文献講読の授業とKさんのたぐいまれな集中力・分析力とがうまく絡み合い、いい成果が出せたと思います。

しかしそれにしても、Kさん自身が繰り返し強調しているように、8年間にわたる沖縄タイムスの沖縄戦関係記事をよくここまで読み込みました。沖縄戦という言葉を何らかの形で含めた記事は、実は毎年700~900件にも上ります。8年間では5000件を越える膨大な分量の記事になるわけです。Kさんは、この膨大な記事をきっちり読む込み、整理し、その変化や特徴を明らかにしています。
卒研指導の途中、私はKさんに対し、この記事の意味は、また、この記事をなぜこう分析するのかというような質問を何度も投げかけましたが、そのほとんどに対し、内容をふまえた的確な回答が帰ってきました。Kさんが、記事をきっちり読み込んだことが確認できます。だからこそ、これだけの水準に持っていけたのでしょう。
Kさんは、最後に「情報の力」について語っています。それは、情報学部での4年間の経験全体を通じて実感したものでしょうが、この卒業研究では、一度に出されれば途方にくれる程の、しかもバラバラで膨大な情報に筋道を付け、意味づけるという、《情報に価値を吹き込む》作業をしました。この作業がKさんの人生にとって「無形の力」になっていくことを期待しています。
取材・編集:H(2006.3)