ブログリレー(足立真訓)

ブログリレー

数学科 足立真訓

前期の授業も折り返して後半に入りました。学生・院生のみなさま、勉強・研究、順調に進められているでしょうか。うまくペースが作れている方は続けていただいて、どうもうまくいかないなという方は、保健センターの案内も参考にしながら、まずは生活習慣を整えるところから始めていただければ、と思います。

僕にとっても、在宅授業はもちろん初めての経験でして、どう工夫したらよいのだろう、とよく考えます。なるべく分かりやすく、と思うと、教材がどんどん細かく作り込まれていきます。そうしていると、大学の授業ってどうあるべきなんだろう、という問いにいつも立ち返ることになります。自分自身が学生時代に受けた対面授業を思い返してみると、そもそも、90分集中して講義を聞いても、その場で「隅から隅までよく分かった」と思えたことはまずありませんでした。記憶もおぼろげで、思い出されるのは、ちょっとした余談や、「この先生、楽しそうにしゃべってるな」という印象ばかりです。むしろよく覚えているのは、授業外で友達と自主ゼミをしている場面です。発表の準備をしていてどうもよく分からない、発表中にやっぱり議論に詰まってしまってどうにも分からない、数時間一緒に考えてスッキリする(あるいはもっとモヤモヤする)、こんな場面が数えきれないほど思い出されます。

どうやら、授業等で拾い集めた「興味の種」を、友達の助けを借りながら学びに育てる、といったスタイルで、僕は勉強していたようです。勉強のスタイルは、ひとそれぞれで特に正解はありません。ただ、在宅授業の膨大な教材に圧倒されて疲れてしまった方がいれば、いきなり完璧に理解しようとはせずに、まずは「興味の種」をひろう、ぐらいの気持ちで、教材を眺めていただけたらよいのかな、と思います。そういうからには、自分の教材にチョコチョコ余談を仕込んでおかないと、と考え始めると、また教材が作り込まれてしまうのですが、、、このブログリレーも、僕自身一読者として他の先生方の記事を楽しんで読ませてもらっていますが、理学部ならではの「興味の種」が見つけられると思います。

「複素解析学特論」講義ノート
今週の「複素解析学特論」の教材(の真面目な部分)から抜粋

ここまで読んでいただけて、せっかくの機会ですので、担当中の大学院生向けの講義「複素解析学特論」から、1つ余談を紹介してみたいと思います。この授業では「層」の理論というものを解説していますが、この理論の発端には、興味深いストーリーがあります。「層」の概念は、フランスの数学者 Jean Leray(1906-1998)が提案しましたが、この研究は、第二次世界大戦中に Leray が捕虜収容所にいる間に行われました。収容所といっても、自由な時間がそれなりにあったようで、Leray は収容所内に「捕虜のための大学」を組織して、数学の授業を始めました。Leray は流体力学の専門家でしたが、敵国に研究成果を利用されないよう、そのことを隠し、副業だったトポロジーの専門家を名乗ることにしました。そこで新しく始めたトポロジーの研究から「層」の概念が生まれました。一方、同時期に、日本では岡潔(1901-1978)が多変数複素解析学の長年の難問に取り組んでいました。岡は、諸事情あって大学教員を退職し、田舎に疎開して、家族と農業をしながら研究を続けていました。岡は「不定域イデアル」など多数の独創的なアイディアを持ち込み、難問のほぼ完全な解決に成功します。戦争が終わり、岡は、フランスにいる古くからの友人の Henri Cartan(1904-2008)に、難問の解決を告げる論文を送ります。岡の論文は、アイディアが独創的すぎて非常に難解でしたが、Cartan は、Leray の「層」と、岡の「不定域イデアル」が実質的に同じ概念であることを見抜きます。Cartan の研究グループが、その後、「層」の概念を用いて、岡の理論をだれにも分かるように整備し、複素解析学や代数幾何学の大発展につながりました。

ペスト禍の間のニュートンの大発見も有名ですが、歴史を眺めると、困難な時代にも数学に情熱を燃やした先人たちの姿が見えてきて、勇気をもらえます。なかなか大数学者の真似はできませんが、幸い、現代では、インターネットを使えば、教員や友達と連絡をとって助け合うこともできます。大学が以前のように戻るまでは、まだ時間がかかりそうですが、お互い頑張りましょう。教室での立ち話や余談はできませんが、メール等々での質問お待ちしています。