研究室として大切にしていること
- 論理と表現の本格的な(グローバル・スタンダードな)トレーニングを積みたい人、(既成の学問領域を越境して)広く深く学びたい人、自分の問いを考え抜きたい人のための開かれた学びの場であること。
- 研究室での切磋琢磨を通して、一人ひとりが生きる足場を築き、その人にしかできない生き方を実現すること。
- 研究室メンバーが自分の夢・将来像に思いを馳せ、自ら立てた目標のために努力し続けることができるように、教員が<専属コーチ>としてサポートすること。
- 学外の開かれた対話の場(死生学カフェ、風待ちカフェ、対話・ファシリテーション塾、死生学~出会いと学びのリトリート、COCOフェス等)に積極的に参加すること。
わたしたちの研究室は、論理と表現の本格的なトレーニングを積みたい人、(既成の学問領域を越境して)広く深く学びたい人、自分の問いを考え抜きたい人のための学びの場です。研究室での切磋琢磨を通して、あなたにはあなた自身の生きる足場を築いてほしい、あなたにしかできない生き方を実現してほしいと願っています。
その原動力となるもの、それがあなたの願い、あなた自身の問いです。あなたの願いを温め続け、それをさらに他者と共有可能な問いにまで育てること、それは決してたやすい作業ではありません。本物の出会いを求めてわざわざ出かけてゆき、自分を根底から突き動かす問いを求めて、祈るような思いで本を開く。その積み重ねを通して、初めて「自分の問い」が立ち上がってきます。
いわゆる「現場」にいくら足を運ぼうが、ゼミでテキストを何冊読もうが、漫然と言葉が受けとめられるところでは、なにも出来事は起こりません。人やテキストは語りかけてくれません。人の語りかけやテキストの語りかけを聴くためには、聴くという能動的な態度を身につけ、言葉を受けとめる力を培わなければなりません。
受けとめる真剣さ、それはもちろん欠かせません。ただそれだけでは十分ではありません。相手の言葉から問いを引き出すためには、自分にも問いがなければなりません。問いが問いを喚起するのです。つまり、人やテキストから問いを引き出すためには、「自分の問い」を育てなければならない――ここにはある種の循環があります。では「自分の問い」を育てるためには、どうしたらよいのか。
第一に、言葉を明晰に使用することです。曇りガラス越しに景色を見ても、よく見えないように、曖昧な言葉を使っているかぎり、うまく考えることができず、問いは磨き上げられません。問題の所在を的確に言い当てられません。言葉を磨くためには、読書を通して美しい言葉や精緻な文章表現に親しむことです。今日では、あまりお目にかかれないと思いますが、磨かれた言葉の語り手がいれば、その語りに耳を傾けるのもよいでしょう。
第二に、広く学び、自分なりの世界地図・歴史地図を手に入れることです。その地図を携えて歩めば、初めての場所でも土地勘が働き、自分の位置を確認できます。関心を広くもち、たくさんの本を読んでください。映画を見てください。報道番組やインターネット(英語!)で世界と歴史を知ってください。
第三に、「自分の問い」を育てるためには、問う力を身につける必要があります。それは安易に答えを導き出さず、疑問や難問の前に立ち続ける耐性といってもよいでしょう。
できあいの問題に解答を出すことに満足できないならば、自分で問題を立てるほかありません。それは言葉を通して、たとえば不明瞭な文章を書いてはなぐり捨てる、あるいは何度も修正するというかたちで進められるでしょう。もし問いを立てる作業につき合ってくれる人に恵まれたならば、対話を通して問いを立てることもできるでしょう。
最後に、実践あるのみです。必ずしも「対話」というかたちをとる必要はありません。討論でも激論でもよいのです。おぼろげであれ、二者以上が問いを共有するならば、たんなる情報交換やおしゃべりでは終わらないはずです。
ただ実際に挑戦してみるとわかりますが、話すより、書いた方が、問いは立てやすい。時間をかけて言葉にし、さらに時間をかけて推敲することができるからです。話して問いを立てる作業は、書いて問いを立てる作業よりも瞬発力が求められます。その分だけ、高度だといえるでしょう。だからこそ書きながら問う、考えるという機会が大切になるのです。
研究室での学び
以上の展望のもと、哲学・死生学研究室では、目的と対象者に応じて、3種のゼミを提供しています。
入門ゼミ(前期)では、新メンバー(3年生、修士1年生、博士1年生)を対象に、読んで書くという基本的素養を身につける場を提供しています。農学部では、本格的な文章を書く機会がほとんどないので、文章と思考を練るという意味でも貴重な場となるでしょう。ただこのゼミは、あくまで導入にすぎません。ここで、自分なりの感触をつかみ、自主的なトレーニングを継続することが大切です。
全体ゼミ(通年)では、4月から12月まで段階を踏んで、それぞれの論文(卒業論文、修士論文、学術論文)を執筆していきます。
①テーマと文献の選定(4月)
②文献検討(4~7月)
③主導的な問い(leading question)の仕上げ(7月)
④構想発表会(8月)
⑤中間発表会(10月)
⑥論文発表会(12月)
院ゼミ(通年)は、大学院生と有志の社会人を対象にした月例のゼミです。哲学の古典といえるテキスト(邦語)の「会読」(前田勉『江戸の読書会 会読の思想』平凡社)を通して、参加者が哲学することに習熟し、思想の世界地図・歴史地図を手に入れる場です。参加者が輪番でレジュメ作成を担当します。どのようにレジュメを作成したらよいか、先輩院生から学ぶことができます。テキストの精読とディスカッションを通して、言葉や論理が磨かれ、問いが生まれるでしょう。
このように哲学研究室では、豊かな学びの場が提供されています。それはけっして当たり前のことではありません。学生と教員双方のたゆまぬ努力があって、初めて学びの場が成立しているのです。これらの学びの場を余すところなく活用してください。そしてそれを後輩たちに継承してください。あなた自身が「自分の問い」を大きく育て、それに見合った活動を展開し、言葉を発信することで、世界の希望、人類の希望となってください。あなたの可能性を信じています。

