ブログリレー(岡林利明)

ブログリレー

化学科 岡林利明

いよいよ7月も終わります。一部科目の対面授業が再開し、キャンパスにも少しは人の気配が戻ってきましたが、それでも例年の賑わいを感じることは全くできません。大学の機能が完全に正常化するまでには、数年はかかるかもしれません。でも、焦らず急がず、できることをやってゆきましょう。

さて、今年の梅雨は長く、梅雨明けは8月にずれ込むとの予想もあるそうです。その雨雲の向こうで、密かに美しい大彗星が輝いていたのをご存知でしょうか。その名は「ネオワイズ彗星」、梅雨の無い北海道や諸外国では多くの美しい写真が撮影されています。現在(7月下旬)、ネオワイズ彗星は夕方の北西の空(北斗七星の下あたり)にあり、ゆっくりと太陽系の外側に戻って行っているところです。残念ながら、静岡は梅雨空の真っただ中、ひょっとする一度もその姿を見せることなく去ってゆくかもしれませんが、晴れる日があったら7月いっぱいは夕方の西の空に注意してみてください。

彗星といえば、印象に残るのはその美しい尾ですが、どうして彗星は尾を引くのだと思いますか。現在では、彗星の正体は巨大な氷の塊、それも岩や土が混ざった黒い氷の塊とわかっています。彗星は普段は太陽から遠く離れて凍り付いていますが、太陽に近づいたときだけ氷が大量に気化し、それが吹き流されて尾になるというわけです。ですので、彗星の尾には大きく分けて二つのタイプ、①氷の中に閉じ込められていたガスが分解して発光するもの(プラズマの尾:青色)と、②氷に閉じ込められていた岩や土(ダスト)が太陽光を反射するもの(ダストの尾:白色)、があります。この二つの尾のバランスは彗星によって異なり、それぞれが違った姿を見せます。数年前に「君の名は」という彗星をモチーフにしたアニメーション映画がありましたが、ちゃんと2本の尾が描かれていて、「監督、ちゃんと勉強したんだな」と思った記憶があります。

出現年 彗星名 北半球での
観測条件
1947 (南の彗星) ×
1948 (日食彗星) ×
1957 アラン・ロラン
1957 ムルコス
1965 池谷・関
1970 ベネット
1976 ウェスト
1996 百武
1997 ヘール・ボップ
2007 マックノート ×
2011 ラブジョイ ×
2020 ネオワイズ

「君の名は」の彗星(ティアマト彗星)はさすがに誇張されていて、ありえないほどの姿だったわけですが、それでもネオワイズ彗星の全盛期には「ティアマト彗星を思い出した」という感想がネットに出るほどだったようです。このような彗星を一般に大彗星といいますが、残念ながら人は一生の中で大彗星を何個も見られるわけではありません。右の表は、第二次世界大戦後に現れた大彗星の一覧ですが、北半球の人が見ることができたのは8個しかありません。大彗星が「大彗星としての姿」を見せる期間は短く、天候や体調のことを考えると、10~20年に一個見ることができれば上出来でしょう。ネオワイズ彗星は皆さんが生まれてから、北半球で条件良く観測できる初めての大彗星というわけです。

ところで、彗星には発見者の名前が付くというルールがあり、表の中でも池谷薫さん、関勉さん、百武裕司さんの3人の日本人の名前が残っています。この中で池谷薫さんは静岡県の方で、若いころは静岡大学工学部の先生の所に出入りして、望遠鏡に使う反射鏡の製作法を学ばれたそうです。ちなみに、ネオワイズ(NEOWIZE) は人間ではなく人工衛星の名前で、NEOWISEはNear-Earth Objects WISE の略、さらにWISEはWide-field Infrared Survey Explorerの略だそうです(ややこしいですね)。日本語では「地球近傍天体観測用の広域赤外線探査衛星」といった意味でしょうか。ネオワイズ彗星は、「史上初めて人間以外が発見した大彗星」として歴史に名を残すことになりました。

さて、上で述べたようにネオワイズ彗星は皆さんにとって初めての大彗星です。すでに「大彗星」である時期は過ぎ暗くなり始めていますが、現在でもめったに現れないくらいの明るい彗星ですので、是非一度、それもなるべく空の暗いところで美しい姿を眺めてみてください(その前に晴れないとどうしようもありませんが…)。そして、10年後20年後に次の大彗星が現れた時、このコロナ騒動のなかで過ごした大学生活を、美しいネオワイズ彗星の姿とともに思い出してください。

アメリカ・カリフォルニア州で撮影されたネオワイズ彗星