この卒業研究の内容を紹介してください。
卒業研究では、静岡県浜松市天竜区水窪町に伝わる民俗芸能である西浦の田楽に関する資料を対象に、生成AIを用いた資料内情報検索の方法について研究しました。
西浦田楽は国の重要無形民俗文化財に指定されている伝統芸能で、研究室ではインタビュー記録や学習会の記録、映像資料、文献など、さまざまな資料を多数収集しています。ただ、これらの資料は量がとても多く、必要な情報を探すには一つ一つ確認する必要があり、効率よく情報を見つけることが難しいという課題があります。

そこで、生成AIを用いて資料の中から必要な情報を検索する方法に注目しました。特に、生成AIが資料内の情報を正しく抽出できるようにするための「プロンプト」というAIへの指示文を設計し、その効果を検証しました。
実験では、ChatGPTやNotebookLMという生成AIを用いて資料検索を行い、「検索もれ」「誤検索」「ハルシネーション」といった誤りの発生傾向を分析しました。その結果、AIへの指示をより具体的にすることで、検索の正確さや結果の安定性が高まり、誤った情報の生成を減らせる可能性があることが分かりました。
この卒業研究に取り組もうと考えた動機はなんですか。
研究のきっかけは、研究室で扱っている西浦田楽の資料の量の多さでした。研究室には、音声や映像、文献など多くの資料が蓄積されています。しかし、これらのたくさんの資料の中から必要な情報を探す作業は時間がかかり、研究者にとって大きな負担になると感じました。
そこで、こうした作業を支援できる方法として生成AIに注目しました。生成AIは、言葉の表記ゆれや分散した情報の検索などに対応できる可能性があります。一方で、必要な情報を見つけられない「検索もれ」、関係のない情報を抽出してしまう「誤検索」、資料に存在しない情報を生成してしまう「ハルシネーション」といった問題もあります。
そこで、生成AIを資料の検索に活用するためには、AIにどのような指示を与えればこれらの誤りを減らせるのかを検討することが重要だと考え、この研究テーマに取り組みました。
プロンプトの改良は興味深い視点と思います。改良にあたってどのような工夫をしましたか。
プロンプトの改良では、生成AIの「検索もれ」「誤検索」「ハルシネーション」を抑えることを意識して設計しました。
まず予備実験では、資料の中から情報をできるだけ幅広く探すように促す指示や、資料に書かれていない内容を作らないようにする指示をプロンプトに入れました。また、回答の根拠となる部分を引用して示すことや、推測と資料に基づく内容をはっきり区別することなども指示するようにしました。

その結果、プロンプトのあいまいさを減らすことで、検索の精度が上がる可能性が確認されました。そこで本実験では、判断の基準や検索する範囲、言葉の一致の基準などをさらに具体的にしたプロンプトを作成しました。その結果、検索の精度や回答の安定性が向上することが確認できました。
主査・副査の先生からどういう指導・講評をうけましたか。
主査の杉山岳弘先生からは、資料の数を増やした場合に生成AIの検索結果がどのように変わるのかを確認することや、実際にシステムを使うことが想定される研究者に話を聞くことの必要性について指摘をいただきました。
副査の金明美先生からは、民俗学の研究では、地域の歴史や文化的な背景を理解しながら資料を読み取ることが重要であり、これまでは、その判断の多くが研究者の経験や勘に頼る部分もあったため、解釈に偏りが 生まれる可能性もあったそうです。

そのため、生成AIを活用して資料の情報を幅広く集め、文脈を踏まえて検索できる仕組みを作ることは、研究の過程をより客観的にする可能性があるのではないかという講評をいただきました。また、このような方法が、地域文化の特徴だけでなく、他の地域との共通点を見つけることにも役立つ可能性があるというお話もいただきました。
情報社会学科で過ごした4年間に学んだことは何ですか?
情報社会学科での4年間を通して、情報技術を社会や文化の中でどのように活用できるのかを考える視点を学びました。特にメディア情報学について、技術面と知識面の両方から学ぶことができました。
また、博物館学芸員資格と社会調査士の資格取得を目指しながら、文化資料の扱い方や社会調査の方法についても学びました。さらに、3年生後期からは交換留学制度を利用して1年間ドイツに留学し、ヨーロッパの博物館などの教育施設で文化資料に対するデジタル技術の活用事例について調査しました。
これらの経験を通して、情報技術を単なる技術として捉えるのではなく、社会や文化と結びつけて考え、実際にどのように活用できるのかを考える視点と実践力を身につけることができたと感じています。
この卒業研究に取り組む過程で、あなたの中で変わったことはなんですか。
卒業研究に取り組む中で、根拠に基づいて物事を考える姿勢が以前より強くなったと感じています。研究では、実験結果やデータをもとに結果を確認しながら考察を進める必要があり、自分が考えていたものと異なる結果が出た場合でも、その理由を考えながら検討を重ねる経験をしました。また、生成AIの出力はいつも正しいとは限らないため、その結果をそのまま受け入れるのではなく、資料と照らし合わせながら確認することも大切だと学びました。こうした経験から、結果を客観的に確かめながら研究を進める姿勢の重要性を実感しました。

さらに、研究を進める中で、自分一人で考えるだけでは解決できないことも多いと感じました。先生や先輩、同期の仲間に相談することで新しい視点を得ることができたので、周囲の人と意見を共有しながら研究を進めることは本当に大切なことだと思いました。
ドイツに留学したそうですが、そこでどういうことを得てきましたか。
文化や教育の分野でデジタル技術がどのように活用されているのかに関心を持ち、3年生後期から1年間ドイツに留学しました。
大学ではドイツ語や英語、情報学に関する授業を受け、語学力を高めるとともに情報技術についての知識を学びました。また、実践的な活動として、ヨーロッパの博物館におけるデジタル技術の活用事例を調査しました。留学中には12カ国70館の博物館を訪れ、展示や文化資料の保存・活用にどのようにデジタル技術が使われているのかを実際に見ることができました。

そのうち2つの博物館では、担当者の方にインタビューをする機会もありました。初めて英語でインタビューを行ったためとても緊張しましたが、実際にデジタル技術の導入を進めている方のお話を直接聞くことができ、とても貴重な経験になりました。
この留学を通して、語学力や専門知識だけでなく、自分から行動して学ぶ姿勢の大切さを実感しました。1年間という短い期間ではありましたが、自分にとって大きく成長できた経験だったと感じています。
指導教員講評
指導教員:杉山岳弘
Kさんの卒業研究は、浜松市天竜区水窪町に伝わる国指定の重要無形民俗文化財「西浦の田楽」に関する多様な資料を対象に、生成AIを用いた情報検索の方法を検討した、古い文化と新しい技術を組み合わせた意欲的な研究です。研究室には、長年にわたり、「西浦の田楽」に関するインタビュー音声、学習会の映像記録、行事や本番の映像資料、文献資料など蓄積されてきた資料が多数ありますが、それらは量が多く、必要な情報を探し出すためには時間と労力が必要です。この課題に対して生成AIの活用という新しい視点から取り組み、資料内情報の検索精度を高めるためのプロンプト設計とその評価を行いました。
本研究の特徴は、生成AIの利用を単に試みるだけでなく、検索もれや誤検索だけでなく、「ハルシネーション」といった生成AI特有の問題を明確に考慮し、それらを抑制するための具体的なプロンプトを設計し、実験的に検証した点にあります。また、Kさんは予備実験を通して、事例をひとつひとつ丁寧に分析し、プロンプトの曖昧さが検索精度に与える影響を見つけ、その結果を踏まえて用語に関する指示内容や判断基準をより具体化したプロンプトを設計しました。その結果、検索結果の正確さや回答の安定性が向上することを示し、生成AIを多様な文化資料の調査に活用する際の有効な指針を提示した点で高く評価できます。
研究の過程において、Kさんは、大量のデータと生成AIの出力に対して、資料との照合を根気強く繰り返しながら結果を慎重に検証していました。この姿勢は、こういった検索結果の性能を確かめる上では非常に重要なものであり、Kさんが本研究を通して身につけた大きな成果の一つだと思います。もちろん、すべてをひとりで進めてこられたわけではなく、研究室での議論にも積極的に参加し、周囲の意見を取り入れながら研究を着実に発展させていきました。そこもKさんの得意とするところでもあり、評価できる点でもあります。
Kさんは、明るくて、笑顔の絶えない学生であり、研究室の雰囲気を和やかにしてくれる存在です。研究を進める中で困難に直面する場面もありましたが、そのたびに諦めることなく、先輩や教員に積極的に相談しながら解決策を見出そうとする姿勢が非常に印象的でした。
さらにKさんは、学部在学中に1年間ドイツへ留学し、ヨーロッパ各地の博物館を訪問してデジタル技術の活用事例を調査するなど、研究に関連する経験を自ら積極的に広げてきました。こうした行動力と探究心は、今回の研究テーマにもよく表れていると感じます。
西浦の田楽という地域文化の資料と、生成AIという新しい技術を結びつけたKさんの研究は、地域文化研究と情報技術の融合という点で大きな可能性を示すものでした。Kさんは大学院への進学も予定しており、本研究で培った視点や方法論をさらに発展させていくことを大いに期待しています。
取材・編集:情報社会学科OSスタッフ(2026/03/17)





























(久しぶりに大学内を散策)