研究テーマ(加藤)

食品成分研究

私たちの身体は様々な栄養素により構成され、炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミンやミネラルは5大栄養素として知られています。これらの栄養素は、身体の構成やエネルギー源となる、生体を調製するなどの役割を果たし、私たちはその多くを食品から摂取しています。中でも、私たちの身体や食品に存在する量が少ないにもかかわらず、微量で生命現象に影響を与える栄養素は生理活性物質と呼ばれ、その代表的なものにはビタミンが挙げられます。本研究室では、こうした生体内や食品中に微量しか存在しない生理活性物質の機器分析(高速液体クロマトグラフィーや質量分析器)による定量分析を基盤とし、分析学的な視点から、食品における存在量、食べた際の動態(吸収、分布、代謝、排泄)、動物や細胞レベルでの生理作用、などを評価をすることで、食品や栄養素の持つ健康効果を明らかにすることに取り組んでいます。

 

ピロロキノリンキノン(PQQ)研究

ビタミンに認定されている栄養素はたったの13種類しかございませんが、PQQは新しいビタミンではないか?と言われている成分です。微生物から発見され、酢酸菌ではビタミンB2やナイアシンに次ぐ第3の酸化還元補酵素としてエネルギー代謝に必須な栄養素です。私たちは食品中のPQQの摂取や腸内細菌叢によって生合成されたPQQを取り込むことで、PQQを利用していることが推測されています。その役割についても研究が進められており、PQQ欠乏マウスでは、皮膚の脆弱化、脱毛、成長障害、繁殖能の減少や免疫能の低下が引き起こされることから、皮膚の恒常性の維持や成長促進、免疫脳の改善などの効果が推測され、さらに抗酸化作用や抗炎症作用、認知機能の改善や、糖尿病の予防効果などの機能が明らかとなっています。しかし、正確な定量分析法の構築が困難であったことから、食品における分布、ヒト体内への消化吸収機構や、臓器への分布、標的部位における存在形態、さらにはビタミンとしての役割はほとんどわかっていません。そこで、私たちは機器分析によるPQQの定量分析法を世界に先駆けて構築し、この方法を用いてPQQ研究を進めています。

・食品分析
私たちは過去に報告されてPQQ分析法を改善し、PQQやPQQアミノ酸付加体のイミダゾロピロロキノリンキノン (IPQ) がビールやお酢に含まれ、お酢はさらに多くのPQQを含有していることを報告しました(令和3年度 加藤主税博士論文)。その後も改良を続け、
現在も東北大学農学部の食品機能分析学分野や(一財)日本食品分析センターと共同で食品分析を進めており、食品におけるPQQの分析法を公定法として確立することや、食品成分表におけるPQQの表示を目指しています。私たちの取り組みを通じて、誰でもPQQが分析できる条件の構築、さらには私たちが日常的に摂取する食品にどのくらいPQQが含まれているのか、私たちは1日でどのくらいPQQを摂取しているのかを知ることを最終的な目的としています。
・母乳や腸内細菌叢研究
母乳は乳児における理想的な食事であることはよく知られています。その役割は大きく2つに分けられ、母乳が直接乳児の栄養素として働くことや、乳児特有な腸内細菌叢の形成を促し間接的に乳児の健康に貢献することが挙げられます。早産など十分な母乳があげられない場合、重篤な新生児壊死性腸炎を引き起こすこともあり、母乳はとても重要です。一方、様々な理由で母乳をあげられない母親もおり、ヒト母乳の代替的な食事として粉ミルクが使用されています。しかし、母乳と粉ミルクには未だに多くの違いがあり、その大きな理由として、母乳が他の哺乳類とは異なる独自の成分を有していることがわかっています。私たちは、PQQが哺乳類の成長、免疫能や繁殖能、さらには脳機能の発達に重要であり、母乳に比較的多く含まれていると報告されていることから、赤ちゃんの成長に重要な成分の1つと考えています。また、母乳には独自のオリゴ糖が含まれ、この成分によって乳児に特有の腸内細菌叢が形成されることが知られています。PQQと腸内細菌叢の関係はほとんど明らかとなってませんが、母乳中のPQQがプレバイオティクス成分として乳児の健全な大腸発酵を促進することや、腸内細菌叢によって生合成されたPQQがポストバイオティクス成分として乳児の成長に貢献することが想定され、これらの母乳と腸内細菌叢とヒトとの関係を明らかにすることを目指しています(静岡大学における人を対象とする研究に関する倫理審査にて認可済みの研究です)。
令和6年度日本栄養・食糧学会における栄養・食糧学基金若手研究助成研究に選ばれました。


・細胞におけるPQQの動態の解明
PQQは培養細胞を用いて、抗酸化作用、成長促進作用、神経保護作用、インスリン様作用、脂質蓄積抑制作用、ミトコンドリア機能の改善など様々な機能性が報告されていますが、培地に加えられたPQQの動態 (PQQとアミノ酸との反応の有無や細胞に取り込まれるか) はわかっていませんでした。私たちがこの解明に向けて取り組んだところ、PQQはそのままの形で細胞に取り込まれると共に、培地中でアミノ酸と反応してIPQとして細胞に取り込まれていることが明らかとなりました。つまり、これまでPQQの機能性と考えられてきた効果が培地で生じた
IPQによるものである可能性も推測され、PQQとIPQの両方の活性を評価することが重要と考えられます。また、IPQはPQQの赤色で示した活性部位 (o-キノン構造) がアミノ酸との反応で失われていることから酸化還元補酵素として働くのは難しいと考えることもできます。仮にIPQがPQQに対して活性が低いとすると、培地中で反応することで多くのPQQが不活性化されていることとなります。私たちの身体の中ではPQQの存在形態 (PQQとIPQのどちらの状態で存在するのか) はわかっていません。今後PQQの存在形態を解明することがPQQの正確な機能性を明らかにすることにつながると私たちは考えています。

・新しいビタミンとしての役割の解明
PQQは世の中で報告されている様々な機能性物質と異なり、ビタミンとしての可能性が示唆されています。2003年には理化学研究所によってビタミン説が報告され一躍有名になりましたが、その後も分析法が確立せず、現在はPQQ研究は下火となっています。私たちはPQQ研究の足かせとなっていた分析学的な点から、このビタミンとしてのPQQの可能性を提示できるよう研究を進めています。

 

その他の研究

ビタミンや生理活性物質を中心に展開していきます…

 

酸化ストレス研究

揚げ物を調理するときのように油を高温で加熱し続けると、色や油切れが悪くなり、風味が悪化することはみなさんもご存じと思います。この現象は「酸化」と呼ばれ、油が酸素と結びつくことで様々な化学反応が引き起こされることが原因です。私たちの身体はおよそ37兆個もの細胞によって構成され、細胞の1つ1つを覆う細胞膜をはじめとし、脂質(油)は細胞を構成する重要な成分です。私たちの身体の脂質が加熱されて酸化する、という過激なことは日常生活の中で起こりませんが、「酸化」は日常的に引き起こされ、生活習慣、ストレス、紫外線、放射線、タバコなどの様々な要因によっても誘導されます。もちろんこのような「酸化」から身を守るための「防御系」が私たちの身体には備わっており、健康な人では、「酸化力」「抗酸化力(防御力)」のバランスが保たれています。しかし、何らかの異常により「酸化力」が「抗酸化力(防御力)」を上回った状態(酸化ストレス)が続くと、身体に様々な異常をきたし、様々な疾病や老化につながると言われています。有名なものでは悪玉コレステロールによるアテローム性動脈硬化症、他にも、糖尿病や繊維症、アルツハイマーやパーキンソン病などの神経変性疾患、さらには各種ガンなどの様々な病気が酸化ストレス関連疾患と考えられています。そのため、酸化ストレス研究は病気の発症メカニズムの解明や、予防・治療法の開発につながる重要な研究です。

フェロトーシス研究

こうした酸化ストレスが細胞に対して特殊な細胞死「フェロトーシス」を引き起こすことが近年報告されました。フェロトーシスとは、鉄分子と脂質酸化物が関与する非アポトーシス性の制御された細胞死と考えられています。このフェロトーシスが酸化ストレスによる疾患の発症の鍵となると考えられ、世界中でそのメカニズム解析に向けた研究が盛んに進められています。しかし、フェロトーシスの実行因子と言われている脂質酸化物の分子レベルでの解析は、その合成や分析の困難さから進んでいません。そこで、私たちは脂質酸化物の解析に焦点を当て、「どんな脂質酸化物が」、「どのように生じて」、「細胞内のどこで」、「何を標的とするのか」、さらに「細胞がどのように応答するのか」、を明らかにしたいと考えています。そのため、ゲノム編集技術により作製したフェロトーシスのモデル細胞を用いた生物学的な手法や、質量分析器を使用した脂質酸化物の分子レベルでの分析技術を融合した学際的な研究を進め、東北大学農学部の食品機能分析学分野や東海大学医学部と共同で研究に取り組んでおります。また、フェロトーシスは酸化ストレス疾患の発症に密接にかかわることから、その抑制は酸化ストレス疾患の予防や治療につながると考えられます。そのため、食品由来成分によるフェロトーシスの抑制能を評価しています。

・どんな脂質酸化物が?:リン脂質酸化物以外の脂質酸化物

フェロトーシスは細胞膜を構成するリン脂質の酸化物によって引き起こされると言われています。なぜなら、フェロトーシスはリン脂質酸化物を還元・無毒化するグルタチオンペルオキシダーゼ4 (GPX4) を阻害や欠損した場合に顕著に引き起こされるからです。そのため、GPX4はフェロトーシスの重要な保護因子としてよく知られています。しかし、直接リン脂質酸化物を細胞に処理した検討は非常に少ないため、私たちは純度の高いリン脂質酸化物を合成し、改めてリン脂質酸化物のフェロトーシス誘導能を評価しました。その結果、これを細胞に処理することで、従来の説通りにリン脂質酸化物が細胞死を誘導することを確認できました。また、リン脂質の酸化物とは構造が大きく異なるスクアレン(皮脂の主要な脂質)の酸化物も細胞に処理してみたところ、同様にフェロトーシスを誘導することを明らかとしました。GPX4は私たちの知っている以上の役割を持っていて、私たちの身体を日夜様々なストレスから守っているのかもしれません。

・どんな脂質酸化物が?:リン脂質酸化物は直接細胞死を誘導していない?
リン脂質酸化物をGPX4欠損細胞に処理してその代謝を評価したところ、GPX4欠損にもかかわらずリン脂質酸化物が還元されることを見出しました。もちろんGPX4欠損細胞はそのまま培養すると死滅し、GPX4が致死性のフェロトーシス防御因子であることに疑いの余地はないのですが、フェロトーシスの定義に矛盾が生じる結果となりました。この結果に対し、私たちは細胞に処理したリン脂質酸化物の分解物や代謝物がフェロトーシスを誘導しているのではないか?さらにはGPX4はリン脂質酸化物だけでなく生じた分解物や代謝物を還元することでフェロトーシスから細胞を守っているのではないか?などと様々な仮説を立て、フェロトーシスの深淵の解明に向けてさらなる研究を進めています。

・今後の研究

「どんな脂質酸化物が細胞内のどこで生じて、フェロトーシスを誘導しているのか」、また「どのような細胞のシグナル伝達因子を標的としているのか」に焦点を当て研究を進めています。

 

・フェロトーシスの予防成分の探索や予防メカニズムの解析

フェロトーシスは酸化ストレス疾患の発症に密接にかかわることから、その抑制は酸化ストレス疾患の予防や治療につながると考えられます。フェロトーシスの有名な抑制成分には、ビタミンE、ビタミンKやコエンザイムQ10が挙げられます。私たちが作製したフェロトーシスモデル細胞を用いることによって、これらの既知の成分に加えて、ピロロキノリンキノン、レスベラトロールや、ケルセチン、さらにはローズマリー抽出液(ロスマリン酸、ルテオリン、カルノソールやカルノシン酸を主成分として含有)やショウガ抽出液(ジンゲロールを含有)がフェロトーシスを抑制することを明らかとしました。