□+□=10


先日、プロサッカーのユースチームのコーチや大学でコーチングを担当されてきた方の講演を拝聴する機会があった。たくさんの具体例を紹介されながら、若者たちが自分の考えで動くことができるようになる声のかけ方など、大変興味深いお話であった。その中で、「1+9=□」と「□+□=10」の比較は特に心に残った。日本の教育では、前者のような唯一の答えがある問題をたくさん解くことが重視されてきたので想像力に乏しく、一方ヨーロッパでは、後者のような無数の答えがある問題を解く訓練によって想像力が養われてきたのではないか、というものであった。
 「□+□=10」を見てすぐに思いつくのは新製品の研究開発だ。他の製品と同様、集積回路の研究開発とは、その集積回路が目標とする性能指標を満たすためにはどのような回路やデバイスを組み合わせればよいかを考えて、たくさんある可能な組み合わせの中から製造や製品テストのコストが最小になるような最適なものを選択する作業のことである。目標性能が右辺の数字、左辺の□は手持ちの回路やデバイス技術である。既存のもので等式が満たせるような解がないなら、新しい回路やデバイスを開発しなければならない。そのようなピースを見つけられたら幸せだ。そのアイデアが新しく、効果があって、他の人には容易には創造し得ない場合、それが発明となる。想像力が重要なのは明らかだ。ここで思いつく問題は、「答えがたった一つだけ見つかったという場合、果たして本当にそれが最適なのか」である。たくさんの答えが見つけられた人が、その中から最善のものを選んだとすれば、恐らくそれは一つしか見つけられなかった人の答えより良いことが多いのではなかろうか。非常に直観の優れた方の唯一解はひょっとすると、そのまま最適解かもしれないけれど。それではたくさんの答えを出せるには何が必要だろうか。
「1+9=□」の左辺が異なる問題をたくさん解いてきた人は、そうでなかった人より、複数の答えを出せるはずだ。自然数同士の場合、少数同士、分数同士、正と負の数の組み合わせ、複素数同士、変数を含む場合の計算をやってきた大学生なら、中学生よりずっと多くの「□+□=10」の答えを出せる。基本な型を知らない人には、出せる答えの数はゼロ~可能性を思いつく手段がないから。回路やデバイスの組み合わせ問題なら、回路やデバイスを習ってきた学生Aさんはたくさんの組み合わせを見つけられよう。回路やデバイスはやってこなかった代わりに物理や数学のたくさんの分野をやってきた学生Bさんはどうであろう? 知っている型が少ないので、Aさんよりずっと少ない組み合わせしか見つけられないだろう。しかしその答えは、Aさんの複数の答えの中にはないようなものかもしれない。多分Aさんの答えより最善となるケースはとても少ないだろうが、誰も考えなかったようなすごい答えである確率はAさんより高いかもしれない。その後、Bさんは回路やデバイスを勉強していって発明を増やしていけるし、Aさんは回路やデバイス以外の学問を自分で勉強していって発明を増やしていけるはずだ。
製品技術開発を担う研究者・技術者が発明を行うには、「□+□=10」という方の問題を設定でき、その問題に対してたくさんの解を提示でき、その中から最善の答えを示せる人だ。その前提は、膨大でなくても少なくともいくつかの「1+9=□」のような型を理解していることである。

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