ブログリレー(生田領野)

ブログリレー

地球科学科 生田領野

理学部には5つの学科がありますね。その中で、地球科学科はミニ理学部のような学科です。地球科学科の研究の共通点はもちろん、研究対象が「地球」であることですが、そのアプローチの手段は人により、物理学、生物学、化学と様々です。同じ学科の中でも専門が異なる先生方と研究の話をすると、時に話している言語が異なるような感覚さえあります。バラエティ豊かな地球科学科の一分野で、地球上で1点の座標が決まるまでのお話を紹介します。

私の研究テーマは地震です。アプローチの手段は主に物理学で、フィールドへ行く研究と計算機だけで行う研究が1:2くらいでしょうか。地球科学科の中では計算機寄りの方かと思います。静岡県内にもフィールドがありますが、ここ6年ほど毎年夏に通っているのが沖縄の先島諸島です。この場所は、過去に何度も巨大な津波に見舞われていることが分かっており、直近では1771年に発生した「明和の大津波」により、石垣島では人口の1/3が失われたと言われています。私はこの石垣島の沖で、巨大津波の原因となりうるプレート境界の巨大地震が準備されているかどうかを調べるために、海底の動きを計測しています。陸の動きは地面に固定したGNSS(全地球航法衛星システム)のアンテナの動きで調べることができますが、海水は電波を通しませんから、海底を調べるためには音波を使います。2014年に石垣島の沖、深さ約3,000mの深海底に沈めた音響装置の位置を、夏毎に計測し続けています。

「南の島から大海原に出て調査観測をする」というと、ちょっと素敵に聞こえるかも知れませんが、実際はなかなかの試練です。それは観測資材の準備から始まります。船の位置を決めるGNSS測位装置、船の姿勢を決めるジャイロ、音波の送受信装置などです。研究室でこれらを現場と同じセッティングでテストをし、出発2週間ほど前には船便で現地へ送ります。総重量100kg超。現場へ行って装置が働かなければ取返しがつきませんから、この時点で既に若干の緊張を感じています。次に心配なのは天候です。台風が発生してしまうと予定の航海ができません。二週間前くらいから数値予報で台風の発生をチェックしながら船長と連絡を取りあいます。静岡を出発する前に台風が発生していれば延期するのですが、港に着いてから荒天で、船を出せずに帰ってくることもあります。これは予算も時間も大変な痛手です。更に、私にとって最も大きな試練は船酔いです。私は海で観測をする人間としては致命的に船に弱いようです。調査はチャーターした船で40時間ほど海上にとどまるのですが、固形物を胃に入れるともどしてしまうので、その間栄養補給ゼリーだけが私の命綱です。出航前は、もしかして船員さんだけで行って来てくれないかと本気で思います。あまりに酔う経験をしたためでしょうか、最近では出航当日の朝、港へ到着する前に既に吐き気がしていることもあります。もう気持ちから完全に負けているようです。船には船員さんが3-4名、研究者は基本、共同研究者か学生さんと私の2人が乗り込みますが、まれに私1人の時もあります。船は港から3-4時間かけて目標海域に到着。高速で航行している船はあまり揺れないのですが、観測のために減速すると、ゆったり揺れ始めます。みぞおちのあたりに若干の不快感を覚えながら、パソコンから海底の装置の識別番号を指定して音波送信指令を出します。この観測で最も緊張する瞬間です。一年ぶりですから、「海底でちゃんと生きていてくれ。。」と願う気持ちです。10秒ほど待った後、モニターが更新されて返信波形が表示されると、ほっと一安心です。そこからは観測装置が正常に動いていれば、海底から帰ってくる音波の品質チェックが主な仕事です。揺れと暑さに耐えながらモニターをぼーっと眺めます(じっと見つめると酔うので)。長く海上にとどまるのは、海底装置の位置推定の様々な誤差要因の影響を平均化により小さくするためです。30時間以上かけて合計10,000回ほどの音波の送受信をします。その間、何度も時計を見ては、時間が経過するのがいかに遅いかを実感します。晴れた夜は満天の星が落ちて来んばかりで美しいのですが、観測船から見上げる天体は例外なく、船の揺れに合わせて視界の中をゆらゆらと往復しています。二度夜を過ごし、東の空が明るくなると、やっと帰港が視野に入って希望が湧いてきます。

全てを終わらせて港に帰ってくると、半日かけて計測装置の撤収・洗浄・送付です。離れた小学校に設置された、基準として使うためのGNSS観測点のデータも取りに行きます。こうして全てのデータが揃って初めて解析ができます。静岡へ帰るとまずGNSSのデータを解析して一瞬毎の船の位置を決め、音波の往復時刻を解析し、最後にコンピュータのプログラムに連立方程式を解かせます。学生さんと一緒にひと月ほどかけてこれらを行い、今年の音響装置の位置が出ます。前年の周辺数cmに点が一つ、プロットされます。たった一つの点ですが、1年間海底で息をひそめ、呼び出されるのを待っていた音響装置が教えてくれた、私達が計測しなければ誰にも知られることがなかったであろう座標です。実はそれも一回ごとの計測の誤差が数センチもあるため、「今年〇cm動いた」と結論できるものではなく、数年分から平均の傾向を出さないと結果の議論ができないのですが。

今年も次の1点をプロットするために、新型コロナが落ち着くのを待ちながら、毎朝布団の上で前転をしています(船酔いに良いらしい)。

石垣島東部に残された津波大石と筆者