日本のスケーリング則


集積回路はムーアの法則に従って計算のコストを指数関数的に削減してきた。デナードの理想的スケーリング則とは、トランジスタにかかる電界を一定にすることを条件とする。これで素子面積を二年程度で半分にする。例えばトランジスタの縦と横を70%(面積では0.7 x 0.7~50%)にしたときに印加電圧を70%にすれば電界は保存するのでトランジスタの信頼性は保持できる。ゲート酸化膜厚も70%にすることになるので、トランジスタの駆動電流は保持される。一方、ゲート容量は、面積が50%、単位面積当たりの容量が1/0.7~140%なので、0.5 x 1.4~0.7となるため、ゲート当たりの遅延時間は70%となる。このように、電界一定スケーリング則の元では、同じチップサイズに2倍のトランジスタを集積でき、同時に動作周波数を1/0.7~1.4倍にすることができる。結果として、二年でトランジスタのコストを半分にしつつ、計算速度を1.4倍にすることが可能であった。「単位時間当たりに何倍の集積度・計算速度向上」は倍々ゲームであり、これは指数関数的技術発展と呼ばれている。トランジスタをオンさせるために必要な電圧は0Vではなく、有限な値0.3-0.4Vであるため、電源電圧が1Vを切ってからこのスケーリング則は単純な比例関係とすることができなくなることと微細化していくためのプロセスコストが上昇することから、これまでのやり方ではムーアの法則が今後10年程度でストップすると考えられている。無限小までスケーリング則は適用できない。

1880年以降単調増加してきた日本の人口は、2011年に人口減少が始まった(図1:H26年内閣府、http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/future/0214/shiryou_04.pdf。現在はこのLinkはないようである。最新データでは上限は2060年になっている)。

出生人数と死亡者数の差が負になった時点で人口は減少に転じる。出生率の前提によって減少率の多少の違いはあるが、図1によれば2100年時点の日本の人口は6500万人~3800万人の間と予想されている。どこで飽和するかは図1の予測からは不明であるが、江戸時代後期の3000万人程度で落ち着くのかも知れない。これまで国民総生産GDPは人口増加に伴ってプラス成長してきたが、今後はこれまでのようにGDPを増やしていこうというのは現実的ではない。10年当たり700万人も日本人が減っていくときに一人当たりのGDPをこの人口減少の割合以上に増やしていこうとすれば、「そんなに働けません」と考える人が圧倒的多数になるだろう。現役世代の人たちに負担を押し付けていい道義はない。今の生活でまあ幸せなのでこのままでもやっていけると考える人が多ければ、平均的には一人当たりのGDPをKeepしていこうという目標でいいだろう。人口減少という現象は、私たちや先人たちが日本の社会を設計し実践してきたことの蓄積された結果であるから、他に責任を帰す訳にはいかない。この「一人当たりのGDP一定」はデナードのスケーリング則で見た「電界一定」に相当する条件としてみよう。

次に、一人の年金生活者を何人の現役が支えるかの指標をηとすると、この値も基本的にはKeepしないといけないはずだ。「η一定」もスケーリング則の条件にする。これまで日本の年金のシステムはその時々の現役世代が引退世代を支えてきたので、お互い様の定理からこれも世代間で対立しない条件になるはずだ。図2は現役何人で一人の年金生活者を支えるかを、現役世代と引退世代の線引きをどこにするか三つのケースで見たものである(元のデータは内閣府のhttp://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2016/html/zenbun/s1_1_1.html)。

2010年の「二人で一人を支える」を基準にすれば、2030年ごろには70歳までは働いて下さい、2060年には75歳まで働いて下さい、ということになる。これを可能にするための条件は、健康寿命がこのようになるように医療を進化して頂くことである。

負債について忘れてはいけない。これまで国会の決定で国民の負債を貯めてきているので、持続可能なためにはこれも国民一人当たりの額を保持しないといけない。現在国民(0歳児を含めて)一人当たり900万程度でしょうか。人口が四分の一になったときに換算すると、一人当たり3600万円ナリ。自分が死んで負債を残したなどと考えると、心穏やかに死ねない。心穏やかに死ぬためにも相続税のルールは再考が必要だ。国のためとは言え、国の借金を増やしてきた国会議員は亡くなったときに、相続できる資産を高い率で国庫に戻すシステムにしておかないといけない。もちろん国会議員を選んだ選挙民は平均900万を現役世代に支払うようにしないといけないだろう。

現実のデナードのスケーリング則はコストや技術や信頼性の問題で必ずしも電界一定のままでは進行しなかったが、「二年程度で集積度二倍」の業界共通の意識がこの指数関数的技術発展を支えてきたことは事実だ。人口減少の問題はこれとは反対に、「10年で700万人程度の割合で減少」という共通認識があるときに何を保存するかという条件を決定する問題だ。人口単調増加時代の考え方を人口単調減少のものに変化させていく時期は過ぎつつある。

以上まとめると、日本のスケーリング則は、一人当たりのGDPは保存する、健康寿命をηが保存するように延ばす、日本の負債は作った人たちが追う、の三点である(もっと思いついたらそれを追加しよう)。人口3000万人の日本で幸せにやっていけるか?落語を聞いている限り、江戸時代は(飢饉でない年は)衣食住に不足なく、風呂や下水道も充実していたようだし、大岡越前公のような粋な裁判官もいたらしいので、3000万人でも結構幸せにやっていけそうな印象がある。エネルギー源はすべて自然エネルギー、食料自給率は100%になっていて、AIとロボットが活躍している。ケインズが「2030年には一日三時間働けば暮らせる、残りの時間は芸術・文化・形而上学考察など本当に重要なことに時間を費やすことができるようになる」と予言したような世界が、70年遅れで日本にやってくるかもしれない。今よりずっとストレスの少ない芸術家や研究者のような人だけしかいないような日本社会の到来を夢みながら、日本のスケーリング則を考えてみた。

(2018/1/7)
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