教育方針

学びの場としての研究室

私たちの研究室は、論理と表現の本格的なトレーニングを積みたい人、(既成の学問領域を越境して)広く深く学びたい人、自分の問いを考え抜きたい人のための学びの場です。研究室での切磋琢磨を通して、あなたにはあなた自身の生きる足場を築いてほしい、あなたにしかできない生き方を実現してほしいと願っています。

 その原動力となるものがあなたの願いであり、あなた自身の問いです。あなたの願いを温め続け、それをさらに他者と共有可能な問いにまで育てること、それは決してたやすい作業ではありません。本物の出会いを求めてわざわざ出かけてゆき、自分を根底から突き動かす問いを求めて、祈るような思いで本を開く。その積み重ねを通して、初めて「自分の問い」が立ち上がってきます。

 いわゆる「現場」にいくら足を運ぼうが、ゼミでテキストを何冊読もうが、漫然と言葉が受けとめられるところでは、なにも出来事は起こりません。人やテキストは語りかけてくれません。人の語りかけやテキストの語りかけを聴くためには、聴くという能動的な態度を身につけ、言葉を受けとめる力を養わなければなりません。

 受けとめる真剣さ、それはもちろん欠かせません。ただそれだけでは十分ではありません。相手の言葉から問いを引き出すためには、自分にも問いがなければなりません。問いが問いを喚起するのです。したがって人やテキストから問いを引き出すためには、「自分の問い」を育てなければならない。では「自分の問い」を育てるためには、どうしたらよいのか。

 第一に、言葉を明晰に使用することです。曇りガラス越しに景色を見ても、よく見えないように、曖昧な言葉を使っているかぎり、うまく考えることができず、問いは磨かれません。問題の所在を的確に言い当てられません。言葉を磨くためには、読書を通して美しい言葉や精緻な文章表現に親しむことです。今日では、あまりお目にかかれないと思いますが、磨かれた言葉の語り手がいれば、その方の話を聴くのもよいでしょう。 

第二に、広く学び、自分なりの世界地図・歴史地図を手に入れることです。その地図を携えて歩めば、初めての場所でも自分の位置を確認できるし、重要な問いに遭遇できる場所の見当がつくでしょう。関心を広くもち、たくさんの本を読んでください。映画を見てください。報道番組やインターネット(英語!)で世界と歴史を知ってください。

 第三に、「自分の問い」を育てるためには、問う力を身につける必要があります。それは安易に答えを導き出さず、疑問や難問の前に立ち続ける耐性といってもよいでしょう。できあいの問題に解答を出すことに満足できないならば、自分で問題を立てるほかありません。それは言葉を通して、たとえば不明瞭な文章を書いてはなぐり捨てる、あるいは何度も修正するというかたちで進められるでしょう。もし問いを立てる作業につき合ってくれる人に恵まれたならば、対話を通して問いを立てることもできるでしょう。

最後に、実践あるのみです。必ずしも対話というかたちをとる必要はありません。討論でも激論でもよいのです。おぼろげであれ、二者以上が問いを共有するならば、たんなる情報交換やおしゃべりでは終わらないはずです。

ただ実際に挑戦してみるとわかりますが、話すより、書いた方が、問いは立てやすい。時間をかけて言葉にし、さらに時間をかけて推敲することができるからです。話して問いを立てる作業は、書いて問いを立てる作業よりも瞬発力が求められます。その分だけ、高度だといえるでしょう。書きながら問う、考えるという機会が大切になる所以です。

 以上の展望のもと、研究室では、読んで書くという基本的素養を身につけるため、新加入者(3年生、修士1年生、博士1年生)に論文執筆ゼミ(後期・隔週)を提供しています。ただこのゼミは、あくまで導入にすぎません。ここで、自分なりの感触をつかみ、自主的なトレーニングを継続することが大切です。

上級ゼミ(通年・週1回・4年生以上)は、論理的で精緻な文章と粘り強く向き合う場であり、分からないことに対する耐性を身につける場です。一流の磨かれた言葉と出会い、そこから大きな問いを引き出す場でもあります。テキストが英語であれば、より真剣に言葉と向き合い、訳出作業を通して、自らの言葉と論理を吟味することができるでしょう。

月例ゼミ(月1回・土曜日午後・公開)は、①テキスト(邦語)講読を通して、参加者が各自の世界地図・歴史地図を手に入れる機会です。レジュメ担当を通して、言葉や論理が磨かれ、テキストから問いが引き出されるでしょう。②研究発表は、「自分の問い」を周りの人たちにぶつけてみる貴重な機会です。積極的に活用してください。農学部では、本格的な文章を書く機会がほとんどないので、文章と思考を練るという意味でも、貴重な機会となるでしょう。月例ゼミで発表した文章を修正して、懸賞論文に応募するのもよいでしょう。

 このように豊かな学びの場が提供されていることは、けっして当たり前のことではありません。学生と教員双方のたゆまぬ努力があって、初めて学びの場が成立しているのです。これらの学びの場を余すところなく活用してください。そしてそれを後輩たちに継承してください。あなた自身が「自分の問い」を大きく育て、それに見合った活動を展開し、言葉を発信することで、世界の希望、人類の希望となってください。あなたの可能性を信じています。