【私の卒業研究】WSさん「若者の自分さがしとカフェブーム」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

現在、若者を中心にブームと     なっている「カフェ」に注目し、若者の自己呈示の特性をさぐることを目的に論じました。
具体的な調査方法としては、大衆雑誌を対象とした記事分析を用いました。喫茶店やカフェをあつかった記事を1980年から1990年代前半、1990年代後半から現在という二つの期間で比較分析しました。それによって、二つの世代による若者の自己の位置づけと喫茶店との関係を明らかにするとともに現代の特徴を浮き彫りにしました。


収集した雑誌記事の中心は、「non-no」「MORE」「Hanako」等です。

この卒論を書こうと思った理由は何ですか?

 実際の若者とメディアで示された若者像は本当に合致するのか疑問を抱いたからです。
近年、メディアは、若者の犯罪をよく取り上げています。例えば、今年も、成人式で暴れる若者が多数いました。こういったことがある度に、メディアでは、若者の非常識さをクローズアップしています。このとき、必ず問われるのが、現代の若者は他人の気持ちを考えることができないということです。

 しかし、このようなニュースを聞くたびに、現代の若者の一人として、世間(特にメディア)で語られている若者像と自分の間には何か距離があるような気がしていました。世間では、若者とは、「ひとりよがり」で「他人の気持ちを考えることができない」、「協調性がない」ものだと言われています。けれども、現実には私も含めて多くの若者が仲の良い友人と「語り」合うことで、自己確認をしています。長電話や手紙、メール、放課後のマクドナルドなどで友人と語り合う行為は私たちの自己確立に大きく役立っています。そう考えたときに、「ひとりよがりな若者」像は本当に現実のものだろうかという疑問が生じました。そこで、その疑問に答えることを卒論のテーマにしました。その時、目をつけたのが「カフェ」ブームです。

 現在、おこっている「カフェ」ブームは私にとって非常に興味深いものでした。本屋には「カフェ」を紹介する本がずらっと並び、街には実際の「カフェ」がどんどん増加していく。その現象は、少々異常めいたものに見えました。そして、これまでの喫茶店とは区別され、もてはやされているこの「カフェ」には、現代の何かが集約されているように感じました。また、「カフェ」は若者が語る場所として利用しているものでもあります。そこで「カフェ」ブームに焦点をあてて、現代の若者の特性について考えようと思ったのです。

これまでの研究と比較して、あなたの研究はどんな点が優れていると思いますか。

 1つは、テーマ自体が興味をひくものだったということです。若者を語る材料として携帯電話やインターネットがよくとりあげられていますが、ここをあえて「カフェ」にしたことでテーマ自体に面白みがでたと思います。

もう1つは、実際に足を運び記事収集したこと、自らの視点で記事を分析したことだと思います。喫茶店の文献を集め、それをまとめることで現代の「カフェ」の特性を考えるだけでなく、実際に雑誌分析を行なったことで研究に深みがでたと考えています。

 雑誌記事には、それを読む読者の心理が反映されています。雑誌がどのような切り口で「カフェ」をとりあげるかを分析することで、若者が「カフェ」に何を求めているかを知ることが出来ました。

卒論を作成する過程で苦労したことはなんですか。

 雑誌記事の収集やその分析が大変でした。
対象とした大衆雑誌は普通の図書館には長期にわたり保管されないため、東京にある国会図書館や大宅壮一文庫に通いました。国会図書館は、これまで発行された図書全てが収集されている図書館です。また、大宅壮一文庫は、大衆雑誌が集められているところです。まず、ここに何度も足を運ぶのが大変でした。

また、収集作業自体も困難でした。私が行なった作業は、大宅壮一文庫のデータベースから喫茶店やカフェに関する記事をリストアップし、その記事を国会図書館で収集するというものでした。データベースから検索された記事が430件と膨大だったためそのリストアップ作業、収集作業は困難でした。(この中から実際に分析した記事は149件です。)また、このデータベースでは検索できないような記事は、対象雑誌を若者向け雑誌二誌に特定し、直接、国会図書館で一号一号チェックしたため時間がかかりました。

けれども、多くの記事と向き合うことで、今まで見えてこなかった観点から考察することが可能になりました。また、自分が想像もしていなかった記事などが多くあり、それに目を通す作業はとても楽しかったです。特に、大宅壮一文庫は、普段は見ないような雑誌もたくさん収集されていて、とても面白いところなので、この機会に利用できて良かったなと感じています。

卒論を書くにあたって、後輩に対するアドバイスはなんですか

 日常のちょっとした疑問や発想をどんどん生かすことが大切だと思います。授業で学んだことだけを憶えていくのではなく、それを現実の様々な面と結び付けていくことで、自分らしい観点から論文を作成できるのではないかなと思います。

 私の場合、日常のちょっとした言い回しや行為が論文の大きなヒントになりました。世の中を斜めからついつい見てしまうちょっとひねくれた癖がついてしまいましたが、学んだことと自分の周りの世界とを常に対応させていくことは大切な作業だと思います。

 また、自分が興味をもったことを何が何でもテーマにすることも大切だと思います。卒論は、三年生の後期から一年半かけてつくりあげていきます。いいかげんに選んだテーマだと途中で投げ出したくなることもあるかもしれません。情報社会学科は卒論のテーマ選択の自由度も高いので、型にはまらない自分だけの面白いテーマを見つけてください。

主査・副査からどのようなコメントをもらいましたか?

 実際に足を運び、多くの雑誌記事を分析した点は先生方から大変評価していただきました。


ただ、私の研究は二世代における比較を行いましたが、その世代区分や、背景が弱かった点は指摘されました。対象とした二つの世代について読んだ文献が少なかったことと、なぜそのような世代で比較したかについての説明が弱かったことが原因だと考えています。

なぜ現代の若者が大人にとって理解しにくい存在だとおもいますか?

 現代は、価値観が多様化しているといわれていますが、それが若者を理解しにくい存在にする一番の理由だと思います。
以前は、家庭や社会において「こうあるべき!」というモデルがありました。そして、そのモデルにあてはまる人間なのか、そうでないのかで自分を位置づけることが出来ました。

 しかし、現代は、様々な考え方が認められています。その意味で、現代の若者は自分を位置づけるための術を失ったと言えます。その中で、自分を確立するために、現代の若者は、これまでの若者以上に「自分らしさ」にこだわるようになりました。実際に、現在のCMや雑誌記事、歌詞の中には、「自分らしく」という語が氾濫しています。

 しかし、実際は、「自分らしさは出すべきだが、それが何であるかはわからない」と感じている若者が多数です。そのため、自分が信頼できる人間の自己に対する反応に「自分らしさ」を見ます。その行為が大人には、「自分と感性が合う人間としか付き合わない」「似たもの同士でかたまっている」「他者を認めない」「自分勝手」「独り善がり」というように映るのだと考えられます。

カフェだけでなく、街全体が代わっていくと思います。今後、どのような街になっていくと思いますか?

 論文の中で、お家カフェ現象や家のリビング風カフェ、ショップインカフェを例に取り、カフェと家、カフェと社会の境目が曖昧化してきていると述べました。街自体にもこうした日常との相互移植がおきると考えられます。

 現在は、家や社会で自己を規定するのが難しい時代だと先ほども述べましたが、そのため現在の若者は家や社会からは消えてしまった自分をそのどちらでもない空間(=カフェ)で探そうとしています。そして、そこで見つけた自分を家や社会にもう一度引き戻すことで、本当の自分を確立します。このもう一度引き戻す力こそがカフェと日常を曖昧化しています。

 このような現象は街にもいえることだと思います。現に、携帯電話は、家のものである電話が街にはりだしたものですし、インターネットも距離を解消し、街、家、社会の垣根を崩すものだといえます。こうした現象が今後はさらに拡大すると思います。

情報社会学科で学んだことは何ですか

 情報社会学科では、幅広い知識を身に付けることができました。情報社会学科では、専門性を高めるとともに、一見同じ学科とは思えないような多種多様な分野を学ぶことができます。元々、私がこの学科に入学したのは、若者コミュニケーションに興味を持っていたからです。しかし、四年間の間には、プログラミングやコンピュータ、マスコミュニケーション、認知心理学、経営学といった様々なことも学んでいます。そのどれもこの卒論を書くにあたって役立ちました。社会学のみを扱う学部では、私の卒論はできなかったと思います。

また、多くの分野を学んだことで、異なる分野のものを結びつけて考える力をつけることが出来ました。大学には、様々な学部がありますが、そのそれぞれの学問が最終的に行き着くのは、私たちが住む世界です。つまり、一つ一つの分野は繋がっていないようで、結局、見つめている世界は同じです。その世界を決められた枠から見るのではなく、既存の枠にとらわれない、新たな視点で見つめることができるようになったと思います。
専門性を高めながら、様々な分野にふれ自らの視点を創り上げることが情報社会学科では出来ると思います。

指導教員講評
指導教員:井川充雄

 WSさんは、最近ブームとなっている「カフェ」という空間において若者がどのように自己呈示をしているのか、という難しいテーマに挑戦しました。WSさんは、私のゼミで、主としてマス・コミュニケーションやメディアについて学んできました。「カフェ」というと、マスコミやメディアとは関係ないように思われるかもしれません。しかし、WSさんの問題意識には、カフェを取りあげる雑誌記事に注目して、カフェを好む若者たちに代表される現代の若者心理を描き出したいというものがありました。つまり、「カフェ」という空間自体も、若者たちがコミュニケーションを行う場であり、一種のメディアだと言えます。そして、それを取りあげる雑誌なども、もちろんメディアの1つです。したがって、WSさんの研究は、二重の意味でメディア論になっています。

 このように、WSさんは非常に独創性のあるテーマ設定をしました。もちろん、その背後には、WSさんが、社会学や社会心理学、メディア論などの書物をきちんと読解してきた理論的な蓄積がありました。

 実際の卒業研究の過程で、WSさんは、丹念に雑誌記事を収拾し、分析をしました。こうした作業はたいへん時間と労力を必要としますが、それをきちんとこなしたことによって、WSさんは、かけがえのない実証的なデータを手に入れることができました。このことによって、WSさんの卒業論文は、決してその場の思いつきではない、説得力にあふれる研究に仕上がりました。

 私の卒業研究のゼミでは、毎週、全員が出席して、各自の卒業研究の進捗状況を説明することになっています。それぞれが互いの研究の進み具合を見ながら、意見や疑問を出し合います。このことによって、他のメンバーからも刺激を受けながら、自分の研究を進めることができます。WSさんも、私だけでなく、他のメンバーからの容赦のない意見や疑問にこたえながら、着実に論文を作り上げることができました。

 そして、卒業研究を進めていく過程でWSさん身につけた人間や社会に関する認識や洞察力は、社会に出てからもきっと、役にたつものだと思います。
WSさんの卒業論文におけるオリジナリティのある問題提起、実証的な研究方法、説得力のある推論の仕方などは、後輩のみなさんにも、ぜひ見習ってほしいと思います。

取材・編集:D(2004/04/05)

【私の卒業研究】MCさん「青年における携帯電話を用いたコミュニケーションと孤独感の解消の関係」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を具体的に紹介してください。

 携帯電話を用いた       コミュニケーションが、青年の孤独感の解消とどのように関係しているかを調査しました。青年に関する過去の研究結果より、直接顔と顔を合わせる対面のコミュニケーションと孤独感については、

  1. 単なるおしゃべりより自己開示(自分の状態や考えを誰かにさらけ出すこと-悩み相談や打ち明け話など)をするほど孤独感が解消される、
  2. この傾向は特に女性の特徴である、
  3. 自己開示の相手は、同性の友人の場合が特に孤独感を解消させる、

と言われています。近年急速に普及した携帯電話についても、コミュニケーション手段の1つであることから、対面のコミュニケーションのように孤独感と関係することは十分予測できます。しかしながら、携帯電話を用いたコミュニケーションと孤独感の研究はまだほとんど進んでいません。

 そこでこの卒論では、対面だけでなく、携帯電話や携帯メールでも、孤独感は解消されるのか調査をしました。また、この卒論では、携帯電話を電話やメールという通信手段として捉えるだけではなく、所有物としても捉え、孤独感に与える影響を調査しました。携帯電話を所有していることによって、着信音を聞かせたり写真を撮ったりなど、会話のきっかけや材料が増え、他者との交流が促進され、孤独感が解消されることもあるのではないかと予測したのです。

具体的な調査・分析内容を教えてください。

具体的には、独自の質問項目を設定し、アンケート調査を実施しました。その後、集まったデータを統計的に分析し、結果を考察し、明らかになったことをまとめました。
この卒論の結果明らかになったことは、次の通りです。

  1. 携帯電話の発信回数・着信回数が多いほど、または、通話時間が長いほど、孤独感が解消される。
  2. 携帯電話も携帯メールも、単なるおしゃべりより自己開示の方が、孤独感は解消される。ただし、自己開示による孤独感の解消効果を対面・携帯電話・携帯メールの3つで比べると、対面が圧倒的に高く、対照的に、携帯メールは極端に低い。
  3. 携帯電話における自己開示では、両親やきょうだいなどの身内相手でも孤独感は解消されるが、友人相手の方がより孤独感は解消される。携帯メールにおける自己開示は、相手によって孤独感の解消効果に差が出るようなことはほとんどない。
  4. 過去の研究では、自己開示によって孤独感が解消されるのは女性の特徴と言われていたが、男性も同じように孤独感が解消される。ただし、男女のその中身は異なり、男性は主に身内相手の自己開示が孤独感を解消させるが、女性は友人相手の自己開示が孤独感を解消させる。
  5. 携帯電話を所有していることで、会話のきっかけが増えてコミュニケーションが促進され、孤独感を解消させる効果が生じる。この効果は、特に女性における友人相手の場合に強く表れる。また、カメラ付き携帯電話を使った「写真を撮る」「写真を見せる」という行為は、特に会話の材料になりやすく、孤独感の解消にも繋がっている。

この研究により、今まで調査されることがなかった、携帯電話を用いたコミュニケーションと青年の孤独感との関係が明らかになったと言えます。

この研究では、話の内容によって孤独感の解消効果に差が見られるのか、コミュニケーションを取る相手によって差が見られるのか、男女別で差が見られるのか、対面・携帯電話・携帯メールの3つの手段別で差が見られるのか、など、様々な観点から分析をしています。それにより、青年の孤独感を、より細かく詳しく掘り下げることができたと実感しています。

この卒論を書こうと思った理由は何ですか? あるいは、この研究を通して、何を知りたかったのですか?

 自分自身の生活に密接に関係しているものを題材にしたいと考えていました。その点、携帯電話は今や私たち青年には欠かせないものであり、日常生活と切っても切れない存在であることから、題材として最適だと思いました。

 また、近年急速に普及したコミュニケーション手段であることから、過去の研究例がまだ数少ない点にも注目しました。誰かの二番煎じではなく、自分で新しい分野を開拓したいと思ったのがきっかけです。

 孤独感については、メル友や携帯依存症などの話でよく聞く「常に誰かと繋がっていたい」という気持ちが、携帯電話でコミュニケーションを取ることによって満たされるのかどうか気になったのがきっかけです。携帯電話が普及したことで、人と人が親密な繋がりを持てるようになり、孤独感が癒されるのかどうかを知りたいと思いました。

これまでの研究と比較して、あなたの研究はどんな点が優れていると思いますか?

 対面のコミュニケーションと孤独感についての研究例はいくつか存在していますが、携帯電話を用いたコミュニケーションと孤独感を調査した研究は、まだほとんど存在しません。まだ誰もやったことのない研究をやり遂げたということが、本研究の優れている点だと思います。

 携帯電話は、技術面の進歩だけがどんどん取り上げられ、次々に新しい機種が登場しています。しかしながら、人間の心にどんな影響があるのかについて、利用者の心理面からのアプローチはまだほとんど進んでいません。そのため、携帯電話と人間の心の関係を、科学的に調査した本研究は、大変画期的であると考えています。

 また、よりよい調査ができるよう、質問項目を独自に作成した点にも自信があります。私自身が青年期真っ只中であり、その青年の視点から設定した本研究の質問項目は、より正確に青年の日常生活を捉えていると自負しています。

卒論を作成する過程で苦労したことはなんですか?

 アンケート調査を行い、データを統計的に分析したところ、データに偏りがあったためにうまく結果が見出せなかった点です。予想していたものと全く違う結果になり、大変困惑しました。そこで、ゼミの先生に相談したところ、違う分析方法を教えていただきました。教わった方法で分析したところ、うまく結果を見出すことができました。遠回りして見出せた結果でしたが、違った角度から自分の研究を見直すきっかけとなりました。

 また、分析によって分かった事の量が膨大であったために、書きたいことがたくさんありすぎて苦労しました。分かりやすくまとめることができず、試行錯誤しました。

 ゼミの先生には、何度も何度も添削していただきました。ゼミの先生にメールで論文を送っては、「赤ペン先生」のように添削してコメントをいただく日々が続きました。でもそのおかげで、最終的には、非常に論理的な文章を書くことができたと思っています。

卒論を書くに当たって、後輩に対するアドバイスはなんですか?

 自分が最も興味のあることを探して、楽しんで取り組むことが大切だと思います。楽しんで取り組むことで、卒論は「やらなければいけない事」ではなく、「最も充実した面白い事」になると思います。楽しんで取り組むと、作業もはかどるし、文章も生き生きしてくると思います。

 それから、どんな作業もなるべく早く取り掛かることをお勧めします。締め切りや期限が近づくにつれて、楽しい気持ちは薄くなり、ただの義務感だけになってしまうからです。義務で作業を進めると、自分のやりたい研究ではなく、やらされている研究という気持ちになってしまいます。そうすると、楽しくないから作業が進まず、よけい期限が近づくという悪循環に陥ります。早いうちから手をつけることで、心に余裕ができ、研究を進めて行くことが楽しくなると思います。そのためにも、自分の最も興味のあることを探すのが大切です。自分の興味のあることには、自然と楽しく取り組めるものです。

主査・副査からどのようなコメントをもらいましたか?

 過去の研究の流れを受け、どんな点を明らかにしたいのか、どうしてその点を明らかにしたいのか、どうやったら明らかにできるのか、結果はどうだったのか、が明確に述べられていて分かりやすいとのコメントをいただきました。

 また、多くのことを調査しているわりには、独自に作成した質問項目は、非常にきれいにまとまっていると言っていただきました。新しい分野の研究で、興味深い結果も見出されたことから、調査人数をもっと増やして再調査をすれば、正式な論文として発表することも可能であると言ってくださいました。

携帯電話を単なる通信手段としてではなく、孤独解消の手段としてとらえた点にこの論文のおもしろさがあります。
では、その点に着目すると、今後、携帯電話はどのように使われていくと思いますか?

 携帯電話が日常生活に欠かせない存在になり、携帯電話の機能がどんどん進歩するにつれ、携帯電話による孤独感の解消効果はますます高まると思います。携帯電話を所有していることで、周りの人との会話の材料が増え、コミュニケーションを取るきっかけとなるからです。本研究でも、カメラ付携帯電話による、写真を撮る・写真を見せるという行為は、孤独感の解消へと繋がる結果を見出しました。最近では、動画が送れるようになったり、テレビ電話のような役割を担っている携帯電話も登場しています。携帯電話は、確実にコミュニケーションのきっかけを作り出す存在になっていると言えます。

 携帯電話を利用して、周りの人とコミュニケーションを取ることで、人間関係の形成が助けられ、悩み相談や打ち明け話などをし易い環境が作られているのではないでしょうか。携帯電話が進化することで、会話の材料やきっかけがますます増え、孤独感を解消させる効果も高まると思います。

 しかし、対面よりも携帯電話の方が孤独感が解消される、という状況にはならないと思います。あくまで基本は対面のコミュニケーションなのです。本研究でも、孤独感の解消効果が一番高いのは対面、次が携帯電話、次が携帯メールという結果となっています。対面で話し合いをすることが、一番孤独感を解消させるのは間違いないのです。

 重要なのは、対面のコミュニケーションにどれだけ類似できるか、という点だと思います。対面の状態に類似すればするほど、孤独感の解消効果は高まります。おそらく、ただの携帯メールより、動画や写真付きの携帯メールの方が、対面に類似するため孤独感が解消されるでしょう。また、テレビ電話のような機能を使えば、より一層対面に類似し、孤独感の解消へと繋がることでしょう。携帯電話の機能が増え、対面にどんどん類似することで、孤独感の解消効果もますます高まると考えます。

諸外国と比較して、日本人の携帯電話利用の特徴はなんですか?

 ビジネスのためではなく、娯楽のために携帯電話を利用する人が多い点ではないでしょうか。着信音や待受け画面を提供するサイトが非常に多く存在している点も、娯楽性を象徴しています。携帯電話でゲームをするのも、娯楽のためです。

 また、近年では、携帯電話利用者の低年齢化も特徴だと思います。高校生や中学生はもちろん、小学生までもが携帯電話を所有するようになってきています。友達とのコミュニケーションには、携帯電話が必需品なのでしょう。携帯電話を持っていないと、友達の会話についていけないのかもしれません。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

 自分の興味を広げる楽しさを知りました。私は、入学当初から心理学を勉強してみたいと思っていました。心理学のゼミに入って、心理学の勉強をすることが、私の夢でした。しかし私は、心理学に限らず、ありとあらゆる授業を履修し、様々な分野の知識を吸収しました。今まで知らなかったことを知ること、ついこの前までは出来なかったことが出来るようになっていること、自分自身のそんな小さな成長一つ一つが、楽しくて仕方ありませんでした。心理学を勉強したいという夢は、ずっと変わらず持っていましたが、心理学以外の勉強をすることも大変興味深く、自分の糧になっているなとひしひしと感じていました。

 また、様々な授業を履修したことで、やっぱり心理学が自分の一番打ち込めるものだ、という確信へと繋がりました。大学は、自分のことは自分で決める所です。自分がどんな授業を取るのか、どんな方面に進んで行くのかは、自分の自由です。私は、自分の意志で心理学をやろうと決めましたが、情報社会学科は、どんな可能性でも広げられるチャンスがあると思います。自分の興味を探し出し、自分の興味に突き進んでいけるような場所が用意されていると思います。

 私は、最初から心理学がやりたいと思っていましたが、心理学だけを学ぶ学科に行かなくてよかったと心から思います。一つの分野だけにとどまらず、色々な学問が学べ、幅広い視野を持って考えることができるこの情報社会学科を選んで、本当によかったと思っています。実際、私の興味は心理学だけにとどまらず、あらゆる分野へと広がりました。経営に関する授業を受けた経験は、お金の流れや物の動きに対する興味へと繋がり、自分自身の就職を考えるきっかけとなりました。ことばに関する授業を受けた経験は、趣味の読書へと繋がり、日本語やことばづかいに関する本を読むきっかけとなりました。

 情報社会学科は、自分の可能性や自分の興味を広げるチャンスが、ゴロゴロたくさん転がっていると思います。そのチャンスの中から、どれを選んでどれを得ていくかは、自分の自由です。私はたくさんの事を吸収し、自分の関心を広げ、自分が一番興味のあることと出会いました。その過程全てが楽しくて、ワクワクする出来事でした。当初の夢、「心理学の勉強をする」も叶えることができ、この情報社会学科に来て本当によかったと思っています。

指導教員講評
指導教員:漁田武雄

 MCさんの卒論の最大ポイントは、やはりそのテーマです。携帯電話・メールの孤独感低下機能を、対面コミュニケーションと比較して行うという研究は、最前線の心理学研究でも行われていません。情報技術の進歩はすさまじく、その技術が人間とりわけ「こころ」にどのような影響を与えるかの検証を待たないまま、いわば「こころ」を置き去りにして、日々進歩しています。

 情報機器の中でも、携帯電話の普及はすさまじく、特に青年では、携帯がないと生きていけないと感じるほどの定着ぶりです。その普及は、大きな経済効果をもたらしましたが、青年の「こころ」をむしばんではいないのでしょうか。もしそうなら、オトナたちは青年の「こころ」を食い物にしていることになります。もちろん、心理学者たちもこの問題を放置しているわけではありません。心理学のさまざまな学会では、携帯電話関連研究の発表には多くの人が集まります。このように、多くの心理学者の関心を呼んでいるのですが、研究数は、まだ多いとはいえません。科学的な検証には、とてつもないエネルギーと時間がかかるのです。

 そんな中で、MCさんは、携帯電話と孤独感という非常にタイムリーで重要な問題に取り組み、とても明確でおもしろいデータを入手しました。このデータが確実に信頼できる(何度同じ調査を実施しても同じ結果が得られるということ。たくさんのデータを入手することや、同じ調査をもう一度実施して、同じ結果が入手できるかどうかで確認する。)ものなら、日本で一番権威のある心理学会誌に発表できる内容です。このためには、もっと被験者数をふやしたり追試をする必要があります。後輩の皆さん、あるいはこれを読んでいる受験生の皆さん、是非この研究を継承発展させて欲しいと思います。

 MCさんのテーマで、もう一つのポイントは、携帯電話をコミュニケーションツールとしてだけではなく、話題のネタ(着信画面、着メロなど、カメラなど)としてみている点もあげられます。これは、これまでに全くなかった視点であり、非常に独創性の強いテーマといえます。

 MCさんのテーマが優れていることは、偶然ではありません。このテーマに絞るために、莫大な先行研究の調査を行なっています。そして、これまでにどのようなことがどこまで明らかになっているのかを調べています。対人コミュニケーション、電話によるコミュニケーション、携帯によるコミュニケーション、自己開示(自分の心を打ち明けること)、孤独感、自己開示と孤独感低下、などなど、非常に多くの先行研究を調べ、それをレビューし、具体的なテーマに絞っていくのです。単なる思いつきで、携帯が面白そうだからやってみたというのではありません。先行研究調査のない実験・調査は「思いつき」であり、研究とは呼ばないのです。

 MCさんの卒論の優れた点として、質問紙作成における工夫もあげることができます。色々なことを調べるためには、多くの質問を行う必要があります。けれども、質問の数が多すぎると、回答する方が疲れたり飽きたりして、いい加減なデータしか得られなくなってしまいます。MCさんは、質問紙のレイアウトを工夫することで、質問の数が多い割には、疲れず飽きないで回答できる質問紙を作成しました。これは、非常に画期的なことなのです。

 また、MCさんの論文では、当初予定していた相関による分析では明確な結果が出なかったのですが、さらにt検定を用いる分析法を用いることで、非常に明快な結果を出すことに成功しました。とてもねばり強い分析といえます。この他にも、明快な文章、わかりやすい図表のプレゼンテーションなど、数多くの優れた点を持っています。

 MCさんは、早くから、この研究にとても楽しそうに取り組んでいました。追われる仕事は苦痛以外の何ものでもありませんが、追い込むとそれはとても楽しいのです。学問は、本来とても楽しいものです。皆さんも、是非楽しい研究を体験してみてください。

取材・編集:M(2004/03/26)

【私の卒業研究】Sさん「世界の条件付き説話の諸相–タブー型と難題型を比較して–」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を具体的     に紹介してください。

世界各地域(日本、中国、東南アジア、朝鮮、中近東、ロシア、欧州、南米、アメリカ大陸)のタブー型説話と難題型説話を、内容と構造の面から比較し、地域的な特徴や関連性を見出すことがこの卒論のテーマでした。

 タブー型説話とは「○○をするな」と主人公にある行為を禁じる説話のことです。「部屋の中をのぞくな」というタブーを含む、日本の「鶴女房」などがこれに当ります。

 難題型説話とは「○○をしなさい」と主人公にある行為を遂行させる説話のことです。達成不可能な三つの課題が与えられる、日本の「竜宮女房」などがこれに当ります。これらの説話は世界各地域に存在しており、その内容や構造はさまざまです。

 情報社会学科の「地域社会と情報」という科目群に私が所属していることを意識して、これらの説話の関連性をタブー・難題型説話の関連性、地域的な関連性などに即して考察しました。

この卒論を書こうと思ったきっかけは何ですか?

 大学二年生のときに、「アジア文化論」という授業で中国の説話を学んだのがきっかけです。

 もともと昔話には興味があったのですが、「アジア文化論」をきっかけに、説話を研究対象として扱うことの面白みをおぼえ、卒論で対象地域を拡げて研究することにしました。小さい頃読んだ昔話でよく憶えているのは、日本の「鶴女房」やフランスの「青ひげ」のような、「決してこの部屋は見てはいけない」という話でした。主人公がその部屋を見るか見ないかのハラハラ・ドキドキ感が好きで、幼い頃から歳の離れた妹にも読んであげた記憶があります。

 このような「してはいけない」というタブー型説話は、細かく見ていくと日本と西洋では異なる特徴が見られました。もしかしたら他の地域にも違った特徴が見られるかもしれない、と思い、対象地域を拡大して、内容だけでなくその構造も比較することにしました。

 またタブー型説話を読み進めていくうちに、「しなければならない」という難題型説話も気になり始め、タブー型説話に似た点もいくつかみられたことから、これらの説話には何らかの関連性があると思い、その差異と地域的な特徴を発見したいと思いました。

 タブー型説話と難題型説話は、一見、逆の説話のようにみえますが、主人公に対して何らかの条件を課している点では共通しています。つまり、タブー型説話と難題型説話は、「条件付き説話」という大きな枠の中の下位分類であると言えます。タブー型説話と難題型説話がそれぞれ多数の作品群を持っているということは、それぞれに役割が与えられているはずだと考えました。その点を明らかにすることは、十分、研究に値すると思いました。

これまでの研究と比較してあなたの研究はどんな点が優れていると思いますか?

とにかく世界各国の説話を収集して、自分なりの方法で構造的に分析した点だと思います。

 タブー型説話の「鶴女房」を例にとると、「男には嫁がいない」という部分を《欠乏》と表わし、「部屋を覗くな」という部分を《禁止》、「男は覗いてしまう」という部分を《違反》と表わすことで、地域によってこの順番がどうなるか、という構造的な面が明らかになりました。

 難題型説話も同様にして構造分析を行いました。記号論を最初からしっかり学んでいればもっとよい構造分析ができたかも知れませんが、何よりも私自身がわかりやすい方法にしたかったため、自分なりの分析をした点が、逆に比較しやすくなり、結果としてよかったのかもしれません。

卒論を作成する過程で苦労した点はなんですか?
世界各国の説話をひたすら読みつづけ、その中から今回のテーマであるタブー型説話と難題型説話を見つける過程が一番苦労しました。主に『世界の民話』(小沢俊夫編 ぎょうせい)からこれらの説話を探しましたが、資料不足の地域についてはその他の本も何冊か調べました。タブー型説話集、難題型説話集というものが存在していればよかったのですが、もちろんそのようなものはありませんでした。

 説話集の中のひとつひとつの話をじっくり読んでいる時間はなかったので、まずは斜め読みをし、「この部屋は決して覗くな」「課題を達成しなさい」といった内容が出てきたらもう一度丁寧に読み返す、という方法で、各地域最低5つは話を挙げられるように、説話収集に力を入れました。

主査・副査からどんなコメントをもらいましたか?

 副査の先生からは、もっと地域を絞って研究した方がよかったのではないか、というコメントをいただきました。確かに広げすぎたために深く追究する時間がなくなったしまったのは反省点です。

 また副査の先生は説話の研究においては専門分野でいらっしゃったので、その他にもさまざまなアドバイスをいただきました。まず記号論について、物語を構造的に分析する際にどのように書き表せばよいかを教えていただきました。また私は、内容と構造で説話にどのような地域的な違いがあらわれ、どのような関連性があったか、ということを比較するのみで終わってしまいましたが、なぜ地域による違いがあらわれたのかを追究することの大切さを指摘してくださいました。

 私自身は構造的な違いを見つけ出せたことで満足してしまい、「なぜそうなるのか」という点の考察が足りなかった気がします。

 また主査の先生には、幅広く地域の説話を研究したことを誉めていただきました。

卒論を書くに当って、後輩に対するアドバイスは何ですか?

早めにテーマを決めて資料集めをすることが一番大切だと思います。私は最後の最後まで資料集めをしていたために、考察にかける時間が少なくなってしまいました。もっと余裕をもってやっていれば、より満足のいく卒論が書けたと思います。

 卒論では独創性(オリジナリティー)が求められます。独創性ある論文を作るためには、やはり多くの資料を集めたり、独自の調査を行い、じっくり考察することが重要になってきます。そのためにも早めに着手することをお勧めします。

 またゼミの仲間に卒論を読んでもらい、意見を聞くことも大切だと思います。ゼミの仲間からのアドバイスが無かったら、この卒論は書けなかったと私も思います。まとめ方がわからなくなったとき、ゼミの仲間が「こうしたらわかりやすいんじゃない?」と言ってもらったおかげで、自分の中にあったモヤモヤを解決することができたのです。

 卒論提出3日前にデータが少し消えてしまい、卒論提出日までに間に合うかどうかの瀬戸際にいたときも、ゼミの仲間が印刷してくれたり、ファイルに綴じたりしてくれました。ゼミの仲間の意見と助けは、私にとってかけがえのないものでした。
(写真は、ゼミの友人とSさん(一番後ろ)。卒論合宿の寸又峡温泉にて)

卒論では、世界各地域に広がるさまざまな説話のタイプを明らかにしています。地域によって世界の説話には差があると卒論中で指摘していますが、具体的にどのような差があるのでしょうか?

 地域による差は、主にタブー型説話を比較することによって明らかになりました。まず日本を始めとしたアジア地域のタブー型説話は、「○○をしてはいけない」という《禁止》が与えられ、それを破ってしまうと、主人公に何らかの《欠乏》が生じ、アンハッピーエンドで終わる形をとっています。このような形は北アメリカの説話にも見られました。

 一方、欧州やロシアのタブー型説話は、《禁止》を破っても何らかの外的援助が加わり、ハッピーエンドで終わる形をとっています。中近東や南米の説話にもこの形のものが見られました。

 日本や中国のタブー型説話が、《欠乏》が解決されずにアンハッピーエンドで終わるのは、約束を破ってしまい別れが生じるところに「あはれ」という感情をおくことで余韻を残す、というアジア独自の美的センスと関係があるように思います。

 また地域的に離れた北アメリカにもこのような形のものが見られるところから、アジアと北アメリカの間で説話が伝播した可能性を指摘しました。

 また内容を細かく見ると、アジア地域は異類(もともとは人間以外の生物)である女性から男性に《禁止》が与えられ、見てはいけない部屋の中には女の素姓(「鶴女房」では女が鶴に戻っている姿)があります。また欧州では怪物や魔女から人間である女性に禁止が与えられ、見てはいけない部屋の中には女の死体があります。

 以上のように、構造と内容から見ると、主にアジアと欧州で大きな差が見られることがわかります。そして伝播した可能性の高い地域同士は、説話の構造が非常に似ており、内容的な差も小さいことがわかりました。

アジアのタブー型説話は異類婚姻譚(人以外の生物と人が結婚する話)と共に語られていることが多い、と指摘されていますが、これはなぜだとお考えですか?

アジアのタブー型説話は、水界異類(魚、蛙、亀など)が人間の姿に変身した女性から、人間の男性に禁忌が与えられることが少なくありません。アジア地域は水害を受けやすいため、古くから水神信仰が盛んに行われていました。水界という異界は極めて神聖な場所であり、むやみやたらに近づくことのできない、タブーの世界であったのだと思います。したがって、神聖な異類との接触には、自ずとタブー性が付与されることになります。

典型的な話(「魚女房」など)で説明しましょう。
神聖な世界との接触は、人間の男性が魚などを助けることから始まります。そして、そのお礼として、魚などが人間の女性に変身して現われ、結婚します。この時点で、すでにタブーを犯しているのですが、それを知っているのは異類と読者(聞き手)で、主人公の男だけが気づいていません。ここから、読者(聞き手)は男の運命がどうなるのか気になり、話の展開に大きく引きずり込まれます。

説話とは、何らかの不均衡を均衡な状態にするために語られます。人間が神聖な存在と結婚するという不均衡な状態は解消され、均衡な状態をもつ結末に導かれます。

タブー侵犯を知らない主人公の男には、新たなタブーが待っています。そのとき、タブーとして設けられるのが、「見てはいけない部屋」です。そこでは、不思議なことが行なわれており、異類が異類としての能力を発揮しているところなのです。そして、男は誘惑に負け、「見てはいけない」部屋をのぞき、はっきりと異界に踏み込むというタブーを犯します。そして異類との結婚は解消され、アンハッピーエンドに到ります。

 以上のように、アジア地域では、水界異類に神聖性が与えられていたので、異類婚姻譚にはタブーが基調となるのだと思います。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

情報社会学科は、自分がやってみたいことを自由にやれる学科だと思います。自分が興味があってこれをやってみたい、と思えば、幅広い専門分野の先生方がいらっしゃるので、さまざまな知識を得ることができます。

 私の今回の卒論のテーマも文学部的な内容をいくらか含むものでしたが、副査の森野先生が専門分野であったため、先生から多くの知識を学ぶことができました。

 また私は大学時代中国語に熱中しました。自分が興味のあった中国語を深めることができたとともに、情報学を始め、幅広い知識をこの学科で得ることができた気がします。

指導教員講評
指導教員:許山秀樹

 Sさんは入学時より優れた能力を発揮し、情報社会学科の多くの教員の知るところとなった。
私のアジア文化論などの授業で、優秀な学生の中にあっても、鶏群の一鶴というべき、抜きんでた存在となっていた。その後も怠らず、学年が進むにつれてさらに学業に邁進して、その能力を優れた卒業研究へと結実させた。Sさんの成長に伴走できて、私は大変幸せである。

 Sさんは論文執筆中に数多くの説話文献にあたり、データを蓄積していった。会うたびに違う本を抱えて文献を丹念に渉猟しているSさんの姿を私はよく憶えている。この調査を通して、日本のみならず、世界各地の説話を一つ一つ分析し、この論文作成の基礎を築いた。
本論文の長所は単にデータの量だけにあるわけではない。一つ一つの説話を丁寧に分析し、その構造を明確にしている点に本当の長所がある。
論文というものは、単にデータを集めるだけでは不十分である。それは論文ではなく、作業と呼ぶべきものでしかない。論文の真の存在意義は、表面の事象の背後にある規則性や法則、本質を見抜き、掘り出すことにある。Sさんはタブー型と難題型の2つの説話が持つ特徴を十分に明らかにしており、この論文は「論文」と呼ぶに値する優れたものとなっている。

 Sさん自身、インタビューの中で述べているように、この論文でやり残したことも少なくない。相違点を指摘するだけで、その理由の所在について言及していない点がそれである。たとえば、タブー型説話は作品によって様々な構造・内容を持ち、個々の作品によって話が大きく異なるが、難題型は比較的同じ構造・内容のものが多いというSさんの指摘は、極めて興味深い。この指摘に啓発される研究者も多いだろう。では同じ「条件付き説話」の中にある2種の説話になぜこのような差異が生じているのだろうか。一歩踏み込んで、この点を考察してほしかった。この考察があれば、もっと優れた論文になったであろう。(ねえSさん、どうしてこういう差が生まれたのだと思う?)

 ただし、優れた論文にはこうした「望蜀の嘆」はつきものである。この論文の欠点というよりも、むしろ論文の質の高さを証明するものと言ってよいだろう。
この論文でやり残したことを、Sさんの今後の読書人生の中で解明してほしいと願っている。

取材・編集:H(2004/04/02)

【私の卒業研究】OYさん「地方自治体におけるEデモクラシーの可能性と限界   -代議制民主主義との関係について-」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論で取り上げたことは何ですか?

 卒業論文では、テーマとして”eデモクラシー”を取り上げました。”eデモクラシー”とは、簡単に言ってしまえば、情報通信技術(ICT)を利用した政治や行政への市民参画ということです。例えば、インターネットを利用した電子投票や、インターネットを利用した選挙運動などが、”eデモクラシー”にあたります。

 その中でも、今回の卒業論文では、「インターネット上での議員・行政・市民間の討議、それらの政策への反映」という、いわゆる市民直接参加型のeデモクラシーをとりあげ、地方自治の現場にどのような形で”eデモクラシー”を取り入れてゆくべきか、そして”eデモクラシー”が有効に機能するにはどのようにしたらよいかという点について研究しました。

具体的な卒論の内容を教えてください。

 現在、日本の地方自治は、議会を中心とする代議制民主主義(間接民主主義)を採用しています。代議制民主主義は、領域・人口ともに巨大化し、政治の機能も複雑になった現代社会においては、現実的で合理的な政治システムと言えますが、一方で、市民の民意を政策に反映できる場が、選挙による投票に限られているということが言えます。

 ”eデモクラシー”は、インターネットの持つ特徴により、多くの市民がいつでも自宅にいながら政治について話し合いをすることができ、話し合いの結果を実際の政策に反映させることで、代議制民主主義と比べ、より多くの民意を政策に反映することが可能であるという大きな可能性を持っています。そこで、実際に”eデモクラシー”を取り入れている地方自治体を訪問調査することによって、現時点で”eデモクラシー”によって何が実現でき、何が実現できていないのかということを明らかにし、”eデモクラシー”の望ましいあり方を探ること、これが今回の卒業論文の内容です。

この卒論を書こうと思った理由は何ですか? あるいは、この研究を通して、何を知りたかったのですか?

 大学に入る前から、政治について漠然とした興味を持っていました。この卒論を書こうと思った直接のきっかけは、3年のときに受講した「情報政策論」という講義の内容に強い関心を持ったことからでした。「情報政策論」の講義で、ICTを民主主義に取り入れる動きが世界中で始まっていることを知り、大変なことが起こりつつあると感じました。ひょっとしたらこれまでの政治体制が大きく変化するかも知れないと思い、研究してみたいと思うようになりました。

 ”eデモクラシー”を取り上げた中でも、今回このテーマにしたのは、”eデモクラシー”がなぜこれほどまでに地方自治に取り入れられているのか、なぜ注目を集めているのか、果たして”eデモクラシー”は地方自治において有効に機能するのかということを知りたいと思ったからです。

これまでの研究と比較して、あなたの研究はどんな点が優れていると思いますか?

 優れているなどということは、おこがましくてとても言えませんが、地方自治を構成するさまざまな立場の人から直接話を聞き、それら調査をもとに研究をすすめたことで、机上の空論ではなく、事実に基づいたものになったことがよかったのだと思います。

 地方自治は、大きく分けて、市長や区長をトップとする行政、議員の集まりである議会、そして私たち市民の三者で成り立っています。この論文を書くにあたり、現役の議員、”eデモクラシー”に取り組んでいる自治体行政の職員の両者に話を伺いました。現場の生の声を聞くことで、本を読むだけでは決して理解できないことが、この研究の中には盛り込まれていると思います。

 また、”eデモクラシー”自体が新しい分野で、あまり研究されていないということもありますが、議会との関係を探るという視点はあまりないものであったと思います。藤沢市の職員の方にインタビューを行なったときも、「これまで議会との関係について聞かれたことはなかった」とおっしゃっていました。この部分がよかったのだと思います。

卒論を作成する過程で苦労したことはなんですか?

 苦労したことは山ほどあります。すべての過程が苦労の連続でした。その中でも、印象に残っている苦労を挙げるとすれば、4つほど挙げられると思います。

 まず、中間発表直前になってのテーマ変更がありました。実は今回の論文、当初は議会のIT化という視点で研究を進めていました。「より多くの民意の反映」のためには議会のIT化が有効なのではないかという仮説を立て、研究をすすめていたのですが、中間発表直前になって完全に研究に行き詰まってしまい、やむを得ずテーマを変更しなければならなくなりました。その時期でのテーマ変更はかなりつらいものがありましたが、このテーマ変更によって、論文の中身がより濃いものになったと確信しています。

 2つめは、訪問調査での苦労です。事前に質問内容を相手方に伝えていなかったため、実際の調査では、相手にこちらの質問の真意がうまく伝わらず、質問に沿った回答を引き出せなかったということがありました。自分の力不足で、質問内容を正確に相手に伝えることができず、悔しい思いをしました。

 3つめは、論文を書き上げていく段階での苦労です。政治学・政策学というテーマを選んでおきながら、自分自身にその分野の知識がほとんどといっていいほどなかったので、どのようなしくみで政治というものが動いているのかということを把握するだけで、かなりの時間を費やしてしまいました。この部分についてはまだまだ勉強不足であり、今後さらに勉強をしてみたいと思いました。

 最後に、論文をまとめる段階での苦労です。一旦まとめあげた後、論文を一通り見直してみると、一体自分がこの論文によって何を明らかにしたかったのか、一体何を言いたかったのかわからない論文になってしまっていました。あらゆる事を調べ、まとめてみたものの、結局は何が明らかになったのかわからない論文となっており、結論を導き出せず、大いに悩みました。

 苦労はまだまだ挙げればきりがありませんが、だいたいこのようなことがあったと思います。

卒論を書くに当たって、後輩に対するアドバイスはなんですか?

 アドバイスとしては2つほどあります。
ひとつは、テーマ選びです。やはり、自分の興味のあるテーマを選ぶことが重要だと思います。興味のないテーマでは、なかなかやる気が起こらないものです。じっくり考えてテーマを見つけることが大切だと思います。

 そのテーマもはじめからガチガチに固めてしまうと、その枠にとらわれてしまい、後々苦労することになります。私の場合もそうですが、当初予想していた結果にならないことはよくあるそうなので、ある程度幅広く、かといって壮大過ぎないテーマを選ぶことが重要になってくると思います。

 2つめは、メモを取る習慣をつけることです。アイデアはふとした瞬間に生まれます。特に、お風呂に入っているとき、布団に入ったときなどは要注意です。素晴らしいアイデアが浮かんでも、そのときにメモを取っておらず、後悔したことが多々ありました。アイデアを忘れないうちに残しておくことをおすすめします。自分の経験として、今回の卒論を書くにあたり、200ページくらいのメモ帳を1冊使い切りました。

主査・副査からどのようなコメントをもらいましたか?

 主査・副査の先生からは、論文執筆の段階から何度も何度もアドバイスをいただき、その都度細かく修正を重ねていったので、論文の体裁や構成などについてはほとんど指摘を受けませんでした。論文の内容についてですが、”eデモクラシー”にもう少し将来性があってもよかったのではないかというコメントをいただきました。

 今回の卒業論文は事例調査の結果を中心にまとめあげたものなので、現状からあまり飛躍することなく、現実に即した結論を導き出しています。そのため、”eデモクラシー”に寄せられている期待と比べると、少しトーンダウンしたような結論となっています。”eデモクラシー”の将来性に、学生だからこそできるもう少し思い切った提案ができるとよかったということを、主査・副査の先生からいただきました。

なぜ事例研究の対象として、藤沢市や大和市を選びましたか?

今回、事例研究の対象としては、藤沢市と大和市を選びました。この2つの事例は、他の自治体と比較して”eデモクラシー”への取り組みが早く、市民の参加者数も多いことから、実例に基づいたより具体的な話を聞くことができると考え、研究対象として選びました。さらに、この2つの事例は、”eデモクラシー”での議論の内容を、実際の政策に活かすしくみを整えていたため、今回の論文にぴったりだと考え、研究対象に選びました。実際の調査の結果ですが、経験の蓄積に裏打ちされた、非常に実のある回答をいただけたので、この選択は正解だったと思います。

反面、この2つの事例は他の事例と比較して、成功事例であるといえるため、言葉は悪いですが、失敗の事例も取り上げる必要もあると思いました。

eデモクラシーの将来性について意見を聞かせてください。

 これは、まさに今回の卒業論文の結論であり、先ほどの主査・副査の先生からのコメントと重なってくる部分なのですが、私の考える”eデモクラシー”の将来性はあまり飛躍したものにはなっていません。”eデモクラシー”の将来性についての考え方に、”eデモクラシー”が発展し、市民の民意が政策に直接反映されてゆくようになると、議会が必要でなくなり、市民と行政の直接民主制化となるというものがあります。

 しかし、私は今回の卒業論文を通じて、この考えにNoという結論を出しました。”eデモクラシー”の意義は直接民主制の可能性にあるのではなく、市民の政治意識を高めること、そしてその結果として、間接民主主義を強化してゆく可能性にあるのだと考えました。

 このように考えると、”eデモクラシー”の将来性はあまり明るくないようにみえますが、だからといって、悲観することはないと思います。今挙げたような間接民主主義の強化が実現されれば、現状の間接民主主義を超え、より多くの民意が反映される社会が実現されると考えています。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

 情報社会学科で学んだこととは違うかもしれませんが、私は大学で、「学んでゆく事の大切さ」を学びました。大学では卒業論文に限らず、自分が興味のあることがあれば、いくらでも学ぶことができる環境が整っています。興味のあることに関係する講義を聞き、先生に話を聞くことでどんどん知識を増やしてゆくことができます。知識を増やしてゆく過程では、さまざまな人に出会い、いろいろなものの考え方に出会うことができます。そういった人と人とのつながりや、大学で学んだことというものは、今後生きてゆく上で必ずプラスになることだと思います。

また、大学では、努力していればその姿を必ず誰かが見てくれています。それは教授であったり、先輩であったり、同期の仲間であったりさまざまです。一生懸命何かに取り組んでいれば、必ず誰かがその姿を見ていて、それを評価し、活かす場を提供してくれます。私は大学生活を通じ、何度もそのような場面にめぐり合うことができました。このことはとても幸せなことであり、私の大学生活の支えでもありました。情報社会学科ではこのように、自分の能力を生かす場が常に提供されています。このことを感じながら、自分のやりたいことに精一杯打ち込んでみてください。

指導教員講評
指導教員:八重樫純樹

 O君は3年次、科目群演習で研究室に来た時、丁度前年の卒業生(平成13年度卒業のS君)が作った研究室ホームページのサーバー機のハードデスクが壊れ、新たに作成し直さなくてはならなくなり、率先してホームページをつくりました。八重樫研究室の現在のホームページは彼の作品です。

 卒研も既に3年生のときから、地方自治体活動にまとを絞っていたらしく、先輩4年生の卒研調査(浜松市、磐田市、掛川市等)に付いてきておりましたし、先輩が学んでいる基本図書は3年時点で、相当読み込んでいました。

 卒研は、当初、地方議会のIT化による活性化、民主化について社会に提案できるシステム案を作ることを目標にしておりました。多分、人間の利害や生き様そのものが具現されている政治の世界がITで解決できるわけがないと私ははじめから思っておりましたが、彼は理想に燃えて、突き進みました。
ま、結果はやはり思っていた通りになりましたが、彼の理論基盤がしっかりできていることや、彼の能力、行動力からして、私は何の心配もしませんでした。むしろ、卒論はたとえ不十分なものとなる可能性があるとしても、良い社会勉強になると思っていました。

 しかし、少ない残り時間で、適切な方針変更し、しっかりした内容の卒論となりました。この卒論は彼の実力でもあり、彼にとって本当に生きた良い勉強になったと思います。これを踏み台として、社会で大きく育ってもらいたいと念じております。

取材・編集:X(2004/03/26)

【私の卒業研究】N・Yさん 「データベース応用システムの研究-第4版土偶データベース-」

 (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

データベースソフトの「アクセス(MicrosoftACCESS)」とGISソフトの「ArcGIS」を組み合わせて、GIS上にデータベースの検索結果を表示するものです。

GISソフトは、パソコン上に平面(2次元)または立体(3次元)の地図を表示するもので、コンピュータ上でどんな地図なのかをわかりやすく見ることができます。

「GIS」を選んだ理由は、先輩からの引き継ぎで、今年は3次元表示をやることになったからです。

「土偶データベース」に取り組んだ理由を教えてください。

当研究室では、3年間に渡って研究を引き継いでデータベース応用システムを開発してきており、その中のGISをやってみたいと思ったからです。

これまでの関連する研究と比較して、N・Yさんのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

この研究の長所としては、一番に3次元表示によって、検索結果が視覚的に分かりやすくなったことがあげられます。
また反省点は、開発の方に時間がかかり過ぎてしまいGISの機能をうまく使えなかったことです。

行った開発とは、Accessのフォーム上からプログラムのVBAを使って、GISソフトで3次元表示をできるようにすることです。

一つのゼミの学生が4代にわたって書き嗣いだ論文というものも珍しいと思います。過去3代の論文の変遷と、この論文が加えた内容を教えてください。

第1版が基本的なことを調べ、第2版でそれが扱えるシステムが完成し、第3版でそれを更に検索方法について改善し、第4版でGISによる3次元表示ができるようになりました。

このデータベースによって、何が可能になりましたか?

3次元の情報により高低差のデータが分かるようになりました。
これによって、どの種類の土偶がどういう使われ方をしていたかを知る手がかりになると思います。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

この研究を続けるにあたって、すでにシステムがあるわけですから、それをまずどんなシステムであるのかを知らなくてはならないのですが、案外それに時間がかかったので、早めにやった方がいいと思います。

八重樫先生の指導でどういうことが役に立ちましたか?

はい、とても役に立ちました。特に直接企業のかたを紹介してもらって、何とか完成することができましたから、それがなかったら完成していたか分かりません。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

事前にいろいろとアドバイスをもらっていたため、研究内容についても知ってくださっており、結構すんなりと通りました.

卒業後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

卒業後はシステムエンジニア(SE)になりますから、システムを開発した経験は役に立つと思います。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

情報学部だからってパソコンを使うことも勿論ですが、それ以外にもいろいろと学ぶことができ、進路もそれを生かしたものにつけましたから良かったです。

指導教員講評
指導教員:八重樫純樹
文系、理系どちらもこなせたが、技術的側面に関心が強く、情報科学科の授業や勉強会に積極的に参加していたのでこのテーマを薦めました。

 この卒研テーマは4代続き、これに携わって卒業した学生は全て最前線のSE(システムエンジニア)として社会で活躍しています。就職はSE希望であり、先輩が開発したノウハウを学んで、その上で新システム開発問題への挑戦でした。勉強が大変なことは重々承知しておりましたが、当初目的を達成できる忍耐力と能力が有ると見ておりました。色々な問題に突き当たってはそれを解決し、期待通りしっかりやり通しました。

 欲をいわせてもらうなら、考古学や縄文文化、縄文土偶についてもう少し勉強してもらいたかったなあ、というところでしょうか。ま、人生はこれからが本番です。この卒研を通して、仕事としての技術の世界とは別な世界をみてゆける、人間としての幅を広げてもらいたいと思います。

取材・編集:M(2003/03/12)

【私の卒業研究】M・Sさん「e ラーニングシステムを利用した大学授業における脱落者の予測に関する分析」

  (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

eラーニングに関する研究です。eラーニングは情報通信技術を活用する新しい教育・研修一般の呼称です。教育・研修と言えば、教室のような場所に人を集めて講師と対面して一斉授業をするのが主流ですが、情報通信技術を使うことで、場所や時間を越えて授業が受けられます。eラーニングには、教育・研修を提供する側、受ける側双方にメリットがあります。

eラーニング提供側のメリットとしては、場所や時間の面から考えると、低コストで行うことが可能であること、流通しているコンテンツやシステムが利用できるので、教育・研修の質の保証ができることが挙げられます。eラーニングを受ける側(学習者)のメリットとしては、時間や場所を拘束されないこと、自分の理解度に合わせて、学習を進められることが挙げられます。

eラーニングでは、学習者が自分で学習を進めることが基本となります。これはメリットのひとつでもありますが、その一方で、継続して学習に取り組むことが困難で、学習者が授業から脱落(ドロップアウト)しやすいという問題が指摘されています。

授業を行う側からすると、学習から脱落しそうになっている学習者に対して何らかの支援を行うことが必要です。対面式の授業であれば、誰が授業から脱落しそうになっているかを、表情や受講態度などから講師が感じることができますが、eラーニングではそうはいきません。eラーニングにおいて、どうやって学習者の脱落を予測するか、ということが私の卒業論文の問題意識です。

研究では、まず、指導教員の堀田先生の担当する授業に、実際にeラーニングを取り入れました。講師は最小限の講義をし、後の学習はWeb上の教材で行ってもらいます。

授業では、残念ながら脱落者が出てしまったわけですが、授業で得られた学習者のデータを元にして、脱落してしまった学習者と最後まで学習を継続できた学習者の間にどのような違いがあるかを分析しました。もしも違いが見つかれば、その違いが、脱落者を予測するための指標として利用できるわけです。

学習者を比較するためのデータとして、

1)授業を受ける前の学習者の初期知識、
2)学習者の授業理解度、
3)教材へのアクセス頻度

の3つを決めました。授業を受ける前の学習者の初期知識は、授業開始前にプレテストを行うことで測定しました。学習者の授業理解度は、毎回の授業ごとに理解度のアンケートを取りました。教材へのアクセス頻度は、Webサーバ上でアクセスログを収集しました。

結果として、脱落した学習者と最後まで学習を継続した学習者の間で、違いがあったのは教材へのアクセス頻度のみでした。特に授業開始から1ヶ月後のアクセス頻度に、統計的な有意差が見られました。

eラーニングの脱落者を予測するためには、教材へのアクセス頻度に注目することが有効なのではないか、というのが卒業論文の結論です。

「eラーニング」に取り組んだ理由を教えてください。

研究室に所属した3年生のとき、一番はじめに輪講した本がeラーニングに関するものでした。それがきっかけです。本では企業内教育におけるeラーニングが取り上げられていましたが、学校以外の場所で行われる教育や、効率や効果を追求しようという点に興味を覚えたのだと思います。

eラーニングを卒論にしようと漠然と考えてから、選択肢を広げようと思い、3年生の夏休みに入る前くらいに、Webサーバ上で動くプログラムを学習し始めました。

これまでの関連する研究と比較して、あなたのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

そもそも脱落があるということ自体が非常にネガティブなことなので、eラーニングに限らず、学習者の脱落に関する研究はあまり多く行われていません。テーマに新規性があると考えています。

反省点としては、初めから論文の全体が見通せなかったことです。授業は私が4年の前期に行われましたが、とにかく教材を作ったりするので精一杯で、それほど計画的だったわけではありません。後で様々な分析が可能なように、色んなデータを収集できるようにしましたが、それでも後々の分析の時に方針が立てられずに困りました。本来的には、分析の方針をしっかり決めておいてからデータを収集するのが基本なので、これはあまり大きな声では言えません。

eラーニングの受講者には、どういう意見・要望がありましたか?

多くの人は、自分のペースで学習が進められることを好意的に捉えていました。また、教材の操作に関する戸惑いや、「教材の内容が足りない」など、教材の記述のレベルに対する不満がいくつか見られました。授業の構成が特殊だったので、説明不足がひとつの要因だと考えています。

授業に出てこなくなり脱落してしまう受講者の人たちは、あまり意見の表明をしません。私の研究でも少し触れていますが、そうした人たちをどうやってサポートするかは重要だと思います。

今後、効果的にeラーニングを実施するためにはどういうことが必要だと考えましたか?

教える行為や教材そのものの質を高めることは当然として、学習者の動機づけと、学習者への支援が必要だと思います。いかに学習者が学ぶように仕向けられるか、いかに学習者に働きかけるか、ということです。学習者個人に働きかける場合もあれば、学習者の集団に対して働きかける場合もあると考えられますが、このような学習者への働きかけは、eラーニングでは、やはり情報通信技術を通じて行われると思います。

「eラーニング」教材を作るに当たって苦心したことは何ですか?

授業が毎週あるので、締め切りに間に合わせるのが一番大変でした。これは冗談ではなく、本当に苦労しました。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

卒論には、何よりも自分が興味を持てるテーマを選択する必要があると思います。1年以上の時間を費やすことになるので、興味が無いテーマを安易に選択してしまうと、卒論を書くのが辛くなってしまうと思います。

また、客観性についても気を配る必要があると思います。科学的な分析手法や先行研究の調査などを行うことは重要だと思います。自分の考えだけで研究を進めるのではなく、指導の先生や先輩・同級生などとよく議論して欲しいと思います。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

「興味深い」との評価をいただきました。eラーニングの、特に脱落に関する研究は新規性があるので、その部分を評価していただいたと考えています。

大学院に進学後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

まだ具体的な研究計画にはなっていませんが、eラーニングの脱落者をどのようにして予測するのか、また脱落しそうな学習者に対してどのような働きかけをするのか、ということについて、引き続き興味があります。最近では、数理的なモデルを用いて脱落の危険性をシステムが推定できるようなしくみを検討しているところです。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

私の研究はeラーニングに関することですが、この分野は認知心理学の領域や、企業経営の情報化などと関係が深いので、専門の領域だけではなく、そのひとつ隣の領域のことが学べたことがとても訳に立ちました。

 

指導教員講評
指導教員:堀田龍也
M・S君の卒論では、最近ニーズが高まっているeラーニング分野のシステム開発を行いましたが、机上の空論ではなく、現実の場に適用したことに魅力があります。大学における授業の課題を分析し、これを回避するためのシステムを設計・開発し、実際の運用の中からこれを評価した点が高く評価できます。M・S君は大学院に進学し、eラーニングの適用や課題について具体的に研究を進めていくでしょう。

取材・編集:M(2003/03/14)

【私の卒業研究】 K・Nさん 「浜松市におけるコンビニエンスストアの立地要因についての研究」

   (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

浜松市におけるコンビニエンスストアの立地について研究を行いました。
浜松市はコンビニエンスストアの1店舗あたりの人口が臨界値である3,000人をきっているため、コンビニエンスストアの飽和説が当てはまります。ゆえに、浜松市におけるコンビニエンスストアの飽和説を検討することを最終課題にしました。

まずは浜松市に存在するコンビニエンスストアの立地状況を把握し、その特性を分析しました。そして、主要な立地要因を選定してコンビニエンスストア立地の重回帰分析を行い、コンビニエンスストアが多すぎる地区と少なすぎる地区について、その要因を検討しました。

その結果、浜松市においてコンビニエンスストアの飽和説が成立しないという結果を導き出しました。

「コンビニエンスストアの立地要件」に取り組んだ理由を教えてください。

 コンビニエンスストアは私たちの生活に深く浸透し、日本全国どこへ行っても見かけるようになりました。その中で、身近な存在であるコンビニエンスストアに漠然と興味をもち、どのような場所に立地しているのかという疑問を抱くようになりました。そこで文献を読んで調べてみると、コンビニエンスストアの飽和説が浮上しているということを知って益々興味が出てきたので、卒業研究として自分なりに詳しく追求してみたいと考え、このテーマに取り組むことに決めました。

これまでの関連する研究と比較して、あなたのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

コンビニエンスストアの立地に関する研究で、飽和説をテーマにした研究は今までにないので、新しい試みであったと思います。また、メッシュ地図を用いることで、コンビニエンスストアの立地分布を、人口や世帯特性など様々なデータと比較することができたので、立地要因の詳しい研究ができました。
反省点としては、廃業店との関連も含めて研究を行えば、さらに説得力のある論文に仕上がったと思うので、そこまで手が及ばなかったことが残念です。

この論文には、授業では習わないはずの分析手法が数多く使われていますが、どうやって身につけたのですか?

私の卒業研究の副査を担当してくださった西原先生に分析手法のアドバイスをいただき、分からないことは教えてもらいながら研究を行いました。私一人の力では、ここまで仕上げることができなかったと思うので、西原先生には深く感謝しています。

3つのコンビニエンスストア会社にインタビューしています。その過程で得られた知見や興味深かったことは何ですか?

あるコンビニエンスストア会社の店舗開発担当の方が、コンビニエンスストアの立地地点を決定するまでの過程を話してくださったのが興味深かったです。
コンビニエンスストアに最適の土地を探し出し、その地点に店を置くことを会社側に説得する際の苦労話などを聞くことができました。

また、コンビニエンスストア業界には、立地戦略以外にも興味深いことがたくさんあります。例えば商品の陳列方法や、POSデータの利用方法、時間別の客層データなどです。私は立地について研究をしましたが、コンビニエンスストアの経営戦略についての研究は多種多様であり、どのテーマでもおもしろい研究が可能だと思います。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

なるべく早い時期に取り組むことが大事だと思います。私は真剣に取り組むのが遅過ぎたために深く追求する時間がなく、やり残したことがたくさんあります。卒論は大学生活で最後の勉強であり、しかも独自の研究ができるので努力をすればそれだけ自分に返ってくるものだと思います。手をぬくことよりも、努力することを勧めます。

コンビニエンスストアは今後、どう変わっていくと思いますか?

卒論の中では、浜松市においてコンビニエンスストアの飽和説は当てはまらないという結論を導き出しましたが、飽和状態に近づいていることは確かだと思います。今後は新規出店が当分続くとは思いますが、それと同時に廃業店も増加すると思います。そして近いうちにコンビニエンスストア業界も安定期に入り、店舗の増減が落ち着いてくると考えます。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

本格的に研究を始めるのが遅れたために、先生方には大変迷惑をおかけしましたが、短期間での私の努力は認めてくださり、誉めていただけたのでよかったです。

卒業後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

卒論の内容を生かすというよりも、卒論に取り組む過程で得たものを生かしたいと思います。何よりも、努力することの大切さ、努力をしてやり遂げることの清々しさを改めて実感しました。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

幅広く学ぶことができる学科であるため、自分が何を学びたいか、何をしたいかを常に考えなければいけない学科であると思います。したがって、「考える」力を習得できたと思います。

指導教員講評
指導教員:藤井史朗
コンビニエンスストアの立地戦略というテーマであり、何らかの数量化的分析が必要であったので、副査の西原先生に事実上の指導をお願いした。そのおかげもあって、先行研究のフォロー、問題設定、仮説構築、分析方法の明示、分析と考察の全体にわたって大変シャープな論文となった。特に、浜松市へのコンビニの立地について、数量的傾向から外れている地域に対する具体的な考察をしているところがおもしろい。また、静岡大学周辺にコンビニが不足している、という指摘は、直後に大学周辺にコンビニが立地したことによっても証明された。

取材・編集:I(2003/03/23)

【私の卒業研究】M・Wさん 「電子自治体の動向調査研究-遠州地域を中心に-」

 (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

私の論文は遠州地域を中心とした電子自治体の動向調査研究です。卒論の流れとしては、まず自治体とはそもそも何のために存在するのか、自治体の本旨を法律の点から考察しました。

次にIT時代へ向けた政府の対応を調査し、電子自治体によってどのようなことが実現されるのかまとめてみました。それらをふまえた上で、各市役所へ訪問調査へ出かけ、遠州地域の情報化がどこまで進んでいるのか調査しました。

「電子自治体」という問題に取り組んだ理由を教えてください。

自分が興味を持っていたテーマであったというのが第一で、昨年の住民基本台帳ネットワークの導入や合併問題など、タイムリーなテーマであったのが取り組んだ理由です。

これまでの関連する研究と比較して、M・Wさんのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

訪問調査がうまくいったのがよかったです。調査に行く以前の段階である程度関連する文献などを読み、自分なりに卒論の枠組みが完成していたので、うまく調査結果を卒論でまとめることができました。また、それぞれの市がもつ地域性が調査によって浮き彫りになったのがよかったと思います。反省点としては各市の情報化に関するデータの比較という視点において調査しておけば、もう少し深い内容の卒論になったのではないかと思います。

この論文を書くに当たり、多くの自治体に調査に行っていますが、調査の過程で苦労したことはなんですか? あるいは、印象に残ったことはなんですか?

訪問調査の場合、相手の都合もあるので何度も足を運ぶのは難しく、できれば1回か2回の訪問で自分の知りたいことを聞き出さなければならず、質問項目を事前に考えるのに苦労しました。印象に残ったことは、同じ遠州地域とはいえ、市が違えば市役所の建物から、政策方針までまったく違った特徴をもっているということです。それぞれの市が持つ地域性というものがわかっておもしろかったです。

自治体の合併が全国で行われています。合併後の電子自治体のあるべき姿について、意見はありますか?

合併というのは市民にとっても、市の職員にとっても歴史的な変化であるといえます。これをよい機会として、これまでの古い体制を思い切って変更する努力が必要であると思います。文書管理や、セキュリティーポリシーなど合併後の新たな自治体見合った改善をして欲しいです。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

自分が興味を持てるテーマ選ぶのが一番だと思います。卒論のテーマはある程度自分で決めることができるので、自分が調べたい、知りたいと思えるテーマを選べば論文作成は楽しいものになると思います。

八重樫先生の指導でどういうことが役に立ちましたか?

この卒論を書き始める前は電子自治体に関する知識がほとんどなかったため、どのような卒論にするのかその枠組み作りにおいて、大変協力していただきました。訪問調査を行う場合学生だけで行くのはなかなか難しく、毎回同行していただき、それによってより深い調査を行うことができました。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

自分ではよい評価がいただけたと思います。

卒業後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

電子自治体の動向は今後ますます新聞やテレビで目にするテーマだと思うので、今後どのような方向に進んでいくのか注目し、この卒論で勉強したことをもとに、一市民として自分の意見が言えるようになりたいと思います。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

文系の人間がコンピューター社会を見る視点というのを学びました。理系のプログラマーと完全な文系の研究者との間に立ち、両方をうまくリンクさせる。これからの社会においてますます必要とされる人材だと思います。

 

指導教員講評
指導教員:八重樫純樹
完璧な文系人間でした。3年次後半にカナダに語学留学し、半年後タイに渡って東南-東北アジアを巡ってきました(1年間休学)。

 貿易系に就職希望で、一発で決めました。当初はデジタルアーカイブ系調査研究希望でしたが、行政の合併や情報化動向が急速であり、私の勉強も含め、このテーマを薦めました。研究室として新たな領域への開拓で、研究の枠組み作りと基本データの収集が一番重要でした。彼はそれをしっかり受けとめ、遂行し、良いデータを残してくれました。

 もう少し早くから実際の自治体の活動実態について学んでおくべきでしたが、これは私の責任です。以降も研究室として地域情報化の調査研究は継続してゆきます。これを契機に反省を含め、色々指導方法も考えます。これから自治体の合併がITとの関わりの中で本格化します。日本全体が動的に大きく変わります。この卒研はその第1歩なのです。彼の人生も必ず関わってゆくはずです。人生を通したテーマとしてもらいたいと思います。

取材・編集:Y(2003/03/12)

【私の卒業研究】O・Kさん 「Web資源のXML記述に関する研究・開発」

  (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

「XML」という、データ記述用の言語があるのですが、それを使ったデータベースを作り、その作成過程を通して、今後の情報流通と活用には何が大切で、どういったことに気をつけなければならないかを考える。また、そのためには、今ある最新の技術や規格のうち、何をどのように応用すべきかを考える。…専門用語が多いので、わかりやすく噛み砕いていうと、だいたいそういった感じの内容です。

「XML記述」に取り組んだ理由を教えてください。

これは、近年問題になってきている、情報氾濫の観点からです。
IT=情報技術の進展によって、私たちの周りには「情報」というものが溢れるようになりました。特にこの10年、インターネットの普及によってその情報量は爆発的に増えてきてるんですよね。で、そうなってくると、だんだん収拾がつかなくなってきた。どれが正しい情報なのか、どれが新しい情報なのか区別がつかなくなってきているんですよね。何年前の情報かもわからない情報が、未だに「最新情報」というキーワードで平気でサーチエンジンに引っかかってくる。

 データベースは情報を貯めておいて、あとでその情報を有用な形で活用できるようにするための仕組みなのですが、このように情報が溢れて整理がつかなくなると、その機能が麻痺するようになってきているんです。どの情報を保存して、どの情報は廃棄すべきで、どの情報は修正が必要なのか…こういったことが区別できない以上、とりあえず全部の情報を蓄積するしかありません。ところが、そうやっていくうちに、そういった不要な情報が雑音として入り込み、データベースの機能を低下させはじめました。

 さらに、情報量が増加して、その情報自体も全て貯めておくことはできなくなってきたんですね。もはや、整理がつかないという次元を通り越して、格納しきれないというところまできているわけです。ちゃんと分類整理されていれば廃棄すべき情報がわかり、保存する情報の総量を大きく減らすことができるんでしょうが、現状ではそれができません。卒論のタイトルでは、「Web資源」と表現していますが、実はインターネット上にある情報は、人類共通の貴重な情報資源でもあるわけです。せっかく蓄積した情報を、蓄積しきれないからというだけの理由で、ゴミ情報ごと有益な資源も廃棄しちゃっていいのか?という考えも起こってきます。で、こういう状況にきてやっと気づくわけです。…情報ってどうやって保存・管理して、どうやって流通させればいいんだろ?と。

 この卒論でXMLに注目したのはこういう事情があったからです。XMLは今後の情報流通フォーマットとして注目を浴びています。XMLは情報の階層構造を表現できる上に、インターネットを通じてやり取りができたり、特定のソフトウェアに依存しないという強みを持っています。

 さらに、XMLで文書を作成すると、コンピュータのプログラムで自動的に処理することが出来るようになります。例えば、有効期限の切れた情報は自動的に削除するとか、特定のキーワードで自動的に分類保存する、さらには内容を一部自動的に修正して保存するということまで可能です。今までの文書フォーマットでは残念ながらこれができませんでした。

 この卒論ではそういったXMLの長所を、円滑で効果的な情報の流通と活用に活かせないかと、いろいろと思案してみました。

これまでの関連する研究と比較して、O・Kさんのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

XSLTというXML変換用の言語(…というか本来はXSLという規格に含まれる機能の一つなんですが)があるですが、それを使えば、XML文書を自由に加工・変形することができます。このXSLTを使いネイティブXML(生のXMLファイル)のままデータベースとして利用できることがこのシステムの長所であると考えています。生のXMLのままですから、データをそのままの形でインターネット等で流通させることができますし、XSLTで変形させて流通させることもできます。

データが生のXMLですから、他のシステムにも簡単に組み込んだりもできます。構想のみで実装にまでは至らなかったんですが、このXSLTの機能を応用すれば、インターネットを経由したデータベース間での横断検索なんかもできるかと思います。

 反省点は、「データベース」と言いながら、実はまだできることが検索のみなんですよね。データの更新や削除ができなければデータベースとはやはり言い難いと思います。この問題には、今後も開発に取り組んでいくつもりです。

この論文を読むと、大学の授業を越えた知識を持っていないと書けない部分があるように思えます。O・Kさんは、どうやってその知識を身につけましたか?

関連する書籍やWebサイト、それに、自分より多くの技術と知識を持った人から聞いた…ということになるかと思いますが、結局、何でも自分で興味を持って知識を得ようとすることが大切だと思います。静岡大学情報学部の良いところは、文理融合型の学部であるということです。自分はその利点を活かして、理系学科である情報科学科の授業にも積極的に参加するようにしました。

 あと、学部内では学生中心の様々なプロジェクトや勉強会が開かれています。そういった場にも積極的に顔を出し、科学科の人や先輩方から様々な知識や技術を吸収するようにしました。じっとして無難に過ごしていれば、技術も知識も何も付かないまま、4年間なんてあっという間に過ぎてしまうと思います。個人的に、何も残らないまま4年間の学生生活を終えるのは嫌だったので、なんでもかんでも顔を突っ込んでみたのが良かったのかもしれませんね。その分、関係各位にご迷惑をかけた面も多々あったかと思いますが(笑)。

この論文を通して、今後の情報社会の進むべき道をどう考えましたか?

円滑で効率良い情報の流通と活用のためには、そのルール作りが大切であるということを思いました。そのためには、情報を格納する受け皿となるフォーマットの規格化が大事だと思います。

ご存知のように、インターネットというメディアの誕生によって、誰もが自由に情報発信ができるようになりました。しかし、現在の情報氾濫の原因はここにあると考えます。誰もが好き勝手に情報を生成して発信してしまっているのです。

 じゃあ、ちゃんとルールに乗っ取った情報を作りなさいよ、と言ったところで、不可能なんです。なにしろ、そのルールがイマイチちゃんと定まってないんですから。ルールとフォーマットが曖昧なまま、とりあえず情報を流すインフラのみを整えてしまった。…これが今の情報社会なのです。

ですから、今後の情報社会は情報流通インフラの整備よりも、流通させる情報の内容(コンテンツ)の整備に力を入れるべきでしょう。情報をどう流すかではなく、どのような情報を流すか、そこを考えるのが情報社会学を学んだ者としてのこれからの仕事だと思います。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

事前調査を踏まえ、夏休み前からシステムの開発にあたったのですが、結局検索のみの未完成なシステムになってしまった。文系人間ですから、やはりプログラムを書いてゼロからシステムを作り上げるのは相当な苦労があります。特にこれから卒論にかかろうとする3年生・4年生の方は就職活動で忙しいでしょうが、できる限り早目に卒論に取り組むことをお勧めします。

 あとは、とにかくやってみる、行動に移してみることです。システムを開発するなら、できるかどうか迷っているよりも、まず画面に向かってみる。社会調査をやるなら、アンケートを取るなり、聞き取り調査を行うなり、まず行動を起こしてみることです。後手後手に回ると、結局提出間際になって寝れない日々を過ごすことになります。事前に自分の体を動かして得たデータや知識は、最後になって必ずどこかで活きてきます。

 最後に、卒論を書いていると、大体こんな風に書いてこういう結論に落ち着くだろうと、最初の頃思っていたのとは違う方向に論文の流れが進んで行くことがあると思います。壁にぶつかり、論拠の修正を余儀なくされることも多々あることでしょう。正直、「本当にこんな調子で卒論が完成するのだろうか」と不安になります。ですが、それが当たり前なのです。卒論も大きな一つの勉強なんですから、書いているうちに新たな発見や結論に至るのは当然のことです。むしろ、何も新たな問題点や修正点が見つからない方が問題です。最初に思った通りに何の障害もなく書けてしまうなら、その論文が、3年生の時点の知識や発想でも簡単に結論に至ってしまうレベルのものでしかありませんから。

 卒論は4年間学習してきたことの総まとめですから、大変なのは当たり前です。へこたれずにがんばって良い論文を書いてくださいね。

八重樫先生の指導でどういうことが役に立ちましたか?

情報の流通と規格化に関する部分は、日々、ゼミ室で先生とお話をするにあたり、自然に身についてきた考えだと思います。これは先生のお話の受け売りなんですが、情報の流通というものは、水道に例えるとよくわかるんですね。水が情報にあたり、水道管はその水(情報)を流すインフラ、つまり、インターネット等のコンピュータネットワークにあたります。

 ところが、今それを流れる水(=情報)の量が増え、水質(=情報の質)の管理が追いつかなくなってきています。情報技術の発展は太い水道管や高性能なポンプを開発することばかりに主眼が置かれ、肝心のどんな質の水を流すかはほとんど考慮されていないのが現状です。言葉が悪いかもしれませんが、今の状態ではやがて汚水しか流れなくなってしまいます。

 データベースは情報を貯めておくタンクなわけですが、汚水ばかり貯めていても意味がありません。ちゃんとした使える水(質の良い情報)を流すには、その水質の管理が重要なわけです。水質を管理する役割を担っているのが水道局であり、情報に関する各種の規格やルールであるわけです。

自分はただ、その水道局をどう作るかを考えたのみであって、実は、この論文の最も本質的な部分であり、また大前提でも結論でもある部分は八重樫先生の影響を大きく受けています。そういう観点で見ると、八重樫先生から多くのことを学ばせていただいたと思っています。

 あと、自分から問題解決のために行動を起こすという姿勢も、日々の研究室での指導で身についたように思います。先生は、いちいち細かく指導はしてくれません。ある程度のアドバイスというか行動指標を示していただくのみで、あとは全て自分でやるべきことを見つけて動くしかありません。サーバやプログラミング等の知識も全て自学自習で身につけました。これは、大学生、そして、研究者としては当たり前の姿なんでしょうが、最初はやはり戸惑いました。

主査・副査の先生の評価はどうでしたか?

うーん、いやはやなんとも(笑)。主査の先生からは、そこそこの評価は頂きましたが、論文の構成や表現面で問題があるとの指摘を受けました。

 副査は情報科学科の先生だったので、もっと厳しかったです。理系の先生ですのでプログラム等でも誤魔化しが効かないので、良くわからなくて逃げた部分とかは、ものの見事にツッ込みが入りましたね。最後の最後までビシッと指導していただきました。主査の先生にフォローしてもらいながらまぁ、なんとか単位を認めてもらったって感じでしょうか。

大学院に進学後、この論文でまとめたことをどう生かしたいですか?

前にも言いましたが、この論文で開発したシステムは未完成です。今後もこのシステムの開発を続けることになりそうです。その過程で、情報流通のための規格やルールを作るために、できることなら社会に対して何らかのアクションを起こしてみたいですね。日本はこういった規格の整備が、欧米と比較して遅れを取っています。機会があれば、海外に調査にも行ってみるのもいいんじゃないかなー、とか思っていたりします。

情報社会学科で学んだこと・得たことはなんだと思いますか?

何でも自分から求めて行こうという姿勢です。自分からやりたいことを考え、問題点を把握し、それについて自ら知識を得たりしながら解決をみる。…大学教育は高校までの教育と違って、上からああしろこうしろとは言われません。つまり、完全に自由なのです。だからこそ、自分から積極的に求めて行くようにしなければ、何も降ってはきません。

 4年間というフリーで貴重な時間を、何にどう使うのか? じっとしていれば、じっとしたまま4年間は過ぎていきます。現在在学中の皆さん、そして、これから大学生になろうとする皆さん、そのことを肝に銘じて、有意義な学生生活を送ってください。

 最後に、情報と社会の関係について自分なりの見識や考えを持てるようになって、こういった場であれこれ喋れるようになったのも収穫の一つかもしれませんね。

指導教員講評
指導教員:八重樫純樹
文系、理系どちらでもこなせるセンスと能力を有しておりました。
XMLについては先輩が調査研究を行なっており、3年時点から実開発研究として取り組む姿勢でおりました。社会学科で開発研究は大変なのですが、情報科学科の授業や勉強会に積極的に参加しており、この1年間で目安がつく程度まではやれると思っていました。

 アラっぽい指導ではありましたが、自分で積極的に色々調べ、勉強して問題解決を行なっており、当初の予想通りの成果を出してくれました。

 卒研で大事なことは、新たな知識獲得は基本ですが、問題発見、解決の方法を身につけることです。これを率先してしっかりやってくれました。大学院では社会先端の実状況に触れながらさらに視野を広げて欲しい。またアルゴリズムやプログラミング等の情報科学の基礎をもう少ししっかり身につけて欲しいと思います。

取材・編集:N(2003/03/12)

【私の卒業研究】I・Aさん「Japan through foreigners’ eyes: Hearing life stories through interview」

   (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

「異文化を持った外国人の目で、日本とその文化を見つめ、そこから見えてきたものを考察する」というのがこの論文の主旨です。8人の外国人の方へのインタビュー内容がこの論文の重要な題材であり、土台です。

 前半では、社会学的な手法としての「インタビュー」について、その意義と手法、テクニックなどについて研究し、さらにそれら知識として学んだことを、私が実際のインタビューの中で消化し応用していったかといことを客観的に分析しています。

後半は8人それぞれインタビュー内容の主な流れがわかるように要約して紹介し、そしてこの論文の核として、全てのインタビューの中から特に意義深い3つのトピックに焦点をあて深く考察しています。

卒論には、「This research is a process of discovering myself」と書かれています。この問題に取り組んだ理由を教えてください。

 私自身が個人的に抱えていた問題の原因を追求したかったからです。異文化に触れ、体験するようになってから、私が日本でよく抱えていた葛藤は、日本文化に由来するものがあると気づき、自文化に対する違和感や居心地の悪さを持ち続けていました。そしてある日、留学先のアメリカで、「home」というテーマの論文課題が与えられました。漠然と感じていた「感覚」を、文章という具体的な形で表現するために、初めてこの違和感による内面の葛藤と正面から向き合うという作業をしました。

私はこの論文の中でその違和感の理由を、「一個人としての自我と日本文化において様々な集団の一員としての自我との間に衝突がある」と結論づけています。この気づきは、自分の内面の葛藤と向きあうためのスタートになったに過ぎません。なぜなら、私の葛藤の根本と正面から向き合おうとすればするほど、答えは単純ではなく見つめるべき問題はまだ深いと思わされたからです。そして、この作業の続きを卒業論文で取り組んでみたいと考えました。

卒論はすんなり進んだのですか?

 最終的に今の論文の形になるまでは、随分と試行錯誤を繰り返しました。私の個人の葛藤の理由を突き止めたいという思いをどのような形で論文にできるのだろうかと悩みました。何かヒントになればと様々な文献も読みました。しかし、既に成されている研究では、自分が目指す形にしっくりとあてはまらない。そんな折に、社会学的な手法でもあるインタビューを使うことを、教授に提案されました。私と同じように自我と文化との間で苦しんでいる人がいるかもしれない、その人たちがどのような問題にぶつかり、それとどう向き合っているか聞いてみたい、また日本という異文化で暮らしている外国人の目で、日本やその文化を見てみたいと考えました。

そこで、研究の中心となる題材を彼らが語るインタビューの内容にし、それに対しての私なりの視点や意見、考察を重ねていくことにしました。日本文化とは異なる様々な文化を持った彼らのメンタリテイに入り込み、彼らの目で世界を見るという過程が、私自身の自文化への洞察を明らかにしていくことにも繋がると考えたからです。

この論文を通して、あなたは日本や自分自身を客観的に見つめ直す作業をしたのですが、そこで得た知見を教えてください。
また、「This experience will be a big step toward my future life and help me to understand the world that I am in.」と論文中に述べられています。この論文で得たことが今後のあなたにどう生かせると思いますか?

8人の外国人と対面している間中、実はそれは彼らを通して自分自身と向き合ったプロセスだったように思います。なぜなら、それは自分の感情の変化を追った過程でもあったからです。

初め私は、語り手の話に感嘆を持って共感しました。しかし、そのあとに自分の中に「怒り」の感情が芽生えたのです。彼らの発言に対する怒りです。そしてこの「怒り」は、私が彼らの発言をより高いレベルで理解しようとする試みを阻む要因になったのです。なぜなら私は日本文化-それはある意味において「自分自身」と置き換えることが可能なもの-を外部の攻撃から守ろうとしたからです。
これは一種の人間の本能的なデイフェンスメカニズムなのだと思います。しかし、この通過儀礼とでもいうような初期の心理的葛藤を超えることができたとき、私は自分の属する文化から自由になり客観的に日本や自分自身を見つめることができたのだと思います。

 自分の属する世界や自分自身を客観的に見つめるということは、決して簡単なことではありません。けれど、必要なことです。離れたところからもう一人の自分を眺める、また相手の立場に立ってみようと試みる、相手の気持ちに思いを寄せる、こうした想像力こそが私たちに必要な力なのだと思います。なぜなら、私たちが生きている社会は白と黒、1と0で成り立ってはいません。もっともっと複雑で多面的です。自分の見ている方向からだけでは本質は見えないのかもしれない。主観的な囚われから自由になり、自分と他の視点とを自由に行き来できるようになったとき、自分を取り囲む社会の全体像が見え始め、また、自分がより自分らしくしっかりと立てる場所を発見することができるのではないかと思っています。

この論文を書くに当たり、8人の外国人にインタビューしています。その過程で苦労したことはなんですか? あるいは、印象に残ったことはなんですか?

インタビューそのものの過程は、とにかく楽しかった。豊富な経歴・経験やユニークな日本との関わりを持つ留学生や外国人の方々の話が聞けることをただただ楽しくてインタビューをしているという感じでした。初対面の人がほとんどでしたが、会話が途切れて困ったりしたことはほとんどありませんでした。

ただ、常に気をつけていたことは、相手の警戒心をなくすことです。彼らが普段考えていることを、普段のままで語ってほしいという思いから、自然体で友達と会話するような雰囲気をつくろうと努めました。そのため、形式だった同じ質問を全員に投げかけるのではなく、自己紹介や来日したきっかけなどの話から始めて、あとは自然に会話が流れるまま質問を広げていきました。意図的に質問を用意しなかったもう一つの理由は、同じ質問に対する答えではなく、彼ら一人一人のオリジナルな物語を聞くことのほうが私にとって意義のある経験だと考えていたからです。

苦労したこといえば、インタビュー後の作業です。インタビューを録音したテープを聞き直し、全ての会話を文字に直していく、いわゆるトランススクリプトを作成する作業です。これはインタビューにとって非常に重要な工程です。1つは、インタビュー内容を文字にして保存することで、時間がたってからでも会話の全内容を掴みやすくできるという意味においてです。

さらにもっと意義深いのは、テープを聞き直す過程で、インタビュー中の自分の進行や質問方法を客観的に分析し、評価・反省できるという点です。そうはいっても、8人分、1人平均1時間半に及ぶインタビューの全スクリプトを作成することは、根気のない私にとってかなり大変な作業でした。

これまでの関連する研究と比較して、あなたのこの論文の長所はなんだと思いますか? また、反省点は何ですか?

独自性が長所だと思います。私のインタビュー中で交わされた会話は、聞き手である私と一人一人の話し手の間にだけ起こり得た、この世に二つと存在しないものです。

例えば、一般的に日本文化の特徴であるといわれている「ウチとソト」に関わることについて複数の人が語ったとしても、語り手一人一人がそれに遭遇した状況、またその捉え方は千差万別です。そういった個々の具体的な事例を題材にして、さらに「私」という個人の経験や普段感じていることも加え、それらを学問的に考察しているという点で、また語り手と私自身の内面の葛藤を描写している点においてもこの世に二つと存在しえない論文になったと思います。

浜松という街は、外国人の比率が高いところです。さまざまな文化を持った人が住む街として、どうあるべきだと思いますか?

シンプルに、お互いがお互いについてもっとよく理解し合うことだと思っています。日本人と外国人との間にどれほど先入観や誤解が多いことか。それは、相手の物差を持っていないがゆえに、お互いに自分の物差に相手を当てはめるからです。

例えば、今回のインタビューを通して、日本人が「すみません」を頻発することに多くの外国人が違和感を抱いているということを知りました。インタビュー後すぐに、どれぐらい自分や他の日本人が「すみません」を使っているか意識的に観察し、その多さに驚きました。日本人は挨拶がわりに「すみません」を使う民族なのです。だから、日本人が海外に行くと「すみません」の代わりに「I am sorry」多用してしまい、それが外国人には奇妙に映るということがあります。「すみません」は「I am sorry」とイコールではないのです。論文中で詳しく述べていますが、「すみません」の頻用には、日本人独特の心理的背景があります。その深い意味を外国人の方が知れば、日本人の「すみません」の多用に対して何か新しい見方を持つかもしれません。

表面上の感覚や行動の違いに否定的な反応するだけではなく、その違いの根本の理由を理解していくことにより、より寛容に相手を受け入れられるようになるのではないでしょうか。それを自分たちから相手に説明していく努力も、日本人・外国人を問わず必要なことです。そのためにはまず自分や自文化をよく知ること、そして相手を知ろうとする好奇心と想像力を持つことです。お互いが興味をもって向き合った時に、両者の隙間は埋まっていく気がします。

卒論を書くに当たって、後輩になにか助言はありますか?

自分の興味のあることに素直に向き合ってみて下さい。

「どういう場合に、どういう事についてどんな感じを受けたか、それをよく考えてみるのだ。そうすると、ある時、ある場所で、君がある感動を受けたというくり返すことのできない、ただ一度の経験のなかに、その時だけにとどまらない意味のあることが分かってくる。それが、本当の君の思想というものだ。」

これは、吉野源三郎著、『君たちはどう生きるか』(岩波文庫)からの引用です。目先の損得や怠惰な気持ちからではなく、自分が何かしみじみと感じたり、心の底から思ったことをごまかさずに、その意味を考えてみてほしいのです。

幸いにも、情報社会学科の卒業研究はテーマ選択の自由度が高く、それができるまたとないチャンスです。さらに、多種多様な分野においてそれぞれの専門に精通した教授陣がいます。彼らを通して様々な世界を覗くことができる、こんな贅沢な環境に身を置くことは人生の中でもそうないと思います。与えられた時間と環境、生きた知的データベースをフル活用して、自分の思想を発見し、私的好奇心を満たす研究をしてほしいと思います。

 

指導教員講評 Comment on this thesis
指導教員:M.J. Guest
One reason why Ms. A. I.’s work is so good, I believe, is that the topic she chose was something that she is personally so involved in and enthusiastic about: her own experience of forming an identity in the context of two different cultures. She adopted a research method known as “qualitative interviewing,” the techniques related to which she researched and executed artfully. This is a flexible and systematic approach that enables a researcher to obtain and interpret deep subjective responses from a group of interview subjects. Qualitative research of this kind requires communicative skill, intelligence and sensitivity, all of which she demonstrated eminently. Her observations on her own part in the interview process and its contribution to her own personal development were also most satisfying for their maturity and concurrence with contemporary qualitative theory. I should add that her English writing ability, which was already at a good level, improved noticeably during her year and a half’s graduation research work in my laboratory, and her thesis is substantial (about 50 pages) and well written. In my laboratory I try to promote the abilities of students to work and think independently and intellectually, and I am happy to see these qualities reflected in Ms. A.I.’s work.

取材・編集:Y(2003/03/23)