ブログリレー(塚越哲)

ブログリレー

地球科学科 塚越哲

キャンパスミュージアムはアンチバーチャルで

ご存じのように理学部B棟は今年3月に改修を終え,まるで新築のようなきれいな建物に生まれ変わった.ここで快適に授業ができると楽しみにしていた私であるが,コロナ禍でその楽しみはあえなく潰えてしまった.おまけに現在私が担当する授業はすべてオンデマンド化しなければならないバーチャル授業となっている.皆さん,情報だけが一方的に提供されるバーチャル授業には慣れましたか?バーチャル授業はお好きですか?

理学部B棟玄関わきには「キャンパスミュージアム」という大学博物館があるのをご存じだろうか.学生の中には(教員も)足を踏み入れたことがないどころか,その存在さえも知らずに卒業してしまう人も多いようだ.このキャンパスミュージアムだが,今回の改修を機に,これまでとは比較にならないレベルで展示を充実させ,標本や資料にリアルに触れる場を提供したいと考えている.

そもそも博物館,とりわけ大学博物館とは何をする場なのだろう.大学に必須の施設に図書館があるが,博物館はそれに比べて(特に日本の大学では)影が薄い.両者の根本的な違いは何だろうか.図書館は情報を蓄積し,提供する場である.それに対して博物館は?博物館も情報を提供するが,主体はモノ(物)である.図書館も本というモノを蓄積するが,主体は情報の蓄積であり,「情報とヒトが出会う場」である.現在図書情報はものすごい勢いで電子化されているし,紙の書籍よりも電子書籍の利用が上回る日も遠くないことは誰の目からも明らかであろう.では博物館も電子化され,モノが情報に置き換わるのだろうか?それは部分的には起こりうるが,多くは起こらない,というより博物館の中では主であるモノに対し,従である情報のすみわけがより鮮明になるだろう.博物館とは「モノとヒトとが出会う場」なのである.

情報とモノは,時間という「軸」で対比させるととりわけ違いが鮮明になる.情報は時間が経過しても変化しない.例えば古文書に記された文章の内容(情報)は今も昔も変わらない.「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・」と何百年も前から同じ情報を発信している.情報は時間に対して不変なだけでなく,複製も容易である.古文書でなくても,文庫本の紙の上でも,電子書籍でも同じ情報が得られる.それに対してモノはどうだろうか?平家物語の古文書本体は,どれほど厳重に保管をしても経年変化は免れない.モノこそまさに「諸行無常」なのである.複製は?どんなに精巧な複製でもオリジナルの古文書=モノと同じ価値にはならない.さらに同じ情報でも,異なったモノ(媒体)から発信されると,ヒトは全く異なった感覚をえる.古文書から読み取った「祇園精舎」と電子書籍のフォントから読み取ったそれとは,大きく異なるだろう.

私たちは時間に対して不変で複製しても等価なバーチャルと,時間とともに変化し唯一無二のモノ=リアルとのはざまに生きている.情報化社会の中で,私たちはますますバーチャル化された情報世界に生きる時間が長くなるだろう.このような中で,博物館は私たちがリアル世界に生き,モノと対峙していることを実感する場を提供する.モノを感じとるためには,それにふさわしい「場」が必要である.そのような場を,キャンパスミュージアムとして学内に新たに形成したいと考えている.

キャンパスミュージアムは秋のグランドオープンに向け,心あるスタッフによって日々準備中である.一定の妥協(というよりあえて高度な割り切りと言いたい)はありうるが,手抜きは考えていない.秋のグランドオープンに向けて乞うご期待.


展示準備中のキャンパスミュージアム