ブログリレー(川本竜彦 1)

ブログリレー

地球科学科 川本竜彦

五月の学生さんへ

五月は美しい季節だ。しかし、新しい環境になじめず、目標を見失ってしまう季節でもある。ぼくは中学校に入学したあと、授業についていけなかった。英語のテストでは、姓と名がローマ字で書けただけで、2点だった。2年生になると困ったことに、英語の授業では質問に正答するまで座れなかった。チャイムが鳴るまで毎日立たされていた。同級生にきくと、ラジオの基礎英語が良いとのことだった。週6日、ラジオを聴くのは大変だったが、毎週土曜日のダイアローグにはオチがあり、なんとか続けることができた。基礎英語、続基礎英語のお陰で、どうやって勉強したら良いかわかった気になっていた。

高校に進学すると、今度は数学Iの最初のテストが13点だった。どの問題も途中でことごとく間違っていて、最後まできちんと解くことが重要だと思い知った。大学に入った時も同じで、数学は知らない国の言葉だったし、物理はまるで数学だった。覚えているのは、生物実験で構内のタンポポの分布を地図に印したことと、地学実験の遠足だった。郊外の山に登ると、カキの貝殻がたくさんあった。引率した先生は「どうして山の中に貝がでるのか」と質問し、「貝塚です」とぼくは答えたが、ほかの学生は「昔は海の底だった」と不思議な答をした。話しているのは日本語だが、意味不明だった。その後も、ぼくは長い五月病から抜けられなかった。

3年生になってもどの学科にも興味を持てなかった。当時、卒論は必須でなかったので、学科に所属せずに卒業する学生もいた。それでも、同級生から「根なし草になるぞ」と脅され、4月になって唯一定員割れしていた地質を取ることにした。授業は知らないことばかりだった。結晶の空間群はチンプンカンプンだったし、今でもそうだ。古地磁気学で「日本列島は大陸の一部で、日本海は1500万年前にできた」と聞いて、「え ! 室町時代 ?」と驚いたが、数字を4桁も間違えていた。 このように地質のセンスは、まったくなかった。それでも、徐々に慣れてきて、判じ物のように自然現象に迫って行くのは楽しくなった。

ぼくたちは、わからないことに囲まれている。大人になると「これは、わからなくても良い」と考えて勉強しなくなる。わからないことの壁にぶちあたり、そこで勉強をやめたら、「ハイそれまでヨ」。壁を乗り越えるのには、時間をかけ、あきらめずに勉強し続けるしかない。それは、どのような人生を送るにしても大切な技の一つだろう。今年の五月は、ぼくたち教員も、これまでやったことのない在宅授業の準備にてんてこ舞いで、五月病を気にかける暇はない。新しい感染症の所為で、時代は急激に変わるだろう。しかし、時間をかけ、あきらめずに勉強する姿勢が重要なことは変わらないはずだ。時間をかけて、壁を乗り越えていこう。