研究テーマ(西村)

1. 大腸発酵におけるビタミンの重要性と腸内細菌が作り出すビタミンの宿主への作用

正常な大腸発酵の維持におけるビタミンの重要性を明らかにするとともに、腸内細菌が生成するビタミンおよびその誘導体の生理的作用について探求しています。

    • 腸内細菌によるプロピオン酸生成を刺激する食事戦略の探究
    • 腸内細菌由来のプロピオン酸の生理的意義-骨格筋萎縮抑制への寄与解明

2. 栄養成分・食品成分による消化管粘膜のバリア機能向上

消化管は消化吸収を行うとともに、外界からの異物侵入を防ぐバリアとしての機能を果たしています。そのため、健全な消化管構造を維持することが欠かせません。消化管粘膜を充実させるためには、エネルギーの供給消化管ホルモンの刺激物理的刺激が重要です。本研究では、消化管粘膜の健全化を図ることを可能にする栄養成分や食品成分について理解するこを目的としています。特に消化管ホルモンであるGLP-2分泌の亢進を介した消化管粘膜の完全性について研究を展開しています。

a) 栄養成分の供給による小腸下部粘膜のバリア機能向上

小腸の構造や機能の健全化への栄養/食品成分の作用を明らかにする。小腸、とりわけ栄養素の流入が少ない小腸下部におけるバリア機能を向上させるための食事戦略を追求しています。

    • 小腸下部への栄養素供給(特にグルコース)によるGLP-2分泌亢進と小腸バリア機能の向上
    • 大腸への食品成分供給によるGLP-2分泌亢進と小腸バリア機能の向上

b) 食品成分の物理的刺激による消化管粘膜のバリア機能向上

食事が消化管を通過する際に生じるさまざまな物理的刺激による消化管粘膜バリアの向上について明らかにする。

    • 物理的刺激によるGLP-2分泌亢進と小腸バリア機能の向上

3. 難消化性糖質による大腸水素生成促進と酸化ストレス軽減作用

大腸発酵において生成される分子状水素(H2)の還元性に着目し、生体内における酸化ストレスの軽減に大腸発酵由来のH2が関与することを証明しています。

 

大腸発酵におけるビタミンの重要性と腸内細菌が作り出すビタミンの宿主への作用

特にビタミンB12(VB12;コバラミン)について研究を進めています。 私たちの研究室でVB12に取り組み始めたのは、VB12が腸内細菌の構成を安定に維持する因子の一つであると推定しているからです。 VB12はコバルトを構成成分とする非常に複雑な有機化合物です。地球上の生物においてVB12を合成できるのはほとんど細菌と古細菌であり、脊椎動物はこれを合成できません(もちろんヒトもです)。 腸内細菌の大半はVB12を必要としますが、これをを合成できる細菌種は極めて少ないのです。 したがって、VB12を適切に大腸にデリバリーできなければ、これを必要とする細菌が大腸内の環境で生育することが困難になり、細菌叢の構成も変化する可能性が高くなります。 食事で摂取するVB12は極めて少なく、大腸にもたらされるVB12量が不足した場合、腸内細菌叢は乱れ、宿主であるヒトに疾病を生じる可能性が考えられます。私たちの研究室では、 1)大腸内の細菌叢とそれによる発酵を健全に保つことを考慮した、適切なVB12摂取量の解明 2)大腸内の細菌によるVB12合成を促すための栄養補給の可能性探求 3)VB12合成能をもつ腸内細菌の同定 4)VB12合成能や大腸発酵パタンにおけるヒト腸内細菌とラット腸内細菌との比較 などを目標として研究しています。ようやくこの研究の最初の段階ができつつあります(図1)。 最初にVB12研究に携わった指導学生は、日本食物繊維学会第25回学術集会(2020年11月)でトピックス賞を受賞し、 次の学生が最近行われた第75回日本栄養・食糧学会大会(2021年7月)でトピックス賞学生優秀発表賞のダブル受賞を果たしました。この内容についてはようやく論文化されたので、詳しくはこちらを読んでみてください(J Nutr Sci Vitaminol 2024)。和文の総説も掲載されましたので、こちらもご利用ください(日本栄養・食糧学会誌 2024)。

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栄養成分の供給による小腸下部粘膜のバリア機能向上

小腸における消化吸収の大部分は小腸上部で終えるため、小腸下部の粘膜は上部に比べ薄くなっています。そのため、小腸下部のバリア機能は上部より低くなっています。下部では腸内細菌の数も増えるため、この部位のバリア機能向上は宿主の健康を考慮すると重要であると考えられます。また、手術などで口から食事を摂取することを一時的に停められた場合、小腸の粘膜はすぐさま薄くなります。つまり、宿主にとって不都合なものがこのような小腸から吸収され、感染や炎症のリスクが高まります。このような状態を改善する食事戦略を見出そうとしています.

これまでに難消化性のグルカンを投与することにより、小腸下部にグルコースをデリバリーすることが下部のL細胞を刺激し、消化管ホルモンであるGLP-1やGLP-2の生成分泌を高めることを示してきました (Br J Nutr 2020; J Nutr Sci Vitaminol 2022).GLP-2は小腸上皮細胞の増殖を促すため、難消化性グルカンを投与したラットの小腸下部の絨毛長(粘膜厚)への影響を調べると、絨毛(粘膜)が伸長することを明らかにしました (J Nutr Sci Vitaminol 2022).

この研究内容の詳細は、J Nutr Sci Vitaminol. 2022; 68: 104-111.に掲載されています。また、2023年5月に札幌で開催された第77回日本栄養・食糧学会においてさらに発展した内容を発表し、学生優秀発表賞を受賞しました。

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難消化性糖質による大腸水素生成促進と酸化ストレス軽減作用

水素分子(H2)は還元力を有し、生体内で酸化ストレスを軽減することが知られています。 大腸内には多数の腸内細菌が常在しており、そこで難消化性糖質を発酵しH2を生成しています.私たちは大腸発酵で生成されたH2も生体内で還元性を発揮し、健康に貢献している可能性について探求しています.
この研究では、大腸でH2生成を促す難消化性糖質について調べ、H2生成が促された生体内で酸化ストレスの軽減や酸化障害の抑制が誘導され、疾病発症の予防に貢献していることを明らかにすることを目的としています。大腸で発生したH2が生体内にデリバリーされることにより酸化ストレスを軽減し、特に肝酸化障害を抑制することを見出しました (Br J Nutr 2012)。その後、単原子分子のHeを除いてH2は最小サイズの分子のため、大腸から血液や肝臓だけでなく、拡散により腹腔組織、とりわけ脂肪組織に移行していることを発見しました (図2; J Nutr 2013)。したがって、大腸H2は多くの組織でレドックスバランスを維持に寄与していると考えられます。最近では、大腸発酵由来のH2による脂肪組織における酸化ストレス軽減が、H2からα-トコフェロールラジカルに電子供与されることでα-トコフェロールへの再生を促されることによることを見出しました (図3; Br J Nutr 2020)。

*この研究は第72回日本栄養・食糧学会大会のトピックスに選ばれ、主として携わった学生は日本食物繊維学会第23回学術集会(2018年11月)で発表賞を受賞しました。なお、この一連の研究内容の一部は「化学と生物 61, 207-209 (2023)」にも掲載されております。

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