(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)
卒論の内容を具体的 に紹介してください。
世界各地域(日本、中国、東南アジア、朝鮮、中近東、ロシア、欧州、南米、アメリカ大陸)のタブー型説話と難題型説話を、内容と構造の面から比較し、地域的な特徴や関連性を見出すことがこの卒論のテーマでした。

タブー型説話とは「○○をするな」と主人公にある行為を禁じる説話のことです。「部屋の中をのぞくな」というタブーを含む、日本の「鶴女房」などがこれに当ります。
難題型説話とは「○○をしなさい」と主人公にある行為を遂行させる説話のことです。達成不可能な三つの課題が与えられる、日本の「竜宮女房」などがこれに当ります。これらの説話は世界各地域に存在しており、その内容や構造はさまざまです。
情報社会学科の「地域社会と情報」という科目群に私が所属していることを意識して、これらの説話の関連性をタブー・難題型説話の関連性、地域的な関連性などに即して考察しました。
この卒論を書こうと思ったきっかけは何ですか?
大学二年生のときに、「アジア文化論」という授業で中国の説話を学んだのがきっかけです。
もともと昔話には興味があったのですが、「アジア文化論」をきっかけに、説話を研究対象として扱うことの面白みをおぼえ、卒論で対象地域を拡げて研究することにしました。小さい頃読んだ昔話でよく憶えているのは、日本の「鶴女房」やフランスの「青ひげ」のような、「決してこの部屋は見てはいけない」という話でした。主人公がその部屋を見るか見ないかのハラハラ・ドキドキ感が好きで、幼い頃から歳の離れた妹にも読んであげた記憶があります。
このような「してはいけない」というタブー型説話は、細かく見ていくと日本と西洋では異なる特徴が見られました。もしかしたら他の地域にも違った特徴が見られるかもしれない、と思い、対象地域を拡大して、内容だけでなくその構造も比較することにしました。
またタブー型説話を読み進めていくうちに、「しなければならない」という難題型説話も気になり始め、タブー型説話に似た点もいくつかみられたことから、これらの説話には何らかの関連性があると思い、その差異と地域的な特徴を発見したいと思いました。
タブー型説話と難題型説話は、一見、逆の説話のようにみえますが、主人公に対して何らかの条件を課している点では共通しています。つまり、タブー型説話と難題型説話は、「条件付き説話」という大きな枠の中の下位分類であると言えます。タブー型説話と難題型説話がそれぞれ多数の作品群を持っているということは、それぞれに役割が与えられているはずだと考えました。その点を明らかにすることは、十分、研究に値すると思いました。
これまでの研究と比較してあなたの研究はどんな点が優れていると思いますか?
とにかく世界各国の説話を収集して、自分なりの方法で構造的に分析した点だと思います。
タブー型説話の「鶴女房」を例にとると、「男には嫁がいない」という部分を《欠乏》と表わし、「部屋を覗くな」という部分を《禁止》、「男は覗いてしまう」という部分を《違反》と表わすことで、地域によってこの順番がどうなるか、という構造的な面が明らかになりました。

難題型説話も同様にして構造分析を行いました。記号論を最初からしっかり学んでいればもっとよい構造分析ができたかも知れませんが、何よりも私自身がわかりやすい方法にしたかったため、自分なりの分析をした点が、逆に比較しやすくなり、結果としてよかったのかもしれません。
卒論を作成する過程で苦労した点はなんですか?
世界各国の説話をひたすら読みつづけ、その中から今回のテーマであるタブー型説話と難題型説話を見つける過程が一番苦労しました。主に『世界の民話』(小沢俊夫編 ぎょうせい)からこれらの説話を探しましたが、資料不足の地域についてはその他の本も何冊か調べました。タブー型説話集、難題型説話集というものが存在していればよかったのですが、もちろんそのようなものはありませんでした。
説話集の中のひとつひとつの話をじっくり読んでいる時間はなかったので、まずは斜め読みをし、「この部屋は決して覗くな」「課題を達成しなさい」といった内容が出てきたらもう一度丁寧に読み返す、という方法で、各地域最低5つは話を挙げられるように、説話収集に力を入れました。
主査・副査からどんなコメントをもらいましたか?
副査の先生からは、もっと地域を絞って研究した方がよかったのではないか、というコメントをいただきました。確かに広げすぎたために深く追究する時間がなくなったしまったのは反省点です。
また副査の先生は説話の研究においては専門分野でいらっしゃったので、その他にもさまざまなアドバイスをいただきました。まず記号論について、物語を構造的に分析する際にどのように書き表せばよいかを教えていただきました。また私は、内容と構造で説話にどのような地域的な違いがあらわれ、どのような関連性があったか、ということを比較するのみで終わってしまいましたが、なぜ地域による違いがあらわれたのかを追究することの大切さを指摘してくださいました。
私自身は構造的な違いを見つけ出せたことで満足してしまい、「なぜそうなるのか」という点の考察が足りなかった気がします。
また主査の先生には、幅広く地域の説話を研究したことを誉めていただきました。
卒論を書くに当って、後輩に対するアドバイスは何ですか?
早めにテーマを決めて資料集めをすることが一番大切だと思います。私は最後の最後まで資料集めをしていたために、考察にかける時間が少なくなってしまいました。もっと余裕をもってやっていれば、より満足のいく卒論が書けたと思います。
卒論では独創性(オリジナリティー)が求められます。独創性ある論文を作るためには、やはり多くの資料を集めたり、独自の調査を行い、じっくり考察することが重要になってきます。そのためにも早めに着手することをお勧めします。
またゼミの仲間に卒論を読んでもらい、意見を聞くことも大切だと思います。ゼミの仲間からのアドバイスが無かったら、この卒論は書けなかったと私も思います。まとめ方がわからなくなったとき、ゼミの仲間が「こうしたらわかりやすいんじゃない?」と言ってもらったおかげで、自分の中にあったモヤモヤを解決することができたのです。

卒論提出3日前にデータが少し消えてしまい、卒論提出日までに間に合うかどうかの瀬戸際にいたときも、ゼミの仲間が印刷してくれたり、ファイルに綴じたりしてくれました。ゼミの仲間の意見と助けは、私にとってかけがえのないものでした。
(写真は、ゼミの友人とSさん(一番後ろ)。卒論合宿の寸又峡温泉にて)
卒論では、世界各地域に広がるさまざまな説話のタイプを明らかにしています。地域によって世界の説話には差があると卒論中で指摘していますが、具体的にどのような差があるのでしょうか?
地域による差は、主にタブー型説話を比較することによって明らかになりました。まず日本を始めとしたアジア地域のタブー型説話は、「○○をしてはいけない」という《禁止》が与えられ、それを破ってしまうと、主人公に何らかの《欠乏》が生じ、アンハッピーエンドで終わる形をとっています。このような形は北アメリカの説話にも見られました。
一方、欧州やロシアのタブー型説話は、《禁止》を破っても何らかの外的援助が加わり、ハッピーエンドで終わる形をとっています。中近東や南米の説話にもこの形のものが見られました。
日本や中国のタブー型説話が、《欠乏》が解決されずにアンハッピーエンドで終わるのは、約束を破ってしまい別れが生じるところに「あはれ」という感情をおくことで余韻を残す、というアジア独自の美的センスと関係があるように思います。
また地域的に離れた北アメリカにもこのような形のものが見られるところから、アジアと北アメリカの間で説話が伝播した可能性を指摘しました。

また内容を細かく見ると、アジア地域は異類(もともとは人間以外の生物)である女性から男性に《禁止》が与えられ、見てはいけない部屋の中には女の素姓(「鶴女房」では女が鶴に戻っている姿)があります。また欧州では怪物や魔女から人間である女性に禁止が与えられ、見てはいけない部屋の中には女の死体があります。
以上のように、構造と内容から見ると、主にアジアと欧州で大きな差が見られることがわかります。そして伝播した可能性の高い地域同士は、説話の構造が非常に似ており、内容的な差も小さいことがわかりました。
アジアのタブー型説話は異類婚姻譚(人以外の生物と人が結婚する話)と共に語られていることが多い、と指摘されていますが、これはなぜだとお考えですか?
アジアのタブー型説話は、水界異類(魚、蛙、亀など)が人間の姿に変身した女性から、人間の男性に禁忌が与えられることが少なくありません。アジア地域は水害を受けやすいため、古くから水神信仰が盛んに行われていました。水界という異界は極めて神聖な場所であり、むやみやたらに近づくことのできない、タブーの世界であったのだと思います。したがって、神聖な異類との接触には、自ずとタブー性が付与されることになります。

典型的な話(「魚女房」など)で説明しましょう。
神聖な世界との接触は、人間の男性が魚などを助けることから始まります。そして、そのお礼として、魚などが人間の女性に変身して現われ、結婚します。この時点で、すでにタブーを犯しているのですが、それを知っているのは異類と読者(聞き手)で、主人公の男だけが気づいていません。ここから、読者(聞き手)は男の運命がどうなるのか気になり、話の展開に大きく引きずり込まれます。
説話とは、何らかの不均衡を均衡な状態にするために語られます。人間が神聖な存在と結婚するという不均衡な状態は解消され、均衡な状態をもつ結末に導かれます。
タブー侵犯を知らない主人公の男には、新たなタブーが待っています。そのとき、タブーとして設けられるのが、「見てはいけない部屋」です。そこでは、不思議なことが行なわれており、異類が異類としての能力を発揮しているところなのです。そして、男は誘惑に負け、「見てはいけない」部屋をのぞき、はっきりと異界に踏み込むというタブーを犯します。そして異類との結婚は解消され、アンハッピーエンドに到ります。
以上のように、アジア地域では、水界異類に神聖性が与えられていたので、異類婚姻譚にはタブーが基調となるのだと思います。
情報社会学科で学んだことは何ですか?
情報社会学科は、自分がやってみたいことを自由にやれる学科だと思います。自分が興味があってこれをやってみたい、と思えば、幅広い専門分野の先生方がいらっしゃるので、さまざまな知識を得ることができます。
私の今回の卒論のテーマも文学部的な内容をいくらか含むものでしたが、副査の森野先生が専門分野であったため、先生から多くの知識を学ぶことができました。
また私は大学時代中国語に熱中しました。自分が興味のあった中国語を深めることができたとともに、情報学を始め、幅広い知識をこの学科で得ることができた気がします。
指導教員講評
指導教員:許山秀樹
Sさんは入学時より優れた能力を発揮し、情報社会学科の多くの教員の知るところとなった。
私のアジア文化論などの授業で、優秀な学生の中にあっても、鶏群の一鶴というべき、抜きんでた存在となっていた。その後も怠らず、学年が進むにつれてさらに学業に邁進して、その能力を優れた卒業研究へと結実させた。Sさんの成長に伴走できて、私は大変幸せである。
Sさんは論文執筆中に数多くの説話文献にあたり、データを蓄積していった。会うたびに違う本を抱えて文献を丹念に渉猟しているSさんの姿を私はよく憶えている。この調査を通して、日本のみならず、世界各地の説話を一つ一つ分析し、この論文作成の基礎を築いた。
本論文の長所は単にデータの量だけにあるわけではない。一つ一つの説話を丁寧に分析し、その構造を明確にしている点に本当の長所がある。
論文というものは、単にデータを集めるだけでは不十分である。それは論文ではなく、作業と呼ぶべきものでしかない。論文の真の存在意義は、表面の事象の背後にある規則性や法則、本質を見抜き、掘り出すことにある。Sさんはタブー型と難題型の2つの説話が持つ特徴を十分に明らかにしており、この論文は「論文」と呼ぶに値する優れたものとなっている。

Sさん自身、インタビューの中で述べているように、この論文でやり残したことも少なくない。相違点を指摘するだけで、その理由の所在について言及していない点がそれである。たとえば、タブー型説話は作品によって様々な構造・内容を持ち、個々の作品によって話が大きく異なるが、難題型は比較的同じ構造・内容のものが多いというSさんの指摘は、極めて興味深い。この指摘に啓発される研究者も多いだろう。では同じ「条件付き説話」の中にある2種の説話になぜこのような差異が生じているのだろうか。一歩踏み込んで、この点を考察してほしかった。この考察があれば、もっと優れた論文になったであろう。(ねえSさん、どうしてこういう差が生まれたのだと思う?)
ただし、優れた論文にはこうした「望蜀の嘆」はつきものである。この論文の欠点というよりも、むしろ論文の質の高さを証明するものと言ってよいだろう。
この論文でやり残したことを、Sさんの今後の読書人生の中で解明してほしいと願っている。
取材・編集:H(2004/04/02)