ブログリレー
生物科学科 成川礼
理学部・理学専攻の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。部分的に対面講義が再開され、市街を歩くと徐々に日常生活が戻ってきている様子が見てとれます。しかし、まだまだ警戒が必要な時期だと思いますので、慎重な行動を心がけましょう。
今回は研究者の振る舞いについて少し紹介します。みなさんはこれまでの学校生活では、正解のある問題に取り組むことが多かったと思います。そして、大学生活でも、その初期においては、そのような取り組みが主要になるかと思います。しかしながら、研究室に配属されて卒業研究を実施したり、その後、大学院に進学したりした場合、皆さんはまだ誰も答えの知らない課題に向き合うことになります。研究室の先輩や指導教員も答えを知りません。そのような未知の課題に取り組む場合、どのようにすれば良いでしょうか。様々なアプローチの仕方がありますが、ここでは仮説駆動型の研究スタイルを説明します。まずはこれまでの先行研究を丁寧に調べ、知見を整理します。そして、それらの知見を基に仮説を立てて、その仮説を検証するための実験を計画します。実際に、その実験を実施し、結果を精査することで、自らが立てた仮説が正しいかどうかを検証します。仮説が採択された場合、その先の事象に進むといったプロセスに進んでいきます。一方、仮説が棄却された場合には、それを代替する新しい仮説を立て、再びそれを検証する実験を行うわけです。このようなサイクルを地道に繰り返し、それをまとめたものが最終的に論文として雑誌に掲載された時点で、一つの区切りがついたと言えます。このような歩みを世界中の研究者が着実に進めることで蓄積された体系知が、皆さんが勉強に使用する教科書に反映されます。よく理学的な研究内容は、世の中の役に立つのか?という疑問を呈されますが、このように教科書の一行を加える、書き換えるという形で、直接的にその一行に貢献しなくとも、確実に世の中の役に立っていると私は確信しています。また、ノーベル化学賞を受賞された下村脩先生の事案が分かりやすいので、例として挙げます。下村先生が発見されたGFPという蛍光タンパク質は、現代の生命科学において、細胞内で目的の分子の局在を把握するという用途で大活躍していますが、下村先生が発見した当時、そのような目的で探索していたわけではありません。そもそも下村先生は、蛍光タンパク質ではなく、発光タンパク質を探索しており、GFPの発見は、謂わば、副産物という風に捉えることができます。すぐに分かりやすい形で世の中の役に立たなくとも、後の世において、基礎的な研究での発見が大きく世の中に貢献する事例があるということです。つまり、現時点において、すぐに世の中の役に立つと思われることにばかり投資してしまうと、後の世にどん詰まりになりかねません。皆さんも理学部における研究には、このような側面があることを頭の片隅にでも入れてくれると嬉しいです。
さて、上述のような未知の課題に取り組む際、実験結果を注意深く観察することがとても重要です。この意味において、研究者は優れた観察眼を持っていると言えます。私が博士号を取得した時の指導教員の先生も例に漏れず、研究において極めて優れた観察眼の持ち主なのですが、興味深いエピソードを一つ紹介したいと思います。私は学部時代から指導教員の先生とは交流があり、学位取得後、指導教員の先生の下で助教として働いていました。10年以上の付き合いがあるわけですが、当時、研究室でいつものように指導教員の先生に朝の挨拶をしたところ、「成川君、眼鏡かけていたっけ??」と質問されました。学部時代から一貫して眼鏡をかけ続けていた私に対して、です。研究者とは、自分の興味のある事象に対しては、極めて優れた観察眼を持っているものですが、興味対象外に対してはそうでもないようです(笑)。私も、実は生物そのものにはあまり興味がなく、生体内の分子システムに興味がいきがちなので、植物の見分けがあまりつきません・・・(日本植物学会員なのに!!!)。このように、研究そのものだけでなく、研究者自身も興味深い振る舞いをするものなので、皆さんも理学部の先生方の振る舞いを観察すると面白い発見があるかもしれませんね。
最後に宣伝させてください。最近、PNASという雑誌に論文を掲載することができました。一つの光感知タンパク質に段階的に変異を導入することで、合計8種類の光感知タンパク質を創出することに成功しました。詳細はプレスリリースを御覧ください。