日本の農耕社会はどのように形成されたのか?
静岡平野の中央には著名な登呂遺跡があります。登呂遺跡の復元された水田での実験考古学や静岡市内の弥生時代の遺跡の調査を通して、地域的な農耕社会形成のモデルを構築して、その比較から日本や世界の農耕社会の形成について考えています。静岡大学登呂農耕文化研究所を主宰して、全国の稲作農耕を実験的に研究するプロジェクトと連携したり、韓国の著名な農耕集落遺跡である松菊里遺跡との交流を進めるなど、登呂遺跡を稲作実験考古学の「聖地」にする取り組みも進めています。
教育面では、考古学的な視点から農耕文化・社会を学ぶ学部生・大学院生の指導を担当しています。また、主に日本の弥生時代・古墳時代以降でテーマ設定をする卒論の指導を行っています。
【主な研究業績】
・篠原和大「登呂遺跡の実験考古学―弥生水稲農耕集落モデルの再構築」『人類史集報』15、2021年
・篠原和大「農耕文化の形成と登呂遺跡」『大学的静岡ガイド』、2019年。
・篠原和大編『手越向山遺跡の研究-東海東部における弥生時代中期畠状遺構・方形周溝墓の調査-』六一書房、2011年。
【一般向け(静大ブックレット)】
・篠原和大「駿河湾沿岸地域の農耕文化の形成」『静岡の自然と文化~県東部を中心に~』、2023年(公開講座ブックレット13)
・篠原和大「農耕文化形成期の沼津」『沼津の古代遺跡を考える』、2012年(公開講座ブックレット6)