(以下の記事は、情報社会学科が2学科制の際の【私の卒業研究】です。現在の3学科制の情報社会学科とは扱う内容が一部異なりますが、参考までに掲載します)
卒論の内容を紹介してください。
現在、若者を中心にブームと なっている「カフェ」に注目し、若者の自己呈示の特性をさぐることを目的に論じました。
具体的な調査方法としては、大衆雑誌を対象とした記事分析を用いました。喫茶店やカフェをあつかった記事を1980年から1990年代前半、1990年代後半から現在という二つの期間で比較分析しました。それによって、二つの世代による若者の自己の位置づけと喫茶店との関係を明らかにするとともに現代の特徴を浮き彫りにしました。

収集した雑誌記事の中心は、「non-no」「MORE」「Hanako」等です。
この卒論を書こうと思った理由は何ですか?
実際の若者とメディアで示された若者像は本当に合致するのか疑問を抱いたからです。
近年、メディアは、若者の犯罪をよく取り上げています。例えば、今年も、成人式で暴れる若者が多数いました。こういったことがある度に、メディアでは、若者の非常識さをクローズアップしています。このとき、必ず問われるのが、現代の若者は他人の気持ちを考えることができないということです。
しかし、このようなニュースを聞くたびに、現代の若者の一人として、世間(特にメディア)で語られている若者像と自分の間には何か距離があるような気がしていました。世間では、若者とは、「ひとりよがり」で「他人の気持ちを考えることができない」、「協調性がない」ものだと言われています。けれども、現実には私も含めて多くの若者が仲の良い友人と「語り」合うことで、自己確認をしています。長電話や手紙、メール、放課後のマクドナルドなどで友人と語り合う行為は私たちの自己確立に大きく役立っています。そう考えたときに、「ひとりよがりな若者」像は本当に現実のものだろうかという疑問が生じました。そこで、その疑問に答えることを卒論のテーマにしました。その時、目をつけたのが「カフェ」ブームです。
現在、おこっている「カフェ」ブームは私にとって非常に興味深いものでした。本屋には「カフェ」を紹介する本がずらっと並び、街には実際の「カフェ」がどんどん増加していく。その現象は、少々異常めいたものに見えました。そして、これまでの喫茶店とは区別され、もてはやされているこの「カフェ」には、現代の何かが集約されているように感じました。また、「カフェ」は若者が語る場所として利用しているものでもあります。そこで「カフェ」ブームに焦点をあてて、現代の若者の特性について考えようと思ったのです。
これまでの研究と比較して、あなたの研究はどんな点が優れていると思いますか。
1つは、テーマ自体が興味をひくものだったということです。若者を語る材料として携帯電話やインターネットがよくとりあげられていますが、ここをあえて「カフェ」にしたことでテーマ自体に面白みがでたと思います。

もう1つは、実際に足を運び記事収集したこと、自らの視点で記事を分析したことだと思います。喫茶店の文献を集め、それをまとめることで現代の「カフェ」の特性を考えるだけでなく、実際に雑誌分析を行なったことで研究に深みがでたと考えています。
雑誌記事には、それを読む読者の心理が反映されています。雑誌がどのような切り口で「カフェ」をとりあげるかを分析することで、若者が「カフェ」に何を求めているかを知ることが出来ました。
卒論を作成する過程で苦労したことはなんですか。
雑誌記事の収集やその分析が大変でした。
対象とした大衆雑誌は普通の図書館には長期にわたり保管されないため、東京にある国会図書館や大宅壮一文庫に通いました。国会図書館は、これまで発行された図書全てが収集されている図書館です。また、大宅壮一文庫は、大衆雑誌が集められているところです。まず、ここに何度も足を運ぶのが大変でした。
また、収集作業自体も困難でした。私が行なった作業は、大宅壮一文庫のデータベースから喫茶店やカフェに関する記事をリストアップし、その記事を国会図書館で収集するというものでした。データベースから検索された記事が430件と膨大だったためそのリストアップ作業、収集作業は困難でした。(この中から実際に分析した記事は149件です。)また、このデータベースでは検索できないような記事は、対象雑誌を若者向け雑誌二誌に特定し、直接、国会図書館で一号一号チェックしたため時間がかかりました。
けれども、多くの記事と向き合うことで、今まで見えてこなかった観点から考察することが可能になりました。また、自分が想像もしていなかった記事などが多くあり、それに目を通す作業はとても楽しかったです。特に、大宅壮一文庫は、普段は見ないような雑誌もたくさん収集されていて、とても面白いところなので、この機会に利用できて良かったなと感じています。
卒論を書くにあたって、後輩に対するアドバイスはなんですか
日常のちょっとした疑問や発想をどんどん生かすことが大切だと思います。授業で学んだことだけを憶えていくのではなく、それを現実の様々な面と結び付けていくことで、自分らしい観点から論文を作成できるのではないかなと思います。

私の場合、日常のちょっとした言い回しや行為が論文の大きなヒントになりました。世の中を斜めからついつい見てしまうちょっとひねくれた癖がついてしまいましたが、学んだことと自分の周りの世界とを常に対応させていくことは大切な作業だと思います。
また、自分が興味をもったことを何が何でもテーマにすることも大切だと思います。卒論は、三年生の後期から一年半かけてつくりあげていきます。いいかげんに選んだテーマだと途中で投げ出したくなることもあるかもしれません。情報社会学科は卒論のテーマ選択の自由度も高いので、型にはまらない自分だけの面白いテーマを見つけてください。
主査・副査からどのようなコメントをもらいましたか?
実際に足を運び、多くの雑誌記事を分析した点は先生方から大変評価していただきました。

ただ、私の研究は二世代における比較を行いましたが、その世代区分や、背景が弱かった点は指摘されました。対象とした二つの世代について読んだ文献が少なかったことと、なぜそのような世代で比較したかについての説明が弱かったことが原因だと考えています。
なぜ現代の若者が大人にとって理解しにくい存在だとおもいますか?
現代は、価値観が多様化しているといわれていますが、それが若者を理解しにくい存在にする一番の理由だと思います。
以前は、家庭や社会において「こうあるべき!」というモデルがありました。そして、そのモデルにあてはまる人間なのか、そうでないのかで自分を位置づけることが出来ました。
しかし、現代は、様々な考え方が認められています。その意味で、現代の若者は自分を位置づけるための術を失ったと言えます。その中で、自分を確立するために、現代の若者は、これまでの若者以上に「自分らしさ」にこだわるようになりました。実際に、現在のCMや雑誌記事、歌詞の中には、「自分らしく」という語が氾濫しています。
しかし、実際は、「自分らしさは出すべきだが、それが何であるかはわからない」と感じている若者が多数です。そのため、自分が信頼できる人間の自己に対する反応に「自分らしさ」を見ます。その行為が大人には、「自分と感性が合う人間としか付き合わない」「似たもの同士でかたまっている」「他者を認めない」「自分勝手」「独り善がり」というように映るのだと考えられます。
カフェだけでなく、街全体が代わっていくと思います。今後、どのような街になっていくと思いますか?
論文の中で、お家カフェ現象や家のリビング風カフェ、ショップインカフェを例に取り、カフェと家、カフェと社会の境目が曖昧化してきていると述べました。街自体にもこうした日常との相互移植がおきると考えられます。

現在は、家や社会で自己を規定するのが難しい時代だと先ほども述べましたが、そのため現在の若者は家や社会からは消えてしまった自分をそのどちらでもない空間(=カフェ)で探そうとしています。そして、そこで見つけた自分を家や社会にもう一度引き戻すことで、本当の自分を確立します。このもう一度引き戻す力こそがカフェと日常を曖昧化しています。
このような現象は街にもいえることだと思います。現に、携帯電話は、家のものである電話が街にはりだしたものですし、インターネットも距離を解消し、街、家、社会の垣根を崩すものだといえます。こうした現象が今後はさらに拡大すると思います。
情報社会学科で学んだことは何ですか
情報社会学科では、幅広い知識を身に付けることができました。情報社会学科では、専門性を高めるとともに、一見同じ学科とは思えないような多種多様な分野を学ぶことができます。元々、私がこの学科に入学したのは、若者コミュニケーションに興味を持っていたからです。しかし、四年間の間には、プログラミングやコンピュータ、マスコミュニケーション、認知心理学、経営学といった様々なことも学んでいます。そのどれもこの卒論を書くにあたって役立ちました。社会学のみを扱う学部では、私の卒論はできなかったと思います。
また、多くの分野を学んだことで、異なる分野のものを結びつけて考える力をつけることが出来ました。大学には、様々な学部がありますが、そのそれぞれの学問が最終的に行き着くのは、私たちが住む世界です。つまり、一つ一つの分野は繋がっていないようで、結局、見つめている世界は同じです。その世界を決められた枠から見るのではなく、既存の枠にとらわれない、新たな視点で見つめることができるようになったと思います。
専門性を高めながら、様々な分野にふれ自らの視点を創り上げることが情報社会学科では出来ると思います。
指導教員講評
指導教員:井川充雄
WSさんは、最近ブームとなっている「カフェ」という空間において若者がどのように自己呈示をしているのか、という難しいテーマに挑戦しました。WSさんは、私のゼミで、主としてマス・コミュニケーションやメディアについて学んできました。「カフェ」というと、マスコミやメディアとは関係ないように思われるかもしれません。しかし、WSさんの問題意識には、カフェを取りあげる雑誌記事に注目して、カフェを好む若者たちに代表される現代の若者心理を描き出したいというものがありました。つまり、「カフェ」という空間自体も、若者たちがコミュニケーションを行う場であり、一種のメディアだと言えます。そして、それを取りあげる雑誌なども、もちろんメディアの1つです。したがって、WSさんの研究は、二重の意味でメディア論になっています。

このように、WSさんは非常に独創性のあるテーマ設定をしました。もちろん、その背後には、WSさんが、社会学や社会心理学、メディア論などの書物をきちんと読解してきた理論的な蓄積がありました。
実際の卒業研究の過程で、WSさんは、丹念に雑誌記事を収拾し、分析をしました。こうした作業はたいへん時間と労力を必要としますが、それをきちんとこなしたことによって、WSさんは、かけがえのない実証的なデータを手に入れることができました。このことによって、WSさんの卒業論文は、決してその場の思いつきではない、説得力にあふれる研究に仕上がりました。
私の卒業研究のゼミでは、毎週、全員が出席して、各自の卒業研究の進捗状況を説明することになっています。それぞれが互いの研究の進み具合を見ながら、意見や疑問を出し合います。このことによって、他のメンバーからも刺激を受けながら、自分の研究を進めることができます。WSさんも、私だけでなく、他のメンバーからの容赦のない意見や疑問にこたえながら、着実に論文を作り上げることができました。
そして、卒業研究を進めていく過程でWSさん身につけた人間や社会に関する認識や洞察力は、社会に出てからもきっと、役にたつものだと思います。
WSさんの卒業論文におけるオリジナリティのある問題提起、実証的な研究方法、説得力のある推論の仕方などは、後輩のみなさんにも、ぜひ見習ってほしいと思います。
取材・編集:D(2004/04/05)