【私の卒業研究】Sさん「地方自治体における文書館設置と文書の電子化について」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

私は「文書館」と「文書の電子化」という2つの柱で卒論を書きました。文書館とは国や県、市町村等行政機関、または企業、その他団体などがその活動の中で作成したり受け取ったりした記録資料を永久保存して、一般の利用に供する施設です。

日本では文書館と聞いてピンとくる人は少ないと思いますが、欧米では博物館、図書館と並ぶ3大文化施設として広く認識されています。

特に、行政機関は日々大量の文書を作成・処理しており、それら文書は私たち国民・住民に対し、説明責任を果たすための重要な資料となります。しかし、それらすべてを保存することは現実的に不可能なので、保存期限を定め(30年原則に従い、最高30年と定めているところも多くある)、保存期限の満了した文書は廃棄しているのが現状です。

しかし、これでは30年後には、現在の行政資料はすべて無くなってしまい、現在の街の様子や状況を知ることが出来なくなってしまいます。また、2001年に施行され注目を集めた「情報公開法」は、保存期限が満了していない文書(現用文書)にのみ効力を持つものであり、保存期限が満了した文書(非現用文書)は対象外であることはあまり知られていません。さらに現在進む市町村合併により、文書の散逸・廃棄が危惧されています。

このような状況において文書を救済する1つの手段が文書館というわけです。日本には2006年1月現在、都道府県文書館は29館、市区町村文書館は20館あります。これは欧米等諸外国と比べ、格段に少ない数字です。

そこで本研究では、近年における文書館設置の傾向についてまとめ、文書館設置に結びつきやすい要因を探り、どのように文書館を設置すべきかについて考察しました。さらに情報技術の進展により登場してきた「電子文書」の課題を踏まえ、文書館は電子文書をどのように扱おうとしているかについてまとめました。

このテーマを選んだのはどうしてですか?

研究室の先輩方の卒論を読んでいて、「アーカイブ」「文書管理」に漠然とした興味がありました。卒論テーマについて八重樫先生と相談したとき、それではとりあえずの方向性として「文書館設置の目安」を考察してはどうかというアドバイスをいただきました。

しかし、これがやってみたら難しかった。苦戦しました。目安はあるようでないようなものだったので。先生はそう簡単にはいかないと初めからわかっていたようです。多分、いつかは自分で気づくだろうということだったのでしょう。してやられました(笑)

 最終的に、頭を切り替え、そこから派生した形で全国の文書館の設立経緯から設立の要因を探ることを目的にしました。

この論文を書いて得られた知見はなんですか?

静岡県市町村を対象とした調査では文書館については、ほとんどの自治体がその必要性を認めていました。しかし、長引く財政難で設置が困難というのが多くの自治体の見解です。

その一方で、全国には小規模自治体ながらボランティアを募って文書館を設置した団体や文書館設置に積極的に取り組んでいる団体もありました。文書館設置は、文書は住民のものであり、地域の歴史を知る上での財産であるという文書に対する「考え方」の違いが大きいと感じました。

他の文書管理研究と比較して、Sさんの論文の長所は何ですか?

全国の10の文書館についてその設立経緯を比較した点であると思います。また私の卒業研究は、3年前、1年前の先輩の卒業研究を引き継ぐ形となっているのでそれを踏まえたうえで文書館施設やその利用についても詳しく触れられたと思います。あとは近年の文書館設置動向として設置年度の新しい文書館や設置予定の団体を研究の主な対象にしたことも新しいと思います。

卒業研究を進めるに当たって、後輩に何かアドバイスはありますか?

テーマ・構成をある程度決めたら、出来るだけ早く書き始めるとよいと思います。

 私の場合、資料等はある程度読み、頭の中でまとめてはいたのですが、実際書き始めてみると、調べ足りないことがかなり出てきて、構成から見直す必要がありました。

 

締め切りまでそれほど時間がなく、愕然としたのを覚えています。また締め切りぎりぎりはよしましょう。体力にいくら自信があっても3日間ほとんど眠らずではさすがに集中力が落ちます。精神的にもつらいです。

 ある程度余裕をもって取り組むことをおススメします。

主査・副査の先生からどういう指導・講評をうけましたか?

主査の八重樫先生からは、文書館設置の目安を地域の歴史という観点からも調べられたらよかったというコメントを頂きました。副査の藤井先生からは10の文書館について調べたことを評価していただきました。また自分でも感じているのですがもう少し電子化について踏み込んで書ければよかったとの講評をうけました。

情報社会学科で過ごした4年間に学んだことは何ですか?

まず挙げたいのは、自分で主体的に動くことの大切さです。

 先生方は、私たちが積極的に動けば、それに応えてくださいます。価値のある情報は、待っているだけではなかなか手に入りません。自ら行動して、獲得するものです。私の場合、中国語の自主ゼミに参加して、中国語の能力を磨いたり、さまざまな分野の先生にご教示いただいたりしました。これは、他の大学に行ったら得られない、私の貴重な「資産」になりました。

 また頑張っていれば、その姿をどこかで見ていてくれて、行き詰まったときは適切な指導や助言をしてくださいます。

全力で事にぶつかり、色々なことを経験してください。

 

指導教員講評

指導教員:八重樫純樹

 日本では“記録資料”の保存・管理・運用について、行政も民間企業もあまり真剣に取り組んでおりません。諸外国、特に欧米(中国も)では各種社会活動機関・団体等では、活動記録を社会説明責任と後世への活動歴史(記憶)資料として、国家や各機関・団体では社会的記憶装置として一般化しており、膨大なデータベースが構築されております。また、社会情報化・グローバリゼーションのうねりの中で、これらの記録資料情報を世界一体化させようという動向にあり、世界の動向の中で日本は取り残されてしまいかねない情勢です。このため研究室では社会共有情報資源論の立場から文書館研究を柱の一つとして、S君が3度目のテーマとなっております。諸先輩の成果を踏まえた上でのS君の成果でした。

 難しいテーマで、どのようなまとめ方をするのだろうと思っておりましたが、非常に積極的でパワフルな活動をし、四国や九州方面の文書館機関へ直接出かけて調査するなど、かなり奮闘しました。何度か全体構想を変え、最終的には無事軟着陸といったところでしたね。本人も言ってますように、電子文書のアーカイブが非常に大変なテーマで、このテーマの充分な考察にはいたりませんでしたが、基本的調査を行ってくれました。二つの卒論を同時に遂行したようなものです。

 世界一体化動向から日本は取り残されそうなテーマもあり、後輩の卒研にも繋がると思います。最後の最後までパワフルにやってくれました。あのパワーは社会人としても期待できますね。

取材・編集:N(2006.3)

【私の卒業研究】Kさん「沖縄戦報道の現在」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

 この卒業論文は、沖縄という地域に着目し、情報やメディアの力がどのように沖縄という地域を動かしてきたかを検証・分析しています。

沖縄という地域は、近現代、世界でも、独特の歴史を歩んでいます。琉球王国から大日本帝国への併合に始まり、世界大戦では史上最悪といわれた沖縄戦という地上戦を経験し、戦後は米国統治時代を経て、ようやく日本への復帰を果たしました。

このように、統治者が短期間で次々と代わることで、沖縄の人々は“沖縄学”や“沖縄人”という文化やアイデンティティーを形成してきています。

ではその過程の中で、メディア、特に沖縄地方紙はどのような役割を果たしてきたのだろうかという疑問から、この論文はスタートしています。よって、この役割や沖縄地方メディアの特徴などをより正確に捉えるため、それらが顕著に現れるであろう“沖縄戦”に焦点を絞り、1997年から2004年までの8年分の沖縄地方紙『沖縄タイムス』と中央紙『朝日新聞』の“沖縄戦”に関する新聞記事を読み込むという研究方法をとりました。

8年分の新聞記事を検証していくことで、多くの特徴や沖縄戦報道の実相を捉えることができました。一番特徴的であったのは、地方メディアによる“沖縄人”としてのアイデンティティーの育成です。『沖縄タイムス』は“沖縄人はこうあるべきだ”という発言を、具体的であれ抽象的であれ、し続けていました。これは他の地方新聞には見られない特徴です。

他にも“抵抗のジャーナリズム”や“キャンペーンジャーナリズム”といった特徴が見られました。そして“沖縄戦”という歴史的事件が現代の諸問題を語る際にも大きく語られているのがよく分かりました。沖縄にとって“沖縄戦”とは、歴史的事象という意味以上に、“沖縄人”というアイデンティティーの根底にある、絶対的な存在であったのです。

このテーマを選んだのはどうしてですか?

 3年次のゼミから、沖縄に関する書物を読んできたのが大きな要因です。ここで沖縄という地域の奥深さを知り、卒業論文時に、それらをより深く知っていきたいと考えるようになりました。

また、この論文では、地方メディアが特定地域のアイデンティティーの形成を助けていることについても指摘していますが、これもゼミ内で『<日本人>の境界』(小熊英二著)という本に出会ったことがきっかけです。

果たして我々はどのようにして、アイデンティティーの形成をしてきたのだろうかという歴史や現状に強い興味を抱くきっかけとなりました。

多くの本を読み、そして様々なことについて“知る”ということに加え、“考える”という機会を多く与えられる荒川研究室に所属できたからこそ、このテーマを選べたのだと思います。

この論文を書いて得られた知見はなんですか?

 まずは、“情報”や“メディア”の影響力の強さです。これは、論文を書く前にももちろん知っていたことではあるのですが、実際に論文を書くことで体感できたように思います。沖縄という小さな地域の持つ、底知れないパワーというものは、沖縄地方紙のもつ“抵抗のジャーナリズム”などの特徴に支えられているのではないかとも感じました。

 また、“沖縄戦”という歴史的事件をただ報じるのではなく、それが現代の問題解決に生きることもあったという点から、“沖縄戦”という存在の大きさを知りました。沖縄地方紙においては、“戦争を繰り返してはいけない”という趣向以外でも、“沖縄戦”を報じることがあるのです。

 そして“沖縄戦”は、現代の“沖縄人”というアイデンティティーすらも支えているのです。例えば本土生まれ本土育ちの人間が、“自分は●●県人だ”もしくは“自分は日本人だ”ということをそれほど強く意識するだろうか、その意識の裏に第二次世界大戦があるだろうかという比較を持ち出せば、沖縄メディアの訴えるものが如何に特徴的かが分かります。

これは史上最悪と呼ばれる“沖縄戦”を経験しただけでは生まれなかった意識ではないでしょうか。やはりその背景には、それらを強く訴え続ける沖縄地方紙があるのだと思います。

現代社会に潜む意識を、“沖縄戦”という歴史と沖縄地方紙が形成してきたということも、今回得られた知見です。

荒川先生の指導は、この論文でどのように生かされましたか?

 さきほどお話ししたとおり、3年次からの荒川先生の指導があったからこそ、この論文テーマに出会えました。これはとても幸せなことだと思います。

 調査方法の模索に始まり、研究途中にも、どのような点に注目して研究を進めればよいか等の指導もしていただきました。記事の検証でいっぱいいっぱいになってしまうため、それらを如何に分析していくかという多くの新たな視点の発見に、生かせていると思います。

他の沖縄研究と比較して、Kさんの論文の長所は何ですか?

 何よりも、8年間を通して、沖縄地方紙『沖縄タイムス』の“沖縄戦”に関する記事全てを研究対象としている点です。更に中央紙『朝日新聞』の同じ条件の記事を研究対象とし、比較して“沖縄戦報道”の実情を捉えようとしている論文は、他にないと思います。またそこからアイデンティティーの形成などへ視点を移しているのも、この論文の特徴です。

卒業研究作成に当たって、もっとも苦労したことは何ですか?

 やはり8年分の記事の検証です。半年以上かけて検証してきました。記事データ自体はWeb上で公開されているため、手に入れるのは容易でしたが、何しろデータ量もかなり多く、また記事の雰囲気も重いものが多かったため、非常に多くの時間をとってしまいました。しかし今振り返ってみれば、その積み重ねがこの論文の命になっていると思います。

 

卒業研究を進めるに当たって、後輩に何かアドバイスはありますか?

 まずは興味のある分野を見つけることだと思います。私自身、1・2年次にはこの論文のテーマとなっている分野にはほとんど興味がありませんでしたが、ゼミなどを通して、この分野のおもしろさに惹きつけられるようになりました。極力多くの分野に目をむけ、まずは自分の知的好奇心をくすぐるものに出会えるよう努力すべきだと思います。

興味のある分野であれば、研究自体も、大変ではあるかもしれませんが、根気強くやっていけると思います。

主査・副査の先生からどういう指導・講評をうけましたか?

 一地方新聞が“沖縄人”というアイデンティティーの形成に役立っているという主張についてが主でした。自分が論文内で力を入れたこの主張に触れてもらったのが嬉しかったです。

沖縄問題という重い問題にじっくり取り組み、一つ一つの記事を丁寧に読み込み、問題点をあぶりだしていることに成功しています。論文を読んで、その点に敬服しました。Kさんはこのような執筆態度はどのようにして身につけたのですか?

 これは、荒川先生からの指導、という一言に尽きると思います。私は元々熱しやすく冷めやすいタイプですので、このように膨大な情報を整理し、まとめ、執筆するという作業には向かない人間だと思います。

 しかし、掘り下げれば掘り下げるほど多くの問題があふれ出すこの沖縄問題という分野を選んだことに加え、荒川先生にこの沖縄に存在する様々な問題を如何に検証していくかという多くの道を提示していただいた結果、この論文のように、じっくりと一つのことに取り組むことが出来ました。

 興味が尽きることなく、最後まで好奇心をかき立てられながら執筆できたのは、本当に幸せです。

情報社会学科で過ごした4年間に学んだことは何ですか?

 情報の持つ力の強さです。情報は、たとえばどのような媒体であれ、それが真実の情報であっても虚偽の情報であっても、驚くほどの影響力をみせます。そんなことは分かっていると感じる人もいるかもしれませんが、どのようなことであっても、“何となく分かっている”と“自分自身で検証した上で分かっている”では大きな違いが有ります。実際に4年かけて情報の力を学べたことは、代えがたい私の財産となりました。

 

指導教員講評

指導教員:荒川章二

 Kさんの卒業論文『沖縄戦報道の現在』は、(1)沖縄戦という歴史的体験が沖縄の人々のアイデンティティー形成にどのような意味を持っているのか、(2)そのような意識化の過程で地域ジャーナリズムがどのような役割を果たしているのか、という二つの、いずれもかなり検証が難しい課題にチャレンジし、それを卒業論文としては相当の高水準で解明しました。

 私のゼミでは、3年次から沖縄関係マスコミ史の様々な文献を読み、また、演習の最初では(10分程度)、参加者全員が『沖縄タイムス』や『琉球新報』など沖縄関係の新聞から「今週の記事」をなんでも一つ拾い出し、紹介する形式の授業を行い、沖縄の新聞・あるいは沖縄での日常的出来事に親しむようにしてきました。このような2年間の沖縄関係文献講読の授業とKさんのたぐいまれな集中力・分析力とがうまく絡み合い、いい成果が出せたと思います。

 しかしそれにしても、Kさん自身が繰り返し強調しているように、8年間にわたる沖縄タイムスの沖縄戦関係記事をよくここまで読み込みました。沖縄戦という言葉を何らかの形で含めた記事は、実は毎年700~900件にも上ります。8年間では5000件を越える膨大な分量の記事になるわけです。Kさんは、この膨大な記事をきっちり読む込み、整理し、その変化や特徴を明らかにしています。

 卒研指導の途中、私はKさんに対し、この記事の意味は、また、この記事をなぜこう分析するのかというような質問を何度も投げかけましたが、そのほとんどに対し、内容をふまえた的確な回答が帰ってきました。Kさんが、記事をきっちり読み込んだことが確認できます。だからこそ、これだけの水準に持っていけたのでしょう。

 Kさんは、最後に「情報の力」について語っています。それは、情報学部での4年間の経験全体を通じて実感したものでしょうが、この卒業研究では、一度に出されれば途方にくれる程の、しかもバラバラで膨大な情報に筋道を付け、意味づけるという、《情報に価値を吹き込む》作業をしました。この作業がKさんの人生にとって「無形の力」になっていくことを期待しています。

取材・編集:H(2006.3)

【私の卒業研究】Mさん「校歌の歌詞に謳われる静岡県の地域イメージと 歌詞データベースの作成」

    (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒業研究の内容を教えてください。

テーマは「校歌の歌詞に謳われる静岡県の地域イメージと歌詞データベースの作成」です。
この研究のテーマは地域イメージを把握することによって、地域アイデンティティを認識する範囲を特定することが目的です。なぜ地域イメージを把握する必要があるのかは2つの理由があります。

1.現在犯罪の増加や、災害などにおいて地域コミュニティのパワーが見直されています。その際、住民が自分自身が居住している地域を意識することが重要です。
2.また、平成の市町村合併における広域新自治体での地域アイデンティティを共有する範囲のずれが生じている可能性があることから、県内の地域レベルでの地域イメージ・地域アイデンティティが問題となっています。

そこで、静岡県の小学校を対象地域とし、校歌に歌われる景観要素を抽出し、そこから静岡県の地域イメージを把握しようとしました。校歌には教育理念や校風とともに郷土の歴史風土を謳いあげる特性があることから、地域イメージを把握するために、景観要素を抽出する際に用いました。

学校の基本情報(学校名、住所など)とともに、校歌から抽出した景観をデータベースとして作成しました。そして、それぞれの固有地名を校歌に謳う学校をArcGISを用いて地図上に点データとして表示し、地域イメージを分析しました。

この卒業研究を書こうと思った理由は何ですか?

3年生の頃から地域社会と情報演習を学んでいく中で、地域のあり方や地域の人々、地域コミュニティなどに興味を持つようになりました。しかし、具体的にどのような研究をしたいという明確な骨子はなかなか見つけられませんでした。

西原純先生と相談をしていくうちに、校歌を用いて地域の景観から地域のあり方を分析するという研究にたどり着きました。ちょうど現在市町村合併がすすめられていますが、広域名自治体が続々と誕生する中で、地域アイデンティティを異にする地域範囲も想定されると仮定し、地域アイデンティティを認識する範囲にはどのような広がりが見られるのかということを最終的には研究しています。

これまでの研究と比較して、あなたのこの研究の長所はなんだと思いますか?

校歌から景観を研究したものは既存研究でいくつか見られるのですが、今の時代に合わせて、その内容をデータベースとして構築しているところがオリジナル性があると思います。また、データベースから任意の景観要素を抽出させて、その景観を持つ学校をArcGISという地図表示システムを使用して、位置表示させて視覚的に把握できるようにしたところが情報学部らしいのではと思います。

市町村には、シンボルとして、花や鳥が定められていることがあります。それは校歌にはどのように反映していますか?

花はときどき校歌に盛り込まれていることがありますが、それほど影響力はなかったようです。また、動物という要素は校歌にあまり盛り込まれにくいようで、鳥を含めて、ほとんど校歌に反映されていなかったと思います。やはり校歌に盛り込まれる景観には広く地域の人々に認識されやすいもの(視覚的・イメージ的)が採用される傾向にあるようです。

静岡大学の浜松キャンパスに「校歌」を作成するとしたら、あなたはどのような言葉を織り込みますか?

景観要素に限って言えば、浜松に立地しているということで、“遠州灘”という言葉、それから“浜名湖”は織り込みたいと思います。それから浜松城も静岡大学浜松キャンパスに近い場所に立地していてシンボル的要素であると考えられ、織り込みたいと思います。

ただ、”大学”の校歌ということもあり、あまりローカルな要素をとりいれるのではなく、もっと視野を広げた歌詞を取り入れたほうがいいと思います。(とは言っても、すぐに思いつきませんが・・・)小学校・中学・高校・大学に入れるべき景観要素はそれぞれ異なると考えます。

卒業研究作成に当たって、もっとも苦労したことは何ですか?

集めた校歌からデータベースを構築することは大変でした。データベースソフトはMicrosoft社のAccessを使用したのですが、まったく扱ったことのないソフトでしたので、まず慣れることが大切でした。そこから景観抽出システムのプログラムも書いたのですが、“プログラムを書く”という行為を1年生以来していなかったので構造や書き方などもほとんど覚えていなくて試行錯誤の繰り返しでした。

しかもすぐに結果が出るわけではなく、システムエラーを繰り返しているうちは本当にできるのだろうか?という不安で気が滅入りそうになることもしばしばありました。

それから卒業論文として文章を書き上げる際にはなかなか言いたいことが言葉として現れてこなく、自分の文章力のなさに苦労しました。先生にご指導いただき、なんども添削をしていただいて、期限までになんとか仕上げることが出来ました。

卒業研究を進めるに当たって、後輩に何かアドバイスはありますか?

技術的なことは何も言いません。精神的につらくなってくることがあります。なので、辛いときは友達と励ましあう。たまには息抜きもしましょう。だいたい計画をおぼろげに立てながら進めていくといいと思います。それから、わからないことがあったら、とにかく相談する!! 友達然り、先輩然り、先生にもどんどん質問をしにいったほうがいいと思います。

主査・副査の先生からどういう指導・講評をうけましたか?

主査の西原先生には普段のときからほんの些細なことでも相談にのっていただいていました。システムを構築するときに「このようなシステムを作ってみてはどうか?」という助言もいただきました。

私は自分の論文にあまり自信がなく、できるかどうか不安だったのですが、先生には明確なビジョンがあるようで、適時明確なアドバイスをいただいたので、見えざる手によって気がつけば、論文ができていたという感じです。上手く誘導していただいて本当に感謝しています。

質問に訪れた際にはいつでも熱心に相談に乗っていただいたことも本当に感謝しています。

副査の八重樫先生からは、データベース(用語辞書)の基礎知識について学んだほうがいいというアドバイスをいただき、八重樫先生が受け持っていらっしゃるゼミに途中参加させていただき、用語辞書の概念(後に、自身のプログラム作成時に使用する)を学ばせていただきました。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

なぜ情報社会学科に入学しようと思ったかというと、”いろいろなことが学べそう”と思ったからです。私は高3の時点で英語に興味がありました。しかし、これからの時代のことも考え、コンピュータにも興味がありました。また、社会で起こる現象を深く研究してみたいとも考え、社会学にも興味がありました。この3つの勉強の興味を一度にかなえてくれそうな学科が情報社会学科でした。
そして、実際にその3つを学ぶことが出来たのです。

英語の授業はコミュニケーションスキルズやリーディングスキルズ・リスニングコンプリヘンションなどで会話・読み・聞き取りをさらに深く学ぶことができました。また、TOEIC対策の授業も選択でき、私もその授業を選択し、TOEICにチャレンジしました。また、ロシア語を選択できたのもよかったです。

コンピュータに関しては、知識と実技を学ぶことができます。実技ではプログラミングに始まり、ExcelやPowerPointなども学びました。さらにはGIS、データベースなどさまざまな分野を学ぶことができます。

そのほかに心理学、都市学、経営情報学、コミュニケーション学などを1~2年のうちに学ぶことができました。

そして、自分の興味を持った分野(私の場合は、人文地理分野)について、さらに卒業演習という形で深く学ぶことができます。情報社会学科では3年から卒業予備演習というゼミ形式の授業が始まりましたが、そのゼミの内容も、1、2年のうちに幅広く学んだ内容から、自分の興味を持った分野を広く学べるよう、さまざまな演習(情報システム系、メディア系、社会学系、国際文化系など他にもいっぱい!)が用意されていて、選ぶのに迷ってしまうぐらいでした。

私が選んだ人文地理系のゼミでは、流行の地域的分散のシミュレーションを行なったり、土地区画整理事業についての住民の視点と行政との関わり方なども学ぶことができ、ソフト的・ハード的にも密度の濃いものとなり、とても充実していました。

このように、情報社会学科では、まず、1~2年で自分の興味ある分野を探すことができ、さらに3~4年ではそこから深く学ぶことができます。

しかも、興味ある分野を探すための窓口(授業内容)が多岐にわたっているため、「まだ何をしたいか具体的に見えていない」人にとっても、自分の視野を広げることができます。

指導教員講評
指導教員:西原純
Mさんの卒業研究は、小学校校歌の歌詞にある地名に焦点をあてて、住民の地域イメージや地域アイデンティティをさぐるという研究です。現在、平成の市町村合併が進み小学校が統合・新設されて、校歌が新しく作られていると聞いています。このように地元の人々にとって、小学校はかけがえのない存在で、校歌は地元地域の象徴です。

 Mさんの卒業研究は非常に魅力的なテーマですが、決して新しい研究テーマではありません。しかしながら静岡県を事例地域に選んだことで、富士山を校歌歌詞にもつ小学校が静岡県全体に広がっているという、静岡県の特異性もわかりました。やはり富士山は静岡県全体のイメージだったんですね。また伊豆地方は、天城山と狩野川をもつ小学校に大きく二分されます。天城山に思い入れをもつ地域と狩野川に思い入れをもつ地域が錯綜していて、私の研究室の伊豆地方出身の学生間で、どちらに思い入れが強いかで、激しい議論があったのはほほえましかったです。

 Mさんは、実際の校歌作詞者の方々に、どのようなプロセスで校歌の歌詞を考え、作詞していったかについても、インタビュー調査しました。そして校歌歌詞を集める作業で、静岡県内市町村の教育委員会のご協力を得ました。お陰様で、静岡県内全小学校535校の歌詞を集めることができました。

 またデータベース作成については、Mさんはマイクロソフト社のアクセスを使用しました。マイクロソフトアクセスは、他のマイクソフト系のアプリケーションソフトに比較して、システム作りが格段に難しいのですが、よく校歌歌詞データベースとして完成させたと思います。

 そして富士山でも、「富士の峰」、「不二が峰」、「芙蓉の峰」など表現にはさまざまな形があります。富士山を選ぶだけで、富士山を表している「表現」の全て検索できる「同義語の用語辞書」をもつシステムに完成できたことは、データベース構築の点でも非常に有意義だったと思います。

 さらに地理情報システム(GIS)ソフト ArcGIS を使って、データベースとGISを統合し、検索結果を自由自在に地図上に表示するシステムを作ったことも有意義だったと思います。静岡県内市町村教育委員会のご協力を得て完成させた校歌データベースなので、学校現場でも活用して頂けたらと思います。

 Mさんは、先行研究の精査、校歌作詞者へのインタビュー調査、校歌歌詞データの収集、データベースシステム作成、テーマ発表・中間発表・卒研発表会でのプレゼンテーションなど、多大な時間をかけ多くの苦労しました。しかし指導教員の私から見ても、Mさんの1年は実りの多い、うらやましい年だったと思います。

取材・編集:N(2005.3.20)

【私の卒業研究】Kさん「静岡県における主軸交通切断による影響」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒業研究の内容を教えてく    ださい。

 卒業研究では、主軸交通という日本の大動脈と災害について、地理学的に考察し、静岡県における主軸交通の脆弱点を指摘し、今後取り組むべき課題を提言することを目的としました。

 論文の構成は、第1章では、静岡県の風土と先行研究を紹介し、本研究目的を述べました。
第2章では、旅客・貨物流動から静岡県と主軸交通の関係を考察し、主軸交通の現状を各交通機関別に述べ、東名高速道路と主要国道の交通量を図示しました。
第3章では、静岡県で想定される自然災害について述べました。
地震災害では、東海地震を想定し、静岡県の第3次地震被害想定の予想震度を基に主軸交通への影響を考察しました。次に、気象災害による主軸交通切断の事例から、東名高速道路と主要国道の通行規制の状況を図示しました。最後に、自然災害に対する諸機関の取り組みを紹介しました。
第4章では、新潟県中越地震における主軸交通の被害の概要や復旧状況、諸機関の対応について紹介し、中越地震から学ぶ被災時の主軸交通の復旧と地震対策について考察しました。
第5章では、以上から静岡県における主軸交通の脆弱点として、富士川河口部や浜名湖周辺等の危険箇所を要因別に指摘することができました。そして、災害による主軸交通切断の2次的な影響について考察し、諸機関の取り組むべき課題として、複軸による信頼性の高い交通ネットワークの構築や、ゆとりある交通容量の確保、交通と防災諸機関の連携の重要性について提言しました。

この卒業研究を書こうと思った理由は何ですか?

 静岡県は東海地震の危険性が危惧される地域であるとともに、日本の大動脈である第一国道軸に位置する交通の要衝になっています。私自身、度々新幹線や高速道路を利用しており、災害が起これば主軸交通どのような被害を受けるか多角的な視点から調べてみたいと思ったからです。

これまでの研究と比較して、あなたのこの研究の長所はなんだと思いますか?

 阪神大震災における主軸交通の切断による影響に関する先行研究は存在しましたが、静岡県を事例にした研究は静岡県が発表している第3次地震被害想定にとどまっています。そこで、縦割り行政・管轄の垣根を越えて、東名高速道路、国道1号線、東海道新幹線、東海道本線について、地震災害や気象災害といった自然的要因と交通量、交通容量や旅客数といった社会的要因から各主軸交通の現状と脆弱点を指摘し、地図上に表示しているところが成果であると思います。

また、2004年10月23日に発生した中越地震における主軸交通の被災と関係機関の取り組みを取り上げることができたことです。

静岡県やその他の組織が発表している災害予測と異なっているあなたの指摘は何ですか?

 災害は単独で起こるとも限りません。2次災害や別の要因による災害が多発的に起こることも考えられます。

静岡県は温暖なイメージがありますが、東部では毎年積雪があり交通に支障が出ています。また、濃霧や強風・高波といった普段あまり気にかけていない要因が意外に多いことや、交通容量に対して交通量が大幅に多くなっている区間を事故の危険がある為、脆弱点として指摘しました。

東海地震に対して、我々が備えておくべきことは何ですか?

 まずは身の安全を確保することが重要です。
家具や大型電化製品の地震対策は最も身近なことです。そして、普段から避難経路や避難場所について知っておくことです。その次に水や備蓄食料、被災時に情報を得られるようにラジオなどを用意しておくことです。

 最近世界各地で地震が多発し、地球規模で地震の活動期に入っていると考えられます。日ごろからいつ地震が起きてもいいように「備えあれば憂いなし」の精神で対策を講ずる必要があると思います。

卒業研究作成に当たって、もっとも苦労したことは何ですか?

 まず、データの収集に苦労しました。
本研究では国土交通白書や消防白書を始めとした役所の発行物のほかに、道路交通センサスや道路公団や国土交通省の内部資料を用いました。どのような種類のデータがどの様な形式で保管されているかも関係機関に問い合わせないと判らないので、データを準備するのに苦労しました。卒論の締切日にも依頼してあるデータが山のように届くような状態でした。当然、役所などの諸機関を訪問するわけですが、前もって勉強していかないと質問もできません。どこまでは理解できていて、何を聞くのか、どういったデータを必要としているのかをしっかり整理しなくてはなりません。質問する相手はプロですから、たくさんの専門用語も出てきます。話していただいた内容をどれだけ自分の物にするかが一番大切であり大変です。

 また、JRからは区間別旅客数や運休・遅延データが頂けなかったので、鉄道の詳細な分析に手をつけられなかったというのも苦労したところです。

 地図の作成では、どのようにすれば判りやすく見やすい地図になるかを工夫することに苦労しました。 最後に卒論本文を書き上げるのですが、これが一番苦労しました。章をどのように組み立てていくか、どのように結論に結びつけるか、それを裏付けるデータをどのように添付するか、本文の記述と平行して考えなければならなかったことです。何しろ時間が足りないので、最後の2週間はほぼ毎日徹夜状態でした。

卒業研究を進めるに当たって、後輩に何かアドバイスはありますか?

 何をテーマとするかが最も重要なことです。
先生に薦められるテーマもすばらしいと思いますが、自分が日ごろ疑問に思っていることや知りたいと思うことを選ぶことが大切だと思います。興味の無い分野の本を読むことは億劫です。

自分の趣味をテーマに選ぶと、もっと知りたい、調べたいという欲求がでてきます。この姿勢がより深い研究につながると思います。

 もちろん私自身の選択においても個人的な趣向が大きく関係しています。例えば、海外の主軸交通の現状を見てみたかったので、ヨーロッパの高速道路をレンタカーで走ったり、TGVやユーロスターにも乗ってみて日本の主軸交通と比較してみたりしました。好きだからこそこのテーマに打ち込めた、という感じでしょうか。

修士課程まで進んだら、もっと広い視点からこのテーマに迫ることもできると考えていました。

主査・副査の先生からどういう指導・講評をうけましたか?

 主査の岩崎先生からは主軸交通の脆弱点が地図で一覧できるように、きれいな地図を作るように指導を受けました。
副査の藤井先生からは全体的に判りやすく記述されているとの講評を受けました。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

 情報社会学科にはあらゆる分野の先生方が居られるので、多くの基礎教養を身につけることができたと思います。また、3年次からは岩崎ゼミでGISと自然地理を、西原ゼミでは市街地再開発について学びました。多くの巡検にも参加し、様々な経験をすることができました。就職活動においても、この4年間で学んだことが自己アピールの一つとして役立ちました。

指導教員講評
指導教員:岩崎一孝

・テーマの独創性と重要性
東海地震を控えた静岡県における災害時の主軸交通への影響というテーマは、非常に需要であるが、他地域の先行研究が少なく、また資料の収集が大変なことから、これまであまり取り上げられなかった。この重要なテーマをあえて取り上げた点を大いに評価したい。

・多くの時間と手間をかけて収集した豊富な資料
日本道路公団、国土交通省総合政策局や中部地方建設局、JR東海などを足繁く訪問して、静岡県主軸交通に関する膨大な統計資料を収集した。この資料収集だけでもひとつの大きな功績と言える。

・豊富な資料および災害実例を基礎とした分析
上記の豊富な資料に加え、2004年10月に発生した新潟県中越地震の災害資料をも入手して静岡県の主軸交通への影響を分析したことにより、とても説得力ある考察と地震対策への提言をすることができた。

・図表などビジュアル面での表現工夫
交通関係などの資料を、単に統計処理して表にまとめることにとどまらず、GISソフトを活用して、地図など見やすく説得力ある手法で表現できている。このことにより、専門分野の異なった人にも容易に理解できる論文になっている。

取材・編集:N(2005.3.20)

【私の卒業研究】Rさん「まちづくりとしての地域イベント --大道芸ワールドカップを例として--」

      (以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒業研究の内容を教えてください。

 私の卒業研究では、愛知万博や浜名湖花博のように、地方公共団体が実地しているイベントに焦点をあてています。私たちの日常生活において「イベント」というものは、思っている以上に様々な所や場面で行われています。アーティストによるライブやコンサート、スポーツの試合もイベントであり、自治会で行うフリーマーケットなどもイベントなのです。人が何かの目的をもって集まればイベントになります。そう考えると、現代の社会はイベント化社会といっていいほどに、イベントが氾濫しているのです。

 今回は、多様に開催されているイベントの中でも、地方公共団体が行う「地域イベント」に注目しました。今日、地方公共団体もこぞってイベントの開催に躍起になっています。自分の住んでいる町や市のホームページでイベント情報をみれば、特にイベントの多さを感じることができるでしょう。しかし、地方公共団体が行う様々なイベントは本当に地域住民や地域自体によい効果を与えているのでしょうか。私たちの知らないうちに開催されているイベントも多くあり、また開催しても人が集まらない、地域に定着しない、費用に見合う効果が出ているようには思えないなどといった問題を抱えているイベントがほとんどだと思います。

 そこで、私はどのようにすれば、地域イベントをより効果的に行えるのか、そしてまちづくりにつなげていけるのかということを、静岡県静岡市で開催されている「大道芸ワールドカップ」を例にすることによって考えました。

 この「大道芸ワールドカップ」というのは、1992年より開催されているイベントであり、費用の半分以上を静岡市が出している地域イベントです。このイベントは毎年200万人近い来場者を集めており、静岡市に様々な影響を与えている、地域イベントとしては成功例といえるイベントです。この大道芸ワールドカップに実際にボランティアスタッフとして参加し、様々な人やまちを調査しました。

 その結果、地域イベントに必要なのは「市民力」と「市民力引き出す運営」であると感じました。ただ、人を集めたいだけなら、お金をかけて有名な人を呼んだり、派手なパフォーマンスをすれば、人は集まります。しかし、地域イベントには求められているものは、それだけではなく、イベント自体がいかにまちに影響力をもつかということです。大道芸ワールドカップではその運営はすべてボランティアの市民の力であり、当日のボランティアの数は1000人に上ります。また、商店街や地元企業など地域全体がイベントに関わっているのです。それによって、イベントはより大きくなり、市民がイベントに参加することによって、まちも変わるという好循環を生み出しているのです。
そして、この好循環を生み出しているのが「市民力を引き出す運営」なのです。

この卒業研究を書こうと思った理由は何ですか?

 私は大学時代、静大祭や駅伝祭という学校のイベントの運営に大きく関わってきました。そのため、イベント開催の難しさ、そして楽しさを身をもって感じました。このイベント運営を通して、イベントのもつ力にも非常に興味を持ちました。イベントというのは、テレビやインターネットと違い、多くの人と時間と場所を共有し、五感をフル活用して楽しめるものです。好きなアーティストのライブに実際に行き、その声を生で聞いて、体が芯から震えるような気持ちを感じるようなものです。私はこういったイベントの魅力に惹かれてしまい、卒業論文はなにかしらイベントに関わるものをと考えていました。そして、企業が行うイベントやスポーツイベントなど、様々な題材を考えてきましたが、最も興味を持ったのが、大道芸ワールドカップなのです。大道芸ワールドカップに参加し、本当に楽しい・面白いと感じました。それと同時に、自分の地元のイベントはなぜ、この大道芸ワールドカップみたいに面白くできないのだろうとも感じました。この考えが私の卒業研究の題材選択の原点です。

これまでの研究と比較して、あなたのこの研究の長所はなんだと思いますか?

 やはり、実際に大道芸ワールドカップのボランティアスタッフとして参加し体感したことにあると思います。また、商店街の会長さんや大道芸ワールドカップの実行委員長やプロデューサーにインタビューをし、当日はボランティアスタッフや、来場者など様々な人の話を聞いたことによって、新たな見方を発見することに繋がったと思います。

共同体にとって、イベントはどのような機能を果たしていると考えましたか?

 もっとも大きな機能は人と人を結びつけ、情報交換できる機能であると考えます。イベントに参加することによって人と人のつながりを築きます。人のつながり、新たな力の原点になるのです。そして情報交換することによって、イベントからのメッセージが共同体に広まっていくのです。

静岡大学の学生にとって、学園祭が大きなイベントになりますが、そこに人をたくさん呼ぶにはどうしたらいいと思いますか?

 私は、大学時代に大学祭の運営に関わっておりましたが、静大祭in浜松は毎年多くの来場者を集めていると思います。それは、毎年の宣伝活動などのたまものだと思っています。また、静大生も模擬店やフリーマーケットやテクノフェスタなど、自ら盛り上げ側として参加してくださる人が多く、このこともまた、多くの人を集める要因になっていると思います。運営側だけで、大学祭を作っていくのではなく、多くの静大生を巻き込むことによって、大学祭がより楽しめるイベントに成長するのです。また、運営側もただ人を集めるだけではなく、どのようにするばもっと楽しんでもらえるのか、そして、学生の盛り上げ役への参画を効率的に促すことができるということを考える段階へ進んでいると感じます。

 このことは、私が調査した地域イベントにも通じるところがあり、人の参加を促す運営方法が大学祭の運営においても必要になっているのです。

卒業研究作成に当たって、もっとも苦労したことは何ですか?

 卒業研究作成を通して、自分の力不足を様々な点で感じました。挙げるときりがありませんが、特に客観分析には苦労しました。

 実際に大道芸ワールドカップのボランティアスタッフとして参加していたため、油断しているとどうしても考え方が大道芸ワールドカップを擁護する考え方になりがちでした。特に考えを文章にまとめる際は苦労しました。

卒業研究を進めるに当たって、後輩に何かアドバイスはありますか?

 卒業研究というものは、自分が興味をもったことを自分の力で掘り下げることができます。しかし、たとえ、興味があることでも自分の力が足らず、題材を変えなくてはならなくなることもあります。そのため、右往左往し、結局は無難な卒業研究に収まるという人も少なくありません。私も、イベントについてもっとこういう風に調べたいと思ったことは何度もあり、そのたびに自分の力のなさを感じてきました。そのため、是非後輩のみなさんには、1~3年の間に様々な力をつけ、自分の興味を持ったことを自分が満足するまで掘り下げて研究に打ち込んでほしいと思います。その研究が文章にまとまったときは、ひとしおの感動を感じることができるはずです!

主査・副査の先生からどういう指導・講評をうけましたか?

 副査の西原先生からは実際に人の中に入り調査した点は興味深いというお言葉を頂きました。反面、具体的なデータからの分析が甘いというご指摘も頂きました。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

 情報社会学科では様々な考え方を学びました。1~2年生の間は国際報道やジェンダーや地域社会など、本当に様々な分野を学び視野を広げることができました。3年生ではメディアと社会のコースに入り、マスメディアなどを本格的に学んできました。

 情報社会学科では、この情報が氾濫する時代に本当に必要となる視野の広さを身につけることができたように思います。

指導教員講評
指導教員:井川充雄

 Rさんは、毎年、静岡市で開催されている「大道芸ワールドカップ」を例に地域イベントの意義を考察しました。
Rさんの卒業研究の特徴の1つは、地域イベントを経済効果の側面からではなく、「まちづくり」の側面から捉えようとしたことです。花博や万博といった巨大なイベントから、町の小さなイベントまで、今日さまざまなイベントが行われていますが、こうしたイベントはえてして、収益や観客の動員数、インフラ整備の促進など経済効果から考えられがちです。しかし、Rさんは、そうではない側面、つまりそうしたイベントが、それに参加する地域住民や商店街、ボランティア、地元企業などのコミュニケーションを促進させ、それが「まちづくり」にとって重要であるということを示しました。

 Rさんの卒業研究の特徴のもう1つは、「大道芸ワールドカップ」に自身がボランティアとして参加する中で、上記の問題意識をふくらませ、卒業研究にまとめたということです。こうした研究方法は、参与観察といいますが、決して中途半端な気持ちでできるものではありません。時間と労力が大変かかります。Rさんは、半年以上、ボランティアとして参加しながら、多くの方々から話を聞きました。これは、文献などからは得ることのできない貴重なものです。Rさんは、以前から、大学祭の運営でリーダーシップを発揮してきましたが、そうした体験も卒業研究でも随所に活かされています。そのおかげで、Rさんの卒業研究は、他の人には決して真似のできないオリジナリティにあふれるものに仕上がりました。対象に積極的にアプローチするRさんの姿勢は高く評価されます。

 もちろん、卒業研究をまとめる過程では、ゼミのメンバーから出された意見や疑問に真摯にこたえながら、着実に論文を作り上げることができました。そのおかげで、自己の体験に基づきながらも、客観性のあるものに仕上がったと思います。

取材・編集:N(2005.3.20)

【私の卒業研究】Sさん「新聞の国際報道の現状と課題    -アテネオリンピックに関する記事の日米比較から-」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒業研究の内容を教えてください。

 私の卒業研究は「新聞の国際報道の現状と課題-アテネオリンピックに関する記事の日米比較から-」というテーマです。簡単に説明すると、2004年の8月にギリシャのアテネで行われた夏季オリンピックを題材に、日本の新聞とアメリカの新聞を比較するという研究です。日本の新聞とアメリカの新聞が「アテネオリンピック」という同じ題材を取り上げたとき、その報道の内容や方法に違いが現れるのか、そこから新聞の国際報道における現状や問題点を見つけ出し、自分なりに今後の新聞の国際報道の課題を考察したものがこの論文です。

    

 実際に私がこの研究で行なったことは、2004年8月12日~31日までの、アメリカの新聞(The Washington PostとThe New York Timesの2紙)と、日本の新聞(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞の3紙)からアテネオリンピックに関する記事をすべて収集しました。さらにそれらを新聞ごとにExcelを用いて表にして項目ごとに集計し、新聞社同士、日米間において比較分析しました。先行研究などとも照らし合わせ、新聞の国際報道の現状を知り、そこから今後の新聞の国際報道の課題を考察しました。

この卒業研究を書こうと思った理由は何ですか?

私が受講していた「国際関係論」という授業で、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロを取り上げたことがありました。その中で、アメリカの報道する同時多発テロと、カタールの衛星放送アルジャジーラが報道する同時多発テロではその内容が大きく異なっていたという事実を知りました。これはどういうことかというと、アメリカの報道ではテロの悲惨さなどを強く訴え、戦争へ向け国民感情を煽るような報道をしていたということです。

 同じ「同時多発テロ」という題材を報道していても、取材する側の国や文化、立場などにより、報道の内容が大きく異なるということを知りそこに興味を持ちました。まず、取材する側の違いによって生じる報道の内容の違いを知りたいという願望からこの研究を始めました。

これまでの研究と比較して、あなたのこの研究の長所はなんだと思いますか?

まず挙げられるのは、実際に日本の新聞とアメリカの新聞の記事を収集し、読んで分析したことだと思います。研究を始める前は、記事を集めるのはオリンピック開催中とその前後の20日間だったので、それほど量はないと思っていたのですが、実際に集めてみると、日本の新聞では各紙とも500近い記事が、アメリカの新聞では各紙とも300前後の記事が集まりました。小さな記事も多く含まれますが日米合わせて2105の記事数になりました。これらの記事をすべて表に入力していくのだけでもかなりの時間をついやし、大変苦労した点でもあります。しかし、多くの記事を集めたことにより、母数が大きくなったため、分析結果は特定の記事に左右されることなく、信頼できる数値になったと思っています。

 また、アテネオリンピックは2004年に開催されたばかりであり、他の方が研究していないだろうという長所もあると思います。オリンピックの研究は先行研究がたくさんあると思いますが、アテネオリンピックについては現時点であまり研究されていないと思います。私が卒業研究に取り組むまさにその年がオリンピック開催の年であったことはとてもタイムリーだったと感じています。

日本の新聞を読むときの態度・視点において、あなたの中で変わったことはありますか?

 大学に入ってから一人暮らしを始めたとき、実は私は新聞を購読していませんでした。私にとって、世の中のニュースを知るときは、テレビとインターネットが主な情報源です。印刷や配達のことを考えると、特に即時性という面で新聞はテレビやインターネットに勝つことは出来ません。これから先、インターネットの普及により、新聞はその存続さえ危ないのではないかと考えていました。

 それでも新聞がなくならないのは、「新聞に掲載される記事の信憑性が非常に高い」ということなのではないかと考えるようになりました。テレビやインターネットで流されるニュースは言わば使い捨てのニュースです。人々がそこから情報を得たらそれで役目は終わります。しかし、新聞は図書館に保存され、半永久的に残り、様々な人の研究対象として利用されます。印刷物として紙媒体で残り続けるということは新聞の他のメディアにはない特色の一つだと思います。保存されるメディアとして、新聞はいい加減な情報を掲載する訳にはいかないということです。もちろん他のメディアだからといって信憑性の無い情報をながしていいという訳ではないのですが。

 この研究をするようになってから、新聞の生き残りにより一層興味を持つようになりました。新聞は紙媒体のメディアだという特色に甘えることなく、内容の面でも速報性のあるテレビやインターネットの情報に負けないように、時間をかけて書く深い洞察力を持った記事を掲載して欲しいと思います。

卒論で取り扱った日米の新聞の記事の中で、特に印象に残ったものは何ですか?

やはり「競泳の北島康介の「泳法違反」に関する記事」です。北島はみなさんご存知の通り、100、200メートル平泳ぎで2つの金メダルを獲得するという偉業を成し遂げました。日本では北島の活躍を多く取り上げ、その栄光をたたえる記事が多く見られたのですが、アメリカの新聞はそうではありませんでした。アメリカの新聞では北島の「泳法違反」に注目し、北島を批判するような記事が多く見られました。

 同じ北島を取り上げていても、日米において取り上げられ方に大きな違いが見られおもしろいと思いました。正に私が見たかった「報道内容の違い」を見ることができた訳です。

あなたにとって、新聞の個性とは何ですか?

 今回読んだ日本の新聞では読売新聞と朝日新聞が特に似ていました。使う写真の構図だったり、取り上げる記事に違いがあまりなかったりということです。同じような内容の記事ばかり並んでいるのなら、どの新聞を購読しても同じになってしまいます。これから新聞が生き残って行くためにも、独自の切り口からの記事や、取り上げる記事の選択にもその新聞社独自のものを多く取り上げて、新聞社の特色をもう少し前面に押し出してもよいのではないかと思います。

卒業研究作成に当たって、もっとも苦労したことは何ですか?

 やはり記事の収集とその記事を表にして分析したところです。記事数の多さでも苦労しましたが、アメリカの新聞においては慣れない英語を読むという作業が加わり、さらに時間を費やす結果となりました。

また、最後に結論として、今後の新聞の国際報道の課題を考えるところで、今までの先行研究にはないような独自の視点はないかと考えるのも苦労した点です。

卒業研究を進めるに当たって、後輩に何かアドバイスはありますか?

 私が卒業研究を進めるにあたって、主査の先生がおっしゃられた「卒業研究は大学4年間の締めくくりになるもの」という言葉がずっと忘れられないでいました。記事の多さに圧倒されて、どれだけ研究対象の新聞の数を減らそうと考えたことか……。でもここで妥協したら私の大学4年間を否定することになると思って、妥協はしませんでした。結論に行き詰まったときも何日もパソコンの前に向かっていろいろ考えました。

 卒業研究は大学4年間の集大成として一生残るものです。自分が大学で学んだことをフルに詰め込んで、自分で納得のいく卒業研究を仕上げてください。頑張った後には卒業研究という実際の物と、達成感という目に見えないモノを手に入れることができると思います。

主査・副査の先生からどういう指導・講評をうけましたか?

 収集・分析した記事の多さは評価していただきました。
足りなかった点としては、量的に分析はできたが、もっと深く記事の内容をひとつひとつ分析することができたらよかったという指導を受けました。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

 情報社会学科では幅広い分野の勉強ができたと思います。コンピュータの初歩的な技術を身につけたり、プログラミングをしたりするなど、技術系のことも勉強できましたし、心理学や経済学、英語、文化、言い出したら切りがないほどたくさんの学問を学ぶことが出来ました。これだけ多くの分野があると、自分の興味がある分野が必ず見つかると思います。

 情報社会学科の先生方は、各々の分野に精通している方が多くいらっしゃるので、1・2年の授業で自分がもっとも興味を持った分野の先生のゼミに入れば、その分野についての深い知識を得られると思います。

 また、人との出会いにも恵まれました。情報社会学科に入って本当によかったと思っています。

指導教員講評
指導教員:井川充雄

 Sさんは、昨年開催されたアテネオリンピックを題材として、新聞の国際報道の分析を行いました。
今日、「情報のグローバル化」という言葉をよく耳にします。確かに、インターネットを使えば、世界のさまざまな情報に接することができます。また、テレビなどのマス・メディアにも、世界各地からの映像が飛び込んできます。しかし、その一方で、情報とナショナリティ(「国民」性)は密接な関係があります。特に新聞やテレビといったマス・メディアは、基本的に国家の枠内で活動するため、ナショナリズムが発露する場にもなりやすいという特徴を持っています。

 Sさんは、9.11の同時多発テロ以降、国際報道に強い関心を持ってきたそうです。そして卒業研究でも、そうした問題関心に基づいてテーマを選択しました。オリンピックというのは、一見、テロや戦争と違う平和の祭典です。しかし、選手は国を代表して出場する以上、ナショナリズムが発揚する空間でもあります。したがって、その報道の仕方は、国によって違うのではないかというのが、Sさんの出発点でした。

 研究方法は、いわゆる内容分析というものです。実際の紙面から関係記事を抽出し、その分量や内容の傾向などの特徴を比較します。実際、Sさんは、アメリカの新聞2紙(The Washington PostとThe New York Times)と、日本の新聞3紙(読売新聞、朝日新聞、毎日新聞)を対象としましたので、半月余りの新聞記事といっても膨大な量になります。しかも、英語の新聞も含むわけですから、オリンピックに関係する記事を抽出するだけでも大変だったと思います。しかし、そうした基礎的な作業をいとわずに行ったおかげで、Sさんの卒業研究は、実証性に富んだ重厚なものに仕上がりました。

 このようにして、Sさんは、自分なりの問題意識を出発点にして、情報学部で学んだ知識や技術を活かしながら、仮説を立て、データを集め、分析を行いました。こうした卒業研究のプロセスは、後輩のみなさんにも、ぜひ見習ってほしいと思います。

取材・編集:N(2005.3.20)

【私の卒業研究】NYさん「静岡県における地区販売会社の営業拠点配置モデルとシミュレーション分析」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を具体的に紹介してください。

テーマは「静岡県における地区販売会社の営業拠点配置モデルとシミュレーション分析」です。

大手メーカーがナショナルブランドの販売網を形成するために販売エリアを分割した際、その分割された各単位地域を管轄し、卸売・小売会社としての役割を担っているのが地区販売会社です。地区販売会社が営業拠点をどのように配置して、いかに効率的な営業活動を行なうかということが企業にとって重要な要素になると考えました。

そこで卒論では、地区販売会社における営業拠点の配置地点を予測できるモデルを提示しました。

本研究では、「モデルにより導き出される<理論上の営業拠点配置形態>」と、「実際に企業にアンケート調査を行うことで把握する<現実の営業拠点配置形態>」を対比し、構築したモデルが有効であるかどうか分析しました。

具体的にはどういうことでしょうか?

 研究のメインとなるモデルは、「需要量」と「営業効率」の2要素が規定要因となっています。「営業効率」とは、営業活動に伴うコストの大小を指します。営業活動の訪問先が営業拠点から離れるほど営業員の移動時間が長くなって移動費用もかかるため、効率的な営業活動ができなくなるという考え方です。
以上のことを踏まえて、このモデルでは「人口」「道路距離」の2つの指標を用います。

 構築したモデルについて、実際のデータ(静岡県74市町村の人口、市町村間の道路距離)を用いてシミュレーションを行いました。同時に、先行研究で提示されている既存モデルについてもプログラミングしシミュレーションを行ないました。その結果、既存モデルに比べ、本研究で構築したモデルの方が現実状態によりよく適合しており、モデルの有効性が実証されました。

この卒論を書こうと思った理由は何ですか? あるいは、この研究を通して、何を知りたかったのですか?

 3年次のゼミで日野正輝『宮城県における「地区販売会社」の事業所の配置形態』という論文を読んだことがきっかけです。
論文内では、事業所の配置メカニズムが計算式のモデルで表されていたので、モデルをプログラミングしてシミュレーションを行なったのですが、論文は対象地域が宮城県だったので、もっと身近な地域である静岡県を対象としてモデルのシミュレーションを行ない、モデルの有効性について分析したいと思いました。また、論文内で提示されていたモデルを改良してより精度の高いモデルを構築したかったこと、更に私自身プログラミングが好きだったことも、このテーマを選んだ理由の1つです。

 研究の目的は「企業にとって合理的な営業拠点の配置形態を予測できるモデルを構築する」ということだったのですが、最初は、世の中に数多くある企業の拠点配置行動をモデル化すること自体可能なのか、たまたま宮城県でモデルの実証がうまくいってしまったのではないかと心の中で疑っていました。本当にモデルを用いて拠点配置形態を予測できるのかということが、実は最初に知りたかったことです。最終的にモデルを導き出すことが出来たので良かったです。もし出来てなかったら「拠点配置メカニズムのモデル化は不可能である」という結論にでもなっていたんでしょうか。

これまでの研究と比較して、あなたの研究はどんな点が優れていると思いますか?

 これまでの研究で提示されてきたモデルは、「1つの企業は、1市町村内に1拠点しか配置しない」という条件を設定していますが、実際には市場規模の大きい市町村には複数の拠点を配置しています。先行研究でモデルを検証する際にも、同一市町村内への複数拠点の配置が課題であると指摘しつつもそれを考慮したモデルは構築されてきませんでした。

 この卒論では、同一市町村内への複数拠点配置が可能なモデルを提示できたことが最大のポイントです。これにより、より実用的なモデルになったと思います。

卒論を作成する過程で苦労したことはなんですか?

 最も苦労したのは、企業へのアンケート調査です。実際に静岡県内の地区販売会社はどのような営業拠点の配置形態をとっているのか、どのような要素を考慮して配置地点を決定しているのかということを把握するためのアンケート調査だったのですが、まずアンケート票を作成する段階でつまづきました。

 単純に「営業拠点の所在地はどこですか」、「どんな事を考慮して配置地点を決めますか」という質問だけではなく、その背景にある事情(地区販売会社全体の販売エリアや、営業活動の内容等)を捉えるためにどのような質問をすればよいか、とても悩みました。

 アンケート票が出来上がって、実際にアンケートを行なう段階になったら、今度はアンケートを行う企業を探すのに苦労しました。自動車の販売会社は数多くあるのですぐに見つかりましたが、家電や事務機器等の販売会社がなかなか見つからず、その結果、アンケートの対象業種が自動車に偏ってしまいました。

 また、アンケートを行なう上で企業1社1社に電話で依頼をしたのですが、とにかく緊張してしまい、特に最初のうちは、心の準備を10分して、電話をし終えたらまた休んで…という状態の繰り返しでした。こんな具合で、アンケートに関する作業は何から何まで大変でした。でもよい経験になったと思います。

あなたがこの研究を作成した後に、企業のどのような点を見るようになりましたか?

直接研究内容とは関係ないのですが、今回アンケート調査で色々な企業と折衝する機会があり、どの企業においても、まず総務課の方に応対していただきました。ほとんどの企業の方が親切に対応して下さいましたが、中にはそうでない企業もありました。

私は調査に協力していただく立場なので偉そうなことは書けませんが、企業の中でお客様にとっての窓口としての役目を担う立場というものを考えさせられました。

私自身、就職後は接客の機会が非常に多くなるので、今回の教訓を活かし、お客様の気持ちをよく考えて行動できるようになりたいと思います。

主査・副査からどのようなコメントをもらいましたか?

卒論を無事提出し、発表会が終わった後には「皆よく頑張りました」と声を掛けていただき、一方で「モデルの指標に加重平均をかければ更に実用的なモデルになる」といった、今後につながるアドバイスをいただきました。

私の作業がなかなかはかどらないので、先生にはご心配をお掛けしたと思いますが、最後まで丁寧に見ていただき、本当に助かりました。ありがとうございました。

卒論を書くに当たって、後輩に対するアドバイスはなんですか?

当り前のことなのですが、作業を先延ばしにすると大変困ったことになります。例えば先程述べたアンケート調査にしても、「今日は気が乗らないから電話依頼は明日にしよう」ということをしていると、アンケート回収が12月頃までかかり、焦って集計することになってしまいます。

後から「時間が無い!」と騒ぐ事になるのは分かっていても、忙しければ忙しいほど現実逃避したくなるのが人の常です。負けずに頑張りましょう。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

情報社会学科の授業では、1年次に習得したタッチタイピングに始まり、webページ作成、プログラミング、データベース、GIS等、様々な分野において基本的なことを学びました。

特に、これらは演習形式の授業が多かったので、技術も身についたし、友達と教え合ったりすることでより知識を深めることができたと思います。

指導教員講評
指導教員:西原純

 NYさんは、高校時代には理系クラスに所属していたそうで、元々、目標課題をいくつかのステップに分けて考えることが上手で、しかも高いプログラミング能力も持っていました。

 私の研究テーマである都市システム論の分野では、県域レベルでのメーカー・商社の販売拠点配置が都市群の階層と都市群ネットワークを構成していることが知られていました。そこで、メーカーや商社の販売拠点の配置がどのように決定されているかが、非常に重要な研究課題でした。また企業側からみても、新たに販売網を展開する際に、どの都市からどのような順序で拠点を置いていくかは、重要な経営課題です。

 この県域レベルでのメーカー・商社の販売拠点配置モデルとして、東北大学の日野先生による日野モデルが最も先駆的なものでした。しかし企業の業種によっては、需要量が大きい大都市では一つの企業でも複数拠点が配置されて、実際の配置とモデルによるシミュレーション結果が一致しない場合がありました。NYさんの研究は、この点について、他の研究事例をもしっかりと精査して、モデルの改良を試みた研究でした。

 私の研究室での卒業研究の進め方は、毎週毎週の卒業研究セミナーで、先週1週間の作業報告を行なって、それに対してお互いの意見を出し合っていき、次の1週間の方向性を決めていくという方法をとっています。NYさんは、そこで出された新しいアイディアを、新しい改良モデルとして、次の週にプログラミングし、シミュレーション結果を報告できる能力がありました。

 またモデル構築・シミュレーション分析とともに重要なのが、実際のメーカー・商社の地区販売会社へのアンケート調査です。アンケート調査に先立ち、まず電話で調査を依頼し、次に実際に訪問して調査票を預け、後日、回収するという作業を繰り返しました。アンケートの集計・分析で出てきた疑問点をさらに回答企業に問い合わせたりして、たいへんだったと思います。

 他の研究では、とかくモデル構築・コンピュータシミュレーション分析では、企業の実際の事情に注意を払わない場合が多くあります。しかしNYさんは、企業に実状をふまえたモデル構築・コンピュータシミュレーション分析を行い、足が地に着いた研究を行うことができました。

 さらにNYさんは、モデルによるシミュレーション結果を現実と比較し、自分のモデルを評価する手続きを非常に厳密に行いました。一般に、モデル構築・シミュレーション分析では、その結果の評価がおろそかになりがちです。その意味でも、NYさんの研究は高く評価できます。

 このように、NYさんの研究成果は、実際に静岡県以外の県におけるメーカー・商社の地区販売会社配置にも高い精度で適用可能で、応用範囲が広く有用なものだと思います。

取材・編集:N(2004/03/26)

【私の卒業研究】WSさん「若者の自分さがしとカフェブーム」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を紹介してください。

現在、若者を中心にブームと     なっている「カフェ」に注目し、若者の自己呈示の特性をさぐることを目的に論じました。
具体的な調査方法としては、大衆雑誌を対象とした記事分析を用いました。喫茶店やカフェをあつかった記事を1980年から1990年代前半、1990年代後半から現在という二つの期間で比較分析しました。それによって、二つの世代による若者の自己の位置づけと喫茶店との関係を明らかにするとともに現代の特徴を浮き彫りにしました。


収集した雑誌記事の中心は、「non-no」「MORE」「Hanako」等です。

この卒論を書こうと思った理由は何ですか?

 実際の若者とメディアで示された若者像は本当に合致するのか疑問を抱いたからです。
近年、メディアは、若者の犯罪をよく取り上げています。例えば、今年も、成人式で暴れる若者が多数いました。こういったことがある度に、メディアでは、若者の非常識さをクローズアップしています。このとき、必ず問われるのが、現代の若者は他人の気持ちを考えることができないということです。

 しかし、このようなニュースを聞くたびに、現代の若者の一人として、世間(特にメディア)で語られている若者像と自分の間には何か距離があるような気がしていました。世間では、若者とは、「ひとりよがり」で「他人の気持ちを考えることができない」、「協調性がない」ものだと言われています。けれども、現実には私も含めて多くの若者が仲の良い友人と「語り」合うことで、自己確認をしています。長電話や手紙、メール、放課後のマクドナルドなどで友人と語り合う行為は私たちの自己確立に大きく役立っています。そう考えたときに、「ひとりよがりな若者」像は本当に現実のものだろうかという疑問が生じました。そこで、その疑問に答えることを卒論のテーマにしました。その時、目をつけたのが「カフェ」ブームです。

 現在、おこっている「カフェ」ブームは私にとって非常に興味深いものでした。本屋には「カフェ」を紹介する本がずらっと並び、街には実際の「カフェ」がどんどん増加していく。その現象は、少々異常めいたものに見えました。そして、これまでの喫茶店とは区別され、もてはやされているこの「カフェ」には、現代の何かが集約されているように感じました。また、「カフェ」は若者が語る場所として利用しているものでもあります。そこで「カフェ」ブームに焦点をあてて、現代の若者の特性について考えようと思ったのです。

これまでの研究と比較して、あなたの研究はどんな点が優れていると思いますか。

 1つは、テーマ自体が興味をひくものだったということです。若者を語る材料として携帯電話やインターネットがよくとりあげられていますが、ここをあえて「カフェ」にしたことでテーマ自体に面白みがでたと思います。

もう1つは、実際に足を運び記事収集したこと、自らの視点で記事を分析したことだと思います。喫茶店の文献を集め、それをまとめることで現代の「カフェ」の特性を考えるだけでなく、実際に雑誌分析を行なったことで研究に深みがでたと考えています。

 雑誌記事には、それを読む読者の心理が反映されています。雑誌がどのような切り口で「カフェ」をとりあげるかを分析することで、若者が「カフェ」に何を求めているかを知ることが出来ました。

卒論を作成する過程で苦労したことはなんですか。

 雑誌記事の収集やその分析が大変でした。
対象とした大衆雑誌は普通の図書館には長期にわたり保管されないため、東京にある国会図書館や大宅壮一文庫に通いました。国会図書館は、これまで発行された図書全てが収集されている図書館です。また、大宅壮一文庫は、大衆雑誌が集められているところです。まず、ここに何度も足を運ぶのが大変でした。

また、収集作業自体も困難でした。私が行なった作業は、大宅壮一文庫のデータベースから喫茶店やカフェに関する記事をリストアップし、その記事を国会図書館で収集するというものでした。データベースから検索された記事が430件と膨大だったためそのリストアップ作業、収集作業は困難でした。(この中から実際に分析した記事は149件です。)また、このデータベースでは検索できないような記事は、対象雑誌を若者向け雑誌二誌に特定し、直接、国会図書館で一号一号チェックしたため時間がかかりました。

けれども、多くの記事と向き合うことで、今まで見えてこなかった観点から考察することが可能になりました。また、自分が想像もしていなかった記事などが多くあり、それに目を通す作業はとても楽しかったです。特に、大宅壮一文庫は、普段は見ないような雑誌もたくさん収集されていて、とても面白いところなので、この機会に利用できて良かったなと感じています。

卒論を書くにあたって、後輩に対するアドバイスはなんですか

 日常のちょっとした疑問や発想をどんどん生かすことが大切だと思います。授業で学んだことだけを憶えていくのではなく、それを現実の様々な面と結び付けていくことで、自分らしい観点から論文を作成できるのではないかなと思います。

 私の場合、日常のちょっとした言い回しや行為が論文の大きなヒントになりました。世の中を斜めからついつい見てしまうちょっとひねくれた癖がついてしまいましたが、学んだことと自分の周りの世界とを常に対応させていくことは大切な作業だと思います。

 また、自分が興味をもったことを何が何でもテーマにすることも大切だと思います。卒論は、三年生の後期から一年半かけてつくりあげていきます。いいかげんに選んだテーマだと途中で投げ出したくなることもあるかもしれません。情報社会学科は卒論のテーマ選択の自由度も高いので、型にはまらない自分だけの面白いテーマを見つけてください。

主査・副査からどのようなコメントをもらいましたか?

 実際に足を運び、多くの雑誌記事を分析した点は先生方から大変評価していただきました。


ただ、私の研究は二世代における比較を行いましたが、その世代区分や、背景が弱かった点は指摘されました。対象とした二つの世代について読んだ文献が少なかったことと、なぜそのような世代で比較したかについての説明が弱かったことが原因だと考えています。

なぜ現代の若者が大人にとって理解しにくい存在だとおもいますか?

 現代は、価値観が多様化しているといわれていますが、それが若者を理解しにくい存在にする一番の理由だと思います。
以前は、家庭や社会において「こうあるべき!」というモデルがありました。そして、そのモデルにあてはまる人間なのか、そうでないのかで自分を位置づけることが出来ました。

 しかし、現代は、様々な考え方が認められています。その意味で、現代の若者は自分を位置づけるための術を失ったと言えます。その中で、自分を確立するために、現代の若者は、これまでの若者以上に「自分らしさ」にこだわるようになりました。実際に、現在のCMや雑誌記事、歌詞の中には、「自分らしく」という語が氾濫しています。

 しかし、実際は、「自分らしさは出すべきだが、それが何であるかはわからない」と感じている若者が多数です。そのため、自分が信頼できる人間の自己に対する反応に「自分らしさ」を見ます。その行為が大人には、「自分と感性が合う人間としか付き合わない」「似たもの同士でかたまっている」「他者を認めない」「自分勝手」「独り善がり」というように映るのだと考えられます。

カフェだけでなく、街全体が代わっていくと思います。今後、どのような街になっていくと思いますか?

 論文の中で、お家カフェ現象や家のリビング風カフェ、ショップインカフェを例に取り、カフェと家、カフェと社会の境目が曖昧化してきていると述べました。街自体にもこうした日常との相互移植がおきると考えられます。

 現在は、家や社会で自己を規定するのが難しい時代だと先ほども述べましたが、そのため現在の若者は家や社会からは消えてしまった自分をそのどちらでもない空間(=カフェ)で探そうとしています。そして、そこで見つけた自分を家や社会にもう一度引き戻すことで、本当の自分を確立します。このもう一度引き戻す力こそがカフェと日常を曖昧化しています。

 このような現象は街にもいえることだと思います。現に、携帯電話は、家のものである電話が街にはりだしたものですし、インターネットも距離を解消し、街、家、社会の垣根を崩すものだといえます。こうした現象が今後はさらに拡大すると思います。

情報社会学科で学んだことは何ですか

 情報社会学科では、幅広い知識を身に付けることができました。情報社会学科では、専門性を高めるとともに、一見同じ学科とは思えないような多種多様な分野を学ぶことができます。元々、私がこの学科に入学したのは、若者コミュニケーションに興味を持っていたからです。しかし、四年間の間には、プログラミングやコンピュータ、マスコミュニケーション、認知心理学、経営学といった様々なことも学んでいます。そのどれもこの卒論を書くにあたって役立ちました。社会学のみを扱う学部では、私の卒論はできなかったと思います。

また、多くの分野を学んだことで、異なる分野のものを結びつけて考える力をつけることが出来ました。大学には、様々な学部がありますが、そのそれぞれの学問が最終的に行き着くのは、私たちが住む世界です。つまり、一つ一つの分野は繋がっていないようで、結局、見つめている世界は同じです。その世界を決められた枠から見るのではなく、既存の枠にとらわれない、新たな視点で見つめることができるようになったと思います。
専門性を高めながら、様々な分野にふれ自らの視点を創り上げることが情報社会学科では出来ると思います。

指導教員講評
指導教員:井川充雄

 WSさんは、最近ブームとなっている「カフェ」という空間において若者がどのように自己呈示をしているのか、という難しいテーマに挑戦しました。WSさんは、私のゼミで、主としてマス・コミュニケーションやメディアについて学んできました。「カフェ」というと、マスコミやメディアとは関係ないように思われるかもしれません。しかし、WSさんの問題意識には、カフェを取りあげる雑誌記事に注目して、カフェを好む若者たちに代表される現代の若者心理を描き出したいというものがありました。つまり、「カフェ」という空間自体も、若者たちがコミュニケーションを行う場であり、一種のメディアだと言えます。そして、それを取りあげる雑誌なども、もちろんメディアの1つです。したがって、WSさんの研究は、二重の意味でメディア論になっています。

 このように、WSさんは非常に独創性のあるテーマ設定をしました。もちろん、その背後には、WSさんが、社会学や社会心理学、メディア論などの書物をきちんと読解してきた理論的な蓄積がありました。

 実際の卒業研究の過程で、WSさんは、丹念に雑誌記事を収拾し、分析をしました。こうした作業はたいへん時間と労力を必要としますが、それをきちんとこなしたことによって、WSさんは、かけがえのない実証的なデータを手に入れることができました。このことによって、WSさんの卒業論文は、決してその場の思いつきではない、説得力にあふれる研究に仕上がりました。

 私の卒業研究のゼミでは、毎週、全員が出席して、各自の卒業研究の進捗状況を説明することになっています。それぞれが互いの研究の進み具合を見ながら、意見や疑問を出し合います。このことによって、他のメンバーからも刺激を受けながら、自分の研究を進めることができます。WSさんも、私だけでなく、他のメンバーからの容赦のない意見や疑問にこたえながら、着実に論文を作り上げることができました。

 そして、卒業研究を進めていく過程でWSさん身につけた人間や社会に関する認識や洞察力は、社会に出てからもきっと、役にたつものだと思います。
WSさんの卒業論文におけるオリジナリティのある問題提起、実証的な研究方法、説得力のある推論の仕方などは、後輩のみなさんにも、ぜひ見習ってほしいと思います。

取材・編集:D(2004/04/05)

【私の卒業研究】MCさん「青年における携帯電話を用いたコミュニケーションと孤独感の解消の関係」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を具体的に紹介してください。

 携帯電話を用いた       コミュニケーションが、青年の孤独感の解消とどのように関係しているかを調査しました。青年に関する過去の研究結果より、直接顔と顔を合わせる対面のコミュニケーションと孤独感については、

  1. 単なるおしゃべりより自己開示(自分の状態や考えを誰かにさらけ出すこと-悩み相談や打ち明け話など)をするほど孤独感が解消される、
  2. この傾向は特に女性の特徴である、
  3. 自己開示の相手は、同性の友人の場合が特に孤独感を解消させる、

と言われています。近年急速に普及した携帯電話についても、コミュニケーション手段の1つであることから、対面のコミュニケーションのように孤独感と関係することは十分予測できます。しかしながら、携帯電話を用いたコミュニケーションと孤独感の研究はまだほとんど進んでいません。

 そこでこの卒論では、対面だけでなく、携帯電話や携帯メールでも、孤独感は解消されるのか調査をしました。また、この卒論では、携帯電話を電話やメールという通信手段として捉えるだけではなく、所有物としても捉え、孤独感に与える影響を調査しました。携帯電話を所有していることによって、着信音を聞かせたり写真を撮ったりなど、会話のきっかけや材料が増え、他者との交流が促進され、孤独感が解消されることもあるのではないかと予測したのです。

具体的な調査・分析内容を教えてください。

具体的には、独自の質問項目を設定し、アンケート調査を実施しました。その後、集まったデータを統計的に分析し、結果を考察し、明らかになったことをまとめました。
この卒論の結果明らかになったことは、次の通りです。

  1. 携帯電話の発信回数・着信回数が多いほど、または、通話時間が長いほど、孤独感が解消される。
  2. 携帯電話も携帯メールも、単なるおしゃべりより自己開示の方が、孤独感は解消される。ただし、自己開示による孤独感の解消効果を対面・携帯電話・携帯メールの3つで比べると、対面が圧倒的に高く、対照的に、携帯メールは極端に低い。
  3. 携帯電話における自己開示では、両親やきょうだいなどの身内相手でも孤独感は解消されるが、友人相手の方がより孤独感は解消される。携帯メールにおける自己開示は、相手によって孤独感の解消効果に差が出るようなことはほとんどない。
  4. 過去の研究では、自己開示によって孤独感が解消されるのは女性の特徴と言われていたが、男性も同じように孤独感が解消される。ただし、男女のその中身は異なり、男性は主に身内相手の自己開示が孤独感を解消させるが、女性は友人相手の自己開示が孤独感を解消させる。
  5. 携帯電話を所有していることで、会話のきっかけが増えてコミュニケーションが促進され、孤独感を解消させる効果が生じる。この効果は、特に女性における友人相手の場合に強く表れる。また、カメラ付き携帯電話を使った「写真を撮る」「写真を見せる」という行為は、特に会話の材料になりやすく、孤独感の解消にも繋がっている。

この研究により、今まで調査されることがなかった、携帯電話を用いたコミュニケーションと青年の孤独感との関係が明らかになったと言えます。

この研究では、話の内容によって孤独感の解消効果に差が見られるのか、コミュニケーションを取る相手によって差が見られるのか、男女別で差が見られるのか、対面・携帯電話・携帯メールの3つの手段別で差が見られるのか、など、様々な観点から分析をしています。それにより、青年の孤独感を、より細かく詳しく掘り下げることができたと実感しています。

この卒論を書こうと思った理由は何ですか? あるいは、この研究を通して、何を知りたかったのですか?

 自分自身の生活に密接に関係しているものを題材にしたいと考えていました。その点、携帯電話は今や私たち青年には欠かせないものであり、日常生活と切っても切れない存在であることから、題材として最適だと思いました。

 また、近年急速に普及したコミュニケーション手段であることから、過去の研究例がまだ数少ない点にも注目しました。誰かの二番煎じではなく、自分で新しい分野を開拓したいと思ったのがきっかけです。

 孤独感については、メル友や携帯依存症などの話でよく聞く「常に誰かと繋がっていたい」という気持ちが、携帯電話でコミュニケーションを取ることによって満たされるのかどうか気になったのがきっかけです。携帯電話が普及したことで、人と人が親密な繋がりを持てるようになり、孤独感が癒されるのかどうかを知りたいと思いました。

これまでの研究と比較して、あなたの研究はどんな点が優れていると思いますか?

 対面のコミュニケーションと孤独感についての研究例はいくつか存在していますが、携帯電話を用いたコミュニケーションと孤独感を調査した研究は、まだほとんど存在しません。まだ誰もやったことのない研究をやり遂げたということが、本研究の優れている点だと思います。

 携帯電話は、技術面の進歩だけがどんどん取り上げられ、次々に新しい機種が登場しています。しかしながら、人間の心にどんな影響があるのかについて、利用者の心理面からのアプローチはまだほとんど進んでいません。そのため、携帯電話と人間の心の関係を、科学的に調査した本研究は、大変画期的であると考えています。

 また、よりよい調査ができるよう、質問項目を独自に作成した点にも自信があります。私自身が青年期真っ只中であり、その青年の視点から設定した本研究の質問項目は、より正確に青年の日常生活を捉えていると自負しています。

卒論を作成する過程で苦労したことはなんですか?

 アンケート調査を行い、データを統計的に分析したところ、データに偏りがあったためにうまく結果が見出せなかった点です。予想していたものと全く違う結果になり、大変困惑しました。そこで、ゼミの先生に相談したところ、違う分析方法を教えていただきました。教わった方法で分析したところ、うまく結果を見出すことができました。遠回りして見出せた結果でしたが、違った角度から自分の研究を見直すきっかけとなりました。

 また、分析によって分かった事の量が膨大であったために、書きたいことがたくさんありすぎて苦労しました。分かりやすくまとめることができず、試行錯誤しました。

 ゼミの先生には、何度も何度も添削していただきました。ゼミの先生にメールで論文を送っては、「赤ペン先生」のように添削してコメントをいただく日々が続きました。でもそのおかげで、最終的には、非常に論理的な文章を書くことができたと思っています。

卒論を書くに当たって、後輩に対するアドバイスはなんですか?

 自分が最も興味のあることを探して、楽しんで取り組むことが大切だと思います。楽しんで取り組むことで、卒論は「やらなければいけない事」ではなく、「最も充実した面白い事」になると思います。楽しんで取り組むと、作業もはかどるし、文章も生き生きしてくると思います。

 それから、どんな作業もなるべく早く取り掛かることをお勧めします。締め切りや期限が近づくにつれて、楽しい気持ちは薄くなり、ただの義務感だけになってしまうからです。義務で作業を進めると、自分のやりたい研究ではなく、やらされている研究という気持ちになってしまいます。そうすると、楽しくないから作業が進まず、よけい期限が近づくという悪循環に陥ります。早いうちから手をつけることで、心に余裕ができ、研究を進めて行くことが楽しくなると思います。そのためにも、自分の最も興味のあることを探すのが大切です。自分の興味のあることには、自然と楽しく取り組めるものです。

主査・副査からどのようなコメントをもらいましたか?

 過去の研究の流れを受け、どんな点を明らかにしたいのか、どうしてその点を明らかにしたいのか、どうやったら明らかにできるのか、結果はどうだったのか、が明確に述べられていて分かりやすいとのコメントをいただきました。

 また、多くのことを調査しているわりには、独自に作成した質問項目は、非常にきれいにまとまっていると言っていただきました。新しい分野の研究で、興味深い結果も見出されたことから、調査人数をもっと増やして再調査をすれば、正式な論文として発表することも可能であると言ってくださいました。

携帯電話を単なる通信手段としてではなく、孤独解消の手段としてとらえた点にこの論文のおもしろさがあります。
では、その点に着目すると、今後、携帯電話はどのように使われていくと思いますか?

 携帯電話が日常生活に欠かせない存在になり、携帯電話の機能がどんどん進歩するにつれ、携帯電話による孤独感の解消効果はますます高まると思います。携帯電話を所有していることで、周りの人との会話の材料が増え、コミュニケーションを取るきっかけとなるからです。本研究でも、カメラ付携帯電話による、写真を撮る・写真を見せるという行為は、孤独感の解消へと繋がる結果を見出しました。最近では、動画が送れるようになったり、テレビ電話のような役割を担っている携帯電話も登場しています。携帯電話は、確実にコミュニケーションのきっかけを作り出す存在になっていると言えます。

 携帯電話を利用して、周りの人とコミュニケーションを取ることで、人間関係の形成が助けられ、悩み相談や打ち明け話などをし易い環境が作られているのではないでしょうか。携帯電話が進化することで、会話の材料やきっかけがますます増え、孤独感を解消させる効果も高まると思います。

 しかし、対面よりも携帯電話の方が孤独感が解消される、という状況にはならないと思います。あくまで基本は対面のコミュニケーションなのです。本研究でも、孤独感の解消効果が一番高いのは対面、次が携帯電話、次が携帯メールという結果となっています。対面で話し合いをすることが、一番孤独感を解消させるのは間違いないのです。

 重要なのは、対面のコミュニケーションにどれだけ類似できるか、という点だと思います。対面の状態に類似すればするほど、孤独感の解消効果は高まります。おそらく、ただの携帯メールより、動画や写真付きの携帯メールの方が、対面に類似するため孤独感が解消されるでしょう。また、テレビ電話のような機能を使えば、より一層対面に類似し、孤独感の解消へと繋がることでしょう。携帯電話の機能が増え、対面にどんどん類似することで、孤独感の解消効果もますます高まると考えます。

諸外国と比較して、日本人の携帯電話利用の特徴はなんですか?

 ビジネスのためではなく、娯楽のために携帯電話を利用する人が多い点ではないでしょうか。着信音や待受け画面を提供するサイトが非常に多く存在している点も、娯楽性を象徴しています。携帯電話でゲームをするのも、娯楽のためです。

 また、近年では、携帯電話利用者の低年齢化も特徴だと思います。高校生や中学生はもちろん、小学生までもが携帯電話を所有するようになってきています。友達とのコミュニケーションには、携帯電話が必需品なのでしょう。携帯電話を持っていないと、友達の会話についていけないのかもしれません。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

 自分の興味を広げる楽しさを知りました。私は、入学当初から心理学を勉強してみたいと思っていました。心理学のゼミに入って、心理学の勉強をすることが、私の夢でした。しかし私は、心理学に限らず、ありとあらゆる授業を履修し、様々な分野の知識を吸収しました。今まで知らなかったことを知ること、ついこの前までは出来なかったことが出来るようになっていること、自分自身のそんな小さな成長一つ一つが、楽しくて仕方ありませんでした。心理学を勉強したいという夢は、ずっと変わらず持っていましたが、心理学以外の勉強をすることも大変興味深く、自分の糧になっているなとひしひしと感じていました。

 また、様々な授業を履修したことで、やっぱり心理学が自分の一番打ち込めるものだ、という確信へと繋がりました。大学は、自分のことは自分で決める所です。自分がどんな授業を取るのか、どんな方面に進んで行くのかは、自分の自由です。私は、自分の意志で心理学をやろうと決めましたが、情報社会学科は、どんな可能性でも広げられるチャンスがあると思います。自分の興味を探し出し、自分の興味に突き進んでいけるような場所が用意されていると思います。

 私は、最初から心理学がやりたいと思っていましたが、心理学だけを学ぶ学科に行かなくてよかったと心から思います。一つの分野だけにとどまらず、色々な学問が学べ、幅広い視野を持って考えることができるこの情報社会学科を選んで、本当によかったと思っています。実際、私の興味は心理学だけにとどまらず、あらゆる分野へと広がりました。経営に関する授業を受けた経験は、お金の流れや物の動きに対する興味へと繋がり、自分自身の就職を考えるきっかけとなりました。ことばに関する授業を受けた経験は、趣味の読書へと繋がり、日本語やことばづかいに関する本を読むきっかけとなりました。

 情報社会学科は、自分の可能性や自分の興味を広げるチャンスが、ゴロゴロたくさん転がっていると思います。そのチャンスの中から、どれを選んでどれを得ていくかは、自分の自由です。私はたくさんの事を吸収し、自分の関心を広げ、自分が一番興味のあることと出会いました。その過程全てが楽しくて、ワクワクする出来事でした。当初の夢、「心理学の勉強をする」も叶えることができ、この情報社会学科に来て本当によかったと思っています。

指導教員講評
指導教員:漁田武雄

 MCさんの卒論の最大ポイントは、やはりそのテーマです。携帯電話・メールの孤独感低下機能を、対面コミュニケーションと比較して行うという研究は、最前線の心理学研究でも行われていません。情報技術の進歩はすさまじく、その技術が人間とりわけ「こころ」にどのような影響を与えるかの検証を待たないまま、いわば「こころ」を置き去りにして、日々進歩しています。

 情報機器の中でも、携帯電話の普及はすさまじく、特に青年では、携帯がないと生きていけないと感じるほどの定着ぶりです。その普及は、大きな経済効果をもたらしましたが、青年の「こころ」をむしばんではいないのでしょうか。もしそうなら、オトナたちは青年の「こころ」を食い物にしていることになります。もちろん、心理学者たちもこの問題を放置しているわけではありません。心理学のさまざまな学会では、携帯電話関連研究の発表には多くの人が集まります。このように、多くの心理学者の関心を呼んでいるのですが、研究数は、まだ多いとはいえません。科学的な検証には、とてつもないエネルギーと時間がかかるのです。

 そんな中で、MCさんは、携帯電話と孤独感という非常にタイムリーで重要な問題に取り組み、とても明確でおもしろいデータを入手しました。このデータが確実に信頼できる(何度同じ調査を実施しても同じ結果が得られるということ。たくさんのデータを入手することや、同じ調査をもう一度実施して、同じ結果が入手できるかどうかで確認する。)ものなら、日本で一番権威のある心理学会誌に発表できる内容です。このためには、もっと被験者数をふやしたり追試をする必要があります。後輩の皆さん、あるいはこれを読んでいる受験生の皆さん、是非この研究を継承発展させて欲しいと思います。

 MCさんのテーマで、もう一つのポイントは、携帯電話をコミュニケーションツールとしてだけではなく、話題のネタ(着信画面、着メロなど、カメラなど)としてみている点もあげられます。これは、これまでに全くなかった視点であり、非常に独創性の強いテーマといえます。

 MCさんのテーマが優れていることは、偶然ではありません。このテーマに絞るために、莫大な先行研究の調査を行なっています。そして、これまでにどのようなことがどこまで明らかになっているのかを調べています。対人コミュニケーション、電話によるコミュニケーション、携帯によるコミュニケーション、自己開示(自分の心を打ち明けること)、孤独感、自己開示と孤独感低下、などなど、非常に多くの先行研究を調べ、それをレビューし、具体的なテーマに絞っていくのです。単なる思いつきで、携帯が面白そうだからやってみたというのではありません。先行研究調査のない実験・調査は「思いつき」であり、研究とは呼ばないのです。

 MCさんの卒論の優れた点として、質問紙作成における工夫もあげることができます。色々なことを調べるためには、多くの質問を行う必要があります。けれども、質問の数が多すぎると、回答する方が疲れたり飽きたりして、いい加減なデータしか得られなくなってしまいます。MCさんは、質問紙のレイアウトを工夫することで、質問の数が多い割には、疲れず飽きないで回答できる質問紙を作成しました。これは、非常に画期的なことなのです。

 また、MCさんの論文では、当初予定していた相関による分析では明確な結果が出なかったのですが、さらにt検定を用いる分析法を用いることで、非常に明快な結果を出すことに成功しました。とてもねばり強い分析といえます。この他にも、明快な文章、わかりやすい図表のプレゼンテーションなど、数多くの優れた点を持っています。

 MCさんは、早くから、この研究にとても楽しそうに取り組んでいました。追われる仕事は苦痛以外の何ものでもありませんが、追い込むとそれはとても楽しいのです。学問は、本来とても楽しいものです。皆さんも、是非楽しい研究を体験してみてください。

取材・編集:M(2004/03/26)

【私の卒業研究】Sさん「世界の条件付き説話の諸相–タブー型と難題型を比較して–」

(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)

卒論の内容を具体的     に紹介してください。

世界各地域(日本、中国、東南アジア、朝鮮、中近東、ロシア、欧州、南米、アメリカ大陸)のタブー型説話と難題型説話を、内容と構造の面から比較し、地域的な特徴や関連性を見出すことがこの卒論のテーマでした。

 タブー型説話とは「○○をするな」と主人公にある行為を禁じる説話のことです。「部屋の中をのぞくな」というタブーを含む、日本の「鶴女房」などがこれに当ります。

 難題型説話とは「○○をしなさい」と主人公にある行為を遂行させる説話のことです。達成不可能な三つの課題が与えられる、日本の「竜宮女房」などがこれに当ります。これらの説話は世界各地域に存在しており、その内容や構造はさまざまです。

 情報社会学科の「地域社会と情報」という科目群に私が所属していることを意識して、これらの説話の関連性をタブー・難題型説話の関連性、地域的な関連性などに即して考察しました。

この卒論を書こうと思ったきっかけは何ですか?

 大学二年生のときに、「アジア文化論」という授業で中国の説話を学んだのがきっかけです。

 もともと昔話には興味があったのですが、「アジア文化論」をきっかけに、説話を研究対象として扱うことの面白みをおぼえ、卒論で対象地域を拡げて研究することにしました。小さい頃読んだ昔話でよく憶えているのは、日本の「鶴女房」やフランスの「青ひげ」のような、「決してこの部屋は見てはいけない」という話でした。主人公がその部屋を見るか見ないかのハラハラ・ドキドキ感が好きで、幼い頃から歳の離れた妹にも読んであげた記憶があります。

 このような「してはいけない」というタブー型説話は、細かく見ていくと日本と西洋では異なる特徴が見られました。もしかしたら他の地域にも違った特徴が見られるかもしれない、と思い、対象地域を拡大して、内容だけでなくその構造も比較することにしました。

 またタブー型説話を読み進めていくうちに、「しなければならない」という難題型説話も気になり始め、タブー型説話に似た点もいくつかみられたことから、これらの説話には何らかの関連性があると思い、その差異と地域的な特徴を発見したいと思いました。

 タブー型説話と難題型説話は、一見、逆の説話のようにみえますが、主人公に対して何らかの条件を課している点では共通しています。つまり、タブー型説話と難題型説話は、「条件付き説話」という大きな枠の中の下位分類であると言えます。タブー型説話と難題型説話がそれぞれ多数の作品群を持っているということは、それぞれに役割が与えられているはずだと考えました。その点を明らかにすることは、十分、研究に値すると思いました。

これまでの研究と比較してあなたの研究はどんな点が優れていると思いますか?

とにかく世界各国の説話を収集して、自分なりの方法で構造的に分析した点だと思います。

 タブー型説話の「鶴女房」を例にとると、「男には嫁がいない」という部分を《欠乏》と表わし、「部屋を覗くな」という部分を《禁止》、「男は覗いてしまう」という部分を《違反》と表わすことで、地域によってこの順番がどうなるか、という構造的な面が明らかになりました。

 難題型説話も同様にして構造分析を行いました。記号論を最初からしっかり学んでいればもっとよい構造分析ができたかも知れませんが、何よりも私自身がわかりやすい方法にしたかったため、自分なりの分析をした点が、逆に比較しやすくなり、結果としてよかったのかもしれません。

卒論を作成する過程で苦労した点はなんですか?
世界各国の説話をひたすら読みつづけ、その中から今回のテーマであるタブー型説話と難題型説話を見つける過程が一番苦労しました。主に『世界の民話』(小沢俊夫編 ぎょうせい)からこれらの説話を探しましたが、資料不足の地域についてはその他の本も何冊か調べました。タブー型説話集、難題型説話集というものが存在していればよかったのですが、もちろんそのようなものはありませんでした。

 説話集の中のひとつひとつの話をじっくり読んでいる時間はなかったので、まずは斜め読みをし、「この部屋は決して覗くな」「課題を達成しなさい」といった内容が出てきたらもう一度丁寧に読み返す、という方法で、各地域最低5つは話を挙げられるように、説話収集に力を入れました。

主査・副査からどんなコメントをもらいましたか?

 副査の先生からは、もっと地域を絞って研究した方がよかったのではないか、というコメントをいただきました。確かに広げすぎたために深く追究する時間がなくなったしまったのは反省点です。

 また副査の先生は説話の研究においては専門分野でいらっしゃったので、その他にもさまざまなアドバイスをいただきました。まず記号論について、物語を構造的に分析する際にどのように書き表せばよいかを教えていただきました。また私は、内容と構造で説話にどのような地域的な違いがあらわれ、どのような関連性があったか、ということを比較するのみで終わってしまいましたが、なぜ地域による違いがあらわれたのかを追究することの大切さを指摘してくださいました。

 私自身は構造的な違いを見つけ出せたことで満足してしまい、「なぜそうなるのか」という点の考察が足りなかった気がします。

 また主査の先生には、幅広く地域の説話を研究したことを誉めていただきました。

卒論を書くに当って、後輩に対するアドバイスは何ですか?

早めにテーマを決めて資料集めをすることが一番大切だと思います。私は最後の最後まで資料集めをしていたために、考察にかける時間が少なくなってしまいました。もっと余裕をもってやっていれば、より満足のいく卒論が書けたと思います。

 卒論では独創性(オリジナリティー)が求められます。独創性ある論文を作るためには、やはり多くの資料を集めたり、独自の調査を行い、じっくり考察することが重要になってきます。そのためにも早めに着手することをお勧めします。

 またゼミの仲間に卒論を読んでもらい、意見を聞くことも大切だと思います。ゼミの仲間からのアドバイスが無かったら、この卒論は書けなかったと私も思います。まとめ方がわからなくなったとき、ゼミの仲間が「こうしたらわかりやすいんじゃない?」と言ってもらったおかげで、自分の中にあったモヤモヤを解決することができたのです。

 卒論提出3日前にデータが少し消えてしまい、卒論提出日までに間に合うかどうかの瀬戸際にいたときも、ゼミの仲間が印刷してくれたり、ファイルに綴じたりしてくれました。ゼミの仲間の意見と助けは、私にとってかけがえのないものでした。
(写真は、ゼミの友人とSさん(一番後ろ)。卒論合宿の寸又峡温泉にて)

卒論では、世界各地域に広がるさまざまな説話のタイプを明らかにしています。地域によって世界の説話には差があると卒論中で指摘していますが、具体的にどのような差があるのでしょうか?

 地域による差は、主にタブー型説話を比較することによって明らかになりました。まず日本を始めとしたアジア地域のタブー型説話は、「○○をしてはいけない」という《禁止》が与えられ、それを破ってしまうと、主人公に何らかの《欠乏》が生じ、アンハッピーエンドで終わる形をとっています。このような形は北アメリカの説話にも見られました。

 一方、欧州やロシアのタブー型説話は、《禁止》を破っても何らかの外的援助が加わり、ハッピーエンドで終わる形をとっています。中近東や南米の説話にもこの形のものが見られました。

 日本や中国のタブー型説話が、《欠乏》が解決されずにアンハッピーエンドで終わるのは、約束を破ってしまい別れが生じるところに「あはれ」という感情をおくことで余韻を残す、というアジア独自の美的センスと関係があるように思います。

 また地域的に離れた北アメリカにもこのような形のものが見られるところから、アジアと北アメリカの間で説話が伝播した可能性を指摘しました。

 また内容を細かく見ると、アジア地域は異類(もともとは人間以外の生物)である女性から男性に《禁止》が与えられ、見てはいけない部屋の中には女の素姓(「鶴女房」では女が鶴に戻っている姿)があります。また欧州では怪物や魔女から人間である女性に禁止が与えられ、見てはいけない部屋の中には女の死体があります。

 以上のように、構造と内容から見ると、主にアジアと欧州で大きな差が見られることがわかります。そして伝播した可能性の高い地域同士は、説話の構造が非常に似ており、内容的な差も小さいことがわかりました。

アジアのタブー型説話は異類婚姻譚(人以外の生物と人が結婚する話)と共に語られていることが多い、と指摘されていますが、これはなぜだとお考えですか?

アジアのタブー型説話は、水界異類(魚、蛙、亀など)が人間の姿に変身した女性から、人間の男性に禁忌が与えられることが少なくありません。アジア地域は水害を受けやすいため、古くから水神信仰が盛んに行われていました。水界という異界は極めて神聖な場所であり、むやみやたらに近づくことのできない、タブーの世界であったのだと思います。したがって、神聖な異類との接触には、自ずとタブー性が付与されることになります。

典型的な話(「魚女房」など)で説明しましょう。
神聖な世界との接触は、人間の男性が魚などを助けることから始まります。そして、そのお礼として、魚などが人間の女性に変身して現われ、結婚します。この時点で、すでにタブーを犯しているのですが、それを知っているのは異類と読者(聞き手)で、主人公の男だけが気づいていません。ここから、読者(聞き手)は男の運命がどうなるのか気になり、話の展開に大きく引きずり込まれます。

説話とは、何らかの不均衡を均衡な状態にするために語られます。人間が神聖な存在と結婚するという不均衡な状態は解消され、均衡な状態をもつ結末に導かれます。

タブー侵犯を知らない主人公の男には、新たなタブーが待っています。そのとき、タブーとして設けられるのが、「見てはいけない部屋」です。そこでは、不思議なことが行なわれており、異類が異類としての能力を発揮しているところなのです。そして、男は誘惑に負け、「見てはいけない」部屋をのぞき、はっきりと異界に踏み込むというタブーを犯します。そして異類との結婚は解消され、アンハッピーエンドに到ります。

 以上のように、アジア地域では、水界異類に神聖性が与えられていたので、異類婚姻譚にはタブーが基調となるのだと思います。

情報社会学科で学んだことは何ですか?

情報社会学科は、自分がやってみたいことを自由にやれる学科だと思います。自分が興味があってこれをやってみたい、と思えば、幅広い専門分野の先生方がいらっしゃるので、さまざまな知識を得ることができます。

 私の今回の卒論のテーマも文学部的な内容をいくらか含むものでしたが、副査の森野先生が専門分野であったため、先生から多くの知識を学ぶことができました。

 また私は大学時代中国語に熱中しました。自分が興味のあった中国語を深めることができたとともに、情報学を始め、幅広い知識をこの学科で得ることができた気がします。

指導教員講評
指導教員:許山秀樹

 Sさんは入学時より優れた能力を発揮し、情報社会学科の多くの教員の知るところとなった。
私のアジア文化論などの授業で、優秀な学生の中にあっても、鶏群の一鶴というべき、抜きんでた存在となっていた。その後も怠らず、学年が進むにつれてさらに学業に邁進して、その能力を優れた卒業研究へと結実させた。Sさんの成長に伴走できて、私は大変幸せである。

 Sさんは論文執筆中に数多くの説話文献にあたり、データを蓄積していった。会うたびに違う本を抱えて文献を丹念に渉猟しているSさんの姿を私はよく憶えている。この調査を通して、日本のみならず、世界各地の説話を一つ一つ分析し、この論文作成の基礎を築いた。
本論文の長所は単にデータの量だけにあるわけではない。一つ一つの説話を丁寧に分析し、その構造を明確にしている点に本当の長所がある。
論文というものは、単にデータを集めるだけでは不十分である。それは論文ではなく、作業と呼ぶべきものでしかない。論文の真の存在意義は、表面の事象の背後にある規則性や法則、本質を見抜き、掘り出すことにある。Sさんはタブー型と難題型の2つの説話が持つ特徴を十分に明らかにしており、この論文は「論文」と呼ぶに値する優れたものとなっている。

 Sさん自身、インタビューの中で述べているように、この論文でやり残したことも少なくない。相違点を指摘するだけで、その理由の所在について言及していない点がそれである。たとえば、タブー型説話は作品によって様々な構造・内容を持ち、個々の作品によって話が大きく異なるが、難題型は比較的同じ構造・内容のものが多いというSさんの指摘は、極めて興味深い。この指摘に啓発される研究者も多いだろう。では同じ「条件付き説話」の中にある2種の説話になぜこのような差異が生じているのだろうか。一歩踏み込んで、この点を考察してほしかった。この考察があれば、もっと優れた論文になったであろう。(ねえSさん、どうしてこういう差が生まれたのだと思う?)

 ただし、優れた論文にはこうした「望蜀の嘆」はつきものである。この論文の欠点というよりも、むしろ論文の質の高さを証明するものと言ってよいだろう。
この論文でやり残したことを、Sさんの今後の読書人生の中で解明してほしいと願っている。

取材・編集:H(2004/04/02)